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第4話 「もう10時だよ?」

7月26日



 みーんみんみんみんみんみん。


 みーんみんみんみんみんみん。



 外のセミが鳴いている。

 窓からこぼれ落ちる日差しが眩しかった。


「はーるとーくーん、もう朝だよ起きてよー」


 ゆさゆさと陽葵が布団ごと俺のことを揺さぶる。


「もーちょっと寝かせて」

「もう10時だよ?」

「うそぉ!!」


 しまった!寝過ぎたと思ってガバッと起き上がる。

 ……時計を見るとまだ7時をまわっているくらいの時間だった。


「陽葵……」

「やった! 起きた!」

「うざい、二度寝する」


 少し青筋を立てて再び布団に戻る。

 隣にもみんみん鳴くうるさいセミはいたようだ。

 大体、よく考えたら10時だろうと11時だろうといつまで寝ていてもかまわないのだった。

 一年間のブラック勤めですっかり早起きが習慣ついていた。


「いいの? 大家さんの娘さん下にきてるよ?」

「見に行かないと!!」


 再び起きて急いでパジャマから着替える。

 陽葵がいても、服の着替えなんて気にしない。


「ほら、顔洗ってこよ?」


 陽葵がタオルを渡して一階にある洗面所に連れていこうとする。


 階段までやってきたら、丁度玄関のところで大家さんたちの話声が聞こえてきた。


「それじゃ(つむぎ)、お留守番よろしくね」

「うん、お父さん早く帰ってきてね!」

「分かってるよ」


 大家さん家族の声だ!


 俺の大家さんを射止めた旦那さんとやらを一目見てみようとするが、階段上からの角度だとあまりよく見ることができない。

 あんな可愛くて清楚な大家さんの旦那さんなのだからさぞかしカッコいい人なのだろう。

 くそー!羨ましいなぁ!

 あんな美人で清楚な大家さんと付き合えたらなぁ!


「はーーるーーとくーーん!」


 ぎぃいいいと耳を引っ張られる。


「痛い !痛いって!」

「ぜったい今変なこと考えてた!」

「考えてない! 考えてないって!」


「……朝からなにやってんのお前ら?」


 省吾くんが後ろから飽きれて俺たちに声をかけてきた。


「あー、紬ちゃん来てたんだ。大人しい子だからそんなに気にしなくても大丈夫だぞ」

「そうなんですか?」

「大体いつも部屋で本読んでるだけだから、そもそも手がかからないしな」


 ふぁ~と欠伸をしながら省吾くんが下に降りていく。


「とりあえず挨拶はちゃんとしないとね!」


 そう言って、陽葵も下に降りていった。




※※※



 

 ブォォオンと大家さんたちが乗ったクルマが出発した。

 陽葵が、その大家さんのお子さんに声をかけていた。


「初めまして佐藤 陽葵です! そこにいるのが 鈴木 春斗くん。昨日からここに来たの! よろしくね!」

「あっ、初めまして紬と言います。宜しくお願いします」


 紬ちゃんが礼儀正しくぺこっと頭を下げる。

 歳は10歳前半くらいだろうか、大家さんに似て真っ白な肌に大きい目をしてる可愛らしい子だった。

 ウェーブがかかった長い真っ黒な髪が似合っていた。

 まるでミニ大家さん!という感じで将来性抜群の子だった。


「紬ちゃんこれからどうするの? お姉ちゃんと遊ぶ?」


 お前はお姉ちゃんじゃなくてオカンだけどなとひっそり心の中でさっきの耳の復讐をする。


「あっ、大丈夫です。お母さんの部屋で本読んでますので」


 そう言ってトコトコと一階奥の大家さんが使っている部屋に行こうとする紬ちゃん。


「あー! ちょっと待って待って!」

「どうしました?」

「いや、もうちょっとお話できないかなぁって」


 あの大家さんを射止めた旦那さんがどういう人だか少しだけ聞いてみたくなり、紬ちゃん少し呼び止めた。


「紬ちゃんのお父さんってどんな人なの?」

「どんな人ですか?」


 うーんとしばらく悩んでいる紬ちゃん。


「別に普通の人ですよ?」


 悩んだわりにはありきたりな答えが返ってきてしまった。


「普通かぁ」

「はい、けどお父さんは何事も普通が一番だって言ってました」

「そうかなぁ、普通ってつまらないと思うけど」


 そう言うと、紬ちゃんの顔が真っ赤に染まる。


「私、将来はお父さんと結婚するんだから! お父さんのこと馬鹿にしないで!」


 紬ちゃんは、突然大きな声を出してバタン!と扉を閉めて奥の部屋に行ってしまった。



「はーーるーーとくーーん!」


 陽葵が角を出して俺に声をかける。


「今のは春斗くんが悪いよ」

「……分かってる」

「あとでちゃんと謝らなきゃダメだよ?」

「分かってるよ」


 紬ちゃんに本当に悪いことを言ってしまった。

 何も考えずに軽口を叩いてしまう自分を心底呪った。




※※※



 

「おーーい! 春斗! またやらかしたんだってな!」


 プークスクスと省吾くんがこちらに声をかける。

 うなだれていた俺を気にせず省吾くんはそのまま話を続ける。


「おい、春斗! 午後ちょっと付き合えよ。もう一人の住人が帰ってくるから男だけの作戦会議しようぜ!」

「……すいません、ちょっと外散歩してきます」


 省吾くんにつきあう精神的余裕がなく、そのまま逃げるように外に出ていった。


「……なんだか派手に凹んでるなあいつ」

「春斗くん、ああ見えてメンタルよわよわなんですよ。ちょっと私見てきます」


 駆け足でなぜか俺のあとを陽葵がついてきた。


「なんだかんだであいつリア充っぽいよなぁ」


 省吾くんのそんな声が聞こえてきた気がした。


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