004_開業前に宣伝!
無事妖精保護特区の広場にたどり着いた2人だったが、何やら露店が混みあっている。
「おや、珍しい。エルフとゴブリンの馬車だね、あれは」
広場は池や露店の集まった部分を中心に3つの道が外へ向かって伸びており、それぞれ人間が住むオックス王国、エルフの住むリント村、ゴブリンの住むダラム村に通じているらしい。
2つの馬車が池の隣に止まっており、今日は3種族が取引をしているようだ。
「初めて見たなぁ。もっと普通のギルドで働いていれば1回くらいは見ることはできたんだろうけど」
「ゴブリンはともかく、エルフまでここに来ることはあまりないわよ。彼女たちはあまり活発なタイプじゃないからね! ゴブリンはまだきれいな水を作る技術を持ってないからいつも来てくれて、妖精が苦手な力仕事をお願いしてるんだ。この広場の整備とかね」
「なるほど、じゃああれは水を持って帰るための馬車ってことか」
確かに、空の樽を馬車から降ろしているのが見える。
――何か俺にできることがあれば、代わりにギルド増築とかしてもらえるかな……?
まだテッサの家の下見も済んでいなかったが、この機会を逃すのももったいないので、マーズは荷降ろし中の髭の生えたゴブリンに声をかけてみた。
「お仕事お疲れさまです、私は転生者のマーズという者です。実は近々この辺りで個人ギルドを開かせていただこうと思ってまして……。少ないですけど、これ、オックスのお菓子です。受け取っていただけますか?」
マーズはこんなイベントが起こるとは思わず、贈り物の類など持っていなかったので、昼に食べようと思っていたお菓子を渡した。
「おう、はじめまして。どうもありがとよ!そこに置いておいてもらえるかい?」
「はい、こちらに置いておきますね。今後は私もこの広場にちょくちょく顔を出しますので、困ったことがあったら何でもご依頼ください!」
菓子を馬車の隣に置かれた樽の上に置き、今度はエルフの馬車がある方に向かう。
「俺、営業なんてやったこと無いけどさっきので大丈夫かな……? あんまり何も考えず話しちゃったけど」
「ま、初めてにしちゃ上出来なんじゃない? 最初なんて相手に顔を覚えてもらうのが目的なんだから、別に何喋ったって良いのよ! 例えばこんな風に~」
テッサはそう言うと、池の畔で座り、他の妖精と話し込んでいたエルフの肩に飛び乗り、話に割り込んだ。
「なーに話してるのかしら?」
「あ、テッサ! 今までどこにいたのさ! 絶対楽しいことを独り占めしてたでしょ!」
今まであんなにエルフと話し込んでたのに、一瞬でテッサに興味が移ってしまった。これが妖精のリアルか。
「リーナ! あなたに聞いているんじゃないのよ!」
テッサはエルフの眼前に身を乗り出し、改めてエルフに話しかける。
「1年ぶりに広場に戻ってみたらエルフの馬車が見えたから、何かあったのかなって。この子と違って私達なら力になれるかも」
「あら、お気遣い感謝するわ。あなたテッサちゃんね? この特区の数少ない古株が1年も行方をくらませたって、特区中の妖精たちがあなたを探し回ってたみたいよ? ふふっ、あなたが楽しいおもちゃを独り占めしてるんだってみんな言ってたわ。もう飽きて帰ってきちゃったのかしら?」
――おもちゃね……。まぁあながち間違いでもない。世界一周アトラクションみたいなもんだ。
「あ~、おもちゃね……まあ、おもちゃって言えばおもちゃなんだけど……、さっきからそこに突っ立ってる、焦げ茶の髪の人間がそれよ」
テッサがマーズを指差すと、エルフとテッサに感づいて集まっていた妖精たちの視線が、一斉にマーズに集まる。
――すげー見られてる、俺……。
「こんにちは、マーズ・ランスターといいます……。テッサのおもちゃの転生者です。個人ギルドをやってく予定なので、なにかお困りの事があれば是非……」
大小様々な無数の瞳に見つめられ、ちょっと尻込みした自己紹介になってしまったマーズだったが、テッサの周りにいた妖精たちはテッサへの興味が今度はマーズに移ったのか、マーズを取り囲み質問攻めを始めた。
「どんな世界から転生してきたの!?」
「テッサとはどうやって知り合ったの!?」
「一発芸できるの!?」
「何の魔法が使えるの!?」
――俺は転校初日の帰国子女か!……いや、転生者だしそれもあながち間違いじゃないのか……。
マーズはこの1年間、魔力の出力コントロールや専用スペルを研究していただけでなく、自らの特異体質についても理解を深めていた。
転生時にテッサに言われた魔素吸収効率の高さとそれによる魔素回路周辺の魔素濃度上昇は、魔素の流れに敏感な者であればすぐに気づいてしまい、魔物や悪意ある魔族、能力者に襲われかねない。
その対策として、魔力の出力コントロール訓練時に偶然気づいたもう1つの特異体質を利用していた。
それは、魔力の貯蔵である。
マーズは転生時は気が付いていなかったが、初めて水浴びのため服を脱いだ時、左腕にも魔素回路のような幾何学模様を見つけていた。
そして1年の研究の結果、この左腕の模様は魔力を大量に保存できる回路であると結論づけた。
それ以降、テッサの魔素を補充する時以外は、余分に吸収してしまった魔素は常に魔力に変換し左腕に貯蔵することで、自身の周りに魔素を吐き出さないようにしていた。
もちろん限度があり、1日に1回はこの魔力を放出しなければならないのだが。
特異体質を隠す手法を編み出せていなかったと思うと、たまにゾッとする。
少なくとも妖精に囲まれた今の状態で体質がバレていたら、今後全員ついてくるとかなんとか言いかねない。
まあそれでも数日で、いや数時間で飽きて去っていくのかもしれないが。
とはいえ、一応この状況になるのは昨日の時点で想定済みだ。
いずれジュラの妖精と遊ぶことになるだろう思い、昨日の夜行馬車に乗る前に市販の育児用魔導書を読んで仕込んできたスペルがある。
ただ、こんな人生最大の注目度の中それをやったら、俺はもうここでは真人間として見てもらえないかもしれない。
「え~、テッサが好きな遊び、気になる?」
「「「みたい! みたい!」」」
――まあでも、せっかくだし、やってみるか。
<<蛍火>>
マーズの左手が白く発光し、そこから分裂するように手のひら大光の粒が無数に飛び出していく。
本来は数個出して能力者の子供が遊ぶものだが、マーズは現時点で左腕に溜まっていた魔力をすべて費やし、発動した。
「みんな、全部捕まえろ!」
「「「うわ、わ~~~~~!!!」」」
蜘蛛の子を散らすように周りの妖精たちが光の粒を追いかける。
ついでに他の場所で話していた妖精たちも皆参加してしまい、ゴブリンや他のエルフの交渉も一時中断となってしまったようだ。
――しかし、昨日の夜から貯めて半日の魔力でこれだけ出るのか。思ったより食いつきが良くて助かったな。
解き放たれた光の粒は広場中をめぐり、妖精に追いつかれ触れられたものから次第に消えてなくなってゆく。
「ふぅ、これで多少はゆっくり話せそうだぞ。テッサは玉遊びに参加しなくていいのか?」
「全くもう! まるで私がいつもこれで遊んでるみたいな言い方やめてよね!」
もちろんテッサは参加せず、エルフと話をしていたようだ。
腕を組んでマーズを恨めしそうな顔で見つめる。
「うふふ、仲がいいのね。でも、マーズさん、でしたっけ? あなたのこの魔法……人間とは思えない量の魔力を使ってるみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。ちょっとした特異体質持ちで……。それより、お名前を伺ってませんでしたね。」
「私はルーテシア・ミストよ。この後、この特区に個人ギルドを構えるんですって?」
「ええ。まだ事務所の下見にも行ってませんけどね……。今後、もしお困りのことがあればご依頼ください。まだ登録冒険者もいなくて私が対応することになると思いますけど、一応冒険者としてやっていけるだけの基礎力もあると自負してるので!」
「あら、それは頼もしいわ……。でも、そうね……。」
ルーテシアは少し悩んだ様子で、ウェーブのかかったブロンズの髪をかきあげ、ため息交じりにすべてを見透かすような青い瞳で空を見つめた。
――今の所作だけで世の大半の男どもはイチコロだろうな、だが俺は大丈夫、なぜなら俺は強い女が好きだから。フェロモン全開お色気ムンムンのエルフなんかに俺の心は奪えない。
空を映していたルーテシアの瞳が今度はマーズをじっと見つめる……。
マーズは目をそらさなかった、いや、そらせなかった。
続けてルーテシアはマーズの手を握って引き寄せ、それでも目線はそらさず、2人しか聞こえないような小さな声でささやく。
「あなたにしか頼めないこと……、聞いてくれる?」
――あ、この人、俺のこと好きなのかもしれない。……というか、俺もこの人のこと好きかも。手とかあったかいし。
マーズはだんだん、広場中を飛び回る妖精達のことも、テッサのことも、何も気にならなくなっていた。
ただ、この人の願いを叶えたい。
そう思っていたところで。
「ハイ、ストーップ!!!」
テッサが露店にあった黒い布でマーズの目を覆う。
「おぁ……」
その瞬間、マーズは糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちてしまった。
「ちょっとあんた! まさかと思ったけど、<<魅了>>してんじゃないわよ! 油断も隙もないわね! っていうかマーズ! あんたも簡単に引っかかりすぎ! 仮にもギルマスが、こんな簡単な罠に引っかかっててどうすんのよ!!!」
「あら~、やきもち? かわいいわね~」
「じゃーなーい!!! あなたも、困ってることがあるなら、ちゃんと代金を払って依頼しなさい!!!」
ルーテシアの視線から逃れたマーズは、ほんの一瞬意識を失い体制を崩したものの、すぐに正気に帰り立ち上がった。
「いてぇ……、今のは、一体……!?」
「うふふ、ごめんなさいね。ちょっと腕試し。あなたの冒険者としてのスキルを見させてもらったのよ。それに、お願い事があるのは本当。私達は明日もここに来るから、もし興味があったらまた来て頂戴?」
気がつくとルーテシアの馬車周りにあった荷物はすっかり片付き、他のエルフ達ももう馬車に乗り込んでいたようだ。
「今日のところはもう日も落ちるし、ひとまず帰るとするわ。欲しい物も貰えたし、かわいい妖精ちゃんを怒らせちゃったしね」
そう言い残して、ルーテシアは馬車に乗り込み、リント村へ帰っていった。
「あいつ……絶対サキュバスのハーフだわ」
「さ、サキュバス!? 実在したのか!」
「はあ、たしかに教えてなかったから仕方ないけど、あんたが使われた魔法はサキュバスや一部の悪魔族にしか使えない<<魅了>>って魔法よ。一度目が合うと、どんどん視線が離せなくなって、そのまま最後まで見てると期間限定で相手の奴隷になっちゃうの。……気をつけなさいね」
「そういうことだったのか……俺はてっきり…………。いや、そんなことより、エルフの村にサキュバスがいても良いのか?」
「だからハーフだって、ハーフならまあ良いんじゃないかしら。多分あの子が一番外交的なんだろうし、重宝されてるんじゃない?」
おそらく初めてハニートラップにハマりかけたマーズは、これもまた人生経験か、と前向きに考えることにした。
なんだかどっと疲れた2人は広場を後にし、テッサの家に向かったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
キャラクターのイメージや場所のイメージを今まであまり描写できてなかったなと、今日の話を書いていて思いました。