星の由来は卵、郷里の由来は涙
むか~し書いて放置したハイファンタジーの序章を編集して、
無理やり童話にしました。
むかし、むかし。
この宇宙に大きな虹色の竜がいた。名を天命帝という。
天命帝はあても無く宇宙を彷徨っていた。
ある日の事。たまたま見つけた太陽が気に入って、その側で居眠りしてしまった。
竜の眠りは永い。居眠りであっても数千年の月日が流れた。
天命帝が目を覚ますと、何故か傍らに卵があった。その卵は天命帝よりも大きかったが、太陽よりは小さかった。
こんなに大きいのだから、星が竜が生まれるはずだ。他の生き物ならきっともて余すだろう。竜なら一緒に飛べる。ならば、と天命帝はこの卵を自分の子供として育てる事にした。
それがこの星ーー竜卵の由来である。
天命帝は卵が孵るのを待った。
一年待った。卵の中からかすかに脈を感じたが、まだまだ生まれそうにない。
十年待った。卵の中からかすかに脈を感じたが、まだまだ生まれそうにない。
百年待った。卵の中からかすかに脈を感じたが、……まだまだ生まれそうにない。
千年待った。卵の中から……かすかに脈を感じたが、……まだまだ生まれそうにない。
万年待った。卵の中から……かすかに、かすかに脈を感じたが、……まだまだ生まれそうにない。
億年待った。……卵の中から…………脈を感じているのだが、…………生まれそうにない。
兆年待った。天命帝もさすがにしんどいと思った。ちょっと息抜きしたい。
そこで天命帝は四柱いる娘たちに、交代で卵の番を頼む事にした。
最初に頼んだのは長女の百華王だった。彼女は桃色の鱗を持っていた。
百華王は兆年待った。彼女は長女なので辛抱強かった。それでも限界が来た。
そろそろ妹に代わって貰おうか、そう思った時、友人の人魚が星の海を泳いで訪ねて来た。
人魚は言った。
そんなに暇だったら、卵の殻に絵を描きましょう。
百華王はあくびをした。人魚もつられてあくびをした。その時に流した涙を混ぜたもので絵を描いた。描き続けた。
やがてその絵に命が宿り、人の形になった。人魚は『それ』に『なみだみ』と名付けた。
それが浪民の由来である。
百華王と人魚が浪民と遊んでいると、次女の雷鳴王がやって来た。彼女は黄色の鱗を持っていた。
百華王と交代した雷鳴王は……たった一日で飽きてしまった。雷鳴王は気が短くて意地悪だった。退屈しのぎに浪民に雷を浴びせた。
そろそろ妹に代わって貰ったらと、浪民が心配で残っていた人魚が言った。言い草が気に入らなかった雷鳴王は、腹を立てて人魚に殴りかかった。
人魚は言った。何すんだ、テメー!
雷鳴王は尻尾で人魚を追撃した。人魚は硬く握った拳で殴り返した。その時にお互いが吐いた血反吐が混じって、やがて命が宿り、人の形になった。
私が勝った。
いいえ私が勝った。
繰り返される不毛な殴りあいと虚しい勝利宣言を聞いているうちに、『それ』は自分の名前と思い込んで『かった』と名乗るようになった。『かった』はやがて訛って『かっぱ』となった。
それが河童の由来である。
人魚との争いに疲れはてた雷鳴王は、三女の豊穣王がやって来ると、すぐさまどこかへ行ってしまった。
緋色の鱗を持つ豊穣王は、常に母や姉妹たちの間で板挟みになっていたせいで……非常に卑屈だった。
貴女には怒っていないよ。人魚はそう言ったが、豊穣王は雷鳴王の所業についてひたすら謝り続けた。一年、十年、百年、千年、……万年。
聞いている人魚はしんどかった。謝り続ける豊穣王もしんどかった。
彼女たちが気まずさから流した汗が混じりあい、やがて命が宿り、人の形になった。
豊穣王の謝罪は終わりそうもなく、人魚も聞き流すのが精一杯だったので、『それ』の名前は浪民と河童が考える事にした。
しかし、浪民と河童は良い案が浮かばなかった。山彦のように繰り返される謝罪がしんどかったからだ。仕方なく、『それ』は『山彦』と自ら名乗った。
それが山彦の由来である。
そろそろ許されたかなあ、と頭を上げた豊穣王だったがすでに人魚はいなかった。逃げたのだ。
そこに四女の氷河王が帰って来たので、交代してもらった豊穣王は人魚を探しに行った。謝罪のために。
蒼い鱗を持つ氷河王は、末っ子らしく要領が良かった。だから浪民と河童と山彦にたいへん好かれた。
浪民たちは大好きな氷河王が退屈しないように物語を創った。氷河王は意外と涙もろかった。箸が転んだだけで泣いたと言う。
たくさんの物語によって彼女の目からこの世の終わりかというほど涙が溢れ、ついに卵の表面を満たした。
それが海の由来である。
卵の表面は、雷鳴王と人魚との不毛な戦いの傷痕が残っていて、へこんでいる所は海溝に、盛り上がっている所は陸地になった。
氷河王はなんとなく一番低い陸地に座った。浪民たちもその周りに座った。
なぜこの陸地に座ったのか浪民たちは訊ねたが、氷河王は何も答えなかった。理由など無いから答えようが無かった。
どうしても気になったので、浪民たちは自分たちで勝手に考える事にした。浪民たちの豊かな想像力から様々な物語が生まれた。
空。雲。雨。雷。海。波。陸。山。川。湖。命。家。
これが言葉の由来である。
長い時間が過ぎて、天命帝が帰って来た。竜卵の新たな住人とは初対面である。
浪民の驚いた声から、歌が生まれた。
河童の逃げ惑う動きから、舞が生まれた。
山彦の恐怖する様から、祈りが生まれた。
天命帝は小さき者たちの行動を面白がって真似た。
そうしているうちに、辛抱強く母を探していた百華王が戻って来て、母の動きを見て面白そうだと真似た。
そうこうしているうちに、頭を冷やした雷鳴王が戻って来て、姉の動きを見て面白そうだと真似た。
そうこうてんやわんやしているうちに、青ざめた人魚が戻って来た。謝り続ける豊穣王も戻って来た。豊穣王のせいで疲労困憊の人魚は脊椎反射で竜たちの動きを真似た。豊穣王は謝罪のつもりで動きを真似た。
要領の良い氷河王は、仲間外れにされないようにみんなの真似をした。
浪民の若者の一人は思った。なんか色々大変な事態になっていると。竜たちの歌と舞と祈りと謝罪の影響で、竜卵に地震や雷や家事や親父が発生したのだ。
特に浪民の中から生まれてしまった親父が厄介で、竜たちの歌にとにかくケチを付ける。実際竜たちと人魚は音痴だったし、何気無く口ずさんだ歌詞も暴力的で物騒だったから的は得ていたが。
もちろん竜たちも、親父にキツい事を言われて黙ってはいない。肉体言語や謝罪で反論した。事実上の物理攻撃で親父は片っ端から塵に帰った。
浪民の男性だけ、寿命が他に比べてやや低いのは、これが由来である。
これではいけないと、浪民の若者は思った。彼は竜たちの代わりに歌い、舞、祈った。面白がった竜たちは大人しく見ていた。謝罪も代わろうとしたが、存在意義を取らないでと豊穣王に泣かれたので諦めた。
若者は竜の代わりに歌ううちに、どんどん上手く歌えるようになった。歌はそれまでに生まれた物語に実体を与えた。
若者は竜の代わりに舞ううちに、どんどん上手く舞えるようになった。舞はそれまでに生まれた物語に色彩を与えた。
若者は竜の代わりに祈るうちに、どんどん上手く祈れるようになった。祈りはそれまでに生まれた物語に体温を与えた。
豊穣王は己の存在意義のために根拠の無い謝罪を続け、どんどんウザがられるようになった。ウザさはそれまでに生まれた物語に感情を与えた。
美事、と天命帝は若者を褒め称えた。一部を除いた他の竜と人魚も称賛した。
これが美の由来である。
豊穣王も我に返って、取り繕うために他の竜のように若者を褒め称えた。
これが醜の由来である。
周囲の冷たい視線を跳ね返すために、豊穣王は言った。
この美しく優れた若者を小さき者の王にすべきです。
他の竜たちと人魚は、豊穣王の謝罪がウザくて面倒だったのでろくに話も聞かず賛成した。
これが権威の由来である。
せっかくなので王にふさわしい名前を授けましょう、と氷河王は言った。
『祭』と言うのはどうか、と人魚が言った。
『政』と言うのはどうか、と対抗して雷鳴王が言った。
これが戦争の由来である。
永い永い戦いが終わった。終戦の決め手は乱入した豊穣王の謝罪だったが、詳細は省く。
戦いを批判した親父の巻き添えで塵に還った若者には『祭』の名が送られた。
そして彼の子孫を王として認め『政』をさせる事にした。
これが祭王の由来である。
ある時、百華王が落雷で黒焦げにされた河童を指差して言った。
竜卵を小さき者たちに任せましょう、我々は卵を護るには野蛮すぎる。
天命帝は雷鳴王を睨み付けながら同意した。雷鳴王は天命帝を恐れて離れて行った。
百華王は念のために、と河童に透明な梨を与えた。あらゆる悪意を防ぐ透梨である。雷鳴王の八つ当たりを防ぐためだ。
氷河王は一応、と浪民に碧い干し柿を与えた。あらゆる怪我を癒す碧柿である。落雷で傷付いた河童を癒すためだ。
人魚はまさかの備えに、と山彦に漆黒の栗を与えた。あらゆる敵を殺す玄栗である。山彦に雷鳴王を暗殺させるためだ。
天命帝は、人魚……それはまずいわ。と呟いた。雷鳴王は地獄耳だった。
これが憎悪の由来である。
雷鳴王と人魚の争いが日々激しくなっていくので、竜たちは二柱を引き離す事にした。
氷河王は要領良く人魚を説得し、深い海の底へ一緒に引っ越した。
天命帝と百華王は根気強く雷鳴王をなだめ、遠い空の彼方へ連れていった。
この頃になると、豊穣王は己の謝罪が却って事態を悪くするのに気付いていた。だから黙っていた。
浪民も河童も山彦も……物語から生まれた様々な生物も、豊穣王が煩わしいと思っていた。彼らの態度から豊穣王もそれを理解していた。
出ていこう。誰も自分を知らない場所でひっそり暮らそう。
そう決めた豊穣王は、せめて竜卵の住民へと置き土産を残そうとした。
竜卵の住民はいつも食べ物に困っていた。ならば作物が良いだろう。
豊穣王は自らの目をくりぬき、大地に蒔いた。目は種になって芽吹き、大豆や小豆を実らせた。
浪民の一人が閃いて、収穫の終えた豆の殻を糸で繋いで鎧にした。
竜と無縁の命が豆を奪いに来たが、鎧を来た者たちが追い返した。
豊穣王は感心し、その鎧を豆鎧と名付けた。
これが『豆鎧家』の由来である。
豊穣王は自らの髭を引き抜き、大地に差した。髭は根付いて黄金色に染まり、大麦や小麦を実らせた。
浪民の一人が閃いて、収穫の終えた麦の茎を干して束ねて畑に積んだ。
竜と無縁の命が麦を奪いに来たが、麦の実を抱えたまま、積んだ麦の茎の中に皆で隠れてやり過ごした。
豊穣王は感心し、積んだ麦の茎を麦宮と名付けた。
これが『麦宮家』の由来である。
豊穣王は自らの角を折り、手近な山の中腹に立てた。角は裂けた後に根付いて、粟を実らせた。
浪民の一人が閃いて、粟の畑の周囲に集落を作った。
竜と無縁の命が粟の畑を台無しにしようと津波を起こしたが、粟の畑のある山まで届かなかった。
豊穣王は感心し、粟の畑の周囲の集落を粟壁と名付けた。
これが『粟壁家』の由来である。
豊穣王は自らの牙を砕き、乾いた土地に落とした。牙は乾いてさらに粉々になった後芽吹いて、黍を実らせた。
浪民の一人が閃いて、黍で菓子を作った。
竜と無縁の命に親を殺された子供に与えると、元気を取り戻した。
豊穣王は感心し、黍でできた菓子を黍子と名付けた。
これが『黍子家』の由来である。
豊穣王は自らの背骨を引き抜いて砕き、ぬかるんだ土地に落とした。粉々の背骨は水を吸って芽吹き、稲を実らせた。
浪民の一人が閃いて、稲を植えるための水田を作って、その中央に城を建てた。
竜と無縁の命は、出来上がった城とその周囲の水田を恐れ逃げていった。
豊穣王は感心し、水田の中央にそびえる城を稲城と名付けた。
これが『稲城家』の由来である。
五穀が揃った次の年の秋。
浪民と河童と山彦とその他の生き物は、豊穣王に感謝し収穫物を納めようとしたが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
秋になると理由も無く物悲しいのは、これが由来である。
浪民と河童と山彦とその他の生き物は、豊穣王がいつ帰って来ても良いように陸地の中心に彼女のための神社を建てようとした。
不思議な事に、神社の工事を始めると狙ったようにいつも竜と無縁の命が攻めて来て建築中の神社を破壊してしまう。
浪民と河童と山彦とその他の生き物は諦められなかった。
ある山彦が言った。
すでに存在するこの国そのものを、豊穣王を奉る神社にしよう、と。
それが『浪ノ杜』の由来である。
この国で生まれた命の全てが豊穣王を奉る社であり、島の周りの海が社を囲む杜なのだ。