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06 カリナとの外出

「ごめんなさい」


 現在頭を下げて謝っているのはルキウスでもアランでもない。── そう、僕だ。


「……お姉ちゃん?」


 謝罪の相手はカリナ。理由は今日の入学試験の交渉の時、交渉ネタにカリナを引き合いに出してしまったからだ。

 身から出た錆、僕が我儘を言ったことが始まりなので、しっかり謝っておかないと。


『これは、怒ってるのか?』


 頭を上げると、カリナはどこか不敵な笑みを浮かべていた。自分で築き上げた実績が利用されたりしたらそれは不快であるし、怒るだろう。それで悪い事をされた日には堪ったものじゃない。


「その、ごめんなさい」


 何も言わないカリナに不安になってもう一度頭を下げる。


「大丈夫だってリアム。お前は気にしすぎだ」


 すると返ってきたのはウィルの脳天気な声だった。彼は”今日はお祝いだ!”なんて言って、どのお酒にするか酒瓶を品定めしている最中である。


『いや、共犯というか主犯はあんたと言っても過言じゃないんだが!?』


 なんてちょっと内心でイラッとしてしまうが、ドウドウ。しかし”本当に気にしすぎなのか? でも、カリナは謝罪に答えてくれないし……”という不安も拭えず、この次どう行動すればいいのだろうか。


 一方、リアムが謝っているの間のカリナは心の中で何を考えていたのか。


『なるほど。折角リアムがスクールに入った後にさりげなくサポートして、徐々に株を上げていこうと思っていたのに……もうバレちゃったか』


 スクールの初等部で学年を飛び越して学力1位だったことがバレた。スクールには初等部から中等部まであるため、リアムがスクールに入学してからも三年は同じ場所で学べるはずだった。しかし、今日はとても嬉しい誤算が舞い込んできた。初等部と中等部は同じ敷地内にありはするが、校舎が別々、だが、リアムが今年から入学することによって更に二年、一緒の校舎で学ぶ時間ができた。


『まあ、それでも私は充分なんだけど……』


 私から返答がないので不安げなリアムが顔でもう一度頭を下げる。


『リ、リアムがしおらしい。それにいじらしい……けどそれがいい!』


 これは脳内保存決定ね!


「大丈夫だってリアム。お前は気にしすぎだ」


 すると、お祝いの今日の晩酌を吟味している父さんが口を挟んでくる。


『そうよ、リアム。私はそんなこと気にしないわ……って言ってあげたい! でももう少し、このリアムを見ていたい!』


 カリナは妙なジレンマに悩まされていた。しかし、これ以上何も反応してあげないのは流石に可哀想だと思ったカリナは、許す代わりの代替案を出すことにする。


「それじゃあ……」

「?」


 リアムが私の声に反応する。キョトンとしたところがまたカワイイ。


「1日私に付き合って!」


 ……さて、リアムに嫌われない程々の案はこんなところか。


「それで許してくれるの?」

「ええ、そうよ」

「わかった」


 リアムの了承にカリナは心の中で小躍りする。

 そしてその後の協議の結果、2人は明日、共に出かけることとなった。





 翌日、カリナへのお詫びを兼ねて今日は一緒に外出をする日。


「リアム起きて。今日はデートの日!」


 今日のお詫びのお供をデートとのたまう。しかし、今日は彼女が女王様なので逆らうわけにはいかない。


「起きるから揺らさないで……」


 陽は……ギリギリ昇ってきた頃か。体を起こして目を擦りながらご機嫌そうに部屋から出て行くカリナの背中を確認して、ゆっくりとベッドから降りて寝間着を着替えリビングに向かう。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 朝食も食べ終えて身支度の整った所で、いってきますとアイナとウィルに声を掛けて外に出かける。


「今日はピクニックに行くわよ!」


 壁外に出る東門の方向に歩みを進めるカリナはルンルンとしている。てっきり噂で聞く女性特有の長い買い物やお店めぐりに付き合わされるものかな、と思っていたがどうやら違った様だ。


「外に出るの?」

「そう!私のとっておきの場所に連れてってあげる!」


 ここでいう外というのは街を囲う外壁の外だ。壁内には居住区、中心区、商業区などがあり、一方、壁外には農業用の畑がある。


 今日はピクニック日和だね、なんて、他愛もない会話をしていると東門に着いた。門兵の人に許可証をもらい外に出る。

 ちなみに、門の外に出るのは今日が初めてだから緊張半分好奇心が半分。


「おっとすまないね・・・ぼくちゃん」

「いいえ大丈夫です、お爺さんこそ大丈夫でしたか?」

「儂はこの通りピンピンしておるわい。気にするでない」


 既に許可証を持っているカリナとは別の列で並んでいた時、一人のお爺さんが僕にぶつかってきた。


「それでは、すまぬが儂は急ぐのでそれではな」

「はい、良い一日を」

「ありがとう、ぼくちゃんも良い1日を」


 お爺さんは急いでいたようで、簡単な挨拶だけを済ませると街の雑踏へと消えていった。


 門の外に出るとそこに広がっていたのは一面に広がる、まだ土の茶色が露わになる麦畑だった。


「うわーッ!ずっと向こうまで畑が続いてる!」

「まだ一面茶色だけどね」


 季節は春。

 今は種まきの時期らしく、街道を歩いているとあらかじめ作られていた畝に種をまく人々がポツポツと、これが初夏の候となると、収穫期を迎えた小麦色の麦が風に吹かれ揺れる。その一面に広がる麦が、黄昏に当てられ金色に輝くその風景はノーフォークの風物詩の一つだ。

 麦畑の広がるエリアも抜け、しばらく街道を進んでいく。すると、カリナが街道から外れる木々が茂った道のない林の方へと逸れる。


「こっちよ」


 僕は後に黙ってついて行く。


「ふぅ……着いた」


 街道から外れて10分ほど歩いただろうか。木々の影が少なくなり、木漏れ日が日光となり始めた頃、僕達は開けた場所に出る。

 そこには、対岸が確認できるほど大きくはない湖と花畑があった。


「サクラ……」


 そして花畑に包まれたその湖畔には、一本の桜の大木が根付いていた。


「知ってたの?」


 桜を知っていたらしいことにちょっと残念そうに聞き返してくるカリナに申し訳なくて、直ぐに首を横に振る。きっとサプライズだったのだろう。


「そう……」


 カリナは結局どっちなのかよくわからない僕の反応を見て不思議とそう呟くと、桜の木へと近づいて行く。


「綺麗な場所でしょ?」

「うん」


 桜の木に近づくと風が枝を揺らし、薄いピンクの花びらは舞い散る。浮かぶ様に泳いでいる魚が確認できる程に隣の湖の水はとても透き通っており、湖底に沈む流木と沈む花びら、湖の水面(みなも)には、多すぎず、少なすぎもしない見ていて丁度良い数の花びらが浮かんでいた。


「この木は春の時期に花を咲かせる木。ここはね、私が去年スクールの実習で薬草を取りに来た時に、フェアーリルが見つけて連れてきてくれた場所なの」


 花びら舞う微風に髪を揺らし、桜の木をガラスの様に透き通る青い瞳で見つめて話すカリナの横顔はとても綺麗だった。


「おいで、フェアーリル」


 この場所を見つけた経緯について話しを終えたカリナが、胸の前に持ってきた右手の指に一匹の青い蝶を出現させる。


「フェアーリル、念の為警戒をお願いね」


 カリナに周囲の警戒を頼まれたフェアーリルは、契約者の瞳と同じ綺麗な青色の羽を羽ばたかせ飛び立つと、羽の軌跡から残像を残す様に分裂して散開する。


「さぁ、お昼ご飯にしましょうか!……今日のお弁当は私が作ったのよ!」


 分裂し、どこかへ飛んでいくフェアーリルを見送るとカリナは昼食の提案をし、準備を始める。

 大きな桜の木の根に並ぶ様に腰をかけ、鞄からお弁当を取り出すとカリナはフフンと鼻を鳴らして自慢げに中身を披露する。

 

「うわぁ……スゴイね」

「でしょ? 朝ちょっとだけ早起きして頑張ったの」


 カリナが用意してくれたお弁当の中身は、黒パンに葉物野菜とベーコンを炒めた付け合わせというシンプルなものだった。

 

「うん……スゴイ」


 少し話は逸れるが、この世界に転生してから1度も白パンを食べたことがない。

 黒パンは麦から作ったサワードウで発酵されているからか、酸味が口の中に残る。偶に食べてみる分には良いのだが、毎日の様にこれが続くと、白パンの味と食感が常だった僕には辛いものがある。

 まだ幼さなすぎるから自重しているが、将来絶対に天然酵母を自作して白パンを作ってみせる……と、密かに燃えている異世界生活での今日この頃。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 ナイフで薄く切った黒パンに、付け合わせを挟んだサンドイッチをカリナが手渡してくれる。それを僕はちょっと手を震わせながら受け取り、口に運ぶわけだが。


「おいしい……本当に美味しい」


 本当に美味しかった。

 それぞれの味が主張しすぎて美味しくは混ざらないであろう黒パンの酸味とベーコンの塩味を、肉厚な葉物野菜の水分と食感がうまくが仲介してくれている。シンプルではあるが、素材同士が互いを高めあっている様を舌で明確に感じ取ることができる。

 更に外で食べているからだろうか。風が運ぶマイナスイオンと花の香りが口に残る酸味と塩の後味を綺麗に締め、食後により一層の充足感をもたらしてくれた。


「よかったぁ……」


 サンドイッチを口に運んだ後の感想について、当然と言いたげに胸を張るものの、やはり少し緊張していたのか手を胸に当ててゆっくりと息を吐き出して、そして手を膝の上のハンカチに戻す。両手を重ねると綻んだカリナの頬と唇は少しだけ赤みを帯びていた。


「お姉ちゃんはよくこの場所に来るの?」


 食事を終え、しばらく僕達はそのまま腰をかけて目の前に広がる花畑と湖を眺めていた。


「ううん。スクールもあるし、春にしかここの花は咲かないから滅多に来ないかな……」

「そうなんだ……」

「ここはまだ誰にも教えたことがないんだから!……特別よ?」


 だから二人だけの秘密……と、こちらに相好を崩すカリナに少しだけドキッとしたことはここだけの秘密だ。

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