第27話 「私以外見ちゃダメなの!」
8月3日
「何か悪いこと聞いちゃったかな」
「けど、普通に聞いただけだったんでしょ?」
「うん」
今日も、俺は朝の勉強を、陽葵はいつも通りキッチンで朝食を作っていた。
昨日のあの後、省吾くんは部屋から出てくることはなかった。
何か、とんでもない地雷を踏んでしまったのかと思って気が気ではなかった。
「何か省吾さんにとって聞いてほしくないことだったのかもね」
そのことを陽葵に相談していた。
「とりあえず、今日起きてきたら謝ってみる」
「うん、そのときは私も一緒に謝ってあげるから」
陽葵とそんな話をしていたら、二階から降りてくる足音が聞こえてきた。
「おはよー」
おっ?
今日は珍しく省吾くんが単独で一階に降りてきた。
「おはようございます、昨日はすいませんでした。何か気に障るようなこと言ってしまって」
「あー」
省吾くんがバツが悪そうに頭をぽりぽりとかく。
「いや、昨日のは俺のほうが悪いわ。わりぃな気をつかわせちまって」
えっ!?
いつもの省吾くんじゃない!!
誰だこいつっ!!
そんな素直に自分の非を認めるなんて!
「省吾さん、昨日はうちの春斗くんがすいませんでした」
陽葵もキッチンからとことことやってきて、省吾くんにぺこっと頭を下げる。
「親しき中にも礼儀ありってちゃんと言っておきますので」
ぐぅ……。
そういえば、大家さんの娘さんのときもそうだったが、陽葵と一緒に謝ることになると、どうしても俺が子供扱いされているような気がしてしまう。
「あははは、ごめんごめん。二人ともそんな気を使わなくていいよ」
省吾くんがどこか思いつめたような顔をしていた。
「そういや春斗、俺が何してたかって気にしてたな」
「……えっ!? けど言いたくないなら別にいいですよ! 俺もあんまり前にいた会社の話とかはしたくないので、何となく気持ち分かりますし」
「お前に気を使われてるのがすげームカつくわ」
ぼこっ! と省吾くんが俺のお尻に蹴りをいれる。
……痛くはなかった。
「……俺、大学生なんだ、美大に行ってて。わけあって今休学中」
「えぇえええ!? 大学生だったんですか!?」
「そういうこと」
「……ちなみに省吾くん年齢いくつなんですか?」
「はぁ? 22だけど」
「げっ、もっと俺と年齢離れてると思ってました」
「だとしたら、もっと年上のこと敬え」
そう言って、省吾くんが和室のテーブルにつく。
「陽葵ちゃん腹減ったー」
「あっ! すぐ用意しますね!」
俺と省吾くんの会話を黙って聞いていた陽葵がキッチンに戻っていく。
「いいなぁ、大学って友達いっぱいできて楽しそう!」
「そんないいもんじゃないけどな」
「可愛いくて綺麗な女の子がいっぱいいそうじゃないですか! 羨ましいなぁ!」
「春斗くんっ!!」
しまったーーー!!
キッチンの陽葵に聞こえてしまっていた!
「はぁ、お前のその性格は本当に羨ましくなるわ」
「……絶対バカにしてますよね」
「いや、本心」
省吾くんがテーブルに頬杖をついて、ため息をつく。
「好きなことだけじゃやっていけないんだよなぁ」
ボソっと省吾くんがそんなことを呟いていた。
――雅文さんも前に似たようなこと言っていたのを思い出してしまった。
「……ところで」
「なんだよ」
「今日は雅文さんと一緒じゃないんですね」
「お前が昨日あまりにも気持ち悪いこというから、起きる時間をズラしたんだよ」
「……照れなくてもいいのに」
俺がそう言った瞬間、省吾くん必殺の関節技が俺に炸裂した。
めちゃくちゃ痛かった。
※※※
「いててて」
省吾くんとは体の痛みと引き換えにそのまま事なきを得たが、今度は陽葵のほうがご機嫌ナナメになってしまっていた!
「ひ、陽葵。さっきのは男同士の冗談であって!」
「大学には可愛くて綺麗な女の子がいそうですかそうですかー」
陽葵の頭からプンプンと煙が出ている。
あの後、雅文さんと佳乃さんが起きてきてそのまま朝食になった。
――ちなみに、トウフ・ミソスープ選手は本日も元気よく二日連続の登板であった。明日も登板の可能性濃厚である。キッチンの陽葵監督は気に入った選手をボロボロになるまで使いまわす鬼監督なのだ。
朝食の時は普通にしていた陽葵だったが、外に二人で洗濯物を干しに出ると、陽葵の怒りが爆発してしまっていた。
「春斗くんはすぐ他の人に目移りするんだから!」
「してない! してない! 濡れ衣すぎる!」
「どうせ、おっぱい大きくて綺麗な人なら誰でもいいんでしょ!」
プシュ―とヤカンのように陽葵の頭が沸騰している。
誰か早くこの子を急速冷凍してくれ!
「だから、俺は陽葵のがいいってこの前言ったじゃんか!」
「ふんっだ! そんなこと言ってあれから触ってくれないくせに!」
「えっ?」
もーーーと陽葵がぷんすかぷんすか怒っている。
今、結構な爆弾発言が飛び出た気がする。
「とにかくっ! 春斗くんは私以外見ちゃダメなの! 私以外の女の人の話しないで!」
「だ、だからそんなんじゃないって!」
陽葵ってついこの前、もっと俺を信じてあげなきゃみたいなこと言ってなかったけ……? あ、あれは実は夢だった……?
今日は、陽葵をなだめるのに全力をつくす午前中になってしまった。




