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◆絶滅寸前の人間は、魔族の友達に会いに行く  作者: 駄文職人


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麒麟

 知識を問うテストと書類申請。冒険者ギルドの登録はたったそれだけで案外簡単に終わった。


 テストと言っても、近隣に出没する魔物の種類や基本的な対処法の確認を、試験官による質疑応答形式で行われただけだ。筆記にしないのは文字の読み書きができない冒険者が多いからである。


 ちなみにギルドが依頼の斡旋業務をするのも、依頼書を貼り出しても読めない者がいるため。

 余談だが、冒険者たちのそれぞれの適性を把握して依頼を振り分ける受付嬢は、実は高学歴の者が多いらしい。


 何はともあれ、ヴィーネの冒険者ギルドへの登録は簡単に受理された。こんなに登録が容易で良いのかと思ったが、この町の子どもたちが小遣い稼ぎのために登録をして育てた薬草を納めているのだと聞いてなるほどと納得した。


 森に入って魔物狩りをするような冒険者はきっと一握りなのだ。


 その他大勢は危険を犯してまで森には入らない。森に入りたいからと冒険者登録するのはヴィーネぐらいのものだろう。


 約束の十日後、ヴィーネは取得したばかりのライセンスを門衛に掲げて、大魔熊不在の確認が取れた森の中へ足を踏み入れた。


「何かあればすぐに逃げて来いよー!」


 一人で大丈夫か、武器はちゃんと持っているかと最後の最後まで心配してくれた門衛に苦笑しながら手を振る。


 人を待たせているの、目潰し玉を持ったから大丈夫と答えながら、きっと至極真っ当な指摘をしてくれているのだろう彼にだんだんと申し訳なくなってくる。


 今からヴィーネが向かうのは森の最奥部なのだから。


 まずはラスラに教えられた通り、浅層を獣道に沿って歩く。方角さえ間違えなければ迷いはしないというラスラの言の通り、少し歩けばすぐに打ち捨てられた石の塔を見つけることができた。


 この辺りには、戦時中に建てられた見張り塔が点在している。ほとんどが劣化して倒壊寸前だが、森の中においては良い目印だ。


 ラスラは見張り台に座り込み、足を遊ばせながら待っていた。


「おーい、ヴィーネ。思ったより遅かったな」

「危ないわよ!?」

「へーきへーき」


 半分が朽ちて崩れている塔の上によじ登るなど、見ているこちらがヒヤヒヤする。


 だがラスラはヴィーネの心配をよそに崩れた壁石をひょいひょい伝って、猿のような身軽さであっという間に降りて来た。


「遅れてごめんなさい、準備に手間取っちゃって」

「来ないかもって思ったよ」

「来るに決まってるでしょ。こっちが頼んだんだから」


 そりゃそうか、とラスラはからからと笑った。


「じいちゃんには話を通しておいたよ。歓迎するって」


 じいちゃん、つまりラスラの村の責任者に取り次いでもらえるようお願いをしていた。村の狩人の取り分は本来村のもの、商売を始める前にまずラスラの村にも伺いを立てるべきと思ったのだ。

 とはいえ、歓迎の意を言葉通りに受け取って良いか、ヴィーネは迷ってしまった。


「ねえ、ひとつ聞いていい?」

「ん?」

「わたし、本当に村に行っても大丈夫かしら」


 ラスラもヴィーネも、人魔戦争を直接知る世代ではない。


 だが、人間種と魔族はずっと敵だった。


 ラスラが魔族の町に近寄らないのも、自分が魔族に良く思われていないと知っているからだ。ヴィーネが人間種の村を訪れるのも同じこと。反感を買うのが普通だろう。

 ラスラの顔繋ぎがあっても、ヴィーネの申し出は半々の確率で断られるだろうと踏んでいたほどだ。


「まあ大丈夫だろ」


 だがラスラは楽観的だった。


「だけど……」

「おれの友達だって紹介すりゃ十分だ」


 友達、とあっさりとラスラが口にした言葉はヴィーネの心にぽつりと沁みた。

 きっとラスラは何気なく言ったのだろうが、それが歴史的にどれほど波紋を打つか。

 人間種と魔族の間にある隔たりは大きい。それでも何とかなると、信じさせてくれる。


「そう……そうね」


 今から乗り込む自分がこんなに弱腰でどうするのか。

 ヴィーネは両頬を叩いて喝を入れる。


「ラスラの村に、商いの承諾を得なくちゃいけないもの。今からビビっちゃダメね! わたしの夢のためにも、絶対勝ち取ってやるわ。行きましょ、ラスラ!」

「おー!」


 つられて片手を振り上げたラスラが、「あ、そうだ」と付け加える。


「大事な話」

「な、なに?」


 改まった様子にヴィーネは居住まいを正す。


「村でお茶を勧められても、飲んじゃダメだからな」

「お茶を? なんで?」

「死にたくないだろ」


 なんの冗談かとラスラの目を見れば、実に真剣そのものだった。


「絶対飲むなよ」


 念押しされれば、頷くより他ない。


「う、うん。え、待って、どういう意味よ?」

「よし、出発ー!」

「ちょっと!? 怖いって!!」


 懸命に訴えたが、ラスラは必要なことは言い終えたとばかりにさっさと歩き始める。


「ちょっと向こうの方で待たせててさ、あんまりグズグズできないんだよ」

「連れがいるの?」

「っていうか、乗り物かな。歩いたら日が暮れちゃうし」


 ほどなくして着いたのは、ぽっかりと木々のない静かな空間だった。木々が風に揺れる音が、まるで祝詞のように響いている。


 ラスラは指を口に咥え、高く、二度、鋭い口笛を吹いた。


 その直後、木々のざわめきがぴたりと止んだ。空気が張りつめ、森が息をひそめる。


 ざあっと視界が開けるように周囲が明るくなり、そこで初めてヴィーネは〈目眩し〉の魔法がかけられていたことに気付く。


 しばらくして──踏みしめる音もなく、まるで空気の裂け目から現れたように、白銀の毛並みを持つ四足の魔獣が姿を見せた。


 鱗の生えた長い首筋、足元は馬のような蹄、竜に似た頭はこちらを見下ろしている。


 ヴィーネは神秘的な姿とその荘厳さに言葉を失う。


 麒麟。


 図鑑や冒険者ギルドの資料の中にもなかった。どころか、伝説でしかその存在を聞いたことがない。魔物の王にして、敬い崇め奉られる神獣。


「おーい、森神様」


 その伝説上の生き物に対して、まるで近所のおじさんに会ったかのように手を振ってラスラは近付いた。

 二本の角で小突かれる。


「痛った!?」

『聞こえていたぞ、ラスラ。無礼なやつめ。我を乗り物扱いするでないわ。ミランダといいお前といい、まったく魔物遣いの荒い……』


 低く響くような声に、ヴィーネは思わず一歩引いた。


「しゃ、喋っ……!?」

「喋るよ? うちの村の守り神。森神様、こっちがおれの友達のヴィーネ。今日初めて村に行くんだ」

『ふむ』


 真紅の瞳が見透かすようにヴィーネを映す。


『ラスラから話は聞いておる。魔族が人間種の村に用があるとはどういうことかと初め聞いた時は驚いたがな』

「森の恵みを分けていただきたくて……森や人間種の生活に支障が出ない範囲で構いません。我々もその恩恵を頂戴する訳にはいかないでしょうか」


 森神様ということは、この麒麟は森の主だ。


 頭を下げながら、恨みがましくラスラを睨む。こちらは段階を踏もうとしているのに、本丸どころか裏ボスを目の前にホイと出された気分だ。


 だが森神様は『我に伺いを立てる必要はない』と素っ気なかった。


『狩猟もまた命の営みの一つ。我が関与するところではない。森を焼き払うというのであれば話は別だがな』

「まさか、そんなことは!」

『昔実際にあったのだ。森に隠れた人間種もろとも森を焼いてやろうという愚か者がな。まあ全て返り討ちにしてやったが』


 息を飲むヴィーネをよそに、ラスラがあくびを噛み殺した。


「ヴィーネはそんなことしねーよ。だいたい何十年前の話だよ、それ」


 長らくソルガードは森の入り口に鎮座し、決して開拓を進めてこなかった。できなかったのかも知れない、と森神様を見上げて思った。


 だって魔素を一つも漏らしていないのに、魔族とは比べ物にならないほどの魔力が内で渦巻いているのが分かる。存在感が、威圧が、これを敵に回してはいけないと悟らせてくる。


 というか、これに乗るのか? 今から?


 森の最奥部に行くというのに、なるべく軽装で来るようにと言われていた。ということはラスラは最初から森神様に送迎してもらうつもりであったということだ。


「守り神よね? 大丈夫?」

「え、なんで?」

「いや……普通に罰当たりだと思うんだけど」

「大丈夫大丈夫。おれ昔から乗せてもらってるから」


 それは果たして大丈夫なのか。


 恐る恐る森神様を見やると、フンと大きく鼻息をつかれた。


『もう少し言ってやってくれんか。こやつには敬いの心が足りん』

「えーちゃんと感謝してるってば」


 言いながらラスラは森神様の背中の毛を撫で付けて座る場所を確保している。

 森神様はため息をついて、片膝をついた。


『背中の上では暴れぬことだ。落ちてはぐれても責任は取れぬゆえな』

「ラスラ、落ちたの?」

「ガキの頃だよ」

次回1月1日22:00に更新します。

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