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◆絶滅寸前の人間は、魔族の友達に会いに行く  作者: 駄文職人


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7/15

初めての町、不穏な影

「おい、そこのお前! 止まれ!」


 冒険者の大隊の最後尾、フードを目深に被った小さな人物はチッと舌打ちした。


 ズカズカと大股でやってきた衛兵は、驚いて立ち止まりかけた大隊を槍で進むよう促しつつフードの人物の前に立ち止まった。


「顔を見せろ」


 フードは取らずに、顔だけを上げて挑むように見ると、衛兵は「やっぱりお前か」と肩を落とした。


「どうしたダグラスー!」

「何でもない!」


 衛兵・ダグラスは門のそばで検閲をしている仲間に叫び返す。


 そしてダグラスはフードを被った少年、ラスラを呆れて見下ろした。


「誰かと思ったら、お前まだ諦めてなかったのか。背が伸びていたから一瞬分からなかったぞ」

「今日はいつものじいさんがいないから行けると思ったのに」


 よく城門に立っていた屈強な老兵は、ラスラが近付く度に「儂の目の黒い内は人間種を町には入れんぞ!」と追い立ててくるので苦手だった。


「あのじいさんなら隠居したぞ。あの人から、もしお前がまた来たら相手をしろと頼まれている」

「暇なの?」

「んな訳あるか。阿呆」


 槍の柄で小突かれて「いてっ」と頭を押さえる。


「森で活動する冒険者たちに紛れて、違法品を持ち込もうとする悪い奴らもいるんだ。検閲や持ち物チェックは念入りに行われる。人間種が紛れ込もうとしてないかもな」

「別におれは悪いことしに来たんじゃねーって。何回も言ってるじゃん」

「あのなぁ、坊主」


 誰にも聞かれていないか見回して、ダグラスは声をひそめた。


「ここは魔族の町だ。坊主は入れないんだよ」

「おれが人間種だから?」

「そうだ。この町には人間種が嫌いな、おっかない領主がいるんだからな。お前を町に入れたなんて知れたら俺が鞭打ちになっちまう」

「ウサギの干し肉好き?」

「買収しようとすんなし」

「こないだいっぱい取れたから分けてやろうと思ったのに。ツノウサギ、美味いぞ」

「ホーンラビットのことか? 嘘言うな、魔族の冒険者の中でもベテランしか討伐できないんだぞ。お前に狩れるもんか」


 ダグラスは笑った。

 人間種に魔物は倒せないと、頭から信じているのだ。


 ダグラスだけではない。恐らく魔族のほとんどが、人間種は弱いから魔物に勝てないと思っている。


「嘘なんか言うもんかよ!」

「はいはい。すごいすごい」

「後で欲しがってもやらねーからな!」


 冗談はいいからさっさと帰れとぞんざいに追い払われる。


 むーっとラスラは頬を膨らませて退散した。どちらにせよ、あの門衛がいる内は通してくれそうもない。


 腹は立つが、門からの侵入はあまり期待していなかったから、入れないことそのものは別に構わない。入れれば儲けもの、無理なら別の手段を試すまでだ。


 再び森に帰ってきたラスラは、浅層をぶらぶらと歩いた。


 普段見回りをする経路からは大きく外れる。彼がここへ足を伸ばしたのは目的があった。というか、こちらが本命だ。


 ヴィーネが帰った後、ふと幼い頃のことを思い出したのだ。


(町の中と森を繋ぐ隠し通路があるんだよ。大人には内緒だよ?)


 そう教えてくれたのは、魔族の友達。


 だが、どこにあるかまでは教えてくれなかった。彼が魔族の町に帰ってしまってから、友達に会いに行くために何度も森の中を探し回ったがアーラルク大森林は広い、そう簡単に隠し通路が見つかるはずもなかった。


 闇雲に探しても無駄なのだ。


 そもそも、何のために町と森とを繋いだ? 緊急時の脱出用にしても、森の中は魔物の巣窟だ。とても安全とは言い難い。


 だがもし仮にだが、近くに安全な場所があると分かっていたとしたら?


 岩肌の斜面を慎重に降りながら、ラスラは苔むした見張り塔の裏手を目指していた。奇しくも先日ヴィーネと待ち合わせをしたのと同じ塔である。

 塔の影、崩れかけた岩壁に手をかけると、石の間に微かに風の流れを感じた。 苔を払いのけ、指を差し込むと──ゴトリ、と石が動いた。


「マジであったよ……」


 恐らく魔族と人間種との戦争のさなかに掘られたトンネルだろう。


 用途は逃亡用とは限らない。戦力をギリギリまで悟られないようにするため、あるいは城壁まで攻めて来た人間種を挟み撃ちにするためも考えられる。なんにせよ、百年後もまだ形が残るぐらい頑丈に作られた見張り塔は、きっと見張りのためだけに作られた櫓ではない。


 岩を退けた先は暗く、下へと続く階段が伸びていた。


 くいっと不意に裾を引っ張られる。


 見るとラスラの足元から黒い影が伸びて腕を引いている。カゲボウシと呼ばれる影に潜む魔物だ。


「なんだよ、腹が減ったのか?」


 ポケットから小さな魔石を落としてやると、カゲボウシは器用に包んで嬉しそうに揺らめいて取り込んだ。本来は寄生した相手の魔力を吸い取って栄養にする生き物だ。自前の魔力を持たないラスラは魔石を食わせてカゲボウシを飼い慣らしていた。


 魔族の町に入るならば、魔族のふりをする必要がある。


 だから暑いのを我慢してフードを被り、耳や目が見えないようにしている。大型魔獣を狩る時ぐらいしか連れないカゲボウシを連れて来たのも、カゲボウシの魔力で誤魔化せないかと考えたからだ。


 階段に一歩足を踏み入れると、カビ臭い匂いが途端に鼻をつく。


 長い間誰も使っていないのだろう。恐らく……あの友人が通った日から、一度も。


 アイツもここを通ったのか。そう思えば胸の奥に微かな高揚が走る。


 階段を降りきったところは光を発する苔が生えているようで仄明るかった。夜の森を知っているラスラにとっては十分な灯りだ。


 ラスラは暗く湿った通路を一気に駆け抜けた。思ったよりもずいぶん呆気なく出口、いや本来の用途を考えるならば正しく入り口に辿り着く。


 跳ね上げ式の天井を押し上げ、ラスラはついに魔族の町──ソルガードの地に足を踏み入れた。


 隠し通路の先は整えられた庭園に繋がっていた。豪勢な屋敷を横目に柵を飛び越えてみれば、眼前に広がるのは森からは到底想像できなかった活気ある町並み。

 石造りの建物が立ち並び、空を渡るように伸びた細い橋の上を、魔道具の運搬箱が音もなく走っていく。 軒先で照明の代わりに浮遊する光球。遠くで音を立てて回る、水流式の魔法機械。


(……まるで、別世界みたいだ)


 これが魔族の「日常」か。


 嬉しくなったラスラはあちこちを練り歩いた。周りを見るのに夢中にになっていたせいで何人もぶつかったが構わない。


「すげぇ……すげぇ!」


 森の中しか知らなかった少年が、初めて外の世界を目の当たりにした瞬間であった。


 ヴィーネはこの町から来たのか。そして、友達のアイツはここに住んでいるのか。そう考えるだけで胸が躍る心地だ。


 そのときだった。


「きゃあっ」


 喧騒にかき消されてしまいそうなか細い声は、ラスラの耳に届いた。 大通りの人混みの中、幼い少女が転がるように倒れこむ。その前に立つのは、いかにも粗暴そうな男二人。


「おいおい、俺様のお気に入りの服が汚れちまったよ。どうしてくれんだぁ?」

「こりゃあ大変だ。親に責任とってもらわなくっちゃあなあ」

「よく見たらモーダル工房のお嬢さんじゃねぇか! 親父さんにはお世話になってんだよ」


 どこかわざとらしい、芝居がかった喋り方だった。


 考えるより前に、ラスラは自然に足を踏み出していた。

 人混みを割って、少女とその荒くれ者の間に滑り込むように立つ。


 涙をいっぱいためた瞳がこちらを見上げる。まだ片手で数えられるような年齢に見えた。なぜこんな小さな子が大通りを一人で歩いているのか。


「なんだテメェ、どこの奴だ?」


 荒くれ者が睨みつけてくる。

 まっすぐ男たちを見据える。


「小さい子相手に寄ってたかって恥ずかしくないのかよ」


 実際にぶつかった瞬間は見なかったが、男たちがわざと女の子にぶつかったのではないかと感じた。

 空気がぴりつく。騒ぎに気が付いた周囲の人々が距離を取り始めた。


(いーか、ラスラ。万が一魔族と戦いになるとしたら、人間種じゃ勝てないからな)


 狩りの師匠であるミランダは、魔族への対処法を尋ねた時に教えてくれた。


(筋力どうこうの問題じゃねーのよ、連中は魔素に愛されている。ぶん殴っても魔力で防がれるし、〈身体強化〉しやがるから力比べじゃまず負ける。似たようなナリしてるからって喧嘩ふっかけても、人間種のが圧倒的に弱い)


 まるで魔族に喧嘩を売ったことがあるような言い方が気になったのでよく覚えている。ドラゴンも仕留めた村一番の狩人だ、昔本当に戦ったことがあるのかも知れない。


 なら逃げるしかないのか、そう尋ねるとミランダはそれは大層悪そうに唇の端を吊り上げて笑って見せた。


(魔物と一緒だ。魔族に勝ちたきゃ、戦いになる前にブチのめせ)


 踵を鳴らし、カゲボウシを呼び起こす。


「〈影食み〉ーー足鴉あしがらす


 影がラスラの足元を巻き付くように覆い、武骨なブーツに似た形をとる。


 地面を蹴り、一閃。


 振り抜いたラスラの蹴りは懐へ伸ばしていた男たちの腕を捉える。


 ナイフが音を立てて下に落ちた。


 足を止めて騒ぎを見ていた野次馬たちの間からも悲鳴が上がる。まさか子ども相手に武器を持ち出してくるとは誰も予想していなかったのだろう。


「てめぇっ、俺たちの後ろに誰がいると……」


 腕を押さえて男が歯軋りする。


「モーダル工房のお嬢さん、また狙われたのか?」

「物騒だな。こないだもそこの革細工の店が商会の連中に潰されたって……」


 集まり始めた人だかりの中から、野次馬たちのざわめきが漏れ始める。

 少女はうつむいたままだ。恐らくこうした嫌がらせは初めてではないのだろう。


 だが。


「知らん」


 ラスラには関係のない話だ。

 気絶させて無力した方がいいかと構えたが、遠くから「お前たち、何を騒いでいる!」と衛兵が走ってくるところだった。


 大通りの向こうを見やれば、きらびやかな装飾を施された馬車がゆっくりと進んできていた。盾と槍を携えた衛兵は人波を掻き分けてそれを先導していたのだろう。


「ちっ。何だってお偉いさんの馬車がここを通るんだ」

「おいガキ! モーダルの野郎に伝えろ、期日はしっかり守ってもらうからな!」


 捨て台詞を吐いて男たちがナイフを拾って走り去っていく。あっという間に人混みに紛れてしまった。


「止まれ!」


 槍の先はラスラにも向く。

 あー、と困り果てるラスラのローブの裾を少女が小さな手で握りしめる。


「大丈夫か?」


 こくん、と首肯した。


「良かった。ところでさ、おれ、アイツら嫌いなんだよ。いっつも門を通してくれないからさ」


 衛兵たちを指し示す。

 少女は少し首を傾げたが、分かったとばかりに頷く。


 物分かりの良い子で助かる。

 ラスラは女の子をひょいと担ぎ上げるとさっさと逃げ出した。


「待たんか! って早……っ、止まれ!!」


 人を掻き分けるのは藪の中を走るより容易い。人なら避けてくれるのだから。

 ラスラは兵士たちを撒くために、女の子を抱えたまま大通りへ飛び込むのだった。





 ヴィーネが冒険者ギルドの扉を押し開けたのは、日も傾き始めた頃だった。


 とにかく課題となる素材を集めるならラスラの協力が不可欠だ。森に行くなら冒険者ギルドに知らせておかねばならない。


 だが、考え事をしながら冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、奥の長椅子から、フードを目深にかぶった少年がぴょこんと立ち上がった。


「ヴィーネ! やっと来た!」


 その声に、ヴィーネは目を見開く。


「――えっ? ラ、ラスラ!? 何してんの!?」

「何ってなんだよ、ヴィーネを探してたんだよ!」


 ラスラはこちらに向かって走ってきた。目をきらきら輝かせて、満面の笑顔で。


「すっげぇな、この町! 門の外から見ても広いと思ってたけど、中に入ったらもう……全部が魔法って感じでさ!」


 言いながら、あちこち指さして興奮を隠しきれない様子だ。


「宙に浮いてる箱とか、紫の焔が看板になってる薬屋とか! あと水が遡って流れる水路! あれずっと見てられるな!」

「ち、ちょっと待ってよ!」


 ヴィーネはラスラの勢いを受け止めるのに必死だった。


 ここではマズイとラスラをギルドの外に引きずって出ると、ささやき声で怒鳴る。


「なんで町の中にいるの!?」

「隠し通路見つけた」

「侵入罪よ、普通に!」

「えっ、そうなの? まあいいじゃん」


 ラスラはすぐにけろっと笑った。

 悪びれない様子にヴィーネが頭を抱える。


「まあ……ちょうど良かった。わたしも会いたかったのよ。ちょっと厄介なことになってて」

「奇遇だなぁ。おれもだよ」


 なんだって? と聞き返す前に「あのー」と遠慮がちに背後から声をかけられる。


 振り返るとボサボサの髪のいかにも幸の薄そうな男が立っていた。


「もしかして、こちらの方が?」

「そう、ヴィーネ」


 頷くラスラを見て、ようやく冒険者ギルドのエントランスにラスラと共にいたらしいと気が付いた。突然ラスラが外に連れ出されたので様子を見にきたのだ。


「初めまして、モーダルと申します」


 男は猫背をさらに丸めてお辞儀をした。

 どういうことかとラスラを見やる。


「なあ、ヴィーネ。ちょっとこの人、誘拐したいんだけど」

「経緯!!」


 全力で叫んだヴィーネは何も悪くない。


 つまりこういうことだった。


 町を歩いていたら妙な連中に絡まれている女の子を見つけたので助けた。衛兵を撒いてから女の子の家まで送り届けると、娘を探している父親に出会った。

 それが彼、モーダルである。


「本当に、お礼のしようもありません……娘が無事で、本当によかった……」


 深々と頭を下げる。目の下の隈とやつれきった頬が、どれほど疲弊しているかを雄弁に物語っていた。


「娘が絡まれたのは……偶然ではないと思うんです」

 顔を伏せたまま、モーダルがぽつりと漏らす。

「私の工房、〈モーダル製鍛工所〉は、先代から続く小さな武具工房なんですが……ここしばらく、とある商会から工房を畳めと圧力をかけられていて」

「それが絡んできた連中?」

「ええ。名目上は金銭的トラブルの相談役などと言ってますが……実質、嫌がらせと脅迫の類です。材料の仕入れ先には圧力がかかり、注文していた鉄鉱石は届かなくなり……納品に遅れが出て、信用も失いかけています」


 その商会の名前は〈コルヴァス連商会〉。素材の養殖量産に乗り出している新参の商会で、近年市場を大きく広げているという。


「実は以前、この商会が取り扱っている人工魔鉱石を調べたことがあるんです。安価で供給量が安定していることから最初は我々工房の間では画期的だと話題になりましたが、どうにも強度に不安があるように感じられました。それで検査してみたところ、どうにも素材の密度と耐久性にばらつきがあって……兵士に持たせるには危険があると、納品先へ報告したんです」


 武具である以上、魔物との戦闘が想定される。すぐに折れる剣やちょっとした衝撃でヒビの入る防具など手渡す訳にはいかない。

 だが。


「それで目をつけられた?」

「はい……“営業妨害だ”“余計な口出しをするな”と……それから、得意先からの注文が目に見えて減り、嫌がらせは日に日に激しくなって……」


 モーダルは、胸の前で手を組んだまま、ぽつぽつと語る。


「看板に泥を塗られる程度ならまだいい。でも、わかってしまったんです。あの人たち、本当に何でもする。娘にまで……」


 唇を震わせ、拳を握る。


「もうこの町では暮らせません。娘は私たちの宝です。その娘にまで危険が及ぶのであればもうこの町を出るより他ありません」


 疲れ果てた父親の、切実な本音だけがあった。

 品質に問題があるなら供給先に知らせるのは製作者の義務だ。それを自分の不利益な情報だからと叩き潰そうとするなんて、健全な商会のやることとは思えない。


「商業ギルドへは?」

「妨害活動をする連中と〈コルヴァス連商会〉との関係を示す証拠がないと、動いてくれず……衛兵に相談して、工房周辺をこまめに警邏に回ってもらえることになりましたが、連中は見回りの合間を狙ってやってくるようになり」

「意味がないわけね」


 モーダルの娘が今日狙われたことからも、完全に計画的に行われていることが分かる。


「状況は分かった。……それで? ラスラはどうしたいの」

「おれはそっちの世界のいざこざは分かんねーけどさ。要するにモーダルさんはあの子の身を守りたい訳だろ? だったらうちの村に連れて帰ったらどうかと思って」

「そういうことだろうと思ったわよ」


 あのね、とヴィーネは頭を押さえながらラスラを諭す。


「わたしが言うのもなんだけど、君の村にホイホイ余所者を連れて行ったらマズイでしょう」

「誰でも連れてく訳じゃねーよ」

「モーダルさんが何かするって話じゃないの。モーダルさんに危害を加えたい誰かが君たちと敵対するかも知れないって話よ」


 ここまでなりふり構わず工房を潰そうとしてくる連中が人間種に手心を加えるとはどうしても思えない。


「君の村は外との繋がりを求めてる、そうでしょ? なら余計に敵を作るような真似をするべきじゃないんじゃないの」

「うちの村がそうそうやられるかよ」

「……いや、まあそうなんだけど」


 スライムをお茶で殺し、狩人は伝説級の魔物であるドラゴンを仕留めるような村だ。百年森の中で暮らし続けた人間種は確実に独自の進化を遂げている。


 おまけに森神様の守護付きだ。


 あの村を攻略するならそれこそ魔王を連れてくるべきかもしれない。


「それに、おれなら大丈夫だよ。ここまで歩いて来たけど誰にもバレなかったぞ」


 フードをひらひらと揺らしてみせる。

 確かに特徴的な目と耳を隠せば、すれ違っただけでラスラが人間種だと看破する者はほとんどいないだろう。

 だが、懸念するのはヴィーネばかりではない。


「いえ、ヴィーネさんの言う通りだ。私と関わるとお二人に迷惑がかかる。……お手数をおかけしました」


 モーダルが肩を落として一礼し、去ろうとする。


 きっと今までもこうして諦めてきたのだろう。助けを求めても無意味だと、むしろ巻き込んでしまうと声を噛み殺してきたのだ。


 彼を、彼の家族を見捨てるのか。


『わたしおじいさまみたいにみんなをえがおにするしょうにんになりたい!』


 脳裏に、幼い頃の自分の声が聞こえた。


「待って、モーダルさん」


 ヴィーネは呼び止めた。


 腹を括ろう。ラスラはきっと、困っている人を見捨てられない。森で見ず知らずの自分を助けてくれた時のように、助けられると思えば他の人にも手を差し伸べる。彼と付き合う以上、こういうことは何度も起こるだろう。


 ヴィーネはそんなラスラだからこそ商いに誘ったのだ。


「わたし、今新規の事業の立ち上げをしているんです。品質審査に合格すれば、商業ギルドから起業の許可が下りる。ただ、前例がない事業だから、オルド卿が監査に立ち会われる予定です」


 モーダルの目が、ゆっくりと驚愕に染まっていく。


「まさか……」

「そのまさかよ。いくら悪どい商会だとしても、領主家が注目している商会に手を出すほどバカじゃないでしょう」


 今しているのは事業申請、つまりどんな商いをするかの申請であって、ヴィーネ自身は商業ギルドへの加入をすでに済ませてある。


 新米とはいえ商会としての立場はすでにある。


「わたしが、顧客になるわ。モーダル工房長、あなたに作ってもらいたいものがあるの」


 どちらにせよ、店を開くには協力してくれる工房の存在は不可欠だ。ここで恩を売っておくのはヴィーネの商会にとっても後々利益に繋がるはず。


 だが、それは全部建前だ。


 このまま見捨てるのはヴィーネの主義に反する。


 彼らに必要なのは身を守ることのできる場所、そしてその腕を振るうことのできる環境だ。


 どちらにも幸い心当たりがある。


「じゃあラスラ、誘拐しようかこの人」

「えっ」

「だから最初におれ言ったじゃん」


 うろたえるモーダルをよそに、ラスラは腕を組んで嘆息ついた。

次回1月4日22:00に更新します。

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