07 特例許可証
「先日はお見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ。突然の申し出にもご対応していただき感謝しております」
「ハハハ……、そう言ってもらえると助かります」
入学試験から3日後、ギルドカードの発行許可証を受け取るため僕とアイナは再びスクールを訪れていた。
「では、早速本題に入りますが、リアムくんの入学とギルドカード発行の許可証は無事取得できました」
この国では冒険者ギルドに登録しなければオブジェクトダンジョンに入ることができない。
冒険者ギルドでは魔物の素材や魔石の買取をしているし、怪我をした冒険者の支援等、現代的に言えば社会保障的な面も持っている。鍛冶職ギルドや医療ギルドも冒険者ギルドと連携をとっていて、それらのギルドは1つの施設で複合して運営されているわ、仕事の受注・依頼窓口や銀行も運営してるわで、ギルドに登録してギルドカードを発行することは冒険者の一つのステータスである。
しかしギルドに登録するには10歳を迎える、またはスクールや学院に所属している必要がある。なぜスクールや学院に所属していると優遇処置が取られるのかというと、オブジェクトダンジョンのリヴァイブと呼ばれる復活システムを利用することで事故による負傷を恐れることなくモンスターの生態を勉強したり、魔法や剣術の習得を効率的に目指すことができるからである。つまり、危険な魔法の練習や対人戦を想定した模擬訓練も実質怪我を恐れることなくいくらでもできるというわけだ。
また、ギルドには登録費、年会費の様な会員費は存在しない。だからスクールに所属する生徒は逆に、全員ギルドに加入することになる。
では登録費、会員費がないならどうやってギルドは運営されているのかって話になるわけだが、冒険者が魔物を狩ったり、採集した素材をギルドに売ってくれれば買取手数料を得られるし、仕事を仲介すれば中抜きで利益が出るから、そういう所で利益を得ているらしい。ダンジョンで得た素材は絶対にギルドに売らなければならないという規則も存在しないが、ギルドという市場はとても巨大であり、一定の適正価格で素材を買い取ってくれるため、素材を売る場合はギルドでというのが冒険者の定石となっている。
ちなみに、10歳というのは”自分で判断して動くことのできる年齢”という最低ラインである。
魔物や魔法という概念が現実に存在するこの世界では、自立するために求められる年齢は若く、能力も相応に高くなるわけである。
「ありがとうございます」
ルキウスが手渡してくれた許可証を両手で受け取る。受け取った許可証には特例を認める旨と、ノーフォーク領の領主の名前”ブラームス・テラ・ノーフォーク”の署名が記されていた。
「では、入学式までにギルドでカードを発行しておくように」
「はい!」
思いつきからここまでトントン拍子で進んできたが、遂にダンジョンに入るために必要なギルドカードが手に入る。転生してから四年半、赤ん坊の頃から物事を考えることのできた僕にとってこの期間はとても長く、長く感じた。
ファンタジー世界に生まれてようやく魔法に触れられる様になるはずだった精霊契約ができなかった。しかし、精霊魔法は過程として精霊を介して魔法を行使する技術。僕は自分自身の力で魔法を行使する術を学ぶ環境も遂に手に入れるための切符を得たわけだ。
「そろそろかしら……うーん、でもこのベリーパイ、捨てがたいわ」
昔はパーティーを組んで高ランクの依頼もこなす冒険者として精力的に活動していたウィルの仕事は、今でも冒険者である。
パーティーを解散して、アイナと結婚してからは難易度の高くない依頼の片手間に簡単に手に入る薬草採集や魔物を狩って生計を立てるいわゆる低ランクの仕事をこなす方針をとっている。
「お待たせ!」
今日もオブジェクトダンジョンに出向き一仕事を終えてきたウィルが、朝に待ち合わせ場所として指定していたカフェに到着する。
「あら、残念」
「なにが?」
「ううん、なんでもないの。ね、リアム?」
「うん……」
「それじゃあ行くか」
「ええ」
ギルド支部はオブジェクト広場の一角にある第1支舎とダンジョンの中を中心に活動する第2支舎に別れており、仕事依頼申請や銀行は第1支舎、第2支舎はギルドカード発行であったり素材を買い取ったり冒険者の入退場管理をするなどと役割を分けている。
円形の大きいコロシアムの形をしているオブジェクトダンジョン”ケレス”のあるオブジェクト広場には、ギルドノーフォーク支部第1支舎、教会、スクールなど、様々な主要な施設が広場を取り囲む様に集まっている。さらにこの街はケレスを中心に開発されているため、円形に街を囲う外壁の東西南北にある門へと繋がる主要な道が広場から真っ直ぐ伸びているため便も良い。
さて、ウィルが合流して僕達が向かうのはギルド支部第2支舎だ。つまりオブジェクトダンジョンの建物内に僕たちは向かう。
ケレスの建物の中は活気に満ちていた。
動物の耳と尾が生えた獣人、耳垂が締まり耳輪がとんがっているエルフに背丈の低いドワーフもいれば、背丈が2〜3mほどもある人など、雑踏の中には人以外にも様々な種族が見受けられる。
「そこからずーっと、ダンジョンに入るやつらのためのカウンターだ」
そんな様々な種族が入り混じる回廊には建物の中心を囲む様に流曲線に広がるカウンターや取引所がずっと続いている。ダンジョンエリアへの転送陣は入退場カウンターの奥にあるらしい。
「いってらっしゃいませ」
受付の人がカウンター横の開閉式ゲートを半自動で開く光景は実にシステマチックで、空港の手荷物検査場と駅の改札を合わせたというのがしっくりくるか。
「東側は主に入場専用ゲート、西側には退場用のゲートと素材取引所。転送陣は地下にあってね……」
さすが元冒険者のアイナ。その手の情報はお任せ。
「地下……?」
「あのゲートの先にあるのは階段で、たくさんの転送陣がある転送の間は地下にあるの」
ここでふと疑問に思う。転送の間が地下にあるのなら、この階の中央はどうなっているのか。つまり建物の中心部分は漏斗の様にぽっかりと空いていることになる。
「ねぇ、建物の中心には何があるの?」
「うーん、中心には広場があるんだけど……」
アイナが説明しずらそうな顔で悩んでいる。
「まあ、後で連れてってやるよ……ときたら、早く登録を済ませよう」
僕の手を引いてウィルが急かす。ちょっとした我慢でウズウズしてしまうところもまた、父親らしい。
「確認してくるので少々お待ちください」
受付のいかにも事務仕事が得意そうなお姉さんは、僕の許可証を見た後に確認を取るため席をはずす。
「確認が取れました」
それからしばらくすると戻ってきたお姉さんは手元で書類の作成と手続きを始めた。
「では、ギルドカードの作成にあたりギルドカードの説明をさせていただきます」
そこからお姉さんの長い説明が始まる。
ギルドカード:ダンジョンポイントと冒険者ランクと名前を表示。ギルド関係の手続きはもちろん、ダンジョンに入るために管理入場ゲートでカードを提示する必要がある。また、ダンジョン内のダンジョンポイント交換所を利用する時、他のギルドカード所有者とポイントを譲渡、受取する時などに必要となる。
お姉さんの説明をそれそぞれかいつまんで要約するとこんなところか。
「では、そのカードに血をお願いします」
何も書かれていない真っ新な保険証ほどのカードが手渡される。後、そういって針も手渡してくるお姉さんはどこか嬉しそうだった。
「わかりました」
手渡された針をなんのためらいもなく親指の腹にチクッと指してカードに血をつける。
「すごい……」
血をカードにつけた瞬間に文字や線が次々に浮かび上がってくる。炙り出ししている様に浮かび上がってくるソレに、僕は徐々にテンションが上がっていく。
「ではこちらにカードをお願いします」
やがて浮かび上がってくるものもなくなり、完成したギルドカードをジッと見つめる僕に完成したカードの確認を催促するお姉さんの顔は少し不満そうだった。もしかして彼女は僕が針を刺すのを嫌がると思っていたのか、それを楽しみにしていたのか。
『ストレスが溜まってるのか?それともただのSか……』
お姉さんにニッコリ笑ってカードを渡すと、お姉さんの顔もまた元の営業スマイルに戻る。
「はい、確認しました。これでギルドカードの発行は終了です。他にご用件はありますか?」
「いや、ありがとう」
「お疲れ様でした。それではケレスのご加護があなた方と共にあります様に。良き冒険を」
こうして無事ギルドカードの作成も終わり、受付のお姉さんの見送りの決まり文句と共に、僕たちは受付を後にした。
「さっき約束したからな。建物の中心がどうなってるか見せてやろう」
ウィルが約束を守るべく、僕を肩車して2階に連れていく。アイナは晩御飯の準備があるため先に家に帰った。
「今何か買い食いすると夕ご飯が食べられなくなるからまた今度な」
建物の2階に行くと1階と同じ様に回廊が広がっていたが、そこには様々な売店があった。
物珍しそうに売店をキョロキョロ見ている僕に「母さんの料理が一番だ」と惚気ながら言い聞かせるウィルが、大きな両開きの扉の前へと立つ。
「いくぞ……」
扉を押して開くと、そこには薄暗い巨大な空間が広がっていた。
「もうすぐ始まると思うんだが……」
中央を囲む様に段々下がる観客席には楽しそうに談笑するたくさんの人々がいた。ウィルは空いた席を見つけると、僕を肩から降ろして今度は膝に乗せる。
「あれは……?」
建物の中がまるで武道館の様な何かの会場になっていたことにも驚きであったが、まず目を引くのが中央に浮く巨大な黒い四角形で構成された物体である。
「始まるぞ」
中心に浮かぶ黒い物体が急に光始めた。そして光は徐々に安定していき、やがてそこには河原に立つ4人の男女のパーティーが映し出される。
「オークジェネラルだ!」
「あいつらにはまだ早いんじゃないか」
それから数秒後、複数のモンスターとひときわ体躯の大きいモンスターが彼らの立つ岸の対岸に姿を現す。モンスターが出現すると、周りからの歓声によって会場は熱を帯び始めた。
「始まりました! ザ・リング vs エリアCボス、オークズ戦!進行・実況は私リッカがお送りし……おーっとこれは!オークジェネラルが混じっている!果たしてザ・リングはこの強敵を攻略しルーキー卒業の壁を無事乗り越えることができるのか!」
また、4人の男女が映し出されたのと並行して、中央舞台ではリッカと名乗った女性が何やら映像と関係あるらしい進行を始めた。
「あそこには、エリアボスや階層ボスに挑んでいるパーティーが映し出されるんだ。みんなこれをコンテストって呼んでる」
周りが盛り上がる中、頭の上のウィルの顔を伺うと、ウィルは懐かしそうな目でそれを眺めている。映し出されたパーティーはオークの雑兵とジェネラルに戦闘を仕掛けはいじめる。そしてどうなっているのか、オークやオークジェネラルの咆哮や冒険者たちの音声も流れている。まるでスポーツの試合を武道館の特設ステージに集まって観戦しているみたいで、そこにはスタジアムの様な臨場感がある。
「今戦ってるモンスターはエリアCのボス、オークの集団”オークズ”だ。ジェネラルも1頭、混じってる様だが」
画面に映るパーティーとオークジェネラル達の戦いを見ながらウィルが解説を続けてくれる。映像ではオークジェネラルに魔導師らしき女が火の魔法を放ち、裏から回った男が腕を切り落とそうと剣を振りかざしていた。
「ほら、あいつらの装備にロゴが入ってるだろ」
確かに彼らの装備にはいくつか種類の違うロゴが入っている。残念ながら腕を切り落とそうと剣を振りかざした男は、別のオークの横からの突進に邪魔をされ攻撃を失敗してしまう。
「ああやってスポンサーをつけて支援してもらうことも冒険者が稼ぐ方法の一つなんだ。といっても、もしスポンサーをつけたいのなら事前にギルドで登録しないといけない。まあ、スポンサーもある程度ランクを上げないとつかないから初めは気にしなくていいぞ」
戦闘の映像と音声を流すライブは、前世でいうスポーツの生放送の様なもの……それにしても肖像権とかどうなってるんだろう?
「あの浮いてるのは?」
「あれはオブジェクトダンジョンが出現した時から一緒に備え付けられていたらしい。オブジェクトダンジョンはここ100年の間に各地に出現したものだが、皆が攻略に躍起になる一方で、まだまだ謎が多い。世の中にはダンジョン学ってのまであって、確かこの街のスクールでも教えていたから興味があったら入学した後に先生に尋ねるといい」
ここ100年の間に、各地に出現し始めた不思議なダンジョンへの入り口。なぜこれらが出現し始めたのかは未だ謎なのだという……あっ、ザ・リングが一頭オークを倒した。
「いけー!あッ、危ない!」
「ギリギリだったなぁ」
「おう坊ちゃん元気がいいな。ナッツ食うか?」
「いいの……?」
「いただきいとけ」
「ありがとうおじさん」
「すいません」
「いいっていいっ……あ、あんた、アリアの」
「今はただの親父ですよ」
「そうか……そうだな。あんたもどうだ?」
「おっ、すいませんね〜!」
「いいってことよ!さあコンテストを楽しもうぜ!」
その後も、僕とウィルはザ・リングvsオークズの戦いを周りの人と一緒に応援した。
「ただいま〜」
「おかえり!」
コンテスト観戦を終えてすっかり日の沈む夜に差し掛かる頃、家に着いた僕とウィルはアイナとカリナの待つ夕食の席につく。
「豆のスープ……」
「嫌だった?」
「いや全然!? な、俺たち豆大好きだもんな!」
「えっ、う、うん!」
隣のおじさんに散々ナッツをご馳走になったから、夕食で出てきた豆のスープにちょっと気後れしてしまう。
しかし、食事を楽しみながら会話を交わせばコンテストの熱はまだ十分に僕の中に残っていて、口を開けばさっき見た戦いの話が止まらない。
「それで、魔導師のお姉さんが火の魔法を放った後、剣士のお兄さんが腕を狙って剣を振り上げたんだけど……」
結局、食事中の会話のほとんどが今日見たコンテストの話で終わってしまった。もちろんスプラッタな表現は避けたけどね。
「僕も魔法を使える様になったら……あっ……んな……」
話したいたいことも存分に話して、食事の満腹感、会話の満足感、そして今日一日の疲労に襲われて瞼が重くなり始める。
「あら、もうお眠ね。でもベッドに入る前にちゃんと着替えないとだめよ」
「はぁーい……」
僕は席を立つと、おぼつかない足取りで自室へと向かう。……久しぶりに充実した1日だった。でもスクールに入学すれば、これからもっと……。