002_そして現在に至る
ジュラの大森林、妖精保護特区にて。
マーズは、テッサの宿り木になる約束をした後、テッサにこの世界の常識について教えてもらっていた。
しかしやはりすべてその場で理解するというのは難しく、2時間ほど立ったあたりで一旦休憩し、自分の魔法について学ぶことにした。
魔法は、まず魔素回路を通じて魔素を魔力に変え、そしてその魔力を用い様々なスペルを詠唱することで発動できるようになる。
魔素(空気中に存在)→魔素回路(様々な形状)→魔力(様々な特性)→スペル詠唱→魔法発動となるわけである。
魔力の特性は魔素回路形状により人それぞれ違うため、適切なスペルも人によって違うという話らしい。
スペルの取得方法は大まかに2種類、自分の魔法特性に合ったスペルを自ら開発するか、既存のスペルを教えてもらうかだ。
汎用的なスペル、もしくは、レア度の低いありふれた魔力特性に合うスペルであれば、本屋で売っているような低ランクの魔導書で学ぶことができる。
そんな魔法についての基本的な勉強をし、少し木陰で休んだ後、テッサに教えてもらったスペル<<放出>>を使ってマーズは自分の魔法特性を測ろうとしていた。
「よし、こいつに手を添えてさっきのスペルを唱えればいいんだな!?」
「うん、もしその葉っぱに唱えてみて変化が分からないようだったら……、液体とか気体とか、他の物質にもやってみよっか!」
――よし……。
<<放出>>
その瞬間、マーズは首の裏が焼けるような感覚に陥った。
さらに、次第に視界がホワイトアウトしていく。
――あっっっつ!なんだこれ、首が……、…………あれ?
ドサ、とマーズはその場に倒れた。
「うえ、なんだ!? 気絶した!!??」
少し離れてそれを見ていたテッサは、初めは少し驚いた様子を見せたが、思い出したように、魔法を使い始めたばかりならそりゃそうか、と一人で納得していた。
――あちゃ~、言うの忘れてたな……。もう少し場所を考えてやらせるんだった! まあ、とりあえずどうなったかだけ見てあげよ。
テッサが気絶したマーズの手のひらを持ち上げると、そこにあったはずの木の葉の一部は朽ちて土となり、残った部分も完全に変色し、一枚の枯れ葉となっていたのだった。
「……って事があったんだよ」
マーズが転生して2日目、妖精たちの経営する露店が並ぶ広場で、大きな切り株に腰を落とし、テッサと話していた。
この辺りは元々樹海の一部だったが、くり抜くようにここだけ木々が間引かれ、半径数百メートルほどの大きな広場となっている。
中央部分には人間が作ってくれたのか人工の小さな池があり、その周りを囲むように等間隔に露店が十数個並んでいる。
露店と池の間には、人間が腰掛けられるサイズの切り株やベンチが置かれており、人工物のほうが妖精にとっては人気なのか、ベンチの方には妖精がたくさん止まってそれぞれ話をしている。
「……なるほど、まあ少し考えればそりゃそうかって感じだけど、出力の調整なんてできない状態で魔法を使ったら、気絶もするかぁ」
「いや~、ごめんごめん! 初めて魔法を使う人に魔法を教えるなんてことやってこなかったから、つい忘れてたよ~」
テッサは両手を頭の上で合わせ、平謝りする。
「いいよ、仕方ないことだし、それに終わったことだしな~。……そういえば、気を失う前に首の裏、魔素回路の辺りが熱くなった気がしたけど、これって魔素を変換させまくったせい?」
「そうだよ! それも含めて、いずれ魔力をコントロールできるようになると思う」
「そんなことより、びっくりしたのは君の魔力特性と出力の高さだよ!! 魔素の多いこの保護特区の植物はすごく寿命が長いはずなの! だからあの葉っぱだって本来100年周期で土に還っていくものなのに、それをあの一瞬であそこまで変化させるなんて!」
テッサは目を輝かせて自分のことのように盛り上がっていた。
――うわ、そんなご利益の有りそうな葉っぱだったのか、バチ当たんないよな……。
「最初は水分か魔素を吸い取る特性なのかと思ったけど、その場合<<放出>>だったら逆に水分や魔素が付与されるはずだし……!」
確かに昨日テッサに言われたとおり、マーズの魔素回路は非常にユニークなものであり、生み出される魔力の特性は時間を操るものであるようだった。
「でも物騒な能力だな、時間を勝手に進められるなんて……」
「うん、でもいくら100年とはいえ、対象は小さな葉っぱ一枚分だったし、もっと体積の多いものに対してはそんなに時間を進められないかもね。少なくとも<<放出>>では。でもま、スペルなんざおいおい研究していけばいいよ! 今すぐ冒険者になってバリバリ戦うならまだしも、その前にまずはこの世界に慣れないといけないからね!」
「はは、確かに、それもそうだ!」
そう話していた矢先。
遠くの方から、馬車の音が聞こえた。
2人が音のする方角を黙って見つめていると、少しして、露店前に簡単な装飾をあしらった馬車が止まる。
中から出てきたのは、50歳くらいのチョビヒゲのおじさんだった。
薄手の茶色いコートを身にまとい、御者をしていた30歳くらいの男2人連れている。
彼らは冒険者でもあるのだろうか? 甲冑を着た屈強そうな男と、中肉中背で背中に剣を背負った男は、単なる御者というよりは、このチョビヒゲを護衛しているように見えた。
――今更だけど、俺の外見てどうなってんだろ、そもそも顔も前と違うんだろうな。今後人と会うなら後で身なりを確認しなければ。というか、これはチャンスなのでは? いきなり人と会えるなんて!
目が合い簡単に会釈をすると、幸運にも、相手の方から声をかけてくれた。
「こんなところで同種族の方と出逢うとは、珍しい」
マーズは初めて自分以外の人間から呼びかけられ、ちょっと泣きそうになったが、ここで怪しまれてはいけない。
なるべくこの世界の住人っぽく話そうと努めた。
「これはどうも、本日はお仕事ですか?」
「ええ、この保護区に新しいダンジョンが生まれたと聞いてね。ここの妖精さんたちならもう何か知ってるかと思って、来てみたんですよ」
「あー、あの東のダンジョンね」
テッサが横から入って会話を代わってくれた。
「おや、可愛らしいお嬢さん。二人はお友達かな? もし良ければ、そのダンジョンについて教えていただきたい。もちろん交換品は持ってきていますよ。……おまえら、頼む」
この場所では物々交換が基本らしい。
というのも、お金を持って商品を買いに街までくりだすというのが、妖精たちには負担だからだ。
だから、露店ではたまに来る冒険者相手に森の資源を売って、代わりに彼らの持ち物を貰っていると、テッサが昨日話していた。
付近のダンジョン情報なんかも商材にして売っているのだろう。
小さくて捕まりづらい妖精だから、危険を冒さずダンジョンを探索できるし、案外彼女らはそっちのほうが本業なのかもしれない。
顎で使われた冒険者らしき2人が馬車へ翻そうとした時だった。
テッサは2人を呼び止め、ふわふわとチョビヒゲの前に浮かびながら仁王立ちで言った。
「報酬はいらないわ! 分かること全部話してあげる。でもその代わりに、私達2人をオックスに連れて行ってほしいの!」
――……マジかこいつ、打ち合わせもなしにいきなり交渉を始めやがった!
「はっはっは、これは驚きましたな。まさか妖精に人の移送をお願いされるとは! ……君は、どうしてここに?オックスの冒険者じゃないのかい?」
――まあ自然な流れだ。そりゃ俺の身元が気になるよなぁ。
何か喋らなければとマーズが口を開いたのにかぶせ、テッサまた話し始める。
「俺は――」
「この子はね、元々冒険者だったみたいだけど、件のダンジョンでやられたのか、身ぐるみ剥がされて記憶喪失になって、昨日そこに倒れていたのよ! ここに訪ねてくる人間なんて、だいたいオックスの人だろうしね。大国だし、オックスに帰れたら多少は面倒見てくれるでしょ?」
「……ふむ、どうして君がそこまで彼の面倒を見るんだい?」
「ま、昨日ちょっと話して意気投合したっていうのもあるし、この子を送ってもらうついでに、私も久しぶりにオックスに行きたいなと思ってね~」
チョビヒゲは顎に手を当て少し考えた様子だったが、それでも話の流れを断つことなく、すぐにマーズに質問した。
「身元不明の君を自国に招き入れるのは、私達にリスクがある。もちろんダンジョンの情報と釣り合えば文句はないのだが……。……ところで質問だが、君、能力者かい?」
「ええ、一応は」
――まともに魔法を制御できてないのに能力者を名乗っていいのかは疑問だがな……。
「よろしい、それならばこうしよう。今私の経営しているギルドで、私が留守の間に店番をしてくれる人がいなくてね。職業柄、ただの店番だとしても能力者か、ある程度腕の立つ冒険者を雇いたかったんだが……なかなか見つからなかったんだ。」
「君が私のギルドで働いてくれるなら、君たちをオックスへ連れて行こう。もちろん、ダンジョンの情報もいただくよ。……これでいかがかな?」
「あら、それならちょうど良かったじゃない。この子もどうせこんな状態じゃ働き手を見つけるのも苦労するだろうと思ってたし。その条件でいいわよ」
トントン拍子で話が進んでいく。
「おい、一応俺の意思は……」
さっきまで条件の突きつけ合いをしているはずだった2人が、ピッタリ息を合わせてマーズに向き直った。
「「不満かね(なの)?」」
「……いや……嬉しいです」
こうして、マーズはこのチョビヒゲが運営するギルドの店番として雇われることになった。
「ではまずはダンジョンの情報をいただこうか、その後で君たちを私のギルドまで送り、君にはそこで雇用契約書にサインしてもらおう。申し遅れたが、私はノークス。君たちの名は?」
「私はテッサ」
「俺はマーズ。今後とも、よろしく」
一通りダンジョンの説明が終わり、2人は馬車に通されオックス王国へと向かった。
魔法か何かで強化されているのか、馬車はそこそこの速度が出ていたにもかかわらず、オックスにつくまでの6時間、一度も休憩を挟まなかった。
オックス王国は、周りが水で囲まれた半島の上に成り立っていた。
ある程度近づいてしまうと、馬車の小さな窓からは全体が見渡せない。
中心部が山のようにややせり上がっており、その上に王宮のようなものが見える。
マーズはこの6時間で人間社会の中に入る覚悟を決め、そのままフォビアートの事務所まで通されたのだった。
「ではこちらにサインと、魔法骨格印を。あと、こっちの控えの方にも頼むよ」
(魔法骨格印?なんだそれ)
ヒソヒソと、肩に乗るテッサに耳打ちする。
「はぁ~。あなた、それも忘れちゃったのね! オックスの魔法骨格印のスペルなら私が覚えてるから、サインしたら教えたげる。私に続けて詠唱して」
「分かった。もうサインしたからいいぞ、頼む」
「「<<魔法骨格印/オックス>>」」
――あ、ていうか待って、俺、まだ魔力の制御が……。
……ドサッ。
<<放出>>と違って、魔力特性に応じた効果を得られるような魔法ではなかったので、ノークスのひげが白くなるとか、そういうアクシデントにはならなかったらしい。
また、ノークスいわく、結局その後はマーズの指に残った魔法が消える前に、ノークスがなんとか必要箇所に捺印したとのことだ。
――今考えればそんなのは全くの嘘で、あの時からすでに、俺が3億ロームの借金を抱える未来は決まっていたのだろう。テッサは俺の雇用契約のことなんて興味無かったし、サインは複写スペル持ちの業者がいるから簡単に偽装される、なんて常識は当時の俺には無かったわけで……。
「蒸発しちゃったかぁ」
自分の寝言で目を覚ましたら、まだ事務所だった。
さっきまで2時間寝ていたというのに、あまりにもショックすぎて、またふて寝してしまっていたようだ。
マーズは、この一年間で今後の身の振り方について色々と考えていた。
せっかくレアスキルを持って転生したんだし、このままこんなしょうもないギルドの店番をしていても仕方がない。
まずは、冒険者になろうと考えていた。
その上で、単に世界を旅して回るか、それともパティーを組んでダンジョン攻略するか、お宝を探してそいつを売りさばく商人になるか、そこは、また冒険者をやりながら時間をかけて決めればいいと思っていた。
しかし、今日からは、この借金を定期的に返済しなければならない。
それも途方も無い額だ。オックス王国の役人の生涯賃金をもってして、払えるかどうか。
……1つ、冒険者以外で考えていたことがある。
元いた世界の記憶が戻った時に考えたことだった。
元いた世界で、たまに見た世界長者番付、上位に名を連ねる人たちの共通点、彼らが何をして巨万の富を得ていたか。
それは法人の設立、会社の経営である。
きっと冒険者というのは、元いた世界で言うところのフリーランス、個人事業主みたいなものだろう。
もちろん努力次第でたくさん稼げるが、やはり人を雇って莫大な資金力で世界に新たな需要と供給を生み出す法人のトップにはかなわない。
そしてこの世界でその法人に当たるのは、おそらくギルドだ。
ただ、もちろんリスクもある。
例えば、この転生で得たレアスキルを冒険者ほど有効に使えないかもしれない。
冒険者になって経験を積んでいったほうが、何かあった時に潰しが効くかもしれない。
だから、この道については、これ以上考えるのはやめていた。
しかし、今や事情が大きく変わった。
リスクを取ってでも稼がなければならない。
「テッサ、相談があるんだけど」
前世では、答えの出ないもので悩んだりしないタイプだった。
それに、やるしかないこと信じたことは潔くやるタイプだった。
「テッサの住んでたジュラの敷地、借りることって出来ないかな?」
読んでいただきありがとうございます。
熟語の中で出る漢数字は仕方ないけどそれ以外はアラビア数字にしたい。
この時、「一度」「一通り」は漢数字でもいいと思って書いてたけど隣の文章でアラビア数字を使ってたら違和感すごいな。 みたいな問題が発生してました。