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◆絶滅寸前の人間は、魔族の友達に会いに行く  作者: 駄文職人


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11/15

友の告白と人間嫌い

 冒険者ギルドの談話室は騒がしかった。


 それもそのはず、ワイバーン襲撃をたった一人で討伐した〈天撃〉の正体が、人間種の少年だったという話がまるで火がついたようにギルド中に広まっていたのだ。


「なあ、本当にあの子どもが? 俺、壁の上から見てたけど……空を駆けてたぞ?」

「信じられねえよ。あいつが飛んだあと、ワイバーンの首が落ちるのを見たんだ」

「人間種がだぞ!? マジであんなの、どこで育ったらああなるんだ……」


 どよめく声、驚き、混乱、戸惑い、そして――僅かに滲む敬意。


 それは、命を救われた冒険者たちの証言が確かなものであったからこそ、否応なく周囲の目を変えていった。

 そんな中、イオがギルド長に頼んで借りた奥にある応接室に、ヴィーネ、ラスラ、イオの三人がようやく腰を落ち着けていた。


「騒がしいわね、外……」

「そりゃあそうだろうさ。魔法を使える分自分たちの方が強いと驕っていた連中には、頬を引っ叩かれるほどの衝撃だろうね」

「そんなもんかね? ワイバーンぐらい魔族でも狩れるだろ?」


 当の本人はあくびを噛み殺している。部屋の外の騒ぎには関心がなさそうだった。


 イオは呆れた。


「簡単に言ってくれるね。魔法の範囲外から一瞬で降下してきて喰らいつく魔獣を無傷で討伐できる冒険者なんてそうはいないんだよ」

「そうなの?」

「そうなの。まあ、城壁の砲台が優秀すぎて近年冒険者の質が落ちてきているって問題もあるけどね」

「そういやイオ、なんであんな所にいたんだ? 応援にしちゃずいぶん早かったよな」

「君を探していたに決まっているだろう」


 イオは何を言っているんだ、と言わんばかりであった。


「ヴィーネ嬢の事業申請書を見た瞬間、君が関わっているとすぐに分かったよ。おまけに品質審査の素材。数といい質といい、あれなに? 『売られた喧嘩は買ってやる』と言わんばかりだったじゃないか。とってきた人の負けん気が目に浮かぶようだったよ。ヒュドラ何体狩ったのさ」

「十体ぐらいかな。さすがに一人では無理だったから、他の狩人連中の手も借りたよ。解体の手間の方が大変でさぁ」


 狩りそのものより後処理の苦労をぼやく少年に、イオは肩をすくめてヴィーネを見た。


「よくコイツと手を組もうって思ったね、ヴィーネ嬢。無茶苦茶でしょ?」


 ヴィーネは向かいに座るイオに、緊張気味に背筋を伸ばす。


「えっと……オルド卿」

「イオでいいよ。ここはぼくらしかいない、気楽に話してくれると嬉しいな」


 無茶を言うなと心の中で突っ込みたくなる。


 相手はこの町の現領主ゼイグ・ヴァン=オルドの実の孫、領主を継ぐことが内定していることを示す「ヴァン」を持つ者だ。


 領主代理兼監査官と一商人という立場でも並び立つのが恐れ多いというのに、同じテーブルについてあまつさえ呼び捨てにしてくれて構わないとは。


 恐縮で固まるのは無理もない話だ。


 だがそんなヴィーネに対し、イオは少し寂しそうに笑った。


「ダメかな。君はぼくの親友の友達だろう? できれば身分とか立場とか、そういうのを抜きにした関係でいたいんだけどな」

「大丈夫だよ、イオは変なヤツだから。失礼なぐらいの方が喜ぶよ」


 無遠慮にイオを指差してラスラが本人を前に堂々と言い放つ。

 そんなラスラを、イオは少し複雑そうな表情で見る。


「なんだよ。おれはお前に敬語なんか使ったことないし、お前そういうの嫌がるじゃん」

「違うよ。君が変わっていなくて安心したぐらいだ」

「そういうお前はちょっと偉そうになった」

「一応、肩書に合わせて振る舞っているだけさ。でないと周囲がうるさくってね。面倒なもんだよ」


 うんざりさ、と愚痴るイオは監査官の時とは全く違って年相応に見えた。


 恐らくこちらが彼の素なのだろう。


「分かりま……分かったわ。わたしのこともヴィーネと呼んでちょうだい。ヴィーネ嬢なんてこそばゆいと思ってたの」


 言い直し、ラスラに対するそれと同じ態度に変えると、イオは満足げに頬を綻ばせた。


「改めて、よろしく。ヴィーネ」

「よろしくね、イオ」


 互いの手を握り合う横で、今度こそラスラが大きなあくびをした。


「疲れたの?」

「ん……大丈夫」


 明らかな疲労をにじませて、眉間を指で揉んでいる。


 その様子を観察していたイオが不意に、


「ラスラ。魔石は?」


 尋ねた。


「切らしちゃった」

「そんなことだろうと思ったよ」

「魔石? どういうこと?」


 人間種のラスラにとって魔石の魔素は毒となるはずだ。質問の意図が分からない。


「今のラスラは影にポゼッサーデビルを潜ませてる。たぶんそいつが腹を空かせてるんだ。魔素の代わりに体力を吸われてるんだと思う」

「ポゼッサーデビルって、〈魔食いの悪魔〉!?」


 影に寄生して、気付かれることなく魔力だけを吸い取ってしまう魔物。一度取り憑かれると自覚症状なく魔力が枯渇してゆき、衰弱していくことから〈魔食いの悪魔〉と恐れを込めて呼ばれている。


 どうして、と言いかけた時、ワイバーンを落とした時にラスラが纏った黒い影を思い出した。


 そんな、まさか。


「まさかでしょ。あの村の狩人たちはポゼッサーデビルを使って〈身体強化〉に似た技を編み出したんだよ……。しかも実用化してる」

「あ、危ないじゃない!」

「魔族にはね。でも人間種は魔力を持たないから、そもそもポゼッサーデビルの眼中にないはずなんだよ。一体どうやって飼い慣らしているんだか」

「えぇ……」

「ぼくが会った時は、ラスラはまだ練習中だって聞いてた。実際に使っているところを見るのは初めてだな」


 ほら、とイオはラスラに手を差し出す。


 上にラスラが手を置くと、スルスルと体を伝って黒い影が少年の腕に巻き付く。


「イオ!」

「大丈夫だよ」


 ふわり、と魔力が花開いた。


 労わるように手のひらを包み込んだ魔力を、乾いた土壌が水を吸い込むようにラスラに根を張るポゼッサーデビルが吸収していく。


 イオが自分の魔力をラスラに、いやポゼッサーデビルに分け与えているのだ。


「君が夜纏まで使ったのに、魔石を食わせてないから心配してたんだよ。念の為に部屋を借りてて良かった。こんなところ、冒険者たちには見せられない」

「最近忙しくて、狩ってなかったからからさぁ……丁度いい大きさの魔石が手元になかったんだよ」


 あ……、とヴィーネが口を閉ざす。


 ラスラに品質審査で使用する素材集めに駆けずり回ってもらっていた。そのせいでポゼッサーデビルの餌を調達できなかったのかも知れない、と思い当たってしまう。


「あの……魔熊の魔石、やっぱり必要だったんじゃ」

「あんなに大きな魔石、コイツは食べられないよ。少食なんだ。おれも持ち運べないし」


 しばらくすると影は満足したのか、スルスルと足元へと戻っていった。

 ラスラは眠そうな目をこすって笑った。


「ずっと脇をつつかれて催促されてたから、助かった」

「少し寝てなよ。その状態じゃ、森にも帰れないだろ」

「やだよ。イオと話したいことたくさんあるのにー」


 眠気のせいか、それともイオに会って昔を思い出したせいか。口を尖らせるラスラの態度はどこか幼くて。


 そんな彼にイオは苦笑した。


「ぼくもだよ。一刻したら起こしてあげるから、ちょっと休みな」

「むー」


 不満げだったが、言われるままにソファの肘掛けに体を預け、猫のように丸くなってしまう。


 すぐに寝息が聞こえてきた。


「無茶ばかりするんだよ、昔から」


 イオは警戒心のない寝顔を眺めた。


「わたし……ラスラに負担をかけていたのかな」


 ぽつりとこぼしたヴィーネの呟きに、イオは首を振った。


「ラスラが、君に手を貸すって決めたんだろ? なら気にすることはないよ」

「でも、わたし隣にいたのに、ラスラがこんなに無理してるなんて知らなかった。……久しぶりに会う貴方は一目で気が付いたのに」


 ラスラを誘ったのは自分だ。


 負担を強いているつもりはなかったと言っても言い訳にしかならない。ラスラが自分よりも他人を優先させてしまう性格だと、頭で分かっていたのに。


 挙句、ヴィーネを助けるためにラスラは切り札を切ってまでワイバーンを討ち取った。気絶するように寝入ってしまうほど、疲労困憊になりながら。


「ぼくは昔、短い間だったけど人間種の村で暮らしていた時期があったんだ。その時に人間種の暮らしや狩猟のやり方を色々と教えてもらった。だから、他人よりは彼らのことを知っているつもりだし、君の気付かないところに気が付くことがあるかもね」

「ラスラは、優しいから教えてくれないのね」


 信頼していないというのならまだ良かった。ラスラはきっと怪我をしたとしても痛みを飲み込んでしまう。そんな確信がある。


「困ったもんだよね。そばで見ているこっちの身にもなってほしい」

「全くだわ」


 神妙に頷き合い、そして同時に噴き出した。


「人間種のことでこうして魔族の誰かと話ができる日が来るなんて思わなかったよ」


 ひとしきり腹を抱えて笑った後で、イオは目尻を拭きながらそう言った。


「誰にも言っていないの?」


 驚くヴィーネに、イオは寂しそうに目を伏せた。


「言えなかったんだよ。知っているだろう? ぼくのお祖父様は有名な『人間嫌い』なんだ」


 ソルガードを治める現領主は、その昔人魔戦争において人間種を追い詰めて功績を上げたことで知られていた。


 つまりは迫害だ。


 ラスラの探していた友達が、森へと追い立てた人物の孫だとは皮肉な話である。


「でも、ならどうやってラスラと知り合ったの? 村でしばらく暮らしてたって、一体どうして?」

「別に大した話じゃない。貴族としての勉強が嫌すぎて、森に家出した」

「森に家出」


 死ぬ気だったのかと疑いたくなる。


「ぼくの家は知っての通り、厳格な貴族一家でね。幼い頃から読み書き計算、礼儀作法、法律に歴史、兵法その他もろもろ……とにかく寝食以外の時間は頭に知識を叩き込めって教育方針でさ」

「うわぁ」


 なるほど、それは全力で逃げたくなる。なんという力技による教育か。


「とにかく屋敷にいたくなくて隠し通路を使って町の外に出たんだけど、森に出たところで村の狩人、ラスラじゃない人だけどね、見つかって」

「保護されたのね?」

「保護っていうか、捕獲に近かったけどね」

「捕獲っ!?」

「手足縛られて担いで村まで連れて行かれて、『見てよ、魔族拾った!』ってゲラゲラ笑いながら引き回されるのは保護ではないよね」


 正しく捕獲である。


「ヴィーネは村に行ったことは?」

「森神様に連れて行ってもらって、何度か」

「じゃあ会ったことあるかな? ミランダさんって人だよ。ぼくを捕まえた人は」

「会ったことはないけど、すごく知っているわ」


 やはりドラゴンの人だった。


 ラスラの常識外れの一端は、彼の狩りの師匠に責任があるのではと思いつつある。


「長老さんや他の人たちはすぐに町に返すように手配してくれようとしたんだけど、ぼくは家に帰りたくない。そしてあの村なら他の魔族は絶対にやって来ない。それで、村に置いてもらうよう頼み込んでさ、面白がったミランダさんのところにお世話になることになったんだよ。そこでラスラと知り合った」

「ラスラはミランダさんに師事していた、のよね?」

「そうそう。初対面は酷いもんだったよ。取っ組み合いの大喧嘩。初めての殴り合いの喧嘩の相手が人間種だなんて思いもしなかった」

「えぇっ!? 喧嘩って、なんで?」

「さあ。ぼくもラスラも、当時は荒んでたからなぁ」


 理由ははっきり覚えていないんだ、と笑いながら話してくれるが子どもとはいえ殴り合いとは穏やかではない。


「よく仲良くなったわね……」

「一緒に過ごしていればそれなりに折り合いも付けるさ。それに、ぶつかり合ってみないと分からないこともある。他人から聞いた噂も評価も何一つアテにならないんだって身に染みて思ったね」


 ヴィーネも深く頷く。


 ラスラと知り合ってからこっち、驚くことばかりだ。


「ぼくはずっと自由になりたかった。家からさっさと出て、冒険者になりたかったぐらいだ。でもラスラに会って、少し考えが変わったんだ。ラスラは自由だった。森の中にしか生きられる場所がなくて、生まれながらにして狩人として生きることが決まっていて、それでもこいつはぼくよりも自由だったよ。なんでだと思う?」


 ラスラの寝顔を眺めながら、イオは首を傾げるヴィーネに続けた。


「全部、自分で選んでいたからだよ」

「自分で……?」

「そう。森でどう生きるかも、狩人になることも、ラスラが自分の意志で選んでいたんだ。村には若い狩人が少ないから自分が跡を継ぐんだ、村は自分が守るんだってね。ぼくなんかよりずっと大人びていたよ」


 年齢よりもずっと幼く見える人間種の少年は、時々とても静かな目をしている。


 それは過酷な環境の中で育ってきたゆえか、それとも親がいないから大人にならなければならなかったからか。彼の目はいつでも現実を見ている。


 村のために必要なことが何かが分かるから、ラスラは狩人になる道を選んだのだろう。そして自ら選んだ道のために並ならぬ努力を積んだから彼は強いのだ。


「『人間種は魔法が使えない』、だからといって決して魔族に劣っている訳じゃない。そんな簡単なことも誰も知らないんだよ、この町の連中は。だから決めたんだ。ぼくが領主になって、この町に人間種がどんな種族なのか正しく伝える。そう、ぼく自身が決めた。たまたま得られた貴族の特権だ、どうせなら使い倒してやる。そして、魔力の有り無しだけで判断するこの世界を変えてみせる」

「強いのね」

「そんなことないよ。偉そうなことを言っても、今はまだお祖父様に意見する権限もないんだから」

「それでも頑張るのは、人間種の地位向上のため?」

「まさか」


 イオは肩を揺すって笑っていた。


「友達と森でまた猪狩りに行くためだよ」


 そう語る目の前の青年は、確かにラスラの親友であった。


 その後もヴィーネは人間種たちの近況を、イオは彼らとの昔話を交わして花を咲かせた。


「それ本当?」

「本当よ、実際に見せてもらったもの。角一つでも大人が一抱えするような大きさなの。あんなドラゴンどうやって退治したんだか……ラスラ?」


 不意にラスラが身を起こす。


 じっと扉の方を見つめるので、ヴィーネは思わず身構えた。イオも立ち上がって扉に近付く。


 ノックの音と共に扉が開き、一人の男が現れた。


「失礼、邪魔をする。……警戒させてしまったか」


 筋肉質の体に、皮鎧の上から羽織る大柄なコート。冒険者ギルド長・バリストンであった。


 現役だった頃に付けたという右目の傷を歪ませる。ラスラに両手を広げて見せて武器を持っていないことを証明する。


「場所をお貸しくださりありがとうございます、バリストン卿」


 よそ行きの顔に戻ったイオが綺麗な所作で胸に手を当てる。彼の方が身分的には上なので、頭は下げないのが通例だ。


「落ち着けましたかね? ここは荒くれ者の相手ばかりで、やんごとない方をお迎えするような場所じゃあないんでね。無作法ばかりで申し訳ない」

「どうしました?」

「いえね、うちの若いモンがそちらの……人間種の方に何人か世話になったそうでして。礼を言いたい奴らが外で並んでるんですわ。もし良ければだが、会ってやってはくれませんかね?」


 話を振られたラスラは「えぇ…?」と戸惑ったようにヴィーネやイオに顔を向ける。こういう場合どうしたらいいのか分からないといった様子だ。


「嫌じゃないなら、いいんじゃない?」


 ヴィーネに促されてようやくラスラは頷く。


 バリストンが「おぅい、お前ら。入ってこい」と声をかけると、ぞろぞろと冒険者たちが入ってくる。


 所狭しと目の前に並んだ男たちは、一斉に頭を下げた。


「「ありがとうございました!」」


「オレぁ、アンタに助けられなかったら今頃食人花の餌食だった!」

「オレはホーンラビットに足をやられたところを助けてもらった! 出血がひどくて意識が飛んでたが、町の近くまで連れて行ってもらったと聞いた……!」

「深追いして熊に襲われたところをアンタに救われたモンだ! 先月、娘が生まれた……!アンタに命を拾われなけりゃ、娘を抱けなかった! 本当にありがとう!」


 口々に礼を言われ、ラスラは「いや……」や「でもそれは……」など口の中でモゴモゴ言っている。


 バリストンも頭を下げた。


「〈天撃〉殿、この度は町を守ってくれて感謝してる。そして、うちの連中を何人も救ってくれてありがとう。君はうちのギルドの恩人だ」

「なんだよ、そのてん……?」

「〈天撃〉だ。ワイバーンを落とす時にも見せたあの瞬足の一撃を、我々は敬意を込めて〈天撃〉と呼んでいる」

「はあ」

「礼になるかは分からんが、これを君に。その腕前なら承認試験もいらんだろう」


 そうして差し出されたのは、冒険者ライセンス。


 横からヴィーネも見て、目を剥いた。


「いきなりBランク!? いいんですか、これ!?」

「ワイバーンを軽々討伐するようなのをEランクにしておく訳にはいかんだろう。それで文句を言うような奴らはここにいる連中が黙らせる」


 うんうんと頷く冒険者たち。


「本当は実力的にはAランク相当が妥当なんだろうが一ギルド長の権限でつけられるランクがBまででな。まあAランクになると色々しがらみも増えるし、そちらの方が〈天撃〉殿も都合がいいだろう」

「やったじゃない、ラスラ! これで町の門を堂々と通れるようになるわよ!」

「え」


 それまでなんだこの紙とばかりにヒラヒラしていたラスラが、やっと目を見開く。


「これ、そんなにすごいやつなのか?」

「Bランクの冒険者ライセンスはどの町でも出入り可能なの! 身元の保証はギルドがしてくれるんだから!」


 ようやくもらったものの大きさに気が付いて、ラスラの顔にまず浮かんだのは当惑だった。


「で、でも、こんなの良いのか? ……人間種だぞ、おれ?」

「君が人間種であろうなかろうと、そんなことは些細な問題だ。実力のある者を認めないのはうちのメンツにも関わる。それに聞いたところによると、君はそこの彼女と商売をするのだろう」

「いつでもヴィーネに、会いに来れるってことだよな? イオとも? もう門で止められない?」

「あぁ。なんなら門衛たちにも〈天撃〉殿が来たらお通しするように通達しておこう」


 バリストンの粋な取り計らいに、ラスラの顔にようやく喜色がみるみる広がっていく。


「信じらんねぇ。おれ、ずっと町の中に入りたかったんだ。友達が中にいるの分かってるのに、会いに行けないのがすっげえもどかしくて、悔しくて」


 いつも人間種だからという理由で追い返されてきた。


 自由に友達に会いに行けない。

 すぐそこにいるはずなのに、城壁が遠ざける。


 自分が、人間種でなければ。


 そう考えるたびに惨めな気持ちになった。


「ありがとう、オッサン。……大切にする」


 ラスラはぎゅっとライセンスを握りしめる。


 強面に笑みを浮かべたバリストンは、「さて」としんみりしかけた空気を追い払う。


「お前たち、礼を言い終えたならさっさと退室しろ!」

「「えーっ!」」


 途端に冒険者たちからブーイング。


「そりゃないっすよ、ギルド長!」

「そうだそうだ! オレらだって〈天撃〉の武勇伝聞きてえよ!」

「技の秘密とか!」

「せめてワイバーンを落とすコツとか!」

「いい加減にしろ!! お前らが珍しく殊勝に頼み込んでくるから、仕方なく場を設けたのだぞ! 〈天撃〉殿とはこれからの話を詰めねばならん! お前らはとっとと仕事に戻れ!」

「うわ、ずりぃ!? 自分だけ残る気だ!」

「横暴者ー!」


 散々文句を言う冒険者たちを部屋から蹴り出し、扉を閉めるとふーっとバリストンは息をついた。


 ガリガリと頭を掻きむしる。


「申し訳ありません、オルド卿の前でお恥ずかしい限りで……」

「ワイバーンの襲撃の後で、あれだけ活気があるのは良いことです。心強い」


 人間種に教えを乞うなど気位の高い魔族には難しいだろう。それゆえに、ラスラから戦い方を学ぼうとする彼らの意欲的な姿勢はいっそ頼もしい。そうした貪欲さが、ソルガードの冒険者たちが森に挑み続ける強さの源なのかもしれない。


 そして人間種を正しく理解してもらいたいと感じているイオにとって、喜ばしいことだ。


 持ち上げられることに慣れていないラスラは少々気後れしていたようだが。


「改めて、ご歓談中邪魔をして申し訳ない。今のうちにお耳に入れておいた方が良いかと思いましてね」

「こちらもバリストン卿にお話したいことがあったので丁度良かったです」


 バリストンとイオが途端に取り繕った政治の顔になったので、ヴィーネとラスラは揃って二人の顔を交互に見比べた。


「わたしたち、出た方が良いかしら……?」

「むしろ聞いてて欲しいな。君たちにとっても大事な話だから」


 そう言われて退室の機会を失う。


 行き場を失って結局再びソファに腰を落ち着けるとイオも元の位置に座り直し、バリストンも空いている席に着いた。


「まずは、頼まれていた調査の結果から。やはりあのコサージュからは魔寄せの香が染み付いていました」


 ワイバーンを誘い寄せた疑いのあるヴィーネのコサージュは証拠品として押収されていた。


 そのまま気付かず森に入っていたらと思うとゾッとする。きっと四方八方から魔物が押し寄せてきていたことだろう。たとえそれでヴィーネが死んだとしても構わない、むしろ好都合だと言わんばかりの一手。


 イオも眉をひそめる。


「嫌がらせの域を超えていますね」

「えぇ、ヴィーネ殿が森に出入りすることを知った上で、明確な悪意をもって仕掛けられたとみて間違いないかと。ヴィーネ殿、商業ギルドでもらったと言っていたが、このコサージュを誰からもらったんだ?」

「名乗らなかったから名前は知らないわ……審査官の人でもなかった。ギルド長の取り巻きの一人かと思っていたけど……」


 確証がない。


 それに問い詰めたところで言い逃れられるだけだろう。人違いだと言われればそれまでだ。そもそも今乗り込んでも商業ギルドからは姿を消している可能性が高い。


 ヴィーネは唇を噛む。事業の承認を得たことで完全に油断した。


 モーダルの件で知っていたはずではないか。商業ギルドの中には、邪魔する者を強引な手段でもって排除しようとする輩が出入りしていることを。


「一応聞くけど、ヴィーネには人から恨まれるような心当たりはないんだよね?」

「恨まれるような商売をした覚えはないわ」

「どっちかというとおれがした」


 モーダルの問題と関係があるかは分からないため話すかどうか悩んでいたヴィーネを他所に、バカ正直にラスラが挙手をして申告した。


 イオは頭痛を指で押さえる。


「……一応聞くけど、何したの?」


 ラスラは先日、モーダル親子を保護した時の経緯をかいつまんで話した。


「ふうん、〈コルヴァス連商会〉ねぇ……」


 イオは商会名を聞いた途端、興味を示した。


「知っているの?」

「こないだまで商業ギルドの立ち合い監査してたから、名前はね。ただ今回の件との関連を疑うには弱いな」

「ヴィーネ殿の事業を邪魔してやろうという輩の仕業という可能性は高いですがね。あるいは人間種との関わりを疎んだ者たちか。そもそも、ワイバーンが人里近くまでやってくること自体が不自然だ」


 バリストンの言う通り、警戒心の強いワイバーンの町の近くの目撃例は過去を遡ってもそう多くはない。


 たまたま近くに飛来したワイバーンが、偶然魔寄せの香に反応してヴィーネごと町を襲撃した。あまりに状況ができすぎている。


「狙ってヴィーネを襲わせた、とは考えすぎですか」

「どうでしょうね。ワイバーンのテイム成功例はほとんどなかったはずですが……」


 うーん、とイオとバリストンが唸る隣で、おもむろにラスラが口を開いた。


「今の時期、ワイバーンは子守りの時期のはずだ。食事量が増してるのかも」


 バリストンが目を見開く。


「そうか。卵か!」

「どういうことです?」

「もし巣から卵を奪い町に持ち帰ったとするならば、ワイバーンが町の近くまで来ていたとしてもおかしくない。ちょっと待ってろ! 城門の持ち込み品台帳を確認してくる!」


 敬語も忘れて部屋を飛び出しかけるバリストンを、「そちらは後でいいでしょう」と押し留める。


「ワイバーン襲撃については不可解な点が多いですが、ヴィーネへの妨害行為とは一度切り離して考えるべきだ。その上で、バリストン卿に頼みたい」

「護衛ですな。お任せください。信頼できる者をつけましょう」


 腰を落ち着け直したバリストンが頷く。


「えっ!? 護衛ってまさか、わたしに!?」

「もちろん。今後も君の店を敵視する連中が出ると見た方が良い。君は若くて、女性だ。おまけに扱うのは人間種由来の素材。同業者に関わらず、周囲からの君に対する反感は並じゃないだろう」


 ヴィーネの顔色はわずかに青ざめるが、口から出たのは「上等よ」という好戦的な言葉。


「新しいことを始めれば敵を作るってことぐらい分かってる。今更怯みやしないわ」

「……審査会の時から思っていたけど、君も相当な負けず嫌いだな。とにかく! ヴィーネも身を守るための手を打っておくべきだよ。少なくとも、町の中では冒険者の護衛をつけた方が良い」

「なんだよ、おれが一緒にいたら良いじゃん。おれが魔族に遅れをとると思ってんのか?」


 不満げに口を尖らせるラスラに、「あのねぇ」とイオは呆れ気味に言葉を重ねる。


「護衛は、君にもってことだよ」

「あ?」

「どちらかというと君に対する抑止力だな。もうこれ以上ソルガードで暴れないでくれ」

「どういう意味だよ」

「悪目立ちするなって言ってるんだよ。ここの人たちは君に対する理解があるけど、他の魔族はそうはいかない。異物に対して過剰な排除行動をされる恐れがある」


 驚くほど強い口調だった。


 イオ自身も気が付いたのか、「ごめん、カッとなった」とすぐに謝罪した。


 顔を伏せた彼を、ラスラはじっと静かな目で見つめる。


「何を怖がってるんだ」


 ハッとしてイオはラスラを見る。

 そして力無く笑った。


「敵わないな、君には」


 いずれ話さなければならないと思っていた。これは、それでも後回ししてきたツケだ。


「領主は、きっと君の存在を許さない」


 ポツリとイオは告げる。

 ラスラは首を傾げた。


「りょ……?」

「領主だよ。つまりこの町を今取りまとめている人。その人は、昔の人魔大戦で『人間狩り』を先導した張本人だ」

「あ……?」

「君の先祖を迫害した魔族だって言えば良い? そして今でも君たち人間種を、森の中に閉じ込め続けている元凶でもある。『人間嫌い』のゼイグ、それがこの町の領主であり、ぼくの祖父だ」


 淡々と、一息に言い切る。


 これまで、イオは自分の出自をラスラにちゃんと話してこなかった。


 ここまでラスラが魔族の町に食い込んでくるとは想像もしていなかったため、打ち明ける必要性を感じなかったのもある。だが、同時に怖かった。


 ラスラは、狩人だ。


 人間種の村の防衛を預かる身でもある。


 そんな彼が、自分の存在をどう受け止めるか。騙していたのか、そう責められるのではないかと思えば、怖くて打ち明けられなかった。


 イオにとっても、ラスラは同年代の初めての友達なのだ。


 だが、ラスラの身の安全ためにもちゃんと言わなければならない。魔族の町を出入りするようになるならば、そう遠くなく彼の耳にも入るはずだから。


 反応を伺うようにラスラを見る。


「軽蔑したかい、ぼくを?」


 オルド家の血は、イオにとっての負い目だ。


 人間種を友としながら、人間種を迫害してきた者の孫としての葛藤を、彼はずっと抱えてきた。


 ラスラはイオの言葉の意味を咀嚼し、少し考えた後。


「お前のじいちゃん……いまいくつって?」


 ようやく返したと思えば、そんな間の抜けた質問だった。


「そりゃあ、魔族の平均寿命は百歳越えるし……っていうか、待って。反応それだけ?」


 肩透かしを食らったイオが思わず聞き返す。


「だって、人魔戦争って百年前だろ? まだ現役っておかしいだろ」

「あのねぇ、ラスラ。ぼくは真面目な話をしてるんだよ」

「分かってるよ」

「分かってないって。ぼくは!」

「いや、だって。お前関係ないじゃん」


 ラスラは心底不思議そうに言うので、イオは絶句した。


「イオのじいちゃんが昔何してたって、イオは別に何もしていないだろ。なんで軽蔑しなきゃならないんだよ。おれにとっちゃ、イオは相変わらず変なヤツだ」

「……!」

「それに、人魔戦争ってじいちゃんが生まれたかどうかの時代だぞ。おれの知っている人がなんかされたって話ならもう少し思うところがあったかも知れないけど、村のみんなは戦争のことを知らないぐらいだし」


 今更なあ、とラスラはつぶやく。


 イオは唖然と口が塞がらない。


 なじられるか、責められるか、覚悟を持って打ち明けた彼は、「あ、そうだったの?」とばかりにあっさり受け入れられたことが信じられない。


「……ぼくのお祖父様は、きっと人間種を排除しようと動く」


 苛烈な弾圧を行ってきた領主が、ラスラを目こぼしするとは思えない。


 ワイバーン討伐、ヴィーネの商会の立ち上げ。この二つの出来事は、人間種の存在を強く印象付けた。


 遅かれ早かれ、領主ゼイグは動く。


「それでも、おれの味方をしてくれるつもりだから来てくれたんだろ?」


 ラスラは笑う。


 イオが裏切るかも知れないなど微塵にも考えていない様子だった。


 目にゴミでも入ったのか、手で覆いながら「あー、もう」とイオは声を漏らす。


「悩んでたぼくがバカみたいだよ、まったく」

「良きご友人ですな」


 側から見ていたバリストンが苦笑を漏らす。


「何も考えてないだけですよ、こいつは」


 むっとラスラが言い返す。


「イオの方がこまけーこと気にしすぎだと思う」

「あぁ、そうだね……本当、そうだよ」


 答える声はか細かった。


 イオは、自由になりたいと言っていた。


 きっと彼を解き放つのは、魔法の使えない人間種の少年なのだろう。


「ワイバーンについてはこちらで調べましょう。もともと森の魔物の対処は冒険者ギルドと領兵とが共同で行っていますからな、彼らも協力してくれるでしょう。魔寄せの花の解析結果も、ダグラスという門衛がわざわざギルドまで届けてくれました」


 証拠品を魔法で凍結保存したのもダグラスだ。ワイバーンの一体を倒した功績もあるので、もしかしたら近々昇格するかもしれない。


 卵や幼体が町に持ち込まれていないかの確認、それと同時に他の要因がないかも並行して調査を行ってくれるという。


「ご協力感謝します」

「なんの、町の治安を守ることも我らの仕事ですからな。それから、ヴィーネ殿、〈天撃〉殿」

「は、はい!」

「二人はすでに冒険者ギルドの所属する者、何か困ったことがあればうちのギルドを頼ってくれていい。俺の権限の届く範囲で君たちを守ろう」


 ヴィーネは戸惑いがちに「いいんですか?」と尋ねる。


「もちろんだ。もっとも、オルド家のご子息が後ろ盾にいる君たちには不要かもしれんがね」

「とんでもない! とても助かります。でも……どうしてわたしたちに便宜を図ってくださるんですか?」


 魔物の素材をギルドに回さず、自分の商会で活用しようとしている。いわばヴィーネの商会は商売敵にもあたるはずだ。


「一つは〈天撃〉殿への恩義、それから商会の今後への期待だ」

「期待?」

「ヴィーネ・マノン。お前は今、誰にも成し得なかったことをしているんだぞ。〈天撃〉の魔物討伐の技術とノウハウは、ずっと我々冒険者たちが喉から手が出るほど欲しかったものだ。その彼の協力を取り付けたということ自体が、他にはできない功績だ」


 魔物の生態を知り尽くした、森の狩人。


 それまで存在すら確証を持つことのできなかった幻の〈天撃〉を日の下に連れ出し、しかも今後は素材収集を兼ねて魔物の間引きをしてくれるよう話をつけてきた。


 そうしたヴィーネの行動は、魔物被害から町を守ることに苦心してきた領兵と冒険者たちにとって、諸手を上げて歓迎するものであった。


「こちらからは大きな要求はすまい。今後も定期的に森で魔物を狩ってくれるのだろう?」

「うん」

「ならば時々町に顔を出して、森に何か変わったことがあれば教えてくれればいい。防衛のためにも、近くの魔物の動向を把握しておきたいのでな」

「なんだ、そんなのでいいの?」


 ラスラは快諾した。町には今後も足を運ぶつもりでいたのだ、ついでの用事が増えたとしても大したことではない。


 彼は気付いていない。


 冒険者ギルドが人間種を擁護する、その事の大きさを。これで商業ギルドに次いで冒険者ギルドも、魔族と同等の扱いを人間種に認めたことになる。


 世界は揺らぐだろう。


 バリストンがラスラにBランクの冒険者ライセンスを渡したのは、もちろん打算もあるだろう。彼らの利益の一部を、少し所属ギルドに還元してくれるなら言うことはないといったところか。


 それでも、ラスラの腕を認めたことに他ならない。


 これまで劣等な種族とされてきた古き民が、今再び歴史の舞台に乗ったのである。


 それに今気が付いているのは、きっとラスラを除いたこの部屋の三人だけだろう。




 

 衛兵たちと連携をとるために話を通してくる、といそいそと退室したバリストンを見送ると、イオもゆっくり腰を上げた。


「さて、そろそろぼくも行くよ。あまり不在にしていると周りがうるさいからね」

「もう行くのかよ」

「うん。ワイバーン被害の整理とか保障の手配とか、いろいろあるから」


 もともとこんな所で油を売っていていい立場ではないのだ。彼には彼のやるべきことがある。


「ヴィーネ、まだソルガードに来たばかりで拠点はないよね? どこに連絡したらいい?」

「商業ギルド、は今頼りたくないものね。わたしの泊まっている宿を教えるわ」


 事業許可が出たので近々店を構える予定だが、それまでヴィーネの商会の本拠地と呼べる場所はない。


「また会えるよな?」


 町に入れるようになった。

 連絡手段もできた。

 それでもラスラの表情から不安が拭えない。


「もちろんだよ。今回のワイバーンの件もあるし、落ち着いたら会いに行く」

「約束だぞ!? 絶対な!」

「分かった分かった。次会う時は、この町の美味しいもの食べさせたげるよ」

「マジで!? やった! ヴィーネも一緒な!」

「えっ、でも」

「いいよ。三人でね」


 よっしゃあ! と大興奮なラスラに対し、親友同士の集まりに思いがけず呼ばれたヴィーネは本当にいいのかと戸惑い顔だ。


 だが、またこうして立場を超えた会合ができるということに、三人は三様に喜びを滲ませる。


 別れの挨拶を交わし、扉に手をかけようとした時、扉は一人でに開いた。


 向こう側から扉を開けた従者が脇に退くとーー廊下に立っていた人物を見てイオはヒュッと息を飲み込んだ。


 外套の下に覗くのは古い魔鋼鎧。


 頬に生きた年月の長さと過酷さを物語るような深い皺を刻みつけ、表情筋ごと固まってしまっているかのようだ。にも関わらず、眼光は衰えることなく鋭く研ぎ澄まされている。


 左胸に刻まれた双刃の槍の紋章。


「お祖父、様……」


 イオの祖父にして、このソルガードの現領主。


 そして、かつて王より賜った〈大戦槍〉の異名を冠する武人――ゼイグ・ヴァン=オルドである。


 あれだけ騒がしかった部屋の外が静まり返っていることに、今更ながら気が付いた。


 ゼイグは冷ややかな眼光のままイオを一瞥したが、すぐに部屋の奥へと目を向ける。


「お前が、“ワイバーンをけしかけた”人間種か?」


 重低音の声で告げられた言葉に、「なっ」とイオは絶句する。


 その隙にゼイグの両脇から部屋に衛兵たちが部屋に雪崩れ込む。三人を、いやラスラを逃さぬよう囲んだ。


「違います、彼は!」


 ヴィーネが反射的に声を荒げるが、それをゼイグは手で制した。


「通報が領主邸にもたらされた。森からきた人間種がワイバーンを引き連れて襲ってきたと」

「「!」」


 知らせが早すぎる。


 魔物によるヴィーネの排除が上手くいかなかった場合、最初から人間種であるラスラ側へ標的を切り替えるつもりだったのだろう。


「真偽を確かめに足を運んでみたが、まさかの収穫だな。なぜここに人間種が紛れ込んでいる」


 なにせ領主は『人間嫌い』だ。


 人間種の侵入を仄めかされれば動かずにはいられない。


 イオは舌打ちを堪える。


 さっさとラスラを森に帰すべきだった。懐かしさにここへとどめ置いてしまった自分の失態だ。


「お祖父様、聞いてください! 彼は町を、魔族を守ったんです。命を懸けて!」

「報告は受けている」 

「だったら何故……!」


 ゼイグはイオを見ない。


 ただひたとラスラだけを見据えている。少しでも攻撃の素振りを見逃すまいとしているかのように。


「私はこの地の領主だ。民を守ることが使命であれば、そのためにあらゆる可能性を考えねばならぬ。普段ここまでは飛んで来ぬワイバーンが何故か町を襲撃し、それをたまたまその場に居合わせた人間種が討伐せしめただと? くだらん。それら全てが、“演出”だとしたら?」

「ワイバーン襲撃直前、多くの門衛と冒険者が彼の姿を目撃しています! 怪しい素振りがあれば報告があるはずです!」


 門の前でラスラと門衛との間で一悶着があったと聞いている。ラスラの無実は彼らがちゃんと証言してくれるだろう。


 そこでようやくゼイグはイオを見た。


 領主が部下を見るような事務的な目、何の感情も映さない無機質なそれが、イオは昔から苦手だった。


 この人は、自分を一度も家族として扱ってくれたことはない。


「曇っているな」

「なっ」

「絆されたか。愚か者め。お前は人間種を分かっておらん。丸腰を装い、友好を求めさえして近付き、寝首を掻く。人間種の常套手段だ」


 もう、我慢の限界だった。


「……恐れながら、人間種を分かっていないのはお祖父様の方です」


 空気が止まったかのようだった。


「なんだと……?」


 祖父の従者と兵たちの間にも動揺が広がる。


 これまでイオは領主たるゼイグの意志に従ってきた。文句もわがままも、一度たりとも口にしたことはない。


 これが初めてだ。


 面と向かって、真っ向からゼイグに反抗したのは。


「何度でも言います。お祖父様は人間種を分かっていない」


 何も知らないくせに。


 広い部屋でたった一人食べる豪勢な食事よりも、あの村で皆で囲んで食べる固いパンと薄いスープが美味しいことも。寂しさと惨めさに涙を濡らしたふかふかのベッドより、固い床でラスラと夢を語り明かした夜の方がずっと温かかったことも。


 人間種の村で過ごした日々は、イオのこれまでの人生のどの瞬間よりも鮮やかに色付いている。


「ぼくの友達を侮辱しないでいただきたい」


 怒りでイオの声は震えていた。


 ゼイグの鋭利な視線が、氷のように冷たく降りかかる。


「お前はその“友達”とやらのために、民を危険に晒すのか?」

「民の安全と、ラスラを信じることとは矛盾しない。ラスラは我々の敵ではないんです」

「貴様が見たのは表層に過ぎん。真実も分からぬまま上辺だけで判断しているから盲目だと言うのだ」

「だったらどうして、彼を有罪ありきで見るんですか!?」


 イオが声を張る。衛兵たちがピクリと動いた。 ヴィーネが息を呑むのが分かった。


 だが、ゼイグは一歩も退かない。


「――人間種ほど魔物の生態を知り尽くした者達を、私は知らぬ」


 低く、冷徹に。

 それは皮肉にもヴィーネが語ったのと同じ言葉。


「人間種どもの策略で前線に魔物を投入され、戦時中何度も煮え湯を飲まされた。奇襲、攪乱、奴らは魔物を武器に変えることに躊躇などせん。その度にどれほどの犠牲が出たか、お前は知るまい」


 その言葉に、イオは一瞬、言葉を失いかけた。


 戦争を生きた者が知る、歴史の一幕。

 感情を含めず語られるそれは、むしろ雄弁だった。


「……でも……それでも、ラスラは違う」


 ゼイグが一歩、イオに近づいた。

 まるで、睨み潰すような圧力がのしかかる。


「“違う”? 何を根拠に。何も違うものか。お前が友と呼ぶそれも同じ人間種であろう」

「そうじゃない!」


 必死にイオは、言葉を紡ごうとした。

 負けてはいけない。このままでは、何もかも踏み潰されてしまう。


「……魔族に対して何にも思わないと言ったら嘘になるよ」


 不意に、隣から進み出る声があった。

 ラスラだった。


 イオとゼイグの間に割って入る形で立ち止まる。 無数の武器に囲まれながらも、まっすぐにゼイグを見返していた。


「でも、おれは誰も傷つけるつもりなんてねぇよ。ここにいたのはたまたまだし、ワイバーンが町を襲った理由はおれにも分からねー」


 前に出たラスラが言葉を選びながら話しているのが分かった。


「戯言だな。ならば、なぜこの町に現れた」

「友達に会うためだ」


 ゼイグはほんの僅か、眉を動かした。


「……くだらん」


 次の瞬間、ゼイグの傍らに控えていた従者の指先がラスラの目の前に突き付けられる。


「――〈催眠〉」

「――っ!?」


 ラスラが一瞬よろめき、膝をついた。

 人間種に魔法から抗う術はない。


「待ってください!! 何をする気ですか!」


 衛兵の一人がラスラを担ぎ上げるのを見て、ヴィーネが叫ぶ。イオも駆け寄ろうとするが、衛兵たちがそれを制する。


「私にはお前たちがこの者を庇う理由が分からん。人間種が害を成さないと、どうして断言できる?」

「それは……!」

「取り調べの後、この者をアーラルクの森へ放逐する。町への立ち入りは二度と許さん。人間種が再び牙を剥かぬよう、予防策として当然の処置だ」

「待ってください!」


 ヴィーネが叫ぶ。イオも拳を握りしめ、ゼイグの背に声を投げる。


「どうか、猶予をください! 彼は敵じゃない!」


 ゼイグは振り返らないまま答える。


「ならば証拠を持ってこい。“敵ではない”ことの、な」


 イオとヴィーネはゼイグたちが去っていくのをなす術もなく見送った。


次回1月8日22:00に更新します。

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