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◆絶滅寸前の人間は、魔族の友達に会いに行く  作者: 駄文職人


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14/15

対ゼイグ戦

「やはり、私の言った通りだった……! 領主様、ご覧ください! 人間種が魔物を従え、我らが領地を踏み荒らさんとしているのです! 私は、私は正しかった!!」


 地上に出た瞬間、ラスラとその後ろに控える森神様に向け、縄で縛り上げられたドレスター卿が唾を飛ばして喚いた。


 なんだアイツは、とラスラと森神様は冷ややかな視線を向ける。


「商業ギルド長、いや元、になるのかな。ドレスターよ」

「あぁ、アイツが」


 耳元でヴィーネが教えると、ラスラは納得したように頷いた。


〈コルヴァス連商会〉の倉庫には、多くの冒険者と衛兵が走り回っている。ドレスターの他にも何人か彼に雇われたであろうゴロツキが捕まっている。


 そしてそこから一歩離れた所に、領主ゼイグが佇んでいた。


 彼の鋭い目が向いているからか、どこか現場には緊張感が走っている。


「あ。おーい、イオのじいちゃん!」

「バッカ、何やってんの!?」


 ヴィーネはラスラの手を押さえる。


 せっかく逃げられたのに、自分から自分を捕まえた魔族に手を振るとは。

 ゼイグは心底嫌そうに顔を歪ませた。


「貴様……警戒心はないのか」

「おれを殺す気のヤツには、さすがにもっと慎重になるよ」

「ふん」


 それは、ラスラに対して害意がない証明だ。

 ヴィーネは信じられない面持ちで、二人を見比べている。


 それはドレスターにとっても同じだった。


「え? は……? お、恐れながら申し上げます、この者は、その、人間種ですよ……?」


 ゼイグはそれに答えなかった。

 前に進み出たゼイグは、その場の誰も予想しない行動に出た。


 ラスラに、いやラスラの後ろに控えている森神様に対し、胸に手を当てこうべを垂れたのである。


 ラスラ達だけではない。衛兵や冒険者たちも、己が領主が森の主を敬う態度をとるのを固唾を飲んで見守る。


 対する森神様は、『ほう』と感心する声を漏らした。


「いと貴き方の右手にして、森を統べる御方よ。御身に再びお目にかかれたことに感謝を。最果ての地よりの血族、ユキナリの孫にしてザガンの息子、名をゼイグと申す」

『どこぞで会ったことがあったか』

「はるか昔、戦の場にて御身の姿を遠目ながら拝見したことが。一度きりではありましたが、猛々しい御姿は昨日のことのように目に焼きついております」

『なるほど。許す、楽にせよ。であるならば、この地の魔族共に伝え知らしめよ。そこな子どもは我が庇護下にいる人間種である。我が怒りを買いたくなければ、ゆめゆめ邪な考えは抱かぬことだと』


 頭を上げたゼイグはちらとラスラを見た後「恐れながら」と口を開く。


「御身はなにゆえ、人間種を守護するのか」

『盟約ゆえに』


 森神様は即答した。

 なおもゼイグは問う。


「それは、かの勇者との?」


 森神様は『いや』とゆるりと首を振る。


『友との約束だ。同じ空の下、魔王と共に同じ理想を掲げたかけがえのない友よ』

「! 森神様、魔王に会ったことあんの!?」

「こら、ラスラ!」


 堪え切れずに尋ねたラスラを、ヴィーネが嗜める。


 この国の王の忠臣を前にして「魔王」と馴れ馴れしく呼ぶなど、ヴィーネからしてみれば畏れ多いことだ。森育ちで外界に疎いラスラには難しいだろうが、せめて様か陛下を付けてほしい。


 だが森神様は喉を鳴らして笑った。


『なんだ、話したことがなかったか?』

「知らねーよ! なにそれ、森神様も森から出たことあんのかよ!」

『そも、森神などと呼び始めたのは人間種からよ。私はもともと外にいた。その後友との盟約を果たすべく、森に留まるようになったのだ。アーラルクは今や私の縄張りよ』


 最後の一言は、森を悪戯に荒らす連中を自分は許さない、という周囲の冒険者たちへの牽制も兼ねていたのだろう。


 ドレスターはもろに森神様の魔圧を受けて泡を吹いている。


 震え上がる冒険者たちをよそに、ゼイグがじっと考え込む素振りを見せていた。


「盟約……友……王よ、よもやまさか……」


 その時、人混みが割れた。


「お祖父様……! ラスラ!」


 こちらに走ってくるのはイオだった。

 ぱっとラスラの顔が明るくなる。


「イオ! どこ行ってたんだ?」

「どこって、君がドカドカ町にワイバーン落とすから、その後対処に追われていたに決まってるだろ! 屋根に引っかかってる死骸を降ろすだけで何人人が要ると思ってるんだ、ふざけんな!」


 そばまで来たイオが、だいぶ溜まっていたらしい鬱憤を爆発させた。公衆の面前であることも忘れて素で叫んでいる。


 あまりの剣幕にラスラは気圧された。


「ご、ごめん」

「許す!」


 ふーっとイオは息を吐いて気持ちを落ち着ける。


「……その様子だと、怪我は大事なさそうだね? 君が亀裂に落ちていくが見えて、生きた心地がしなかったよ」

「おう、元気!」


 ゼイグによる拘束、ワイバーンとの連戦、それらを経ても元気そうなラスラの姿にようやくイオは胸を撫で下ろす。


 ようやく周囲を見る余裕を取り戻した彼は、一歩下がって森神様に礼をした。


「ご無沙汰しています。その節は、お世話になりました」

『息災そうで何よりだ。しがらみとは折り合いがついたと見える』

「……完全に飲み込めたとは言い難いですが、はい。お陰様で、なんとかやっています」

『良きかな』


 森神様との挨拶を終えたイオは、「お祖父様」とようやく自分の祖父に向き直る。


「昔いがみあった人間種は、今は良き隣人なのです。ぼくは、少なくともそうでありたいと願っています。……分かっていただけないでしょうか?」


 人間種は敵ではない。


 少なくともラスラとイオが互いを親友と呼び合う内は、彼らが牙を剥くことはない。


 ゼイグは静かに目を伏せた。


「……撤回はせん」

「お祖父様!」

「勘違いするな。私は一度も人間種を敵とは断じておらん」


 その意味を理解するのに、時間を要した。

 イオは唇を震わせる。


「お祖父様、では」

「だが、一つ確認せねばならぬことがある」


 ゼイグは一歩、踏み出した。


 彼は確かめねばならなかった。孫が親友と呼ぶ者が、森の神が庇護するこの少年が、一体何者であるのかを。


「〈天撃〉よ。貴様に決闘を申し込む」

「へっ?」


 間抜けな顔で当人は聞き返した。




 凄腕と名高い〈天撃〉と自領の領主が決闘を行うという噂は瞬く間に広がった。


 倉庫はいつの間にか押しかけた人だかりができ、衛兵を急遽円形に配置してこしらえられた闘技場を覗き込もうとしている。


「まるで見せ物ね」

「実際見せ物だよ。人間種との力の差を見せつけるためにわざと人を集めたんだ」


 イオはひどく機嫌が悪かった。一度は分かってくれたかと期待しただけに、こんなパフォーマンスじみた手を取られたことがショックだったのだろう。


「あんなの受けることなかったんだよ、ラスラ」


 一方でラスラは準備体操をしながら「んー?」とのんきに返事する。


「いや、実は魔族と手合わせできるって聞いてちょっとわくわくした」

「君ねぇ!」

『彼奴も彼奴なりの考えあってのことであろう』


 森神様まで膝を折って観戦の構えである。


「あの、森神様」

『案ずるな。万一の時は割って入ってやる。もっとも、杞憂とは思うがな』

「楽観しすぎでは?」

『あれほどの傑物が、これほど人の目がある中で弱者を痛めつけるような真似をするとは思えん』

「どうだか」


 吐き捨てるイオに、開脚しようとしていたラスラは手を止めた。


「なあ、イオ。お前、自分のじいさんとちゃんと話したことないだろ」


 イオは一瞬息を止めた。

 苦々しい表情だった。


「……ぼくだって、話をしようとしたさ。忙しいからと避けてきたのは向こうだよ。ぼくが君の村に世話になっている間、町では行方不明扱いだった。少しは心配したかと思えば、ぼくが帰って早々に王都の学園に七年も放り込まれたよ。ソルガードに戻ってきたのは一年前だ。それからも話すとしても仕事関係、個人的な話なんてしたこともない。わかるだろ? お祖父様はぼくに関心がないんだ」

「全然森に来ないと思ったら、お前町にそもそもいなかったのかよ」


 初めて知った事実に驚きながらも、ラスラは自分が実際に見て話をしたゼイグの人物像との差に釈然としない。


「イオがじいさんに思うところがあるのは知ってるよ。だけど、いんやだからこそ、イオは自分の考えてることをちゃんとじいさんに話した方がいいって。今回みたいに」

「……あの人はぼくのことを、都合の良い駒ができたとしか思っていないよ。ぼくだってそうだ、自分の夢を叶えるためならオルド家だってお祖父様だって利用してやる。愛情なんてないんだ。ぼくらはそうやって過ごしてきたんだよ」


 硬く感情を押し殺した声だった。


 その奥に渦巻くものもラスラは確かに感じていて、だけど意地でもそれを見せようとしないイオの頑固さに辟易する。


「石頭め」

「君には分からないよ」


 脇で見守っていたヴィーネがはっと息を飲んだ。

 つい溢してしまったイオも、すぐに自分の失言に気が付く。


「ごめん、そんなつもりじゃなかった」

「……そりゃ、おれには家族はいねーからイオの気持ちは分からんかも知らないけどさ」


 ラスラは、イオに真っすぐに向き直る。


「おれは、イオがうらやましいよ」


 心からの言葉だった。

 ずっとラスラは一人だった。村のみんなは優しくても、家族と呼べる人は自分のそばにはいない。


 父はどうして自分を置いていったのか。

 外へ行かねばならない事情がもしあるのなら、なぜ一緒に連れて行ってくれなかったのか。


 どれほど疑問を投げても胸の中でぐるぐると回るだけで答えは返ってこない。せめて夢で殴ってやりたくても、自分は父の顔も知らないからそれすらできない。


「文句を言う相手がいるだけ、イオはいいじゃんか。落ち着いてからでいいから、ちゃんとぶつかって来いよ。あのじいさんも魔族ったってあと何十年も生きる訳じゃねーだろ。後から『やっぱり一発かましてやりゃ良かった』って思ったって遅いんだぞ」


 喧嘩ができる相手がいるだけマシだ。

 イオには、自分のような思いをして欲しくない。


「……君が言うと、重みが違うな」


 噛み締めるようにイオは呟く。


「分かったよ。ちゃんと話をしてみる。……聞いてくれるかどうかは分からないけど」

「約束だぞ」

「なんで君と約束しなきゃなの。でも、うん、分かった。約束だ」


 拳をぶつけ合い、ラスラはにかっと笑った。




 ラスラは天涯孤独だった。


 幼い頃は長老の家でお世話になっていた記憶があるが、ある時村の畑を荒らしていた大猪を討ち取る姿を見て、狩人に憧れた。


 狩人は強さの象徴だ。


 自分もあんな風に魔物に勝てるぐらい強くなれば、一人で森を歩けるだろうか。


 ……父を探しに村の外へ、行きたい。


「強くなりたきゃ肉を食いな。お前は男だ、その内デカくなる。デカくなりゃ自然と力も強くなる。そうすりゃ森に出ても止められやしないだろ」


 そう教えてくれたのは、村一番の狩人のミランダだった。女性ながらも狩りの知識が豊富で他の狩人よりも成果を上げる彼女は村で一目置かれる存在だった。


「強くなるって、ミランダよりも?」

「調子に乗んな。って言いたいが、大人のお前なら私も力負けするだろうね」


 ミランダはラスラに色々と教えてくれた。


 森で迷子にならない歩き方、気配の消し方、魔物の習性、罠の張り方。


「おい、足止まってんぞ! あと十周は走れ! 持久力をつけろ、森で死にてえのか!」

「はっはっは! そんなナイフの持ち方じゃ指を切るに決まってんだろ、へったくそ! さっさと圧迫して止血しろ!」

「ビビって後退るんじゃねぇ! 前に出ろ! 一人前になりたきゃツノウサギぐらい一人で狩れるようになれ!」


 教え方は、正直分かりやすかったとはいえない。


 全てにおいて「実践あるのみ」を指針とするミランダの指導は過酷を極めた。すぐについていくだけで必死になった。


 それでもミランダの在り方は、ラスラにとって今でも目標だ。


 彼女は豪快な性格と言動に反して、狩りの仕込みには絶対に手を抜かない人だった。幾重にも罠を張り、獲物とする魔物を何日も観察して動線を探る。


 そして、仕留める時は一瞬。


 カゲボウシの黒を纏うミランダは何よりも早く、美しかった。


「外の世界へ行くなら、影纏いは最低限使えるようになっておくんだ。じゃなきゃ話になんねーからな。それから、こないだ魔族との戦い方は教えただろ?」

「勝負になる前にやれってヤツ?」

「そう。奇襲ができるに越したことぁねーんだけど、そういう訳にもいかない時ってあるからよ。どうしても真っ正面から、魔族とやり合わなきゃいけなくなった時のために一応教えておいてやる」


 実はな、といつもの不敵な笑みでミランダは教えてくれた。




 持っていた魔石を全て足元に落とす。


「最初っから全力だ」


 踵を鳴らしてカゲボウシを起こす。


 夜纏に包まれたラスラの姿に、冒険者たちはどよめいた。あれはなんだ、人間種は魔法を使えないはずじゃ、と耳に入ってくる雑音を遮断する。


「武器はなんでもかまわん。騎士の作法は問わぬこととする」


 ゼイグは自身よりも背の高い槍を構えた。


 ピリつく空気。老いてもなお衰えを知らない戦意に、ラスラは震えた。


 これが人魔戦争を生き抜いた男の闘気か。


「どっちかが気絶するか、降参するかでいいよな?」

「安心せよ、町の恩人の命まで取りはせん」

「それを聞いて安心したよ」


 向けられる刃先に対して、ラスラは手を下ろしていた。無防備にも見える態勢。


 それは、唐突に始まった。


 踏み込むラスラに対して、迎え撃つ形で放たれた鋭い突き。


(まずは小手調べ)


 くるりと左足を軸に回り、遠心力を乗せて槍の横面めがけて蹴りを打ち込む。


 カゲボウシによって強化された足鴉は、ガィンッ! と生身では鳴りようのない音を立てて槍を横殴りに弾いた。


 オルド家の槍は刃先の両端に鉤と斧を搭載したハルバート。通常の槍よりも重いため、扱いには慣れがいる。


 横に振り払われた力のままに槍を回転させたゼイグは、


「ふんっ!」


 縦に持ち変え、ラスラの頭を叩き潰さんと振り下ろす。


「黒籠手……」


 影を纏わせた腕を交差させ、防御しかけたラスラは、しかし次の瞬間槍を手放して後ろに飛び退いた。


 先程までラスラのいた場所が、べゴォ!! と音を立てて抉れた。


「ほう、よく避けたな」

「……!」


 魔法を乗せていたのだ、と気付いた。嫌な予感がして防御を止めてたまたま命拾いした。


「私は《重力》魔法を得意とする。槍との相性が良くてな、多くの敵をこいつで叩き潰してきた」

「ワイバーンを落としていたのはそれ?」

「しかり。貴様を平らにするぐらいは容易にできよう」

「うへぇ」


 軽口を叩きながら、ラスラは冷や汗が背に流れるのを感じる。


 魔力を感知できない人間種が魔族や魔物を相手にする時、相手の動きや視線で発動を予測する。


 ラスラが見る限り、魔族は魔法を発動する直前に決まった動作をする傾向があるようだ。指を差したり、拳を握ったり、人によってそれぞれだが、その動作と魔法を発動させる時の特有の力みを見逃さなければ、魔法のタイミングを見極めることはそう難しくはない。


 イオによれば、魔法を使う時はイメージが大事だということだった。決まった動作をするのはイメージを固めるための一種の儀式、成功率を上げるために行うのだと。


 だが先ほどのゼイグの一撃に魔法の予備動作は一切なかった。きっと自分の得物が長年の経験により、手に馴染んでいるから。ラスラが愛用するナイフの重さや間合いは目を閉じていてもすぐに思い出せるように、きっとゼイグは自由自在に槍に《重力》を込められる。


 イメージを固めるための動作を必要としないほどに、ゼイグは槍を使いこなしている。


 つまり、魔法なしでも十分に強いということに他ならない。


 ラスラは全身が粟立った。


「怖気付いたならば今の内に……」


 ゼイグは言葉を止める。

 相対するラスラの顔がーー笑っていたから。


「やっ……べぇ。どうやって攻略するんだ、これ」


 少年は興奮していた。


 向こうはリーチの長い槍、こちらはナイフ一本。掻い潜ることすら難しい。加えてゼイグは魔法を自在に使いこなすのに対して、自分は魔法を使えない。どころか魔圧の一発も飛ばされれば自分は動けなくなる。


 勝ち筋がない。

 圧倒的な力の差。


 なのにこんなに、胸がドキドキしている。


 自分より強い、それも魔族との戦闘は彼にとって初めての経験である。ゆえに喜びが恐怖を凌駕していた。


 相手の隙を一つも逃すまいと爛々と目が輝く。その様子にむしろゼイグの方が危機感を募らせた。


「……参る」


 猛然と刺突の嵐が襲う。

 その全てをラスラは捌いてみせた。


 絶対に魔法は乗らないと確信しているかのように。


「むぅ……っ!」


(怯むな。《重力》魔法は強力だけど隙がデカすぎる、多用はしてこない!)


 ならば小回りのきく自分のナイフの方が接近戦は有利だ。


 ラスラはゼイグを決して侮ってはいない。むしろ、まともにやり合っていては擦り切れるのは自分の方だと理解している。


「……ははっ」


 距離を詰めようとしたら、踏み込みかけた足を貫かれそうになった。


 飛び退こうとすれば横から柄が胴を捉える。


 黒籠手を挟んでなんとか威力を殺して踏みとどまる。魔法が乗っていないのに左腕が痺れる。


「はははっ」


 倒れまいと堪えた足のまま、地を蹴る。

 破れかぶれに見える突進をするガラ空きの頭に、


「潰れろ!」


《重力》を帯びたハルバートの刃先が振り下ろされる。


(ここだよなーー!)


 槍とナイフが、交錯した。


「なっ!?」


 ラスラがナイフを手放し、投げたのである。


 ゼイグの視界の端で、腰からもう一振りを抜き放つのが見えた。


 ラスラのナイフよりは少し刃渡りの長い刃物。普段使用する分には鞘に収まることはない、日常道具。


 オリハルコンを練り込んだ包丁が、槍の柄を真っ二つに切り捨てる。


「なんと……!」

「《影食み》、足鴉」


 驚愕するゼイグの懐に、さらに踏み込んだラスラが滑り込む。


 シワだらけの首筋目掛けて、左手で拾い上げたナイフが迫る。


 その向こうに見える少年の顔と、遥か昔に相対した男の顔と重なって見えた。


 あぁ、そうだ。あの男も不敵に笑っていた。


 どうしてラスラが気に食わないのかようやく分かった。この子どもを見ていると、あの男を思い出す。味方を鼓舞し、剣を携え、人間種の軍勢を率いて歯向かってきたあの男を。


 我が軍を退け自分を打ち倒し、敬愛する魔王陛下へすらその刃を届かせ得た。


 勇者の影がチラつく。


「舐めるなぁ!」


 ゼイグが強引に柄だけとなった槍を振り回した。

 ラスラの頭をぶん殴る軌跡。


「!」


 間一髪、体を反らせてそれを避けた。避けて見せた。


 地面に頬を擦りそうなほどに捻った体勢のまま、いつ手に取ったのかラスラは折れていた刃側の槍を持つ手を振り抜く。


(そうか……)


 あの男がそうだったように、この子どもの刃はいずれ魔王陛下の喉元にすら届き得るのやも知れぬ。


 人間種は狡猾だ。

 人間種は卑怯な手を使う。


 だがそればかりが脅威なのではない。本当に脅威なのは貪欲さ。


 魔法を持たぬがゆえに、彼らは常に飢えている。満足を知らず、諦めを知らず、どこまでも追い求め喰らいつく。


 戦場において勇者が何度も立ち上がったように。


 この子にも同じ『飢え』を感じる。


 金属音が、響き渡った。


「……まあ、そりゃそうだよな」


 少年は苦笑気味に呟いた。


「槍なんてでかい武器使ってんだ、至近距離用の装備ぐらい持ってるよな」


 ゼイグの懐から現れた小ぶりのスティレットが、ハルバートの斧刃の根元に食い込んでいた。これ以上は差し込めない。更に攻めるならラスラは一歩引かなければならない。


 その間にゼイグの《重力》魔法がラスラを押し潰す。


「降参だ」


 ラスラはあっさりと武器を手放し、両手を上げた。


 呼吸も忘れて見守っていた野次馬たちが、息を吹き返したように一斉に歓声を上げた。


 領主の強さと人間種の少年の健闘を口々に称える中で、ゼイグは「……ふん」と息を吐いてさっさと踵を返した。


 側からそれは期待外れだったと落胆するようにも見えただろう。


 駆け寄ってきた側近はゼイグの背にマントをかけつつも、少年の方を気にしていた。


「よろしいのですか、今ならば息の根を止めることも」

「馬鹿者め、近くにいながら何を見ていた」


 ゼイグは低く言った。

 憎々しげに口の端を曲げる。


「もしあのまま深追いしていたら、こちらの頸動脈を切られておったわ」

「はっ……?」

「試されたのはこちらだと言っている。全く、小さいのに油断ならぬ狩人よ」


 立ち去るゼイグの背後で。


 その背中をじっとラスラは見つめていた。


 師の言葉が頭をよぎる。


『どうしても真っ正面から、魔族とやり合わなきゃいけなくなった時のために一応教えておいてやる。実はな』


『魔族の連中は強いヤツほどプライドが高いっつーか、「強者は礼節あるべし」って考えがあるんだ。戦意を失った敵を深追いしない。だから……一旦降参して、勝ったと思わせて気が緩んだところを強襲する』

『汚ねえ!?』


 当時は思わず叫んだが、今ならラスラも納得できる。魔族とやり合うなら奇襲だ。間違いない。


「ミランダの言う通りだった。真正面からやり合ったらまず勝てねー」


 呟くラスラのそば。


 先程まで老兵の立っていた場所に密かに打ち上げた包丁が遅れて突き立ったのだった。


次回1月11日22:00に最終話を更新します。

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