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たとえ死の谷を歩むとも

ミーティア正面入り口を出て、10分程歩いた場所に位置する飲屋街。


その中でも一層人通りが少ない路地でひっそりと営む酒場。


中世ヨーロッパの酒場を彷彿とさせるその場所は、ザ☆異世界系酒場とでも言うべきか...


キリンジとシェリフはカウンター席に座っていた。


「いやぁ、今日は大仕事だったぜ。ほら、俺の奢りなんだから好きなの頼め」


そう言ってキリンジの前にメニューを置くが、何せ酒場など初めてなもので何を頼めば良いのか悪いのか。なのでメニューの中で恐らく一番値段が低いであろうグリルドチキンレッグを注文した。


「そういやニャルテは? 嬢ちゃん呼ばなかったのか?」


「いえ、紹介したい人が居るからその人を連れて後で来るそうです」


「あ〜アイツそんな事言ってたな、聞いたところによるとお前のこれからのパーティメンバーだとか」


シェリフは右手でコインを回しながらそう言った後、手元のスマホに目を落とす。


キリンジはコインが指と指の間をクルクルと渡っていく様に釘付けになっていた。それに気が付いたのかシェリフは「よし、じゃあ勝負しよう」と言い手の甲を上に向け左手でコインを握り、右手を添えた。


「勝負って何をするんですか?」


「まあ見てな、お前は上か下で答えれば良い。10回勝負、お前が当てる毎に100円追加だが、負ければその逆だ。最後に残った金額をやるよ」


するとシェリフはクイッと手を振り、キリンジの目の前に差し出した。


「上か下か」


こうなりゃ感である。


「下!」

「おお! 正解だ」


再びシェリフが手を振る。


「上!」

「残念…下だ」


そのようなやり取りが10回続き、最後にキリンジの手元に残った金額…………100円


何故こんなにも運が悪いのか…当の本人も謎である。


本当に…何故なのか…


「私の千円チャンスが…ショボーン」


その時、店の入り口のベルがチリーンと鳴りニャルテが入ってきた。


後ろには小柄な少女を連れている。


「遅くなってすまにゃいニャ〜」


ニャルテの私服姿も充分新鮮で興味深いが、キリンジにとってはやはり連れの方が気になる。


「ニャルテ〜、早速だけどその子は…」


ニャルテは今思い出したと言わんばかりに後ろに隠れるその子を自分の前に突き出し。


「紹介するニャ! この子はミク、キリンジのパーティメンバーになる子ニャ!」


糸目のその少女は赤く長い乱れ髪で口には醤油煎餅が咥えられている。


「ミクだ」


少女は煎餅を口から外しパッと一言喋ると、再び煎餅を加え黙った。


(無愛想な子だなぁ)

そんな事を思っているとニャルテがさっとキリンジに近寄り耳元でそっと囁いた。


「先に言っておくニャ、あの子は人間じゃにゃいから倫理観や道徳感その他の人間性が欠如してるニャ」


「それって、モンスターって事?」


「ここじゃ言えにゃいニャ、でも人間に育てられたモンスターだから害はないニャ」


その時、ミクがキリンジの袖を引っ張り、手には煎餅の袋が握られている。


するとミクは袋から煎餅を一枚取り出しキリンジの手に握らせた。


「これ、私にくれるの?」


とたんに無愛想な子だと警戒していた自分が恥ずかしくなり、照れ隠しにと少女の頭をポンポンと撫で、煎餅をパリッと一口頬張る。


「うん! おいしい!」


ミクは満足そうに首を縦に振ると、再び煎餅を袋から取り出し口に咥えた。


煎餅をバリバリと頬張るミクを横目にキリンジはポケットからスマホを取り出し、次の任務を確認する。


このスマホは本部から支給されたものだ、ガーディアンのプライバシーとセキュリティーを重んじるミーティアから支給されるスマホなので安心安全...な事を願いたい。


「森林エリア攻略任務は今日で終了...あと3日は暇だな〜」


伝え忘れていたが、任務には3つの形態が存在する。


1つは討伐任務、これはAまたはSクラスのモンスターの討伐を目的として発令される任務。

2つ目は調査任務、攻略任務と似ているようだが全くの別物だ。毎日毎日新たな融合エリアが出現するこの世界では、モンスターの居住地への侵入を防ぐためにも未開の地を切り開き安全にする必要がある。簡単に言えば"既に攻略されているエリアでの任務”が調査任務で、”攻略が不完全なエリアでの任務”が攻略任務なのである。


「お待たせしました。ご注文のチキンレッグです!」


活気旺盛な声を上げ獣人のサーバーがチキンレッグの盛られた皿をドンッとキリンジの前に置く。


宮崎に比べて、ここではあちら側の世界から来た者達の存在がもはや日常に浸透しているのだと改めて実感する。


地元では獣人を目にする頻度が月に一回あるかないかだったのに、今では日常的に言葉を交わす存在とまでもなった。もちろんいい意味で。


それはそうとして、運ばれてきたチキンレッグが異常なほどに巨大な事に誰も突っ込まない...


(都会では食べ物がデカいのは普通なのかな...)


直径30センチ程有るチキンレッグを目にし、既に腹が膨れそうである。


その時、キリンジはじっとこちらを見つめる視線を感じ取った...そう、ミクだ。


正確に言えばキリンジではなくキリンジの前に置かれた巨大なチキンレッグへの視線だろう。


「え〜と、食べる?」


「...」


恐る恐る聞くも、気を使っているのか返事をしない。


困ったキリンジは脂身を避けてチキンレッグを切り分け、小皿に盛った後ミクの前に差し出した。


ミクは暫く悩み、最終的にはパッと皿を取りパクパクと切り分けられた鶏肉を口に運び出した。


(食べてる姿も可愛いなあ...)


そんな事を考えながら鶏肉にがっつくミクにうっとりしていたその時だ─


「大変だッッ」


突然店の入口から大男の野太い声が響き、店内一同の視線が一斉にそちらへ向けられる。


息を切らしたその男は、息を落ち着かせ続ける。


「ついさっき、Sクラス討伐に向かったジョーカーのチームの一人が本部へ緊急搬送されてきた。話によるとSクラス相当のアンノウンの襲撃を受けチームの半数が死亡、ジョーカーのバイタル信号も途絶えたらしい...」


それを聞いてキリンジの心臓が跳ね上がる。


(ジョーカーが...死んだ?)


ガタッと椅子から崩れ落ち、キリンジの心は絶望のどん底に叩き落された。


ニャルテも手を口に当て、俯くばかり...


「あのジョーカーだよ? きっとまだどこかで...」


「諦めな嬢ちゃん...この仕事は常に死と隣り合わせ、いつ誰が死んでもおかしくねえ。俺だって信じたくねえさ、だがバイタルが途絶えたってことはそういうことなんだ」



まだ感謝の気持も伝えられてない、不完全燃焼のまま永遠の別れなどできるはずがない。


キリンジは立ち上がり、店の出口へと歩く。


「どこに行く気だ嬢ちゃん?」


「ジョーカーを探しに行く。死んでたら、連れて帰ってちゃんとお別れしよう」


「Sクラスアンノウンの巣窟に飛び込むつもりか? やめとけ、ジョーカーはそんな事望んじゃいねえ」


「誰がなんと言おうと、私は一人でも行く。ニャルテ、30-30を私の部屋の前に置いておくよう本部に連絡して」


「どうせ止めても無駄にゃら、生き延びられるくらいの物資手配はしておくニャ」

そう言ってニャルテは深い溜め息を吐き、ミクを連れて店を後にした。


シェリフはショットグラスに残ったテキーラをグイっと飲み干し、激しくカウンターに叩きつける。


その様子を目にした店主は静かに言った。

「あなたは行かなくていいんですか? あなたが人を連れてここへ来たのはいつぶりか、さぞ気に入ってる子なのでは?」


「どうして俺がわざわざ...ゴホッゴホッ」

最後まで言い切る前に彼は激しく咳をし、暫くして抑えていた手を店主へと向けた。


「それは...」

なんと、手には真っ赤な血がべったりと付着しているではないか!

唖然とする店主を落ち着かせるようにシェリフはニッと笑い言った。


「アンタらが崇める英雄には...もう時間は残されてねえんだよ」









ミーティア本部からヘリで移動すること約2時間。

日本海に現れた融合エリアは巨大な島であり、ジョーカー達が消息を絶った場所である。


上空から見下ろすその島では無数のブラッドレイブンがガアガアと悍ましい鳴き声を上げ、薄暗い森はこちらを手招きしているようだ。


「キリンジ、ブレスレットに新しく空間魔法をダウンロードしておいたニャ。そこにツヴァイヘンダーを収納しておいたから、近接戦闘時には遠慮なく使うのニャ。検討を祈るニャ」


「サンキューニャルテ! ミク、飛び降りるよ!」


「...り」


キリンジとミクはバッとヘリから飛び降り、バラシュートで目下の開けた平原へと着陸した。


「ジョーカー...今行くからね」


そしてキリンジはライフルを固く握りしめ、森の中へと足を踏み入れた───

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