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01 プロローグ

 手を握って声をかけてくれている。


「お願い……逝かないで」

「あぁ、そんな、に……かなし、い……かお、を……しな、いで。だい……じょう、ぶ……ぼく、はしあわ、せだった、から。だから……」


 ちょっと握られる感触が強くなったような……なっていないような……。


「なおと……ッ!」


 のぞいている顔はみんなクシャッとしているが、こちらが笑うとあっちも少しだけ笑顔になった気がする……もう色しか見えない。



「まん、ぞ、く……あ、りがと____ 」



 だめだ、体が怠くなって手に力が入らない──。




『死ぬ……』




 最後に少し嘘をついた。




『死ぬ……』




 まだまだやりたいことがあった。




『遂に……死ぬ』




 ましてや心残りが多すぎるくらいの人生だった。


『死……』


 でも愛していた人たちに笑顔でいて欲しくて……。



『死んでしまう……』



 ……我儘かもしれない。



『どうして最後、自分のために叫ばなかった』



 どうしてだ……これまでたくさんぶつかって、迷惑かけて、引け目も感じて……でもその合間にはよく笑っていた……やっぱり僕は……家族を愛していたのだろうか……。




 







 ──目の前が真っ暗になった。なのに頭の中にたわいもないこれまでが浮かんでくる……てっきり死んだら夢も何も見られないと思っていた……走馬灯か、然もなくば……ああ、二元論不信者だったのに……。





 ──夜景。


「外にはあんなに幸福が溢れてる」


 外を見て歯痒く思いながらも窓枠の中のみんなと同じそれができない自分を慰み──、


「自由からの逃走……自由とは程遠い筈なのに、ダブる……」


 常に背中に終わりの時を感じながらも、諦め悪くベットの上でその日得た知識を巡らせながら幻想に浸って……、


「孤独だ……君がいないと僕はまたこうなるんだ……ッ」


 そして本やタブレットをテーブルの向こう側に落とすと、引っ張られた布や膝の上から”物”が落ちたことを感じさせられて、独りを思い知らされる、強迫されて爪先を引っ込めると激しく頭を抱えてまた、虚しく憂う___。


 

 




 享年19歳。






 長くも若い人生だった。






 元々病弱で、他と比べると持てた時間も、機会も、経験も圧倒的に足りなかった……本当に長くて足りなかった。

 

 治療を受け続けられたその環境に感謝している。 


 命の選択を考えることもあった。


 それでも希望と絶望の繰り返しにバラバラにされそうな心を引き止め保ってくれた家族に感謝している。


 ……そう考えると、最後は愛していた人たちに看取られて幸せな終わりだった。




 ”1人じゃなかった……たったそれだけで満足だ”




 呆ける思考が人生を締めくくり始める。



 そう、もう終わった。


 あぁ、幸せだった。


 もう、満足だ──













 ──本当に?


”……お前は?”


 突然、暗闇に獣のような緋色の眼光が2つ浮かび上がる。


「なんだ──ガッっ引き裂かれrうッッッッ!」


 獣の目に睨まれた瞬間、僕の心臓にも代えられない大事な何かが締め付けられ──ッ。


「ッ……」


 あまりの苦しみに声も出なくなった……というのも、抵抗することを止めてもうこの苦しみを受け入れてしまう事にしたから……。


”……待って、私たちも一緒にッ!!!”


 ……今度はなんだ。僕のコレを締め付けていた眼光をかき消すように心停止した時にモニターに映るような緑の一本線が闇を走る。


「piー……」


 すると、空っぽの不安を感じさせるあの音が鳴り響く。


「ー……」


 音がどんどん遠ざかって小さくなる、と同時に、視界と聴覚をノイズが覆い始める。


「オギャア、オギャア!」


 何かがマスキングされていくような感覚、ノイズはまるで赤ん坊の鳴き声……変な感覚だ。


”真っ白だ……”


 視界のノイズはだんだんと白んできてやがて完全な白となり、それと同時に聴覚を支配していたノイズも止んだ。


”忙しない……また、夢か……”


 ……やがて、ぼんやりと色々な色が移り始める。


”いや違う……今度は……昼だ”


 最初はまた夢の夜景かと思った。だが違う。白だ……明るい……それは移り変わりながら徐々に鮮明になっていく。


「……」


 白昼の正体は天井だった……知らない天井である。

 わけがわからなくて放心する。


「おはよう」


 その束の間、目の前に一人の女性の顔が横から現れた。

 すると、体が持ち上がる感覚とともに女性の顔が少し近くなる。


「おはようリアム……? ウィル、リアムが少しぼーっとしてる様なんだけど大丈夫かしら?」


 心配そうに覗き込む女性の声が徐々に鮮明になりそれがだれかへの問いかけだとわかる。


「本当か?……どれどれ」


 ここにはこの女性の他にも男がいるらしい。返事から数秒がたった後、女性の顔の反対側に男の顔が現れる。

 

「ぁう……」


 その男の方に視線を移そうとすると、思いの外、頭が動かなくて声が漏れる。すると二人ともこちらを見ながら相好を崩した。


『……?』


 この見ず知らずの二人のことを僕は知らない。


「調子はどうでちゅか? アブアブ、あーッ」

「フフッ」

「アイナ……」

「はーい。ごめんなさい」

「しっかりこっちを見てるし大丈夫そうだ」


 この二人のことは知らない。でも、僕を見るこの優しい顔は知っている。


「そうね。ありがとう、お父さん」

「いいってこと。お母さん」


 そう──、父と母の顔だ。


『なんだ、これ?』


 ぼやけた視界が鮮明になると、そこにあったのは知らない天井だった。

 僕はさっきまで病室のベットで家族に囲まれていたはずだ……何故?……看取られていたから。

 病床に伏せることは昔からよくあった。今回も「大丈夫だろう」なんて軽く思っていたけど、まさか病状が急変してあんなことになるなんて思いもしなかった。


「ダァー…」


 …………そっか、ぼく死んだんだ。


『ということは、ここは天国というやつなのか?』


 そんな感じで状況を理解するために色々思い出しているのも束の間、今度は体が引き寄せられる感覚とともに女性の顔が更に少し近くなる。

 先ほどまでその両親に見送られていたはずなのに、彼らの僕を見るカオを見ているとどこか遠く懐かしいような感覚に”キュッ”と胸を締め付けられる。


「それじゃあアイナ、俺はそろそろ仕事に出る」

「そうね。お弁当忘れないでね」


 女性をアイナ呼んだウィルと呼ばれる男性は、これから仕事に出るらしい。弁当を忘れるなというアイナの忠告に相槌を打って答えると、彼はアイナに抱かれる僕の頭に手を置いた。そして親指で額を優しく撫でる。


「父さんは仕事に行ってくるから、母さんとお姉ちゃんと良い子に待ってるんだぞ」


 ──くすぐったい。けど、あったかい。

 額を親指で撫でられるくすぐったい感触に頬が緩む。

 そんなぼくを見たウィルとアイナは笑顔で顔を合わせる。そしてその笑顔は再びこちらに向けられ、二人合わせて僕に声をかける。



「「リアム」」


 ── と。


 声はとてもやさしかった。見知らぬ二人であったが、その幸せそうな顔を見ていると、こちらまで温かくなってくる。


「さぁお父さんを見送りましょ」

「いってきまーす」

「はぁーい、いってらっしゃい」


 アイナが笑顔で手を振ってる。


「リアムも将来はお父さんみたいにきっと強くなれるわよ」


 ……なんだって? いやそんなはずがない。現に僕は幼い頃から病を患っていて、病弱だったから19歳で死んだ……死んだんだ。

 

「アー……」


 そもそもこの2人は誰、死ぬなんてビックリ体験をした後だから頭が混乱してるのか、しかし僕は今呼吸をしていて、痛覚もあって、アイナの腕の温もりを感じている。


「さてと、朝食の片付けと掃除をしないと……昼からマレーネが来るからね、それまでなるべく良い子でいてね……」


 ……リアルすぎる。この世界は天国や地獄というにはあまりにもはっきりとしていて、あまりにも現実的だった。

 

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