第18話 「お菓子は一個だけだからね」
クルマのギアをドライブに入れる。
夏のもあっとした車内が気持ち悪いので、エアコンの風量をマックスにしていた。
ゴォオオオと車のエアコンがフル回転する音が聞こえる。
「陽葵、エアコンで体冷えるようだったら言ってな」
「はーい」
省吾くんのちっとも粋じゃない計らいで、陽葵と買い物に行くことになってしまった。
シェアハウスを出発し、一番近くのスーパーに向かう。
一番近くと言っても、山の麓まで行かなければならず、クルマで走らせてもそれなりに時間がかかる道のりだった。
「えへへ、春斗くんの車に乗せてもらうの初めてだね」
「あー、社会人になってから買ったやつだからな」
軽の自動車だったが、うちの本物のオカンの援助もあり新車で購入していた。
仕事に行ってた時は、毎日乗っていたのだがここのシェアハウスに来てから数日は全く乗ることはなくなっていた。
「毎日ね、登校するときに春斗くんちの駐車場見てたんだよ。あっ今日も春斗くん朝早いって」
「早朝出勤だったからなぁ」
誰も通らない山道を軽快に運転する。
天気がいいのもあいまって、たまにはこういうドライブも気持ちがいい。
「うちのお母さんも心配してたよ? ハル君今日も早いねって」
「おばさんがかぁ……」
陽葵とうちの実家は隣同士だ。
お互い家族ぐるみで付き合っていたものだから、陽葵の母親も俺のことを実の息子のように可愛がってくれていたと思う。
なんなら、俺の授業参観に陽葵の母親がくるほどだった。当時はそれがすごく恥ずかしかった記憶がある。
親同士も非常に仲が良く、うちの母親も陽葵のことは実の娘のように可愛がっていた。何かあるごとに、ヒマちゃんがどうしたこうしたと、いちいち俺に報告してきて非常にうるさかった。
俺と陽葵はお互いに実の兄妹はいなかったので、親同士の付き合いもあって本当に兄妹のように育った。
――そんな俺たちが恋人同士になったと聞いたら、うちの親たちはどんな顔をするのだろう。
喜んでくれるのだろうか、それとも実の兄妹のように育ったのに! と反対されるのだろうか、全く予想がつかなかった。
「どうしたの春斗くん? 難しい顔してるよ」
「いや、陽葵んちのおばさんにもちゃんと挨拶しないとなぁって」
「挨拶? うちのお母さんそんなこと全然気にしないよ?」
「いや、普通の挨拶じゃなくて陽葵と付き合ってますって。怒られたりしないかなぁ」
俺がそういうと、陽葵が何がおかしかったのか不思議そうに大きな目をぱちくりさせる。
「えへへへ、きっと怒られたりはしないと思うよ?」
「そっかなぁ」
「きっと、すごーーーく喜んでくれると思う!」
「だといいなぁ」
何故か自信満々に陽葵がそう告げた。
――陽葵の親に挨拶する。
簡単に言ってしまっていたが、今の何もしてない状態の俺がどの面を下げて挨拶に行くのか、すごく不安になった。
※※※
車を走らせること一時間弱。
山の麓のスーパーに到着していた。
地方によくある大型のショッピングモールのようなものとは違い、いかにも個人経営な少し寂れたスーパーだった。
お買い物してる人もお年寄りがほとんどだったが、何だかこの田舎の光景もそれはそれで趣があって、いい雰囲気のスーパーだった。
ショッピングカートを手に取り、陽葵と店内に入る。
「春斗くんは何食べたい?」
「陽葵の作ったやつなら何でも」
「もぉーそういうのが一番困るんだって!」
陽葵とそんな会話をしながら店内を物色をする。
「じゃ、陽葵が食べたいやつがいい」
「私の?」
「陽葵の好きな食べ物とかあるだろ」
「だったら、カレーとかハンバーグかなぁ」
思ったよりもお子様なメニューが出てきてしまった。
「むっ、ちょっとバカにしたでしょ」
「してないしてない! 俺もカレーもハンバーグも好きだし!」
「……じゃ、私とどっち好き?」
突然、陽葵軍 VS カレー・ハンバーグ軍の決戦の火蓋が切られてしまった。
答えを間違えると俺が戦死する。
「ひ、陽葵かなぁ……」
「あははは、私も春斗くんだよ!」
「……それ言ってて恥ずかしくならないの?」
「ぜーんぜん!」
そう言って、陽葵がお肉コーナーに行こうとする。
後ろ姿から見える耳は少しだけ赤くなっているような気がした。
「あっ! 春斗くん特売やってるよ! ちょっと行ってくるね!」
丁度、お肉売り場に行くとタイムセールがやっていた。
「すごい! 鶏肉もひき肉も安い! 全部買っちゃおう!」
「賞味期限とかあるから買い過ぎないようにな!」
「大丈夫! 全部冷凍させるから!」
“陽葵必殺! 全部冷凍!”
オカンは何でもかんでも冷凍させてしまう、氷魔法の使い手なのだ。
成り行きを見守っていたら、ショッピングカートにはいつの間にかお肉がいっぱい入っていた。しばらくお肉は買わなくても良さそうだ。
「いいお買い物ができたー!」
「そりゃ良かった……」
テンション高く、タイムセールから帰ってきた陽葵が顔をつやつやさせてそんなことを言ってくる。すごく満足そうないい笑顔だった。
「俺、帰りに食べるお菓子でも見てこようかなぁ」
ショッピングカートをガラガラと走らせ、お菓子売り場にやってきた。
おっ、ポテチいいなぁ。
たまにすごく食べたくなるよなぁポテチって。
「運転しながらだとボロボロこぼれちゃうよ? 手もべたべたになるし」
「……」
今度はお煎餅売り場の前にやってくる。
ここは渋く、お煎餅もいいかもなぁ。
「お煎餅もポロポロになるよね」
「……」
あっそこにある大福美味しそう!
「大福は粉がなぁ」
ぜ、全部陽葵に心を読まれている!
なんでや! なんで全部分かるんや!
「陽葵さん……」
「なーに?」
「好きなの食べたいです」
俺がそう言うと、陽葵がぷっと笑いだす。
「あははは、仕方ないなぁ春斗くんは。お菓子は一個だけだからね」
「さんきゅー!」
それから店内をぐるぐると回り色んなものをカゴに入れていった。
※※※
ピッ
ピッ
レジで商品がスキャンされていく。
買い物上手な陽葵のおかげでおもったよりも安くお会計できそうだった。
「思ったよりも安かったね」
「あとでみんなに返さないとな」
陽葵とそんな会話をしていると、陽葵が一点をじーっと見つめていた。
「そんなに食べたいの?」
「えっ? 美味しそうだなってあはははは」
陽葵が見つめていた先は店の入口付近にあるアイスコーナーだった。
「会計終わったらちょっと見てみるか」
「いいの?」
「食べたい癖に」
「うっ……」
会計が終わり、買い終わった商品を袋に入れて、アイスコーナーまでやってきた。
「誰かが、お菓子は一個って言ってたんだけどなぁ」
「うぅ、けどお菓子とアイスって別腹だって」
「はいはい、どれがいいの? それくらいの金はあるから、俺が出すよ」
陽葵の背中を押して、好きなアイスを選ばせる。
「えへへへ、やっぱり春斗くん優しいね」
「よだれを垂らしているやつが隣にいたからかな」
「やっぱり春斗くんは意地悪だ」
そう言って、陽葵がアイスを選ぶ。
「えへへへ、何だか新婚さんみたいで楽しいな」
「……陽葵ってさ、そういうこと言ってて恥ずかしくならないの?」
「ぜーんぜん! また春斗くんとお買い物に来たいな!」
今日も元気ハツラツな陽葵の笑顔まぶしかった。
やっぱりよく見ると陽葵の顔は少し赤くなっていた気がした。
“また来たい”かぁ。
行きの車での会話を思い出す。
未来に対してどこまでも真っすぐで楽しそうに話している陽葵を見ていると、漠然とだがこのままの俺の状態じゃいけないなという焦りが生まれはじまっていた。




