6.鶏が先か卵が先か(に戦意喪失)
村に戻ると普段はあんなに優しかった老人達が、とても恐ろしい顔をしていた。
そして怒られた。私が中坊だったら完全にグレて街を徘徊しそうなぐらい、怒られた。
「あ、あの、そんなに怒らなくても…」
扉から出そびれていたレントが、オロオロとフォローしてくれるぐらい。
「コルネル、いや、レントか。お前がどうして」
「イルム様、メヒティ様に…」
エンリケの姿に気づいたレントが、先のフィーア達と同じ態度を取った。片膝をついて臣下の礼をする。
「お久しぶりでございます、エンリケ様」
「よせ、ここはサーヘルだ。それより話を聞かせてくれ、何があった」
「はい。一昨日の事でございました、あれは……」
ホテルの最上階で、ネイロと複数の闇ギルドのメンバーが、鏡魔法を見ていた。鏡に映るのはアダ遺跡のダンジョン入口。レントが把握している闇ギルドのメンバーは13名。その全員が本拠地に集うのは珍しいことだった。
レントは複数の部下と共に、ホテル側の人間として彼らに食事を届けに来ていた。メンバーの殆どは見ることに飽きて、ゲームをしたり居眠りをしたり。レント達の食事や酒のサービスに夢中になったりと、個々に自由気ままに過ごしていた。そんな時。
鏡魔法を見ていた数名のメンバーが驚きの声を上げた。
『なんだ、こりゃ』
『おいおい、なんだよ。世界の終わりか』
その声に残りのメンバーも、中空に浮く鏡に目を向けた。
アダ遺跡のダンジョンが光輝き浄化されていく様を、レントも彼らと一緒になって目撃した。
『姐さん?』
急に立ち上がったネイロに、ミーガンが不審の目を向けた。
『グロルの所に行く。お前は来なくていいわ』
言葉と共にネイロの姿が転移し、レント達従業員も部屋を辞した。
すぐにレントは一人で地下の階段を下り、ネイロの後を追った。そこで目撃したモノは、半身の溶けかけたコラードと争うネイロの姿だった。
コラードの半身がネイロの髪をつかみ、彼女を取り込もうとする。
『…あんたには、私は取り込めないわよ、スキル「大地の加護」』
途端に弾かれたコラードがさらに半身を崩し、床に這うアメーバーのようになった。
『くっそー、このクソあまが…』
ノイズのような声がネイロを罵倒し、彼女は高笑いを放った。
『いい気味。私はミーガンのようにはいかない。よくも私の仲間を』
『ミーガンを返してやってもいい』
『……条件は』
『聖女の情報を集めろ。聖女を殺せ。他の聖女も全部、全部抹殺』
『…分かったわ。取り敢えず聖女の情報を集めて上げる。話はそれからよ』
『殺せ、殺せ…』
『自分では殺せないのね』
『ちが…う、殺す、コロス、ころ…』
『……』
ネイロが転移魔法で姿を消して暫く、礼拝堂の祭壇の壁に、大きな映像が二つ現れた。レントからはよく見えなかったが、声は聴きとれた。
『よ~ボロボロだな、グロル』
『しくじったな、グロル。バカが』
『……』
扉の外から中を伺っていたレントには、誰と会話しているのかまでは分からなかった。聞き出すのに夢中で、背後にミーガンが立っている事にも気づかず、気づいた時には腹部を刺されていた。
「おそらく、グロルと話していた者達がオラクルブラック3人の司祭の残る2人だと思われるのですが、顔も名前も確認するには至りませんでした」
「いや、充分だ。お前のおかげでコラードの正体が判明した。長い間ご苦労だったな」
「取り敢えず、今はゆっくり休め。後はこの老いぼれ達が引き受けた」
エンリケとイルムの言葉に、レントは静かに頭を下げた。まだ部下達を残してきている。レントは休むつもりなどさらさらなかった。
エンリケの家で朝食を食べているトロワの側に、ラウノがいた。広いダイニングには大きなテーブルが置かれていて、端っこの席に座って食事中のトロワを、怖い顔をしたままのラウノが、じーーーぃっと見ていた。
「何よ、食べたかったらあんたもモリーに頼めば」
「今はいい。それよりも…」
「何よ」
「いや、いいか、お前にもしものことがあったら…」
「…何なのよ」
押し黙るラウノを横目に、トロワはモリーが作ってくれたフレンチトーストと温かいスープに舌鼓を打っていた。
「だから、いいか。お前に…」
「?」
『お前にもしもの事があったら世界は滅ぶ』
「そうそれだ」
「バカじゃないの」
『そうバカだけど、お前の身は俺が守ってやるぞ。だから一人でフラフラするなぁ』
「っておいっ」
青筋を浮かべたラウノが立ち上がり、背後を振り返って剣に手をかけた。
「ハーイ、トロワちゃん、二日ぶり~。大変だったそうだね」
「フィーアさん?」
「どこをほっつき歩いていた。この間抜け」
「ベンテさんまで。何でここにいるのよ」
スプーンを咥えたトロワが驚いていると、
「こいつら昨日から矢のような催促をしてきてな、やれトロワはまだ目覚めないのか、これまでの状況を詳しく聞かせろだの煩いことこの上ない。それで無視していたらわしの座標にリンクしてここまで勝手に転移してきた。何とも困った奴らだろう」
メヒティの説明に、仏頂面のベンテとその横でにこやかに手を振るフィーアがいた。さらにその横で、青筋を3つぐらい浮かべたラウノが怒りに震えていた。
「まあまあ、落ち着きなさいな、ラース」
モリーの言葉で何とか堪えたが、青筋は一つ残ったままだった。
そこへ、エンリケとイルムが、レントを引き連れてやって来た。後ろにはレムを肩に乗せたジルフィリアの姿もあった。
「トロワ、君はどうしてここまで帰れた。レントは君に助けられたと言うが、気づいたら砂漠に居たという」
エンリケの問いに、
「厄災の魔女に飛ばされたのよ、気づいたら砂漠だったわ」
「彼女となにがあった」
「ネイロから頼まれたのよ、レントさんを助けろってね。それから、ガラ・キルアに伝言を頼まれたわ」
老人達の顔に複雑な表情が浮かんだ。
「どんな伝言か聞いてもいいかしら、トロワ」
尋ねたのはモリーだった。
「ありがとうって、伝えてほしいと」
ガラはまだ集会所に居て、情報収集を手伝っている。トロワの言葉に、ダイニングにいた老人達は押し黙り、レントはショックをうけていたようだ。
「まさか、厄災の魔女が……」
ダイニングテーブルの上でポンと音がして、得丸が飛び出してきた。
「トロワ、動きがありましたよ」
「そう、じゃあ希望する人に視界を共有して。私はいいから」
「視界を共有?」
フィーアの疑問に、
「こいつのスキルの一つだ。視界共有。神々の気まぐれの細目項目の一つ」
答えたのはラウノだった。老人達が驚いて、パチパチと手を叩いていた。
『神々の気まぐれ細目項目の一つ、視界共有はとても便利なスキルである』
『こいつに便利でないスキルってあるのか』
まだアダ遺跡のダンジョンを攻略する前。村の集会所でレムのスパルタ教育を受けていた頃の事。
『そこ。邪魔するなら追い出すよ』
ビシっとさし棒を向けたレムの顔は真剣そのもの。ラースは目の前に突き付けられたさし棒を掴み、
『フン』
と、後ろに放り投げた。さし棒を拾ってくれたガラに礼をいい、テーブルに上がり直したレムがスパルタ教育を再開。
『とにかく、要は実践あるのみ』
表に出た一行と外野は、レムの解説を聞く。
『お、丁度いい鳥が飛んでるね。トロワ、あれに向かって視界共有って言ってみ』
『視界共有?』
途端にトロワの目が驚きに見開かれた。
『何これっ』
上空を優雅に滑空していた大きな鳥が、急に羽をバタつかせ、おかしな飛び方をしていた。
『トロワ、君は今鳥だから』
『はあぁ、何これ…あ、ちょっと気持ち悪、耳も変』
『仕方ないな、視界共有解って言うと解けるから』
トロワが慌てて解いて膝を着いた。
『目が回る、あぶねえ吐くとこだったわ』
『分かったかい。このスキルは任意の動物との視界を共有することができる便利なスキルである。視界を共有した動物の五感も使えるからこれを使えば、動物たちの目や耳を通しての情報収集はもちろん、ノゾミの扉のマーキングにも利用できる』
『マーキングに?』
首をひねるトロワに、レムがさらなる解説を行う。
『知能の高い生物には難しいけれど、視界を共有した動物を操ることができるのさ。小動物なら100%。ただし操れるのは1体だけ。視界共有は複数に同時リンクできるけれどね』
『ああ、それで以前ラースの元にピンポイントで扉が開いたのですね』
エンリケの言葉に、レムが大きく肯き、
『その通り。まああの時は僕が代役してたから、トロワは視界共有の経験をしてなかったんだけどね』
と言ったが、トロワはまだ首をひねったままだった。
『ねえ、視界共有ってできる』
『たぶん』
『じゃあそれ私に使ってみてよ』
『いいけど』
乞われるままにかけてはみたものの、トロワにはネイロの目的が分からなかった。
『やっぱり、一方通行なのね。かけられた私はあなたの視界を共有はできない』
『みたいね、私は自分で自分の顔見てるから変な気分だけど』
『暫くこのままでいられる?どれぐらい?』
『どうだろう。解除するまで大丈夫みたいね、得丸君が代役してくれるって言ってるし』
『得丸君?』
『うん、私の相棒』
ポンと飛び出した得丸君がネイロに挨拶をした。
『初めまして、得丸改と申します』
『え?ああ初めまして……』
小さな卵型ロボットを、ジッと見つめるネイロの瞳が輝いていた。
『さ、触っても大丈夫?』
『どうぞ』
そっと持ち上げた得丸に、ネイロが頬ずりをする。
『いや~ん、可愛い~』
『あげられないけどね』
『判ってるわよ。…でも可愛い~』
ホテルフローベルサンズの最上階の一室。ベッドでは瀕死のレントが苦しんでいた。
『じゃあ暫くこのままでいて。最後にグロルの正体を暴いてみるから』
『最後って…私達が逃げたらあんたはどうするの?ヤバいんじゃないの?』
『私には転移魔法があるからね、一人でいつでも逃げられるし』
その言葉に納得したトロワだったが、どこか釈然としなかった。
エンリケの家のダイニングで、モリーを除いた全員が視界共有を希望した。
場所はホテルフローベルサンズの地下礼拝堂。黒の法衣を纏ったグロルの横に、ミーガンがいて、彼はひどく怒っていた。
『この裏切り者が。お前は自分の仲間を殺すのか』
『殺してないわよ。ちょっとの間眠らせただけ。ダークパペッティアは今日で解散。だからミーガンを返しなさい』
『俺を返せ、可笑しなことを言う。俺は俺だよ。なあグロルさま』
ミーガンがグロルの方を向く。具合の悪そうなグロルが、うるさそうに手を払った。
『さっさと済ませろ』
『了解しました。ニヒッ』
ミーガンが一歩前に踏み出した、と思った時にはすぐ目の前にいて、片手に持ったダガーを突き出していた。瞬間、現れた土の壁が防御となり、剣先はこちらに届かない。幾度となくミーガンの素早い攻撃を、共有している視界の者は間一髪で撃退していた。
『無駄よ、私のスキルは物理攻撃を跳ね返す』
『だったら、シャドウフレア』
ミーガンの両手から黒い炎が飛び出し、目の前に迫った。後ろに下がりつつ土の壁を作るが、壁はすぐに黒い炎に焼かれて消え。
『ライトシールド』
魔法で張ったシールドで、視界の者は何とか防御した。
『ライトニングアロー、シャイニングショット』
続けざまに光魔法を繰り出し、ミーガンを後退させたものの、決定打にはなっていなかった。そして、すぐ側で声が聞こえた。
『おいおい、何をしているんだグロル』
『くっ』
いきなり背後から伸びてきた腕に、視界の者が捕らわれていた。
『こんな雑魚に何手こずってやがる』
『お前は…ミソスか。何しに来た。俺の失敗を笑いに来たのか』
『そんな暇人じゃねえな』
と言うと視界の者を突き飛ばし、ミーガンに向かって命令を飛ばした。
『縛っておけ。この雑魚にはまだ使い道がある』
視界の者の揺れる視線の先は、礼拝堂の床。そこからミーガンの足が近づいてきて、蹴り飛ばされていた。
『このアマが』
憎しみのこもった蹴りが数発入った所で目を閉じていた視界の者が、少し離れた所で喋る2人の人影を捉えた。それは鮮明な映像となり、ダイニングに居た老人達とフィーア、ベンテ、レントがハッとして息をのんだ。
ミソスと呼ばれた男に見覚えがあったからである。
『こんな時に何の用だ。俺は忙しい』
『お前にくたばられたら困るからな。くたばる前に卵を回収しに来たんだよ。おら寄越せ』
『ふざけるなっ。これは俺が苦労して造ったモノだ。お前みたいなバカに渡せるか』
『そっちこそふざけんなよ、俺たちは止めたぞ。聖女相手に余計な手出しはすんなってな。それなのにお前が、勝手に、独断で、貴重な卵を使って動くから、却って聖女を覚醒させたんだろうが。全部てめえのせいだろうが』
ミソスと呼ばれた男に、グロルは胸ぐらをつかまれていた。
『卵はお前だけのモノじゃねえ。時間があればもっと造れたんだ。やっとできた5つだったんだぞ、それをいきがってこんなに早く一つ目をダメにしやがって』
『やっぱりそうなのね。アダ遺跡のダンジョンで見たわ、コラードが何をしたのか。あの瘴気獣は卵で造られた。あなたたちは一体何者な…うっ』
『うっせぇ黙ってろ、この雑魚が』
ネイロの言葉に苛立ったミソスが、腕を振り払った。それだけで、昏い衝撃波に襲われ、ミーガン諸共吹き飛んでいた。
『ちっ、ホント使えねえな、お前の手下どもはよ』
視界の者の視線がまた閉じ、開いた時には目の前に、モザイクのような黒い影の塊が迫っていた。
《ダメです、スキルでガードされて中に入れませんよ》
『お前まで使えねえな、シュク。そんなもん眠らせれば入れんだろ』
《ああ、それもそうですね》
ミソスとシュクと呼ばれた黒い影とのやり取りを聞かされ、老人達の顔に緊張が走った。
エンリケの家のダイニングで、得丸が全員の視界共有を解除した。
「得丸君、ネイロはどうなった?無事に逃げられたの」
「いえ、おそらくシュクとかいう影に憑依された模様です。憑依されてしまうとスキルで覗いていたのがバレる確率が高いので解除しました」
「逃げられなかったのね」
「はい」
「ネイロは一人で逃げられると言って私達を逃がしてくれた。だからもしネイロが逃げられなかったら、その時は助けに行こうって決めてた」
「助けに行くって、どうやって」
エンリケに尋ねられ、答えたのは得丸だった。
「レントさんが捕まっていた部屋にマーキングをしておきました。ただ、トロワが行くのはどうかと」
「ゴーレムの女王で行く」
トロワはいつになく真剣な顔をしていた。彼女の言葉を受けて、ジル先生とラースがそれぞれに得物を持ってトロワの背後に並んだ。
「いや、待て。ゴーレムの女王で行くのも反対だ。お前も形態変化してなかったら正体即バレの顔だからな、ラウノ」
エンリケの言葉にラウノがムッとする。
「ゴーレムの女王の正体も、ましてやトロワやジルフィリア様の正体がバレるのも得策ではありませんな。奴らは本物の聖女にまだ気づいていない」
メヒティの言葉にイルムも肯き、
「我々が行きましょうかな」
「では私もお供させてください。まだあそこには私の部下が残っておりますので」
レントが一歩前に出ると、
「まあ僕らも乗り掛かった舟なんで、マスク付けて同行しますよ」
と、フィーアとベンテが参加を表明。
トロワとラウノの顔が同じようにむくれていたので、得丸が慌てて解決策を提案した。
「私にいい考えがあります。全員誰が誰だか分からなければ良いのでしょう。なら全員を形態変化するというのはどうでしょう」
「全員を?」
トロワが問いかけ、得丸が肯く。
「はい。やってみせましょうか」
「よろしく、得丸君」
「では、女神の特性細目―形態変化一斉バージョン」
ボアンと音がして、ダイニングにいた全員が形態変化していた。
「おお、なんだこれ」
「なんですか、これは」
「いやいやいや、真っ黒ですな、目以外は」
「これは(某アニメで有名な)黒い人もどきです」
全身黒ずくめの黒タイツ。目元だけは(三白眼の黒い人と違い)、それぞれ目出し帽状態になっていた。
「なんだ、メヒティ、お前はフォルムだけですぐに判るな」
背が低く横幅があるメヒティを、エンリケとイルムが笑った。トロワとジル先生もどこか嬉しそうに手や足を上げ下げしている。
しかし、フィーアとベンテとラウノは微妙な表情で押し黙ったまま。
「「「…………」」」
「中々、良いかもしれませんな。これは」
「ああ、これならバレる心配もない」
「全くだ」
「いや却って目立つでしょうが、こんな格好。俺は嫌です」
楽しそうな老人達に、ベンテが反論し、
「レントからの音信が途絶えたとなれば、僕らスターリーナイトが動く充分な理由にはなりますからね」
「?」
首をひねるトロワにフィーアが別案と説明を捕捉した。
「レントの本名はコルネル・アスレハ。クインティアの誇る12侯爵の一人」
「養子ですが」
と小さく捕捉したのはレント本人だった。
「彼の奪還作戦という名目なら軍は動かせなくても冒険者パーティ、スターリーナイトなら動ける」
「ということなので、早くこの変化を解いてもらえるかな、得丸君」
と言ったベンテは本当に嫌そうだった。眉間の皺がかなり深い。
「お前はどうする、ラウノ。黒い人もどきで行くか、僕らとスターリーナイトで行くか」
ラウノが暫し考えた末に、フィーノの横に並んだ。
「ということで、僕ら3人は別行動にしましょう。強い敵と遭遇する確率が高いネイロの救出には、僕らがスターリーナイトで向かいます。ご老体たちはどうぞ、レントの部下救出に」
3体の老体黒い人もどきがムッとしていた。
得丸が3人とモリーの形態変化を解き、トロワは頬を膨らませた。
「ラースの裏切り者~、ゴーレムの女王のメンバーのくせにさ~、ふーん、スターリーナイトに鞍替えするんだぁ~。へ~そ~。やっぱり頼りになるのはジル先生だけよね~」
「……」
ラウノもまた眉間に深い皺を作った。
「まあまあ、トロワ。思春期の男の子にあの恰好はちょっと可哀想だから」
と、モリーが取りなすと、
「あの~思春期のおじさんも元に戻していただけますか。この姿で部下に会うのはちょっと…」
と言ったのはレントだった。さらには、
「僕も即バレするから留守番しておくよ。ということで、僕も元に戻して、早く」
チビっこい黒タイツになっていたレムも、心底嫌そうだった。
「「「「「……」」」」」
全身黒タイツの5人、老人達とトロワとジル先生の表情が微妙になっていた。
スターリーナイトと黒い人もどきの一団が急襲をかけたホテルフローベルサンズは、瞬く間に半壊。スターリーナイトと黒い人もどきのトロワとジル先生が地下礼拝堂に辿り着いた時には、グロルを始めとする敵の姿は跡形もなく消えていた。
ただ、意識を失い何かに憑依されたネイロだけは置き去りにされ、床に倒れていた。
―――ルフレ宮殿、舞踏会の開かれている大広間では。
王太子ラウノが玉座の方向から、先ほどよりもさらにどす黒いオーラを吐き出し続けていた。
聖女里桜はイシアスと就かず離れずの距離を保ち談笑していたが、ハイデルの側に美しい女性が居ることに気づき、挨拶に向かった。里桜が淑女の礼をして女性に挨拶を送ると、扇を手にした女性も挨拶を返していた。
ベンテとフィーアが大勢の令嬢達に囲まれ、ギータとノイアは小ホールの方へと移動した。
ホールでは楽の音に合わせ何組かがダンスをしているものの、雰囲気は重かった。
「ラウノはどうしたいのです」
玉座でシアが息子に尋ねた。
「俺は…」
「次のダンジョン攻略に、あなたはスターリーナイトのメンバーとして参加する手筈と聞いています。それの何が不満なのです」
「それに不満はありません。…いや、違う。俺はスターリーナイトではなく、ゴーレムの女王の……」
「ラウノ、母はお前がどこで何をしてもそれが人の道に反しないかぎりお前の味方です。好きなようにおやりなさい」
「おいおい、お前…」
隣のラルゴ王が汗を飛ばすが、
「全て母が許します。やりたいことをおやりなさい」
シアの言葉にラウノの不機嫌が収まっていた。
「ありがたく」
微笑みを浮かべたラウノが、玉座を飛び降りて行った。
小ホールでは、壁際の席でトロワとコタが食事中。そこへギータとノイアが加わった時には、トロワの顔は赤かった。
「ヒック」
トロワは手にシャンパングラスを持っていた。
「トロワさん酔ってるんですか」
「酔っれらいわよ」
「何杯目?」
ギータの質問にコタが指折り数え、
「10杯か11杯目、ぐらいです」
「大丈夫。こう見えて、酒は呑んでも呑まれたらころがらいの、ひゃっはっははははは」
「すっかり出来上がってますね」
「みたいね」
ノイアとギータが呆れていると、大ホールへと続く通路がざわつき、サッと人だかりが左右に別れた。現れたラウノに、ギータとノイアは一礼をする。
つかつかと近づいて来たラウノに気づき、トロワも立ち上がり、無礼にも指を差す。
「あー、あんたラ…」
スッと距離を縮めたラウノが、トロワの口を押え、そのまま鳩尾に当身を一発。
「ぐは…」
「「「……!(えー!当身っ!!)」」」
ギータ、ノイア、コタは言葉もなく見守ったまま。
そのままトロワを肩に担いで、ラウノはどこかに消えた。
小ホールは水を打ったように静まり、ラウノとトロワの姿が消えると、堰を切ったようにざわめきが起きた。
イーリス宮殿は、ルフレ宮の離宮の一つで、別名王太子の宮とも呼ばれている。現在ここにはラウノとフィーアが部屋を構えていて、ノバリーは10年前にここを引き払っていた。
フィーアも別の屋敷をセントラルに所有しているため、このイーリス宮に泊まることは滅多になかった。
小ホールからトロワを担いで来たラウノは、そのまま自室の寝室へと入り。自分のベッドにトロワを放り投げた。
「全く、世話のやけるリーダーだな」
部屋付きの従者に水を持ってくるよう命令し、自身はいつものラフな服装に着替えた。
着替え終えて一息つき、ベッドでトロワがフゴフゴと熟睡しているのを眺め。ふと、ベッドに乗り上げてトロワの顔のすぐ間近にまで顔を寄せ。
「………」
そして、何を思ったのかトロワの鼻をつまんだ。
「フガフガフウ」
と、寝言を言うトロワにラウノが吹き出した所へ、得丸がポンと飛び出し、
「申し訳ありません。戦意喪失無気力バージョン、プラス脱力バージョン」
「はあ?」
ラウノは訳の分からないまま、スキルの餌食となり撃沈。そのままベッドに沈み動かなくなった。
得丸は続いて、
「状態異常無効」
と言うと、トロワがパチリと目を覚ました。
「ん~、お腹いっぱい…うわ、何こいつ。ラースじゃない」
「ご気分はどうですか、トロワ」
「お腹いっぱい。何でこいつがいるの」
「さあ。コタが探しているでしょうから参りましょうか」
「そうね」
ベッドを抜け出し、トロワと得丸は部屋を出て行った。
部屋を出た所で、
「トロワ」
「トロワさん」
フィーアとベンテに連れられた、ギータとノイア、コタの姿が目に入った。
「あれ、どうしたの皆慌てて」
「慌ててじゃないよ、大丈夫かいトロワ。あのバカはどうした」
「あのバカって?」
「ラウノ様ならお部屋でお休みでございます」
トロワの肩に乗る得丸に、全員の視線が注がれる。
「何かしたのか」
尋ねたベンテに、
「少々戦意喪失無気力バージョンと脱力バージョンを施させていただきました」
全員初耳のスキルだったが、その語感の響きに、深くは追及しなかった。だが。
フィーアの部屋に移り、従者たちも下げられた後で。
「ここは僕のプライベートルームだからここにマーキング?しておくといいよ。おじい様達もそうおっしゃっていたし」
「ありがとう。そうさせてもらうわ。得丸君お願い」
「ラジャ」
そしてノゾミの扉が出現し、
「じゃ帰ろうか、コタ君」
「はい」
「じゃあまたね、コタ君」
「うん、ノイアちゃんも気をつけて」
それぞれに別れの挨拶をする中で、フィーアがひょんな事を言った。
「あの戦意喪失無気力バージョン、脱力バージョンって興味があるんだけど」
「あれは文字通りの効能を示す神々の気まぐれ細目の一つです。何ならお試しになりますか」
「大丈夫、なのかい?」
「おいフィーア」
「だって面白そうじゃないかベンテ。本物の聖女様のスキルだぞ。理解しておくにこしたことはない」
フィーアの言葉に、ベンテや他の3人も興味をしめした。
けれど。
「それじゃあまたね、ギータさん、ノイアちゃん」
トロワとコタの姿が扉の中に入り、閉まると同時に扉もかき消えた。
後には戦意喪失無気力バージョンをかけられたフィーアと、脱力バージョンをかけられたベンテの姿があった。
「どうします?ギータさんこれ」
「どうするって言われても、得丸君は30分もすれば勝手に解けるって言ってたから放っておきましょう」
「ですね」
「本当に、過ぎた好奇心は身を滅ぼすわよね」
「ですね」
と、喋りながら、ギータとノイアも部屋を出て行った。