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03 カリナの不安

 カリナと初めて顔を合わせてから半年、立冬を過ぎ、朝ごとに冷気が増して加わるこの頃の11月、僕は1歳の誕生日を迎えた。

 

 最近は離乳食を食べる機会も徐々に増えて、ついに固形物も食べれるようになっていた。心配していた嚥下もしっかりできて一安心だ。

 それに食卓につく回数も増えたため、カリナと顔を合わせる機会も多くなっていた。しかし、カリナは未だに僕が着いた食卓で会話をすることはなかった。


 そうそう、それから最近は簡単な単語を発することができるようになっていた。「ママ」や「パパ」という同音の続く本当に簡単な単語だけれど。そして”はいはい”に”つかまり立ち”もできるようになり、歩く練習も最近はしている。


 更に少し話がそれるが、この世界には魔法があるからして魔道具という魔法道具がある。僕の部屋にも空気を温める魔道具があるため、割と快適である。なお、魔道具は自分の魔力を流すか、魔石という純粋な魔力の結晶に魔力を補充してセットすることでバッテリーのように魔力が切れるまで持続的に使用することができる。


『いい火だ……』


 また、リビングには暖炉があるため、薪が時々パキッと折れる音から聴覚的にも暖かさを感じることができる。


「キシシ」


 ……今、火の中から妙な笑い声が聞こえたような。


「リアムー、今日はあなたの初めての誕生日ね。しっかりお祝いしないとね」

 

 暖炉と魔道具で温度調整された快適な部屋で過ごしていると、アイナがやってきて火に近づき過ぎていた僕を抱き抱える。よしよしと嬉しそうに少し体を上下させて揺らしながら僕の誕生日のお祝いの旨を伝えると、暖炉から少し離れたところに僕を降ろしてアイナは再びキッチンの方に向かっていく。


 アイナを見届けると、僕はアイナが開けていった扉から廊下に出て、歩く練習を兼ねて家の中を一周することにする。まだ七転び八起きといった足取りだが、無事、再びリビングにつくことができた。すると、キッチンの方からアイナがまたやってきた。


「あら、リアム。もしかして歩いてここまできたの? すごいわねー、えらいえらい」


 そういって頭を撫でてくれるアイナの手は、炊事の最中であろうにいつも通り温かかった。すると、玄関の方から扉が開く音が聞こえてくる。どうやらカリナが学校から帰ってきたようだ。


「ただいま……」

「おかえりなさい。ちょうどよかったわ、カリナ。母さん今から足りない夕食の材料の買い出しに行こうと思っていたの。だからリアムとお留守番していてくれる?」


 突然のお留守番宣告に実刑宣告でも受けたような絶望の顔を見せる。


「えっ……でも……」

 

 戸惑いの中なんとか言い訳を考えるようにしどろもどろ、しかしアイナはカリナに有無も言わさない早業でカゴを抱え玄関の方に向かうと、「じゃあ、よろしくね。いってきまーす」と言い残して買い物へと出かけっていった。


「……」


 パキッと薪の折れる音が澄み渡る。気まずい雰囲気がリビングを包む。僕はそんな気まずい雰囲気とカリナの俯いた視界を避けるように、暖炉と少し離して敷かれている絨毯の上にちょこんと座り、再び暖炉の火を眺める。



 また、パチパキッ──と。アイナが買い物に出て5分ほどの時が流れただろうか。


『綺麗な火だなー』


 ちょっとした現実逃避を交えつつ、オレンジに揺らめく火を僕はまだじっと見つめていた。しかし参った。このまま火を見続けると失明するかもしれない。流石に目がチカチカしてきた。あれからカリナはリビングと廊下を繋ぐ扉の間に立ったまま一歩も動いていない。

 

『やっぱり気まずい。逃げるか?』


 なんとかこの状況を脱しようと僕は頭の中で試行錯誤始めた。


「ン……」


 すると、カリナの方が先に動きを見せる。


『しまった! 先に動かれてしまった!』などと先手を取られてあたふたしていると、カリナは僕に近づいてきて隣に腰を落とし、膝を抱えて座った。


 えっ……、と、内心驚いた。今までカリナから僕に近づいてくることはなかった。それどころかいつも避けられていて、僕はショックを受けていたくらいだったのに。


「……」


 再び静寂が場を包み込む。そして気まずいagain……。


「えっと……その……」


 そんな僕の内心を察してか否か、カリナが口を開いた。

 口籠もり、溢れる言葉は曖昧なものだった。

 だが、ようやく決心がついたようにカリナが言葉を続ける。


「こ、こんにちは」


 いきなり挨拶されて面食らった。しかしカリナが僕に話しかけてきた。それはそれで面食らった。


「そうよね。いきなり話しかけられても困るわよね。赤ちゃんだからまずそんなに喋れないし、そもそも内容を理解してるかも怪しいし」


 今まで碌に話しかけられてこともないし、アイナが出かけてから少しの間一緒にい他のにいきなり挨拶されたらそれはビックリする。黙り告ってしまうしまうのも無理はない。そもそも僕は赤ん坊だし、一人でそんなことを言い始めたカリナになんて反応したらいいのかもわからない。


「……」


 再び沈黙が続く。しかし、その均衡を再び崩したのもカリナであった。


「……でも、私の話を聞いてくれると嬉しいわ」

「ダッ……」


 今度は先ほどの失敗を生かして短い返事を返す。カリナは赤ん坊がまるで会話をするように声を発したことに驚いたらしく、こちらを一瞥するがその視線はすぐに暖炉の火の方に戻る。


「あ・・・ありがと」


 僕の短い返事を肯定ととったのか、カリナから感謝の言葉が返ってくる。


 カリナはそれから一呼吸を置き、話を続ける。


「その……ね、突然だけど、私……あなたの本当のお姉ちゃんじゃないの」


 僕はカリナの告白を聞いて、転生時以来振りかってくらいに驚く。『ん?なんだって?』と思わず心の中で聞き返しうくらいに。


「もちろん、あなたはお父さんとお母さんの子供よ。違うのはわたし……私の本当のお父さんとお母さんはもう亡くなってるの」


 驚きのオンパレードだ。こういう時、なんて声をかければいいんだ……?


「3年前、私の本当のパパとママが事故で亡くなったとき、ママの妹のアイナさんが私を引き取ってくれた」


 アイナの姉の子供、ということは厳密に言えば一応血の繋がりはあって、カリナは僕の従姉《じゅうし》だったということか。


「今のお父さんとお母さんは好きよ。亡くなったパパとママの代わりに面倒を見てくれて、本当の両親のようにも思ってる」


 内容が重い。まだ7歳の少女がするような話じゃない。話し相手が赤ん坊だからこそカリナも自分の心境を語ってくれているのかもしれないが、中身は前世では大学入門レベルの教養を積んだ精神であるから、……辛い。


「でも、あなたが生まれた。お父さんとお母さんの本当の子供であるあなたが……」


 しかしここでなんとなく話が見えてきた。新しくできた家族とまた離れなくてはいけないとなると、カリナにとっては重刑宣告も同然だ。僕を避けるような今までの行動にも納得がいく。故意に避けたり話さなかったり、そんな態度のカリナを両親が許していたのも彼女のバックグランドを気遣ってのことだろう。


「お父さんとお母さんもきっとあなたの方が可愛いと思ってる。わたしを愛してるって口では言ってくれるけど、わたしはいらない子だって思っているかもしれない……」


 カリナのまぶたに涙が溜まるのが見て取れる。


「あなたを見るたびにそういう不安が押し寄せてきて、どうしようもないくらいの寂しさを感じるの……」


 溜めていた涙が大粒となってぽろぽろと落ち始める。

 

「だから……だからッ!わたし……どうしていいのか分からない……わからない゛の゛!」


 ウィルにもアイナにも言えなかった、自分から言えるはずもなかった行き場のない悩みの決壊に、カリナはあてのない助けを求めるがごとく悲痛の叫びをあげる。


『ぼくが今、彼女にしてあげられることは……』


 赤ん坊でろくに喋ることもできない僕が姉にししてあげられること。

 今も膝を抱え嗚咽するカリナに這い寄る。這い寄ってきた僕に気づいたカリナは、クシャッっとした顔で僕の方を見る。歯を食いしばり涙を止めようとしている彼女に、僕は今現在発することのできる音の羅列で構成される言葉を届ける。


「ねぇねぇ」


 精一杯に絞り出した単語だった。

 僕の考えうる限り、これ以上にできることはなかった。

 また家族を失うかもしれないと嘆く彼女に”家族”として、赤ん坊の僕が言える精一杯の言葉はこれしかなかった。


「うぅっ……ひっぐ」


 タガが外れる。


「うわぁぁぁん」


 そしてついに我慢が決壊したカリナは僕を抱き寄せて声をあげて号泣した。


『よかった……』


 抱きしめてくるカリナの腕の力は、赤ん坊の僕にとってはちょっと強かったけど──。


『それだけ溜め込んでいて辛かったんだ』


 これから先の家族の複雑な関係を思うと、カリナの気持ちもわからなくはない。僕は彼女が泣き止むまで黙って抱きしめられることにした。





 その日の夜──。


「リアム、お誕生日おめでとう!!!」


 食卓の上にはいつもより豪華な食事が並んでいる。僕はまだ食べることができないが、香草の香り引き立つ大きな肉の丸焼きに、彩鮮やかな野菜のサラダ、甘味が少ないこの世界でも高い砂糖の使われた贅沢なフルーツケーキもある。

 そして僕の椅子の前に置かれたのはシチューだ。他の3人のシチューとはちょっと味付けが薄くされており、体を気遣って作られた一品で味覚もちょうど程よい。最近は手でスプーンを掴めるようになってきて、自分で食べれるようになってきた。今日も自分でシチューを食べようとスプーンを手に取ろうとすると、横から手が伸びてきて先にスプーンを取られた。


「はい、ねぇねぇが食べさせてあげますからねー。あーん」


 スプーン泥棒の犯人はカリナだった。カリナはスプーンを盗るとすぐにシチューをスプーンに乗せぼくの口の前に持ってくる。そんなカリナの様子を見たウィルは、目を点にして僕にシチューを食べさせようとするカリナに驚いていた。


「一体何があったんだ?」

「それがね、今日買い物から帰ったらカリナがリアムにべったりだったのよ。フフッ、何があったのかしら?」

「へー、でもよかったな。これで心配事が一つなくなったよ」


 ウィルとアイナは姉弟仲良く食事を楽しむ様子を嬉しそうに見守っていた。

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