003_再びジュラへ
さて、二つ返事でテッサに敷地を貸してもらったのはいいものの、ギルド設立に向けやらなきゃいけないことはたくさんある。
マーズとテッサは、フォビアートの借金の返済方法を伝え、そのまま下見のため1年越しのテッサの故郷へと馬車で移動することにした。
「だいたい往復で5万ロームくらいかな」
「そんなもんね。じゃ、行くとしましょうか」
フォビアートは解体し、この事務所も売っぱらってローンの返済に当てることにした。
マーズは最低限の荷物をまとめ、事務所を出る。
こんな事務所でも、1年もいたら情が湧くものだ。
毎日この事務所から眺めていたオックスの光景は忘れることはないだろう。
沢山の人達で賑わう大通りをこの2階の事務所から眺めていると、転生者特有の孤独感、みたいなものも吹き飛んだ。
それに、橙色で統一された辺り一面の建物が夕日を浴びると、とても情緒的な雰囲気を帯びていて、大好きだった。
……これで仕事も充実してれば言うことなしだったが、それは多くを望み過ぎだろうか。
全くと行っていいほど客も冒険者も来なかったため、フォビアートでの主な活動はテッサとのスキル研究がほとんどだった。
おかげで魔力の制御も多少の戦闘技術も身についたし、プラスに捉えよう。
事務的な手続きを終わらせ、夕食を食べ、夜行の馬車に乗り込んだ。
これで明日、朝起きたらジュラの妖精保護区前だ。
オックス王国側からジュラ大森林に向かうと、ジュラの西側からアクセスすることになる。
妖精保護特区はその更に先である。
だが、オックス出発の馬車で行く場合は許可証が必要になるため、許可証どころか国籍すら持っていないマーズは、保護区前までしか送ってもらえない。
そこからは徒歩で向かう予定だ。
朝になり、何事もなく順調にマーズたちを送り届けた夜行馬車に、片道分の代金を渡した。
ここからテッサの家までは歩いて1時間程度らしい。
ジュラは木々が生い茂っており、ここから見える景色は完全に樹海だ。
だが、保護特区の売店があった広場など、奥の方では所々伐採されているところもあり、その部分は光が差し鬱蒼とした雰囲気が中和されている。
ここまでの道もそうだったが、これ以降も馬車が通れる程度の獣道は引かれているため、ひとまず今後はこの道沿いに歩いていくことになる。
「200年以上生きてても結構懐かしものなのね~」
「それはそうだろ、むしろそれだけ長く住んでたのに、ホームシックになったりしないのか?」
「中にはそういう子もいるかもね。でも私はそうでもないかな! むしろ魔素濃度の濃い場所でしか生きられない縛りがあった分、外に出たいと思ってたのよ!」
――ん?なんか今さらっと重要な事言わなかった?
「魔素濃度の濃い場所? そんな縛りあったのか?」
「そうだよ。多分私、一日中オックスの中で飛び回ってたら、普通に死んじゃうから!」
「えええ!? お前なんでそんな大事なこと言わなかったんだ!?」
「だって宿り木の約束はちゃんとしてたし、あと例えばあなたが転移の能力持ちで、知らないうちにどこかに行っちゃうなら教えなきゃだけど、そういうわけでもないでしょ?」
「まあ……それもそうか」
納得してしまった。
「ていうかさ、マーズ、あなたいくらアテがないからって、見たこともない私の敷地を借りたいだなんて、よく言ったもんだわ~」
「ちょっと昨日は色々あったからテンションがおかしかったんだよ! その勢いで聞いてみただけさ、まさかOKしてくれるとは思わかなったけど」
「テンション上がった勢いで普段言わないようなことを口走っちゃうなんて、……若いっていいねぇ~!」
――おまえも妖精の中ではそんなに年増な方ではないだろうに。……う~ん、人間がペットを見る感覚に近いのだろうか?
「特に失うものがあるわけでも、何かアテがあるわけでもないし、とりあえず思ったとおりに動いただけなんだけどな。前聞いた時、他の妖精たちより家が広いって自慢してなかった?」
「あなたねぇ、確かに言ったけど、それって前提として妖精のスケールの話だからね! 実際はあのフォビア―ト事務所の半分くらいよ。まあ、勝手に増築するならしてもいいけどね」
静かな森林に、二人の会話が染み入る。
「そういえば保護特区って土地の所有権とか、それを管理している場所ってあったりするのか?」
「ん~、特区って、妖精と交流があるオックスとかの人間側がそう呼んでるだけだし、土地の明確な管理者はいないから、実際はどこからどこまでが自分の土地! みたいなのはないわね。一応特区の代表者は大妖精様になるんだろうけど、土地に関して難しい取り決めはしてないよ。もちろんその分、自分の家が誰かに攻撃されても誰も守ってくれないんだけど。」
まあ妖精同士でいがみ合うこともないし、魔物は家の価値を理解できないから襲われることはまず無いんだけど、とテッサは続けた。
「そこはトレードオフだな、しかしあの特区に、大妖精というのがいるのか」
「うん、ただ長生きなだけだけどね。私の4倍くらい。妖精は魔素が枯渇したら自然消滅するけど、基本的に寿命って概念はないから、だまってりゃ勝手に長生きするのよ。ただ、みんな好奇心旺盛でいつの間にかいなくなっちゃうけどね。つまり、一番長生きな大妖精様は、全く世界に関心が無いってこと。……土地の管理とかももちろんね」
「1000年も生きてりゃそりゃ興味も薄れるよな。ちなみにその消えていってしまう妖精って何年くらいで消えちまうんだ?」
「だいたいは5、6年。もって10年ってところね」
「思ったより短命! じゃあお前もめっちゃ古株じゃね―か!」
――妖精ってみんな100年も200年も生きるのかと思ってたぞ!
「私はこの体質のことがあって、危険なことに首を突っ込む以前にこの森を離れたら死んじゃうから、それが逆に良かったのかもね。まあ、単純に長生きが正しいとは思ってないけど」
「……なるほどなぁ、そういうことだったのか。あ、だからお前の家、他の妖精たちより広いんだろ?」
そう聞くと、マーズは話し声から、待ってましたとばかりにテッサのテンションがわずかに上がったのを感じた。
「ふっふっふ、そもそも普通の妖精は家なんて持たないものなのよ。持ってても相当なモノ好きね。ここじゃ物々交換でやっていかなきゃならないから、交渉相手に家を建ててもらう交渉をその場で成立させなきゃならない。どうやって私が家を建ててもらったか知りたい?」
「……うん」
――なんて答えても教えてくれるんだろうけど。
「その秘訣はね、まずすべての交渉相手に名前を覚えて帰ってもらうことなのよ。そして、私のことを認識してくれた相手に、私が家を欲していることを伝えておくの。そうするとあら不思議、いずれその相手は大工を引き連れて取引しに来てくれるの~!」
嬉しそうにテッサは言った。
――最近はあんまり感じなかったけど、やっぱどこか茶目っ気があるよな、こいつ。
「案外まとも……というか、そういうのって交渉の基本じゃないの?」
「はぁ……あなた、平均寿命5年の妖精たちのことを分かってないわね~。普通妖精相手に、名前を覚えて寄って来る人間なんていないのよ。個人の妖精の名前を覚えて区別したところで、次来た時にその子がいる保証はないし、結局継続して取引できないなら、区別する必要なんてないでしょ?」
「う~ん、それもそうだ」
「でも私は違う。もちろん最初は名前を伝えても、どうせお前も次来たときにはいなくなってるとみんな思ってる。でも、次来たときも、その次も、ずっと私がここにいて、そして以前の取引をちゃんと覚えていたら、そりゃ相手も交渉のプロだから、私の名前を覚えるわけだ。継続した取引をしたほうがお互いにメリットがあるからね」
――案外ちゃんと考えていた……。
「時価に基づいた単なる物々交換に過ぎなかった人間と妖精の取引も、私相手には次の取引のことも考慮して、交渉することになる。そしたらどうなるか、お互いに相手が何を欲しているかを探り合い、次はそれを踏まえて取引をするようになる。継続的な関係が築けるってわけよ」
「お前が家が欲しいことを予め伝えておけば、やがて相手がお前の商材を欲しくなった時に大工を連れてやってくるってことか」
「そういうこと! ただ、普通の妖精と違って私の場合は人間のほうが先に寿命が来ちゃうし、当時のお得意様は私という取引先を独占するために私の存在は他言してなかったみたいで、彼が死んだ後は私のことを知ってる人間はいなくなったわ。私もそこかからまた同じことをしたいとも思わなかったし、それ以降は普通の妖精をやってたのよ」
「結構色々考えてたんだな。この1年過ごして思ったけど、やっぱ初対面のときの印象と違うっていうか、もしかしてあの時も俺のこと逃さないように色々考えて振る舞ってたのか?」
「そりゃあなた、ただでさえ初対面なのに私の妖精人生が変わるかもしれない特殊体質持ちよ?多少カマトトぶるのも当たり前じゃない!」
テッサは両手をグーにして全身でうったえた。
「あはは、やっぱそうだよな。……でも、今こうしてお前に色々教えてもらってるし、実際命を助けられたわけだしな。感謝してるよ」
「あんたといるとどこでも行けるし、いい暇つぶしになるわ。この生活に飽きないうちは、何度でも助けてあげるわよ」
ちょっとむず痒い雰囲気になってしまったが、途中休憩なども挟みながら、2人は妖精保護特区にたどり着いたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
まずは20万字を目標に書いていこうと思います。