捜索者の羅針
【玲瓏のディストピア】を読んでくださり、誠にありがとうございます!
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【シーカー】彼がそう呼ばれ始めたのは6年前
生まれて間も無く両親に捨てられ、出店の食べ物を盗んでは廃墟となったビルに帰り寒さと飢えを凌ぐ。そんな毎日に希望なんて無かった。
そんなある日、新宿駅東口前の3Dビジョンに映し出されたミーティアの広告を見て生まれて初めて抱いた、憧れという名の感情。
(かっこいい…)
強大なモンスターにも勇敢に立ち向かう勇姿、そしてどんなに深傷を負っても屈しない精神。
そんな彼らは子ども達が憧れて止まない戦隊モノよりも、当時の彼に強い憧憬を抱かせる程の現実味と夢があった。
それからというもの、廃ビルに帰っては丸められたボロ布団をサンドバッグにして我流のトレーニングに励んだ。
不格好でも良い、ただ強くなりたいという一心が彼を突き動かす。いや、人生で初めて感じた憧憬の灯を消したくなかったのかもしれない。
いずれにせよ、この瞬間こそ彼が人生で一番輝いていた時期である。
16歳となり、念願のミーティアへ入団した彼は【ストレイ】と名付けられガーディアンとして最初の任務へ向かった。
初任務に燃え高鳴る心臓、彼はイメージトレーニングを繰り返しながら今か今かと到着を心待ちにしていた。
この仕事の本当の過酷さも知らずに────
現場はショッピングモール、しかし彼らが到着した頃には既に壁は焼け焦げており、床のタイルは剥がれ地面には大勢の死体が無惨に転がっていた。
「なんだよ…これ…一体どうなってるんだよ」
報告を遥かに上回る被害を目前に、彼は生まれて初めて本当の地獄を知った。
正義感と高揚により高鳴っていた心臓の原動力は、すぐさま恐怖へと変わる。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
「く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
生き残りの声…いや、今の今まで生き残りだった者達の声がモールに響き渡る。
その時だ─
地面が真っ黒に染まり、巨大な人型のナニカが複数体現れた。
「ビートストッパーだ…」
【ビートストッパー】
Aクラスモンスター
非常に好戦的であり、約半径1キロメートルの心音を探知し影を操り対象を攻撃する。
心臓を集中的に狙う事が名称の由来。
「なんでAクラスがここにいるッッ」
「知るか! ひとまず逃げるぞ!」
次の瞬間、部隊長と同期のガーディアンが地面から伸びた影に串刺しにされた。
「そんな…隊長!」
もちろん…即死だ。
絶望に陥る残りの隊員達は逃げ出す者もいれば、腰を抜かしその場に座り込む者もいた。
彼は前者、ひたすらに走った。
どんなに肺が苦しくても、胸が苦しくても、足を止める事は鼓動が止まる事に等しい。
走ってる途中も前を走る数人の仲間が串刺しにされ、後ろからも悲痛の叫びが聞こえる。
その中で、彼は一つだけ違う声を耳にした。
赤子の鳴き声だ。
彼はすぐさま右の通路へと方向を変え走り出し、赤子の鳴き声がする方へ走る。
そしてとうとう見つけた、声の主。
丁度ベビー用品店が目の前にあり、チェストリグを外しベビーキャリアを身に付け、赤子を抱え歩き出した───
「ハァ…ハァ…」
出口までもう少し、生き残った仲間は逃げ切っただろうか、そもそも自分は生きて帰れるのか。
そんな事を考えながらひたすらに歩く。
その時だ、再び地面が黒く染まりそこから棘が勢いよく彼目掛けて飛び出した!!
咄嗟に避けるも、左腕を掠め思わず悲痛の声を上げる。
「グアァッッ!」
(痛い、逃げたい、死にたくないッッ)
絶望が彼を取り巻く中、彼の頬にそっと小さい手が触れた。
曇りなき眼で彼を見つめる赤子の小さな手は、ペチペチと彼の頬を叩く。
「応援…してくれてるのか?」
「あぅあ」
言葉になっていないが、それは確かに彼の原動力となった。この子を殺させない、その決意を胸に彼は右手にナイフを持ち、左手にはグレネードを持った。
「来いよ化け物、俺とコイツが相手だッ」
「#&?*€〆!!」
奇妙な声を上げてこちらへ向かってくるビートストッパーを前に、彼は深く息を吸いナイフを構える。
(ビートストッパーは遠距離攻撃がメインのモンスター、なら間合いを詰めれば勝機はあるッ)
地面から飛び出す棘を交わし、着実にビートストッパーとの距離を詰める。
しかし全ての攻撃を交わすほどの反射神経と身体能力は持ち合わせていない。数本の棘が彼の腕や足を掠めていく。
それでも彼は痛みを堪え走り、その勢いが止まることはない。
「#%*!!」
近付けば近付くほどビートストッパーの攻撃の精度と頻度は増していく。
「ここだッッ」
攻撃の合間に生まれる一瞬の隙を見逃すことなく、ついにビートストッパーの懐に飛び込み腹部を突き刺した。
銀の刃は黒い肉体へと飲み込まれ、ビートストッパーは甲高い悲鳴を上げる。
それでも彼の攻撃は終わらない、傷口をさらに切り裂き、左手に持っていたグレネードを無理やりそこへ押し込んだ。
悶え苦しむビートストッパーから素早く距離を取り、彼が赤子を庇うように地面に倒れ込んだ次の瞬間。爆発音と同時にドロドロとした赤黒い液体が周囲に飛び散った。
「仇は取ったよ…皆」
彼はそう言ってゆっくりと立ち上がり、顔を赤くして泣く赤子の顔を見て胸を撫で下ろす。
しかし、彼の心の中では安堵と疑問と怒りの感情が絶えず渦巻いていた。
(何故俺らが派遣された?)
情報の伝達ミスとはいえ、被害の規模の把握くらいは容易だろう。
故に、何故中堅と新米の寄せ集め部隊を派遣したのか疑問になるのは必然である。
そして悩んだ末、彼が出した結論は…
「俺達は餌だ。AクラスやSクラスの奴らに、より詳細な情報を送る為の餌だったんだ」
泣き疲れスヤスヤと眠りについた赤子の頬を伝う涙を指で拭い、沈む夕日へ目を向ける。
その時から、彼が今まで憧れてきた存在の全ては憎悪の的へと変わってしまった。
「餌でも囮でもなんにでもなってやる、この暗黒郷を理想郷にするその日まで…俺の手の届く範囲の奴は誰一人として死なせねぇ」
迎えのヘリの音さえも、白々しく聞こえる。
(クソったれミーティアが、遅えよ)
腕の中で眠る赤子に目を落とし、そっと撫でる。
「本当ならこのままあいつらの後を追って死にたいが、まだやる事が山程ある。だからお前といつかまた会う事を、俺の生きる意味にするよ」
そう言って彼は毛布に包んだ赤子をそっと地面に置いた後、ヘリとは逆方向へ歩き出し、その場を後にした。
生き延びて再び成長したあの赤子と会うその日まで彼は戦い、捜し続ける。
彼の名はシーカー、求め彷徨う孤独の捜索者──




