表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

05 スクールとダンジョンと新しい道

「このままではいけない……」 


 洗礼式を終えて数日、意気消沈していた僕だがなんとか立ち直ろうと努めていた。


 精霊と契約をすることはできなかった。しかし、この世界には魔法が存在するのだ。


「魔法使いになる!」


 だったら次に目指すのはコレしかない。


 月日は流れ、悪夢の洗礼式から約1年が経った。1年間、幼稚なりに魔法を学ぶ方法を模索していたのだが、僕の家には魔法教本があるわけでもなく、ウィルとアイナも幼くて魔力が不安定で危ないからと、魔法の行使方法を教えてはくれなかった。ちなみに、去年の春の洗礼式の後、アストル司祭の計らいで昨秋と今春の洗礼式の精霊契約に特別に参加させてもらったのだが、結果は初めの洗礼式と同様、結局、三度目の正直で臨んだものの失敗した僕は、開き直って完全にアプローチを変えることにした。


「お父さんお母さん、僕、スクールに行きたい」


 ここ1年間、今の状況を打破しようと僕が様々なマジックキャンペーンをウェルカムに取り組んでいたことを知っていたウィルとアイナは、身近なところから急に方針転換して公共の教育機関に頼ろうとしている事に驚いていた。


「な、なんだって?スクール?」


 素っ頓狂な質問が返ってくる。


「スクールに行って魔法の勉強がしたい。それにスクールに通えば、ダンジョンに入るためのギルドカードの発行をしてもらえるでしょ!」

「ブフッ──だ、ダンジョン!?」


 息子の突然の申し出に取り乱したウィルは、一度落ち着きを取り戻すべくお茶で一息を入れていたが、再び僕から飛び出した予測不能の”ダンジョン”という単語にお茶を吹き出した。


「ち、ちなみに、お前がいうダンジョンというのは……」

「うん、オブジェクトダンジョン」


 この世界には大まかに分けて2種類のダンジョンが存在する。


 1つは死ねば当然誰もが死ぬ、森や洞窟など自然に魔物が生まれる普通のダンジョン。

 もう1つのオブジェクトダンジョンは、オブジェクトと言われる不思議な建物から侵入できる特別なダンジョン。

 街づくりにおいては通常のダンジョンが出現しやすい魔力の濃ゆい場所を避けて街を作るのが基本であるが、オブジェクトダンジョンはその逆、オブジェクトダンジョンのある場所に都市ができる。

 オブジェクトの建物内には転送陣が存在し、その転送陣は別次元へと通じている。そしてその転送陣はマザー、及びセーフエリアという魔物の入ってこないエリアに通じているらしい。そのためモンスターがこちらの世界に溢れることはなく、安心して狩や採集にいける保証あり仕様のダンジョンだ。

 さらに、オブジェクトダンジョンの中では死に戻りができる。ダンジョンの中で死んでも、マザーエリアと呼ばれる最初のエリアで復活できるという。

 それどころか、ダンジョン内の魔物を倒すと素材や魔石の他に「D(ダンジョン)P(ポイント)」なるものが手に入り、ポイントはオブジェクトダンジョンの入り口にある不思議な交換所で様々な資源や加工品と交換することができる。

 

 僕たちの住むノーフォークにも”ケレス”と呼ばれるオブジェクトダンジョンが存在する。スクールや教会はオブジェクトの近くに建てられており、僕は洗礼式に出向いた際に間近にその建物を見ている。

 その外観は、屋根のある大きなローマのコロッセオという表現が一番しっくりくる。

 また、その特異性故にオブジェクトダンジョンは神のダンジョンとも言われており、ダンジョンの名前がそのまま神様の名前になっていたりする。そのため、この街の教会の神には”ケレス”も名を連ねており、オブジェクトダンジョンの存在する都市の教会は基本的にその都市に存在する神も主神と共に掲げている。

 ちなみに、王都にはオブジェクトダンジョンが4つもある。ダンジョンの数だけそれぞれ神様がいるのだとか、これらダンジョンについての知識は冒険者のウィルが教えてくれた話だ。


 僕が出したダンジョンという単語の意味がオブジェクトの方だったことを確かめたウィルは「そうか・・・よかった」とホッと胸を撫で下ろす。しかしその後「いや、良くない!」と声を荒げる。それでもなんとかそこは大人らしく混乱した思考の整理をはかり、ウィルは僕にこんな質問をする。


「どうしてお前はダンジョンに行きたいんだ?」

「ダンジョンに行きたいというわけじゃないんだけど……スクールに通えば魔法やその他いろんな勉強もできるし、ギルドでカードも作ってもらえるでしょ? そうしたらオブジェクトダンジョンの中に入れるし、魔法に失敗しても……ね?」


 頭ごなしに否定されなかったことをいいことに、我が意を得たりと目を輝かせてついつい早口になってしまう。


「しかし、スクールは通常6歳になってから通うものだ。お前にはまだ早すぎると思うのだが……」


 誇大な妄想を語る僕にウィルは現実の常識を突きつけてくる。


「確かスクールには編入試験があったよね。それに合格できれば、スクールの先生たちも通うことを許してくれるんじゃないかな?」


 それからというもの、遠回りに世の中には常識というものがあると言っていたウィルだが、やる気を見せている我が子の、それも僕の我儘な屁理屈に反論をすることも叶わず、どうすべきか仕切りに頭を悩ませていた。

 そして、何も反論が思い浮かばなかったウィルは助けを求めるように、今まで隣で静かに見守っていたアイナに助けを求める。


「……」

 

 静寂の中、アイナがコップを手に取りお茶を一飲して、また机の上にコップを戻す。

 その様子を見ていた僕とウィルには、ゴクリ……と生唾を飲むほどの緊張が走る。


「良いわね!それ!」


 コップを戻して約7秒の1呼吸分の間を置いて、勢いよくテーブルに手をつく音とともに立ち上がってとても嬉しそうに、やる気満々といった顔で僕の意見に賛同するアイナ。突然のアイナの言動に一瞬肝を冷やした後、僕の我儘に賛成してくれるアイナに僕は両腕で小さくガッツポーズして喜び、ウィルは腕を組み直して難色を示す。


「ア、アイナ、ちょっと落ち着いて。やっぱりリアムにはまだ早い」


 たじろぎながらも巨人と化したアイナを説得しようとするウィル。しかし、アイナはウィルの説得も我関せずに自らの主張を述べ始める。


「せっかくこの子がやる気になっているのよ!それにあなたもこの子のやる気を折りたくなかったから迷っていたんでしょ!だったら良いじゃない!」


 アイナはウィルに有無も言わさないよう、まくし立てていく。そして「わ、わかったから落ち着いてアイナ」と強気なアイナに狼狽えているウィルはついに折れて僕の我儘に賛同してくれた。

 その言質を取ったアイナは、満足した顔で僕の方を見てスクール挑戦のお許しを述べる。


「というわけで、スクールの試験に挑戦しても良いわよ」


 アイナの言葉にたまらなく嬉しくなりハキハキとした姿勢で「はい!」と返事する。


「でもリアム、今回はあなたの意見に賛同するけど、本当はお母さんも心配なの。だから、お父さんの気持ちもわかってあげなさい」


 許しに続くアイナの言葉に僕はすかさず頷く。


「それに、スクールの話は今回限りのチャンス。もし今回スクールに入ることができなかったら、入学できる年になるまでスクールは諦めること」


 更に新たな条件を設けてくる。僕は返事に一瞬戸惑いながらも、それもまた仕方のないことだと提示された条件を呑む。


「よし、じゃあウィル!今からスクールに直談判に行くわよ!」

「えっ!今から!?」

「そうよ、善は急げ!スクールの入学期はもうすぐのはずだから、急げばリアムも初日からスクールに入ることができるかもしれない!」


 そういうとアイナは、彼女の行動力に驚くウィルと僕を引き連れて、直談判をするためにスクールへと足を運ぶ。


「── 当スクールとしては、このような特別措置を取ることは難しいでしょう」


 アイナに ” 思い立ったが吉日 ” というような勢いでスクールに連れてこられた僕たちは、今、学長室にいた。

 ルキウスと名乗った学長先生は学長と言われる割には若い20代前半くらいの見た目をしていた。そして、僕たちの突然の直談判に時間を作り、話を聞いてくれた学長は相談内容に難色を示す。


「それに、リアムくん?でしたね。親であるあなた方が、いくら『この子は優秀だ』と申されましても、精霊契約もしていないこの年の子が、スクールで学んでいくのは厳しいかと思います」


 もう「絶対にノーだ」という雰囲気を醸し出すルキウスに、アイナはなんとか食い下がる。


「確かにこの子は精霊契約のできなかった子です。何よりも精霊契約を楽しみにしていたこの子は、契約ができなかったことで、一度谷底へと突き落とされました。しかしこの子はめげることなく、新しい道を見つけ『魔法を学びたい』と言ったんです。そんなこの子のやる気と真摯さは、親である私が保証します。ですので、何卒、ご再考のほどよろしくお願い申し上げます」


 情に訴えつつも真面目な口調で僕の魔法への情熱を語ったアイナは、一度頭を下げ再び顔を上げると、その後は黙って彼の答えをジッと待っていた。

 すると、アイナに追随するように今度はウィルが頭を下げる。


「この子の姉であるカリナは、スクールでも優秀な成績を修めていると聞いています。どうか、そのことも含めてご再考願えないでしょうか」


 突然、カリナを引き合いに出したウィルに僕は内心『え、なんでお姉ちゃん?』と不思議に思う。しかし、僕のために頭を下げてくれたアイナとウィルにだけ頭を下げさせるわけにはいかず、「お願いします」と追って頭を下げる。


「カリナさん……」


 ルキウスがカリナの名前に片眉を上げて反応を示す。この様子、普段は弟に甘々な姉であるがもしかするとカリナはスクールでは相当優秀なのか。


「んー……」


 それに、自分を真っ直ぐ捉えて離さないアイナに、”これは折れない……”と、ため息を一つ吐いたルキウスが「わかりました」と、とうとう折れる。


 ウィルと僕はルキウスの言葉に下げていた頭を上げた。そしてようやく彼から視線を離したアイナと改めて視線を交わすと、「やった!」と3人で抱きつきたい……気分だが、ここは無理を通した手前、今はグッと堪える。


「試験は国語と算術の筆記試験とします。魔法や剣術、歴史などは学んでいないでしょうから試験から除外します」


 特別措置を許したルキウスが実施する試験の内容を提案する。思いの外好条件だ。


「しかし、試験の内容は一年生の他領地からの編入試験と同レベルのものとします。それでもよろしいですか?」


 前世の知識がある僕にとって、この世界の6〜7歳児の受ける国語と算術程度ならば大丈夫だろう。読み書きはこの一年カリナにノートを借りて特に必死になって勉強したし、文法を間違えず、数字さえ読めれば計算も楽勝だ。


「はい!」


 かなりの好条件に僕は内心舞い上がっていた。


「……」


 すると、ウィルとアイナにルキウスまでもが、ハキハキとして返事した僕に温かい眼差しを向けてきた。


『恥ずかしいからそんな生温かい目で見ないで!』


 しかし、僕がそんな恥ずかしさに内心で悶えていると、ルキウスが綻ばせた表情はそのままに、とんでもないことを言い始める。


「合意もいただいた、ということでそのように取り計らわせていただきますね。それでは早速、筆記試験を行いましょうか」


 突然の試験告知に「えッ!?」と驚く僕に、「何か問題でもあるかね」とでも語るように片眉をあげると共に、してやったりというニマニマとした目でこちらを見ていた。


 急遽入学試験を受けることになった。別の部屋で待つよう言われて大人しく席についている。待機している教室は大学の大講義室のような段々配置で、そんな教室の真ん中、それも一番前の長机の中心に、僕はぽつんと座っていた。


「まだかなぁ〜」


 教室で待機し始めて2、30分が経った頃だろうか。机に肘をつき、足をバタバタさせていると、教室の引き戸が開く。


「えっ!?」


 赤いショートの髪に緑色の碧眼の、カリナと同じ年ぐらいのいかにも活発そうな女の子が、片足を教室に踏み入れた状態で停止する。


「えっ?」


 向こうが驚いているのと同じで、僕も入ってきた人物の意外性に驚いていたのだが、その赤髪の女の子は戸口の所で止まったままあたふたし始める。


『僕が驚くのは普通だよな?……それじゃあなんで彼女は僕に驚いた挙句にあたふたしてるんだ?』


 不思議なものを見るような目で、つい彼女を見てしまう。そしてその視線に「ハッ」と気づいた彼女は、一度教室を出ようとする。しかし、その後すぐ反転すると、何事もなかったかのようにドアを閉めて教壇に向かった。


「ギャッ!」


 しかし、そんな彼女は足元を見ずに歩いていたのか、教壇の段差に足を引っ掛け思いっきり転んだ。持っていた茶封筒の中の試験問題であろう紙を盛大にぶちまけた彼女は、数秒間固まったように動かなかった。

 固まって動かない彼女に思わず「大丈夫ですか?」と声をかける。

 すると、今度は「クッ」という呻き声を上げながらも、床にぶちまけた紙を集めると、用紙の順番の確認をし始める。

 そして確認が終わると、また、何事もなかったかのように毅然と歩き始めて教壇につく。


『面白い女の子だ』


 表情がコロコロ変わっていく彼女を見ていた僕は、そんなちょっと的外れな感想を抱いていた。


「ッ……」


 教壇についた彼女は、どこか怪しいものを見るようにジトッとした目で僕を一瞥した。そして、その一瞥もまるでなかったかのように、再び毅然とした表情に戻ると咳払いを挟んで試験の説明を始める。


「えー、ンンッ、それでは試験の説明をします。教科は国語と算術、制限時間はそれぞれ50分です。始めの合図とともに試験を開始するので、試験が始まったら配布する解答用紙に解答を記入してください。算術は計算用紙を配りますので、そちらに途中計算をお願いします。また、カンニング行為については罰則として失格となりますので、お気をつけください。それでは、何か質問はありますか?」


 受験者は僕一人だったため「ありません」と女の子(試験官)の問いに声を出して答える。


「よろしい、まずは国語の筆記試験です。問題用紙と解答用紙を配るので、手を触れないようにお願いします」


 問題用紙と解答用紙を裏面にして僕の机の上に置き、再び教壇の上に戻る。今度は下にも気を配っていたらしく、女の子が転ぶことはなかった。


「これから、国語の筆記試験を始めます。制限時間は50分。それでは、始めッ── 」


 始めの合図とともに、机の上に取り出した砂時計がひっくり返される。それと同時に、国語の問題に目を通す。


 国語の問題は、文章の並べ替えや、文章中に「そして」や「しかし」といった接続詞を選択肢から入れていくようなとても簡単な問題ばかりだった。

 念の為見直しも入れても10分くらいだろうか。問題を解き終わってしまった僕は挙手して、教壇で砂時計と睨めっこしている女の子に「終わりました」と声をかける。


「ハッ!? もう終わったの!?」


 すると女の子はと砂時計を机に置いたまま小走りで僕のところに解答用紙を回収に来る。


「ウソ……解答欄が全部埋まってる」


 信じられないものを見るような目で解答に一通り目を通した彼女は「でも全部合ってるってことはないよね」とボソッ呟いた後、「まあ、いいでしょう」と表情を取り繕うと、また、教壇に向かって茶封筒の中に解答をしまう。すると、算術の試験問題が入った茶封筒を胸に抱えて、


「砂時計を一つしか持ってきてないので、別の砂時計をとってきます」


 教室を後にした。そして、1〜2分後、再び教室に戻ってくると、算術の問題用紙、解答用紙、計算用紙を僕の机に置いて教壇に戻った。


「それでは数学の筆記試験を始めます。制限時間は同じく50分。それでは、始めッ── 」


 数学の試験が始まる。突然の試験の始まりに慌てながら問題用紙をめくった。


 算術の主な問題の内容は、お金の計算だった。

 この世界のお金は大体日本円に換算すると次のようになる。


 白金貨 : 1000万円


 金貨 :100万円

 

 大銀貨:10万円

   

 銀貨 :1万円

  

 大銅貨:1000円

 

 銅貨 :100円


 また、算術問題の1例を挙げるとこんな感じ。


「Aさんは所持金に銀貨1枚と大銅貨5枚を持っています。Aさんは1個銅貨1枚のジャガイモを70個買うことにしました。さて、Aさんの元に残る所持金はいくらでしょう」


 ジャガイモ1個の値段が高すぎるし、”こんな高いジャガイモを70個も買うAさん、ヤバくない?”と、下手くそな設問にツッコミを入れながらも、”でもこれ本当に一年生の筆記試験か……?”と、思いの外問題のレベルが高かったことに内心驚いていた。


(1×10)+5ー(70/10)= 8


 答:大銅貨8枚


 1枚1枚数えて答えを出さない限り、この問題を解くには足し算と引き算の他に、掛け算と割り算を使わないといけない。


『まあ、問題ないけど』


 しかし結局、算術の筆記試験はやはり小学生レベルに留まる問題が5〜6問あっただけで、見直しも含め7〜8分ほどでつつがなく終わってしまった。


「すいませーん。終わりました〜」


 無駄に緊張していた僕は、気が抜けたように試験官の女の子に挙手して試験終了の旨を伝える。


「ッ、ツ ──!」


 先ほどよりも早い僕の突然の終了宣言に急に立ち上がった所為で、右足のアキレス腱あたりを座っていた椅子の足に打ち付けてしまったようだ……あー、あれは痛そうだ。

 苦悶の表情を浮かべる女の子に同情の念を抱きながら、一応試験中なので余計なことは言わないように、彼女が復活するまで見守る。


「そ、それでは、本日の試験は終了します。お疲れ様でした」


 まるで背伸びしているが、最後まで面白い子だった。

 そして時間にして約20分。この世界で初めての試験は ” 試験時間より待ち時間の方が長かった ” という結果に終わった。




 試験の終わったので、再び学長室の方に顔を出す。


「おやッ──?」


 すると、学長室にいたウィルとアイナは、ルキウスの出してくれたお茶とお菓子を食べながら楽しくお茶会をしている真っ最中だった。


「ンッ──!? ケホッ」

「お、おかえりリアム」


 早すぎる僕の帰還に、ウィルは飲んでいたお茶を吸い込んで咳き込み、アイナは手に持っていたお菓子をソッと背中に隠す。


「試験はどうしたの?」

「終わりました」


 視線を泳がせながら質問するアイナに終了したと告げる。すると、これにはルキウスも「もう終わったのか!」と、目を丸くしていた。


『前世の知識があるからチートみたいなものだけど、……いいよね』


 僕はさっきの仕返しとばかりに「フフンッ」と鼻を鳴らしドヤ顏を決める。


「そうか、ならば結果が出るまでこちらで一緒にお茶でもどうだ?」


 しかしルキウスは大人の対応で僕のドヤ顔をスルーする。


 あれ、なんか悔しい上に恥ずかしいんだけど……。

 この勝負、どうやら一枚上手だったルキウスには勝てなかった。





 それから30分ほどが経った。学長室の扉がノックされると一人の成人男性が入室する。


「失礼します」

「おーアランくん。テストの採点は終わった?」

「はい、(つつが)なく」


 アランと呼ばれた教師らしき男は採点が終わった旨をルキウスに伝える。


「うむ、ではリアムくんの試験結果を教えてくれ」


 採点終了の報告を受けたルキウスがアランに試験の成績を訪ねる。


「リアムくん?」


 するとアランは、”……誰?それ?”みたいな顔をした後、学長室にいた僕を見て「誰ですか、この子は?」と質問に質問で返す。


「誰ですか、って今回試験を受けたリアムくんだよ? アランくんも彼の試験の監督をしただろ?」


 アランの質問返しに、さらに質問を鸚鵡返しにする。


「すいません。一度失礼してもよろしいでしょうか」


 するとアランの表情はどんどん白くなり、1度断りを入れると血相を変えて学長室から飛び出した。


 あんな人知らない。僕が知ってる試験官はあの赤髪の面白い女の子だ……僕は今のやりとりに嫌な不安を覚えた。




 アランが飛び出して10分後、再び学長室の扉がノックされる。


「失礼します」


 再び学長室に来たアランの後ろには見覚えのある女の子が一緒にいた。そしてその女の子にいち早く反応したのは、なんとウィルとアイナだった。


「ラナちゃん? 学長室ココに来るなんて何かあったの?」

「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 あの面白い女の子の名前はラナというらしい。顔見知りらしいラナが学長室に連れてこられたことを心配をし始めるウィルとアイナ。


「ラナちゃん?」


 話に一人置いていかれてる僕は、両親に彼女のことを尋ねる。


「ほら、一年前の洗礼式で一緒だったレイアちゃん、覚えてるか?」


 一年前の洗礼式……レイア、ああレイアね。彼女とお喋りしたのは苦い思い出の中で唯一楽しかった記憶だからもちろん覚えている。


「覚えてる」

「そうか、なら話は早いな。ラナちゃんはレイアちゃんのお姉ちゃんだ」


 ほぇー、そうなのか。記憶の中のレイアとは髪も行動も似つかないこの子が、まさか彼女のお姉さんだったとは驚きだ。しかし言われてみれば、目の色は同じだな。


「あの子で間違いないな」

「はい、間違いありません」


 アランはラナに何か確認している。状況が中々進まない。そんな状況にしびれを切らしたルキウスがアランに再び質問する。


「それで、リアムくんの試験の結果はどうだったの、アラン先生」

「……」


 アランは沈黙していた。するとルキウスは、アランにもう一度同じ質問を繰り返す。


「もう一度聞くよ。リアムくんの試験の結果はどうだったんだ? それとも何か? 言えぬほど悪かったのか?」


 ……おいおい。


「いえ、その……リアムくんの受けた試験は、全て、満点でした……」


 ルキウスの意地悪な質問の効果か、今度はどこか歯切れの悪い声でアランが採点結果を伝える。


「ほぉー、それは驚きですね。まさか満点で合格するとは!」


 ルキウスはその結果を聞いて、驚きつつも満足するように頷いていた。まさかこの世界には魔法があるからして、カンニングを疑われているのか……?


「うそ、だろ……」

「やったわね、リアム!」


 試験結果を聞いたウィルとアイナもそれぞれの反応を見せる。


「……」


 志望動機は魔法の習得──”矛盾”。しかし両親はずっと自分が見張っていた──”無実”。試験も唐突に始めたし、ということはやはり純粋な実力……優秀なお姉さんが遊び感覚で勉強を教えでもしたか、兎にも角にも、たまにいるんだよこういう神童は──。


「学長先生……そ、その……」

「ん?何かね、アランくん」

「それが……」


 発言の許可を得るとアランはルキウスの耳元に手を当て、こちらに聞こえないような声で何かを伝え始めた。


「うん……ん?」


 ルキウスの顔色がどんどん悪くなっていく。まるで狐に包まれたように。


「バカなッ!王立学院中等部の入試問題を……ハッ!」


 王立学院中等部の入試問題。何かとてつもなく不穏な言葉が聞こえてきた。ほんともう突然大声をあげたもんだから、試験問題を見ていないウィルとアイナは「何かあったのか?」という顔で不安げに僕の顔を見つめてくる。


「申し訳ありません。こちらに手違いがございまして」


 アランが頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「て、手違いと申しますと? リアムはスクールに入学できないということでしょうか?」


 アランの述べた”手違い”を”手違いがあり入学ができない”と解釈したウィルが質問する。


「当スクールに通うカリナさんのために、練習問題として用意していた王立学院の中等部入試の過去問題をリアムくんの入学試験で出してしまったようで……」

「王立学院の中等部入試……? それって……」

「”カリナさんの弟が受ける”と預かった言伝がどこかで”カリナさんの受ける”となって伝わってしまったようでして」


 ……なんだ、その伝言ゲームのような間違いは? 本当にどうしてそうなったのか、訳がわからなかった。


「えっと……テヘッ?」


 しかし説明を終えたアランが一緒に学長室に来たラナの方をチラッと……彼女の挙動不審な一連の行動を見ていた僕はその視線で経緯を大体を察してしまった。


「いや〜、カリナさんが中々受けてくれなくて困っていたのですが、まさか弟さんがお受けになるとは」


 なんて笑い話かのように、ルキウスとアランはお互いのミスを誤魔化そうとする。

 だが、アイナはどうしてそんな行き違いが起きたのかその原因そのものに着眼する。


「ところで、なんで”カリナの弟が試験を受ける”という風に言伝されたのでしょうか」


 最もな疑問だ。まずあり得ないであろう伝言である。

 すると、ピシッと笑顔の凍りついたルキウスが、言いにくそうにその質問に答え始めた。


「それはですね……その、お宅のカリナさんの成績は当スクールの中でも群を抜いており、すでに4年生でありながら学内トップの成績を修めておりまして……そのカリナさんの弟さんに”特別措置をとる”という風に伝えれば余計な波風を立てずに済むかと思いまして……」


 どうやらカリナは想像以上に優秀だったらしい。あのブラコ……弟思いのカリナがそんなにも優秀だったなんて意外も意外だ。


『入学したいといった僕がいうのもなんだけど、このスクール、大丈夫か?』


 確かに交渉の際、こちら側からカリナの話題を振ったが、流石に特別措置を”カリナさんの弟だから”で済ますなんて教育機関としてはどうかと思う。

 両親もこのどうしようもない理由に呆れてしまったようだ。少し痛いものを見るような目でルキウスたちを見る僕ら家族。


「申し訳ありませんでしたー!」


 疑いの視線に耐えかねたかのように、顔を真っ青にしたルキウスとアランが息のあった声で、改めて謝罪する。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ