02 ウィルとアイナとカリナ
ウィルにアイナ。この2人がぼくの新しい両親。
「剣の手入れは……バッチリ! どうだリアム、鏡みたいにピカピカだろ」
「ウィル! リアムの近くで武具の手入れはやめてって言ったでしょ!」
「わ、悪い……」
ウィルはブルネットの髪にダークブラウンの瞳で背はすらっとしているが、つくべきところにつくべき筋肉がしっかり付いており、感情が面に出やすくて少し抜けていることが玉に瑕であるが強くていざって時に頼れる良いお父さん、という印象だ。
「本当に困ったお父さんね……でもリアムもウィルみたいに将来は……私みたいに賢く、ね?」
「ま、まぁ俺はアイナほど頭はよくないが……」
アイナはブロンドの長い髪に、透き通った綺麗な青の瞳をしている。こちらもスタイルはよく、優しさの溢れる美人のお母さん。
「リアムはどっちの良いところも似るさ」
「そうね」
因みに、ウィルのかざした剣に映った格好から僕の髪はまだ薄いが父さんと同じ色に違いない。目は母さんの色を受け継いだようで透き通った青い瞳だった。
突然の転生からもう3週間ほど経ったが、ウィルもアイナもぼくのお世話を一生懸命してくれている。いきなり赤ちゃんになってしまって不便なことや戸惑うことも多々あるが、徐々に慣れてきた頃合いだ。
「……」
そして、この家には実はもうひとり……?
「……」
時々壁の向こう、開いたドアからダークブラウンの髪が見え隠れする。頭の高さ的に背丈はまだ子供ぐらいだと思うのだが、僕はまだその子の姿を見たことはない。
さらにあれから5ヶ月が経った。
ウィルやアイナに外に連れて行ってもらうこともあり、やはりこの世界は元の世界でないということを確信する。
僕達一家の住んでいる国の名前はアウストラリア、都市の名前はノーフォーク。どうやらアウストラリアの中では2番目に大きい公爵領の農業とダンジョンのある都市らしい。
そして前の世界とは著しく異なることがある。それはこの世界には魔法やダンジョンがある。所謂ファンタジーの世界だ。ただ、ぼくはまだ1歳にもなっていない乳幼児だ。これ以上詳しいことはまだわかっていない。
「zzz……」
うららかな春の日差しが心地よいこの頃。乳幼児の僕はしばしば眠気に襲われて大変だ。例のごとく瞼の重い僕に、母親のアイナが話しかけてくる。
「リアム〜、……そろそろ乳離に向けて離乳食を食べ始めても良い時期ね」
そうか、やっとそういう時期になったのか。やはり自由度の低い赤ん坊の身で、自分の成長が感じられるというのは嬉しいものである。
「今日は家族みんなでご飯を食べましょうねー」
あやすようにぼくに話しかける母は、どこか感慨深そうに頭を撫でてくれていた。
そしてその日の夜。ついに離乳食へと挑戦する時が来た。アイナがキッチンに立ち食事を作っている。この世界に来て初めての食べ物だ。おそらくペースト状の離乳食だろう。
『この世界の食事が美味しいといいが。早く固形物も食べれるようになりたい。その時はちゃんと嚥下できると良いけど……』
そんな他愛もないことを考えていると、テーブルにアイナが食事を配膳していく。僕の前に置かれたのはやはりペースト状の離乳食だ。
『4人分か。アイナとウィルの分に、もうひとり分はあの子のかなぁ?』
1人分は赤ん坊である自分用だが、そのほかに3人分の椅子と食事が用意されている。廊下の曲がり角や開いたドアから覗くダークブラウンの髪。それに気付いた母に名前を呼ばれると家の中を足音が駆け回る。そしていつもそれは遠ざかっていく。僕はまだ一度も彼女に会ったことがない……今日は会えると良いけど。
「ただいまぁー」
「お帰りなさい、ウィル。ちょうどご飯ができたところよ」
配膳された食事を眺めながら密かな願いを思い浮かべていると、聞き覚えのある声が玄関の方から聞こえてくる。どうやらウィルが仕事から帰ってきたようだ。ウィルの仕事は主にダンジョン関係で、魔物を討伐したり他にも雑用などして稼いでいるらしい。
いつか子守をしながらウィルが惚気を交え一方的に話してくれたことだが、今は安定した仕事を選んでいるらしいが昔はかなり無茶してダンジョン探索していたらしい。その時に、一緒に組んでいたパーティーの一人であるアイナに惚れて、2人の関係は今に至る。
「お疲れ様。今日も疲れたでしょ」
「まぁな……おおー、今日も美味しそうだな……おおッ!?」
「ジャジャーン! 今日はリアムも一緒に食べるのよ! はいはい、先に座って待っててね」
ウィルが料理を褒めたことで上機嫌なアイナは、更に今日から僕も食卓に加わることを嬉しそうにウィルに話す。
「カリナー!夕食の時間よ。いらっしゃーい」
アイナはウィルを席に着かせリビングから廊下に出ると、別の部屋まで聞こえる大きな声で夕食ができた旨をあの子に伝える。
「カリナー?」
そう、彼女の名前はカリナ。時々アイナやウィルがカリナを呼ぶ声から名前を知った。そしてカリナは6歳上の僕の姉らしい。
2度呼びかけたところでアイナが席に戻って着席すると少しして廊下の方から抜き足差し足とした足音が聞こえてくる。そして恐る恐るとした静かな足音が廊下のドア近くで止まると少しだけ扉が開く。
「……」
……しかしドアは少し開いたところで止まり、それ以上はこちらに踏み込んでこない。
「カリナ、大丈夫だから入ってきなさい」
「気にすることはない。ほら、お母さんの料理が冷めてしまうぞ。だからこっちに来て一緒に食べよう」
アイナとウィルはちょっと困ったように視線を一度交わすと、優しい声でカリナを諭す。
「……」
すると、途中で開き止まっていた扉が再び開き始める。ドアが完全に開くとそこには、見覚えのあるダークブラウンの長い髪にキリッと整った顔立ち、アイナと同じ色の瞳をした綺麗な女の子が立っていた。
「あぅあー」
アイナとは違うタイプの美人さんだ。その整った容姿に一瞬目を奪われて声が漏れてしまう。しかし、僕が感嘆とした声を漏らすとカリナは少しだけ俯きがちになる。
「あらあら」
俯いてしまったカリナに再び困ってしまうアイナ。しかしそこは母親らしく、しょうがないという笑みを保ちながら席を立って、カリナの側に寄ると彼女の背中を優しく押して席に促す。
アイナに促されたカリナは、渋々といった感じで席に着く。席に着いても相変わらず、どこか落ち着かず不安そうに口を噤んでいる。
「さ、せっかくの料理が冷めちゃうわ。食べましょ!」
そんななんとも言えない雰囲気の中、「パン!」とアイナが空気をリセットするように両手を合わせる。ニコニコした笑顔のアイナに続き、ウィルも「そうだな」とアイナの言葉に賛同する。
少し気まずい中始まる食事。カリナと初めて顔を合わせた今日だが、それからも唯一顔を合わせていた食事の場でカリナが喋ることはなかった。
因みに、ペースト状の離乳食は久しぶりに口にする違う味だったが、場の気まずさ故か味をあまり感じなかった。