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◆絶滅寸前の人間は、魔族の友達に会いに行く  作者: 駄文職人


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6/15

挑発と挑戦

 商品は決まった。


 魔鉱石の他にも村で死蔵になっていた素材を融通してもらうことで合意を得られたヴィーネは、次の問題に取り掛かる。


 人間種の素材の販売を、商業ギルドから許しを得なければならないのだ。


 ソルガードで行う商いの全てを商業ギルドで管理しているため、ギルドの許可なしに勝手に店を開く訳にはいかない。そしてこの許可こそが一番の難関だろうとヴィーネは考えていた。


 事前に知り合いに聞いたりギルドの資料を調べたりしたが、人間種と共同で事業をしている前例はなかった。ただの一つもだ。


 それほどに人間種に対する偏見は根強い。


(前代未聞、上等よ。この商売が成功すればきっと注目を集められる!)


 そうすれば、ラスラの探し人の耳にも絶対に入ることだろう。

 彼らの期待に、信頼に必ず応えて見せる。


「ダメだ。許可は出せん」


 しかしながら、さっそく暗礁に乗り上げた。


 商業ギルド長、ファングス・ドレスターはヴィーネの提出した事業計画書を受付に放り投げる。


 もともとは子爵の家の出で、王都の上級執務官からの天下りでこの地位に収まった男だと聞いた。尊大な態度はプライドの高さの証明だろうか。


「どうしてですか!? ちゃんと書類に不備はないはずです」

「なぜだと? 言うまでもない」


 わざとらしく肩をすくめて見せる。

 はっきりとは言わないが言いたいことは分かる。


「どのようなガラクタをつかまされて騙されたかは知らんが、人間種のものが魔族の社会に通用する訳がないだろう」


 鼻で笑う。最初から許可を出す気がないのだ。

 ヴィーネはカチンと頭に来た。


「ガラクタかどうか見ていただければ分かると思います」


 魔法鞄に入れていた魔鉱石を机上に叩きつけるように置く。

 胡散臭げだったギルド長の目がみるみる丸くなっていく。


「これは……」

「正真正銘、アーラルク大森林で採掘した魔鉱石です」


 ギルド長の横に控えていた職員がルーペで覗き込み、絶句している。それはそうだろう、市場でもまれにみる上質品である。


 ドレスターの目に欲がちらつく。


「これほど見事な質なら、なおさらわざわざ人間種を挟む必要が分からない。採掘場所さえわかれば、我々魔族で直接採掘すればいい。それだけの話ではないか」


 ヴィーネは耳を疑った。


「採掘権を人間種から奪い取れと?」

「魔鉱石など人間種には過ぎた持ち物であろう。持て余した物を我々が引き取ろうというのだ」

「魔鉱石は彼らの生活にも不可欠なものです。狩猟道具や農具にも活用しているのですのですよ。契約内容はご覧くださったのでしょう? あくまで魔鉱石の管理の件は、彼らがわたし個人に一任してくれたものであって、所有主は彼らのもの。彼らが使用しない分を販売に回し、財産として還元したいのです」

「それが甘いというのだ! 人間種ごときが魔鉱石を活かし切れるとは到底思えん」

「だからといって搾取して良い訳がありません!」


 ついヴィーネは声を荒げた。


 人間種が、ラスラが侮られていると思うと悔しさがこみあげてくる。だが、感情に流されてはダメだ。


『商いは舌戦だよ。こちらは冷静に、相手の欲と感情を揺さぶってやるんだ』


 祖父の言葉を刻んだ胸に手を当て、深呼吸する。


「『人間種保護協定』はご存知ですよね?」

「……なに?」

「数年前から人間種絶滅を危惧なさった第一王子殿下が提唱している協定です。王都からいらしたファングス卿なら知らないはずはありません。そこには『人間種の尊厳を軽んずる行為を禁ずる』と明記されていたはず。既に多くの領主が署名済みだそうですね」

「ふん。ソルガードは未署名だ。何も問題はない」


 尊大に言い放つドレスターに、ヴィーネはわざと口の端を吊り上げて見せた。


「ですが、第一王子殿下は王位継承者として最有力視されていますよね。いいんですか? 次期国王の意に反する行いを強行してしまっても」


 ようやく、ドレスターの顔が引き攣った。


 実際には有力視されているだけで第一王子が次期国王に内定している訳ではない。第二王子も内戦の鎮圧という成果を挙げて頭角を表しつつあるそうで、王位継承争いはなかなか複雑らしい。


 だが、今そこは問題ではない。


 万が一、第一王子が国王となった場合、ソルガードで人間種の差別や弾圧を行っていると知られれば王に睨まれることになる。いくら協定に署名していないといえども、王を敵に回す訳にはいかないはずだ。そしてそのような判断を領主への相談なしに、ドレスターが独断で行える訳がないのだ。


 ようやく黙ったドレスターに、ヴィーネは落ち着きを払ってたたみかける。


「それに、魔鉱石は濃密な魔素に満ちた地中でしか生成されません。つまり採掘場所は魔素だまりなんです。魔族が魔素だまりに踏み入ればどうなるか――体内の魔素が乱され、最悪命を落とす危険もある。冒険者ギルドでも冒険者たちに魔素だまりへの立ち入りは禁止しています」

「それは人間種とて同じであろう……! 魔臓を持たぬ人間種が、高濃度の魔素に耐えられるはずがない! 採掘は不可能だ!」

「それが、できるんですよ。人間種なら」

「なっ……!」


 ヴィーネも最初聞いた時は耳を疑った。


 まず、数匹の小型魔物を魔素だまりに放つ。魔物には魔素を取り込む習性があるので、魔素の濃度が下げることができる。


 その上で『魔臓殺し』の葉を口に含んで踏み込めば、短時間なら魔素だまりの中で活動ができるのだという。もちろん危険には違いない。だが、魔素を分解できる『魔臓殺し』のエキスを体内に入れておけば、魔素に侵されるのを遅らせることができる。


 絶対に魔族には真似できない方法だ。


「ぬぬぬ……」


 ドレスターの額に怒気と焦燥が浮かぶ。


「だが……しかし、ダメだ許可できん!」


 歯の間から絞り出した。


「人間種の採集する素材など……信用がならん!」


 何がなんでも通す気はないらしい。


「粗悪品でも混ぜられてみろ、商業ギルドの名は地に落ちるぞ!」


 先ほどの職員がおずおずと口を挟む。


「し、しかし、ギルド長。この魔鉱石は最高品質に近く……」

「ええいっ、黙れ! 申請を通すために別の場所で調達してきたに決まっているだろう! とにかく却下だ、却下! そもそも前例がない、人間種の売り物など世間が納得せんわ!」


 ヴィーネが反論に口を開きかけた、そのときだった。



「それなら、証明してもらえばいいんじゃないですか?」



 部屋の隅、いつの間にか背後で静かに聞いていた青年がふいに口を開いた。


 清潔な貴族服に身を包んだその青年の存在感に、空気が一瞬で変わる。

 銀の髪と静かな瞳、どこか場違いな優雅さと余裕――ヴィーネはこの時まだ、彼がどこの誰なのか知らなかった。


 職員たちがすぐさま振り向き、軽くこうべを垂れる。


「監査官……?」


 ドレスターは顔を蒼白にしていた。


「い、いつから、聞いて……」

「面白いじゃないですか。前例がないというだけで切り捨てるのは惜しい」

「しかし、に、人間種の素材ですぞ!」

「だから?」


 監査官は青い目を細めた。


「貴方は人間種の狩りを目にしたことはあるのですか?」

「いえ……しかし」

「ならばギルド長として平に見定めるべきだ。彼女の扱う品が本当に売るに値するかどうか。その目が飾りでないならばね」


 ドレスターのこめかみで血管がひくつく。

 監査官はヴィーネに目を向け、にっこりと微笑む。


「素材に本当の価値があるのなら、試してみればいい。人間種の採取品が『売り物』になるかどうか……。ねえ、ここでは品質テストはどのように行っているんだい?」


 彼が問えば、職員は背筋を伸ばして答えた。


「素材関連の商いであれば、七日以内に組合の指定する商品を三種類納品してもらいます。それら全ての品質が規定の条件をクリアしていれば合格と見なします」

「うんうん。申請書によると、魔鉱石以外にもいくつか商品候補があるみたいだね。ギルド長、ついでにこの辺もチェックしてみたらいかがです? ギルドの基準を満たした品なら人間種のものだろうと商品にはなる。申請を受理しても構わないと思いますよ」

「……!」


 ヴィーネは目を見開いた後、ぐっと拳を握った。


「わかりました。やってみせます。絶対に、納品してみせます!」

「ま、待て! 品質テストをするとは一言も……」

「いいじゃないですか。ギルドのルールに沿って申請の精査を行うだけでしょう? むしろワンマンな上司によって申請の如何を判断される方が組織として不健全ですよ」


 ドレスターは冷や水を浴びせられて動きを止める。


「別に良いんですよ? 貴方のご実家が後援している商会が妙に受理までが早いな、とか。ちゃんとギルドの定めたルールに従っている真っ当な商売なら何も言うことはありません」

「あ……いや……」

「おや、そういえばその中に人工魔鉱石を取り扱う店もあった気がしますね。この申請が通ってしまうと手強い商売敵を得ることになりそうです。まあ、この業界ではそういうこともあるでしょうし、運が悪かったのでしょう」


 パラパラと書類に目を通していた監査官はにっこり笑って、ドレスターの宙を浮いた手に書類を乗せた。


「見たところ不備はありません。他の商会のものより丁寧に書き込まれているぐらいです。よその筆不精の皆様も見習うべきですね」


 受け取ったドレスターは陸に上がった魚のようにパクパクと口を開閉している。


 あ、そうだ、と監査官のは思いついたように手を叩いた。


「この商会の品質審査、ぼくも立ち合わせていただけますよね?」

「な……っ」

「だって面白そうじゃないですか。人間種が持ち込んだ物がこの町で評価されるのかどうか、個人的にとても気になります。あ、大丈夫ですよ。評価そのものに口を挟む気はありません」


 楽しげな青年監査官に反して、ドレスターの顔色はみるみる悪くなっていく。卒倒しないだろうかと側から見ていて心配になってくるほどだ。


 冷や汗の伝う顎を震わせ、掠れた声で「御意」と了承の意を示す。


「日程は後日、ご連絡差し上げます……イオ・ヴァン=オルド卿」


 オルド卿!


 リリアは両手で口を覆って悲鳴を押し殺した。なんてこと、この町の領主一族ではないか!


 領主家の者が品質審査に立ち会うということは、先ほどのような理不尽な差し戻しはできなくなる。不正をすれば彼はすぐさま領主その人へ報告をするだろう。


「えぇ、よろしくお願いします」


 涼やかな笑みのまま、ヴィーネへ視線を向ける。


「期日に間に合わず納品ができない……なんて無様な結果に終わらぬように頼みますよ」


 ドレスターへの警告と共に、これはヴィーネへの圧力だ。


 もしここまでお膳立てされて失敗すれば、二度とこの街でヴィーネは商売ができなくなるだろう。領主家の目が向くということはそういうことだ。


 知らず握り込む手が震えた。


「……言われるまでもなく。いただいた機会、必ず活かしてみせます」


 不敵にヴィーネは笑みを浮かべる。


 だからなんだと言うのだ。これはチャンスだ。困難を乗り越えてこそ〈ヴィーネの商会〉は輝き、名を馳せるのだ。


 挑戦的なヴィーネの言葉に、イオ監査官は嬉しげに頷いた。


「楽しみにしています、ヴィーネ嬢」


 ご機嫌な監査官の様子に、視界の端でドレスターが憎々しげに顔を歪めるのが見えた。

次回1月3日22:00に更新します。

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