今日も元気だビールが美味い!~夏と言えばビールでしょ~
約二年の時を経て我らがトーコさんが帰ってきた!
今回も大勢でわちゃわちゃと、ノリと雰囲気で流し読めます☆
前作とシリーズで括りましたので、設定等気になる方はそちらもどうぞ!
まだ夕暮れ前だというのに、急速に立ちこめた暗雲により視界が暗く染まっていった。
蒸れた臭いが感じられた頃にはたしり、たしりと鋭い何かが地面を打つ音が耳に届く。
ああ、夕立だ――と外の様子が気になった所で突然、話相手が真剣な声音を出した。
「ねぇ、王様。……本物の生ビールを飲んでみたくないですか?」
静かな室内にぽっかりと響いた女の声の余韻は「バタタタタタタタ!」というけたたましい雨音にかき消された。
あっという間に轟々と叩きつけるような豪雨が窓ガラスの外に滝のカーテンを付けていく。
薄暗い室内にビカっと外からフラッシュがたかれた事で、某エ〇ァの総司令官ポーズの藤子が逆光で良い感じに浮かび上がった。刹那、ゴロゴロドガーーン!! っと近くで雷の落ちる盛大な振動が響く。
――某司令官など露ほども知らないけれど――得も知れぬその迫力に、対面に腰掛けていた国王はゴクリと生唾を呑み込んだ。
+ + +
――私、『片桐藤子』! 中年太りが気になりだした35歳独身☆
普通のOLだった私はある日の終業後、晩酌用のビールとつまみを買いに最寄りのスーパーに立ち寄ったのだけれど、お店から出ようとした瞬間、な、なんと異世界召喚されてしまったの!!
しかも聖女召喚に巻き込まれた形で、おまけの私は邪魔者扱い! ぷんぷん★
よぉし、こうなったらここから逃げ出して、異世界生活を満喫してやるんだからぁ♪――
「ってのがなろう的なお約束だと思うんですよ、藤子さんっ!」
「……語弊しかないよ紗良ちゃん…………」
麗らかな昼下がり。
珍しく休暇にしていた私の所へ遊びに来ていた『南条紗良』ちゃんがお行儀悪く、口から離したスプーンをピッと上に立てて見せた。
彼女はこの国の聖女様。
日本のとある有名お嬢様高校へ通う女子高生だった彼女は、寄り道した帰りに異世界召喚され聖女になってしまったのだ!
そこへ偶然居合わせた私も一緒に転移して、召喚陣の効果から聖女の力を得てしまったのだけれど、「スペア聖女って誰得ですか?」と早々に投げ捨ててお気楽なセカンドライフを楽しんでいる私と違って、紗良ちゃんは『魔を鎮める』というお役目と日夜戦っているらしい。
そんな彼女を労うべく――同郷のよしみだしね!――私はこうして紗良ちゃんが遊びに来る度に手料理を振る舞っていた。
「あ~、やっぱり藤子さんのオムライスサイコー♪」
右手にスプーンを握りしめたまま、左手の拳をブンブンと上下に振って破顔する美少女ご馳走様です!
あまりの顔福っぷりに私も笑み崩れながら、取り出だしたるは冷たいラムネジュース。それをスッと差し出すと、ビー玉の入った独特な括れのあるガラス瓶を見て目をキラキラ輝かせた紗良ちゃんが身を乗り出してきた。
「藤子さん! 凄いっっ!! これ、どうしたの!?」
「フッフッフ~、こないだ腕の良いガラス職人さんと出会ったのだよ」
ドヤ顔をきめる私をウザがるでもなく、尊敬に満ちた眼差しで見つめてくる紗良ちゃんに苦笑して「ぬるまる前に飲みな」と促す。
途端に真剣な顔つきになった美少女は、神聖な儀式に臨むかのごとくそれはそれは慎重に小瓶を傾けた。
―――カラリ
狭まった溝に引っ掛かったビー玉から涼しげな音が鳴る。
それまでは当り前にあったラムネもこの世界では初めて作られた珍しいものだ。
「もうすぐ一年になるんだねぇ」
久々の清涼感に頬を緩めながら上手にラムネ瓶を傾ける聖女様を私は頬杖をついて微笑ましく見守る。
―――夏がすぐそこに迫っていた。
+ + +
―――暑い。
じわじわと照りつける太陽を間接的に睨みつけながら私はずっと思案していた。
(冒険者家業のお陰でかなりの貯金も出来たし、魔法の扱いにも随分と慣れた。……あとは良い職人さんさえ見つかれば、アレが手に入るのでは!?)
思い立ったが吉日と早速向かった先は機械技師であるオーフェンさんの工房。
お弟子さんが取り次いでくれる間几帳面に陳列された見本を眺めて過ごしていると、やがて奥からひょろりと長身の男性が現れた。
トレードマークのモノクルをはめ、柔和な笑みを浮かべたオーフェンさんだ。
「こんにちは、オーフェンさん。突然すみません」
「こんにちは、トーコ。こちらに来るなんて珍しいですね、また変わった依頼ですか?」
愉しそうにクツクツと笑いながらオーフェンさんが応接セットへと促してくれたので、軽く会釈をしながら示されたソファに腰を下ろした。
「流石オーフェンさん! 私の考えなんてお見通しですね。実は……」
身振り手振りと共に説明する私の話に相槌を打ちながら、オーフェンさんの手入れが行き届いたモノクルがキラリと光る。
「それはまた大がかりな装置ですね……。ふむ、なかなか面白そうだ」
顎を撫でながら思案しつつも好感触な反応に私の期待が否が応にも高まっていく。
「ただ、これを完成させるにはガンツ殿の協力も必要ですね。トーコ、頑張って口説いてきて下さい」
にっこりと笑ったオーフェンさんに日用大工士のガン爺さんの下へと送りだされ、
「―――というわけでこっちに来たの。ガン爺、どうかな?」
突然のおとないに憮然としながら腕組みしつつ経緯を聞き終えたガン爺がフンと荒く鼻息を噴き出した。
「酒が絡んでいるのに、儂が断るわけなかろう! しかもオーフェンさんの声がけなら猶更だ!!」
そう言って携わっている依頼を全部お弟子さんたちに割り振って、ガン爺は工房を飛び出した! 慌てて私も追いかける。
物凄い剣幕で出戻った私たちはにこやかなオーフェンさんに迎え入れられ、それから怒涛の制作会議に突入した。
あ~だこ~だと喧々諤々の時間が過ぎ、漸く図面の完成が見えた頃、私はふと思い出して顔を突き合わせている大小二人の男性を見やった。
「ねぇ、オーフェンさん、ガン爺。この街で一番腕のいいガラス職人さんって誰かな?」
唐突な私の質問に嫌な顔もせずに二人は顎をさすりながら答えてくれた。
+ + +
最早ライフワークと化してしまった、毎朝の冒険者ギルドの依頼チェックに訪れた私は、依頼板に貼り付けられた内容を物色中に呼びかけられた。
「あ! トーコ、良い所に来てくれたわ!!」
王都冒険者ギルドの看板受付嬢であるエンヴィさんがいつもより強張った面持ちで手招きしている。首を傾げながら招きに応じると、こっそりと耳打ちされた。
「今、主だった高ランク冒険者たちを集めているところなの。奥の大会議室へ行ってくれない?」
出来るだけ声を潜めて告げられた言葉にピンときた!
(緊急クエストだ!)
初めて冒険者登録をした時にエンヴィさんから受けた説明にあった気がする。
周囲を混乱させないよう出来るだけ世間話を装って承知すると「ありがと」とエンヴィさんがはにかんだ。可愛いと色っぽいが絶妙に配合されたその微笑みにヤラレたファンは多い。現に今も流れ矢を受けた新人冒険者君たちが数人トロリと溶けてしまった。
注目が集まってしまったら本末転倒なのでそそくさと移動する。
身を滑らせた大会議室の中には既に結構な人数が集まっていた。
「おー、やっぱり来たかトーコ!」
背中に大剣を担いだ爽やかアニキのクリスさんがやって来た私に手を振っている。
「おはよう、クリスさん! ……もしかして結構な大事?」
「それを説明する為に集まって貰ったのよ」
いつの間にか入室していたエンヴィさんが私の肩をポンと叩いて教卓の様な机の方へ歩いていく。
私は肩を竦めたクリスさんに促されてすぐ傍の椅子へと腰掛けた。
エンヴィさんの向かった先、先頭にある指令台には屈強なスキンヘッドのおっさんが偉そうに足組み腕組み沈黙して座っている。額から左頬に向かって間の左瞼を断つ様に一直線の痛々しい古傷があるその男性こそこの王都冒険者ギルドのボス、ギルドマスターのアッカイ氏。
アッカイ氏の傍らにエンヴィさんが辿り着くとパチリとボスの目が開いた。
「おう、急な呼び出しに集まってもらって感謝する。時間が惜しい、早速説明する」
木訥とした話し方なのに何故か重くはっきりと響く独特の声音に皆が集中する中、隣のエンヴィさんが大きなファイルを開いて話を引き継いだ。
「昨日、採集に出ていたルーキーが『祭祀オーク』に遭遇しました」
周囲がザワリと色めき立つ中で私だけが首を傾げた。
(さいしおーく? なんぞ?)
疑問に思えど今は質問タイムではない。
ハテナはそのままに話を一通り聞いていく。
「幸い、感知範囲外で気付いたそうなので戦闘にはなりませんでしたが、報告を受けて直ぐに出した密偵が神を確認しました」
ザワリ。
周囲の深刻さが増すけれど、私だけ乗り切れない。
「密偵の報告によると、神の覚醒は近いようです。よってここに緊急クエストを発令いたします!」
オオーーーーーーー!!!!
上がる鬨の声にうろたえる私。
「依頼内容は祭祀オーク及びオーク神の討伐。発注者は王都冒険者ギルド。報酬は参加者全員に貢献ポイントの付与と素材の分配、同額イェニーの配布です。みなさん、装備を整えて正午にレナント森林の入口に集合して下さい。太陽の中天を合図にクエストを開始します。受注してくださる冒険者の皆さまは遅れないように注意して下さい。途中参加は認めません!」
途端、一斉に冒険者達が会議室を飛び出していく。
ぽかんとその様を見送っていた私は隣のクリスさんが駆けだそうとした気配を捉えてハシッと服の裾を掴んだ!
「クリスさん! ワケがわかんないの!! 説明してちょうだいっ」
「あ~、そういやトーコは初めてか? 祭祀オークってのはオークの亜種だ。……オークは解るか?」
「二足歩行の豚の魔物だっけ?」
「そうだ。逢魔になったオークの一種で、奴らは神を祀るんだ」
「神?」
「ああ。……祭祀オークは捕らえた同系種に魔を強制付与して逢魔化させ使役するんだ。今回はビッグボアって言っていたから進化するとインペリアルワイルドボアだな。兎に角、逢魔化が終わるとバカでかい猪になってそこら中で暴れまわるんだよ。それで早急な討伐クエストが出されたってわけだ」
(え? 逢魔化? 進化? 神なのに皇帝なでっかい猪??)
んん??? と首を捻る私にクリスさんが苦笑した。
「まぁ、何だ。トーコに必要な情報はめちゃくちゃウマイってところか?」
ぴくり。
私の耳がしっかりとクリスさんの呟きをキャッチ!
(猪ってことは、めちゃくちゃウマイ豚肉ってこと!? やだ、それを早く言ってよっ!!!)
「急がなきゃっ!! 突撃ーーーーーーーー!!!!!」
「あ、ちょっ!? バカっ!!!?」
一仕事の後の美味しい晩酌サイコーーー! と喜び勇んだ私はクリスさんを巻き込んでレナント森林の入口へテレポートを発動したのだった。
+ + +
「あれ? 藤子さん!?」
レナント森林の入口で私を出迎えてくれたのはナント沙良ちゃんでした。
「沙良ちゃん!?「聖女さまっ!!?」」
驚く私とクリスさんの言葉が重なる。
「こんな所にどうしたの?」
首を傾げながら沙良ちゃんに近づく私の前に、フードを目深に被った白ローブお化けが割って入ってきた。
「聖女サラ様のお役目の為に決まっているだろう。おばさんこそ、何しに来たんだ」
カチン。
( お ば さ ん ?)
ええ、ええ、見るからに十代な貴方からみればそうでしょうよ。片頬がぴくりと引き攣ったけど我慢。
この白ローブお化けこそ、聖女召喚を為したこの国の筆頭宮廷魔術師であり、私を異世界転移に巻き込んでくれやがった張本人である。
そして沙良ちゃんと共に現れた私を何故か邪険に扱う一人でもあるのだ。
「ニックやめて。藤子さんに失礼なこと言わないで!」
更に間にニュッと割り入った沙良ちゃんが白ローブお化けを窘めると大人しく一礼して下がっていく。なんなのよ、まったく。
「ごめんね、藤子さん。……私がここに来た理由だけど、この森に逢魔の出現を感知したから鎮めにきたのよ」
それを聞いて私は青ざめた!
「ク、クリスさんっ! 逢魔が鎮められるとどうなっちゃうのっ!!?」
「えっ? そりゃあ……消滅したり無害化されたり色々だけど……」
「そうですね、消えたり小さくなる事が多いかなぁ……」
ガクガクと私に揺さぶられるクリスさんと人差し指を頬に添えた沙良ちゃんが答える。
「ダメぇ!!!!!!!」
嘗て無い私の絶叫に周囲が目を瞠っているがそれどころではない。
(今日の晩酌の肴を失うワケにはいかないわっ!!! だってアレと絶対あうものっ!!!!)
絶好のお披露目の機会を失う訳にはいかない!
心中で結論付けた私はそれはもう盛大に胸を叩いてみせた。
「大丈夫っ! 沙良ちゃん、ここは私にドーーンと任せてっ!! その代わり、王様に伝言頼んでもいい?」
「それは構わないけど……」
「ふざけるなっ!! 聖女の神聖なるお役目をなんだと思っているっ!!!」
場を切り裂くように喰ってかかってきた白ローブお化けに私はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。少年よ、こちとら君とは社会経験の年季が違うのだよ!
「私もせい「わーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」
私も聖女でしょう? と最後まで言えず、白ローブお化けに遮られた。ギロリと睨みつけられる。
「ふふん、 ま・か・せ・て・く・れ・る・わ・よ・ね・? 」
もう否やはなかった。
勝ったぜ!
―――私の伝言を携えた二人がテレポートで消えたタイミングを見計らったように、装備を整えた参加者が集まってきた。見届け人であるアッカイ氏とエンヴィさんもいる。
やがて総勢30人の集団となった。
「どうしたの、クリス?」
げっそりと疲れた風貌のクリスさんにエンヴィさんが首を傾げる。
「いや……」と力無く呟いたクリスさんにじとりと半眼を向けられた。「聖女様……」とブチブチ呟いてるけどなんだろうね?
「おう、クリス。お前そんな軽装で大丈夫か?」
「文句なら全部トーコに言ってくれ……」
アッカイ氏に指摘さてがっくりとクリスさんが項垂れている。あっちゃ~、そういえばテレポートに巻き込んじゃったんだったわ! ごめんごめん!
じと目の意味を悟って反省。「絶対わかってねぇだろ……」と溜め息を吐かれた。解せぬ。
そこへパンパン! とエンヴィさんの拍手が響いた。
「さぁ、まもなくクエスト開始時刻です。今いるメンバーで配置や作戦を決めて下さい」
私たちは自然と円陣になってすり合わせを始めた。
+ + +
―――結果から言おう。
インペリアルワイルドボアへと進化したオークの猪々神様は、あっという間に巨魁なお肉へと変貌しました☆
「ほんっと、トーコがいると討伐も楽でいいなぁ」
ガハハっと皆に遠慮なくバシバシ叩かれて背中が痛い……。
「祭祀オークも、まさか悲願達成とともに浄化させられるとは夢にも思わなかったろうよ! これも聖女様々だな!」
討伐の様子をそれぞれが口々に笑い合っている。
そうなんです。
大きく切り出された大理石の様な平らな岩の上に寝かされたビッグボアは、私たちが現場に駆け付けた時にはまだ逢魔化してなかったの。
「鑑定」
ボソリと囁いた私の視界に半透明の小窓が浮かび上がる。
▶ 【祭祀オーク】
魔の蓄積したオークが逢魔化により突然変異したオークの亜種
本能により、同系統の魔物に魔を付与させ逢魔化させる
祭祀オークに逢魔化させられた魔物は祭祀オークの神として祀られるがその実、使役されて周囲を破壊する破壊神となる
祭祀オークは魔を鎮められると浄化消滅する
食用不可、不味い
(最後、大事!)
うんうん、と頷きながら視線をビッグボアへ向ける。
▶ 【ビッグボア】
祭祀オークに捕獲され逢魔化途中の個体
間もなくインペリアルワイルドボアへ進化する
現在の肉質も魔力付与の効果で上等の部類だが、逢魔化完了すると極上の脂としゃっきりとした肉を持つ巨体となる
眉間が弱点
血抜きと共に魔毒も抜ける
極上品、非常に美味
(これは逢魔化を待たない手はないでしょう!)
私の中で神肉待ちが決定した。
クルリと振り返り、討伐隊のメンバーへテレパシーを送る。
『話し合った通り、皆さんは周囲に散会して万が一に備えてください。私は聖女様からのご指示に従って、然るべきタイミングでこの聖魔封石を使います』
はい、この『聖魔封石』
さっき足元で拾った適当な小石にキラキラエフェクトをつけたものです。
―――作戦会議が始まると私は颯爽と挙手して皆の注目を集めた。
「実は先程ここへ聖女様が参られました。我々が討伐に出た旨を説明すると、この石を託されたのです。そうしてこう申されました。
『優秀な冒険者の皆様が協力して下さるのであれば、この地の平定は確実でしょう。この聖魔封石をお使いなさい。この石には私の神聖力が込められています。これで魔は浄化される筈です。ここは皆様にお任せ致します。わたくしはより多くの魔を鎮める為に次の嘆きへと向かいましょう』と。
使い方を教わった私がオークたちを浄化します。皆さんは聖女様のご意向に従って協力してください」
―――回想終わりっ♪
各々の諾と共に冒険者たちが周囲へ散っていく。
私は諦めた表情のクリスさんを伴って、じっとその時を待った。
「ブフフヒヒヒヒヒヒ! 時は来た! さぁ、我が神よ! その偉大なる御力を解き放ち目覚めるのだっ!!」
驚くことに人語を発した祭祀オークが空に向かって両手を大きく広げた。
すると物凄い黒風が球体となりながらビッグボアを包み込み、ぐん、ぐんぐんとその質量を増してパァンと弾けた!
現れたのは【インペリアルワイルドボア】
待ってましたっ!!
その瞬間、私は身に宿る聖女の力を祭祀オークへと放った。
「な!? ぐああああああああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁ!!!!!!!!!!!」
(ほう、聖女の力ってこんな感じなのね)
断末魔をあげながら光の粒子となって消えていく祭祀オークを横目でとらえつつ、私はグッと手の平の小石を握り込む。
そして間も置かずに大きく振りかぶって~~~~~~~~投げたっ!!!!
「いっけーーーーーーー聖魔封石ぃぃぃっ!!!!!!」
豪速で打ち出されたキラキラの石は綺麗にインペリアルワイルドボアの眉間にヒット!
ズズズーーーーーーーーーン!!!!!!
そうして顕現した猪々神様は一声あげる間もなく地に沈んだのでした。めでたしめでたし♪
(―――っじゃない! 気絶してる内に血抜きしなきゃ!)
思うや否や、すっかり腰に定着したマイ包丁をブゥン! と振りぬくと、飛び出した斬撃がスパッ! と巨大猪の首筋を切り裂く。私はフンッ! と気合を入れて開いた両足に力を込めると両手の平を倒れた巨体へと翳した。
そのままグググググっと上空へ滑らせた私の手の動きに連動してインペリアルワイルドボアが宙に浮いていく。そのままクルリと手を回すと、頭を下にする形で縦向きに制止した。グッと拳を握った途端、首の切れ目から勢いよく血が噴き出していく。
戦闘音が途絶えた事で冒険者のメンバーが集まって来た時には、思わず全員が引くくらいの血の池が出来ていましたとさ。
+ + +
戦利品を携えて冒険者ギルドまで帰還すると、建物の前で素材解体屋であるランディさんが腕組み仁王立ちで待ち構えていた。
「トーコ、待ってたぜ! お前の為に作業人数は揃えてある、さあ! 成果を見せてくれっ!!」
ムキムキのおっさんがにっかと笑うのに私もニンマリ笑み返す。
「オープンっ!」
空間収納からどでかい猪が降ってきた。
「これはまた腕の鳴る……。トーコ、速攻で捌いてやる! 先ずは何処が欲しい?」
「ああっ! ランディさんが超男前に輝いて見えるっ!! ロース!!! ロースを下さいっ!!!」
既に素材の分配については話がついている。
私がインペリアルワイルドボアを解体所へと引き渡すと、丁度冒険者ギルド前で一台の馬車が停止した。
「おい……あれ……」
そのあまりに豪華な客車と王都に住んでいれば知らぬものはいない紋章に人々がどよめき戸惑う。
厳重に警備された馬車の扉が開くとその場にいた人々が一斉に跪いた!
王 様 ち ょ っ と な に し て ん の さ !!
ゆったりと馬車のタラップを降りてきたのはこの国の国王、ロッドスチュワート・イングブリベイド三世その人だった。
「聖女より話はきいた。皆、此度は大義であった。王都近くでの脅威が速やかに除かれた事、見事である。よって余より皆に褒美をとらす」
望外の事態に跪いたままの人々が冷や汗を流しているのが解る。
『ちょっと王様、何で出て来ちゃったのよ!』
『私だって協力したのだぞ! 初出しのアレを楽しみたいでは無いかっ!!』
テレパシーでやんやとやっていると、王様の顔を見止めたクリスさんとエンヴィさんが真っ青な顔でぐりんとこちらを向いてきた。その瞳が『聞いてない!』と叫んでいる。
(ええ、ご愁傷様です……)
折角今まで隠していたのに、ロッド氏が盛大に身バレしました。
私のせいじゃないよ!
「既に中央広場にて宴の準備を始めておる。皆、今宵はそちらで十分に英気を養うが良い」
キリ! とお言葉を締めくくった王様に大歓声が沸いた。
(この状況の一端を担ったのはわたしですけども何だか腑に落ちないわね……)
ほんの少しだけブスくれてスグに気持ちを入れ替える。
そう、舞台は整った!
私は気迫の腕まくりと共にペロリと舌で唇を湿らせると、設えられた会場へと勇ましく出陣した。
+ + +
夕暮れを過ぎ、夜の帳が降り始めた中央広場には煌々と光る街灯と沢山の食べ物屋台に囲まれてちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。
「さあ、みんなっ!! 藤子さんの出張ビアガーデンだよっ!!!」
「まったく、急に呼び出されたから準備が大変だったぞい!」
「これはまた随分な大舞台ですね、トーコ」
巨大な押し車に積まれた鈍色の大きな箱の左右に控えているガン爺とオーフェンさんの前にババンと立った私は両手を広げて大きく呼び掛けた。
なんだなんだと遠巻きに注目が集まってきたのを感じてニンマリとほくそ笑む。
「ひぇ……。ご、ご依頼品は全てご指示通りこちらに運び入れましたが……そ、その……これでは数が足りないかと……」
注目してくる見物人たちを不安そうに見回しながら押し車の後ろに隠れていた男性がおずおずと進み出てきた。
一目見た感想で『折れそう!』『ひ弱!』『虚弱!』そんな単語が浮かぶ心許ない雰囲気の御仁であるが、そんな風体にとても抱えられないだろう大きさのがっしりとした背負い籠――というか固そうな箱――を担いでいる。
「ヒュイガーさん! え!? 発注した30個、全部作り終えたんですか!!?」
「え、あ、はいぃ……。破損予備も加えて都合35個ご用意出来ましたぁ」
そう言ってヒュイガーさんが背中の箱を地面に慎重に下ろすと、決して軽くない振動が足裏に伝わってきた。ヒュイガーさんが動きを止めることなく岡持ちの様なスライドする蓋を引き抜くと―――
「うわあ~~~~~!!」
岡持ちの中味を目にした周囲の人々の驚嘆の歓声が響いた。
箱の中にはキッチリと詰められたキラキラのガラス製ビールジョッキが! そう、居酒屋で「生!」と叫べば大体何処でも出てくるあのフォルムのビールジョッキが入っていたのだ!!
「そう! まさにコレよ!!」
私が一番大喜びして称賛に身を捩る中、
「……素晴らしい出来ですね。グラスでこれほどの数を統一的に作れるなど、流石の一言に尽きます」
「よくこの短期間で仕上げたもんじゃわい」
「試作品完成までには時間がかかりましたが、一度型が決まってしまえば単純作業ですから」
ものづくり者の性で自然と品評し、高品質を視止めて感嘆するオーフェンさんとガン爺にヒュイガーさんが頭を掻いて照れ笑いしている。
そうです、このヒュイガーさんこそ、先の二人が紹介してくれた王都一のガラス職人さんなのです!
(腕を見る為に試作してもらったラムネ瓶も見事だったわ~♪)
依頼者との打ち合わせで、どこまでリクエストを再現してくれるのか図るために作って貰ったのがラムネ瓶だった。ビー玉の規格再現までバッチリ文句無しの一品でしたよ!
「してトーコ、先のびあがーでんはどうなったのだ?」
「これはロッド殿、貴方も呼ばれて?」
物凄く恐縮したエンヴィさんに案内されてきたロッド氏がにこやかに話に入ってきた。何も知らない職人ズが和やかに迎え入れている。
「ああ、コレの制作には私も出資しているからな」
そう言って鈍色の箱を見つめるロッド氏。
そうですね、お待たせしました。ちゃんと一番に献上仕りますとも!
王様の無言の催促を感じた私はジョッキを一つ手に取ると「クリーンナップ!」と浄化魔法をかけた。
鈍色の箱――冷蔵庫――の中には同じく金属製の細長い筒が3本入っている。
私はその内の一本に素早く器具を取り付けだした。
(フフフ、昔取った杵柄が火を噴くぜ☆)
すっかり我が家の生樽と同じような状態にしてから空のジョッキに液体をちょろっと注ぎ具合を確かめる。
満足の域に達した所で、新たに手に取ったジョッキに浄化と凍結魔法を使いキンキンに冷やした。
神妙にコックを手前に倒す。
すぐさまサラサラと黄金色の液体が透明なグラスを色付けていき、7分目程まで来ると今度はコックをグッと押しやる。そろそろときめ細かい真白の雪が上部に積もった。
「はい、ロッドさん、ドーゾ!」
「これは……」
ジョッキの取っ手を受け取りながら思わず街灯に掲げ透かした王様が瞠目し息を呑んだ。
低温下面発酵後、酵母を丁寧にろ過除去された非熱処理のエール――所謂日本の生ビール――は不純物など見当たらず、ヒュイガーさんの凄腕により内側に傷一つないジョッキに注がれたエールは気泡も見えない程静かで、綺麗な二色に分かれていた。
「この煌めく様、黄金にも引けを取らぬ……」
思わず漏れた感嘆に打ち震えながらも王様が緊張しつつジョッキを口に運んだ。グッと喉が大きく嚥下にうねる。――シンとしたのはほんの刹那。すぐさまジョッキの角度を急斜にしたロッド氏はあっという間に一杯を飲み干した!
「プハッ! 美味いっ!!」
夏めいた熱気こもる夜の野外、賑わう雑踏の中、身の熱を冷ますこの至上の一杯が――仕事上がりなら尚の事――不味いわけがないではないかっ!
「でっしょーー! これが本物の生ビールよっ!!」
ドヤる藤子に一部始終を見守っていたギャラリーが殺到した!
我も我もと見たこと無いエールを得ようと群がる人々に制止魔法をかけて――物理的に――その勢いを止めた藤子は獰猛に笑う。中年女性の貫禄にそれぞれがおっかさんを写し取ってビクリと縮こまった。
「規律を守ってくれれば全員にお渡ししますから、落ち着いて行動してくださいね? 秩序を乱す者は許しません!」
どうやってか直に鼓膜を揺らした脅しに「イエス・マムっ!!」と恭順の叫びが広場を埋め尽くした。
当の藤子は満足げに頷いてクリスとエンヴィに指示を出し始める。
「じゃあ、クリスさん、エンヴィさん、ここはよろしくお願いします。やり方はうちと一緒だからわかるでしょう? とりあえず今あるジョッキは全部冷却したから、飲み終わった人はこの桶で濯がせて、こっちの氷水の綺麗な桶につけてもらって。全員に渡るまでは一人一杯まで、二巡目以降はこの氷水で冷やしたジョッキを使い回してね」
突然の無茶振りをくらったクリスとエンヴィだが、いそいそと言われた通りにジョッキを濯ぎだしたロッド氏を見ては口など出せない。
「このガラスのグラス、厚手で頑丈な作りだけど目ん玉飛び出るくらい高価なの。絶対に壊したり乱暴に扱わないでね?」
ニゴリと圧のある笑顔を周囲に残し、藤子は近くの出店スペースに移動した。
お願いした通りの移動キッチンが設えられたテントだ。
(権力万歳☆)
紗良ちゃんからの伝言が正しく形になっている事を確認していた所にしっとりピンク色のロース肉を担いだランディさんがやって来た。
「ほら、トーコ! 待たせたな」
「ナイスタイミング、ランディさん! 今日はうんと期待してて♪」
「そりゃあ楽しみだ! なら俺はこっちを手伝うか。その方が美味い酒が飲めるんだろ?」
向こうに涙目で働くクリスとエンヴィを見つけて空気を察したランディはすぐさま藤子の指揮下に入った。非常に賢明と言えよう。
「ランディさんが素敵すぎる件! 流石同士! じゃあこのお肉をこれで叩いて伸ばしてくれる?」
徐にぶっとい麺棒を渡されて怯んだランディの目の前にはいつの間にか1cmほどの厚さにスライスされたロース肉が並んでいた。
「折角の肉を潰しちまうのか?」
「まぁ任せてよ」
ひらりと手を振りながらボールを抱えたトーコが生樽の方へ歩いていく。
残念に思いながらもランディは言われた通りにダンダン! と肉を叩きだした。
「ちょっと失礼~」
ビール注ぐマシーンと化したクリスの元にひょいっと割り込んだ藤子は、今まさにジョッキに注がれようとしていたビールを持って来たボールで受け止めた。必要量を何となく目分量で量りお礼を言ってすぐさま取って返す。
ランディの手元には叩きのばされて面積の大きくなったペラペラのお肉が積み上がっていた。
「こんなにしちまって、どうするつもりだトーコ?」
(悲しそうな瞳でロース肉を見やる筋肉ダルマ、ちょっと可愛いw)
ぷふっと一人噴き出していたら、今度は紗良ちゃんが大きく手を振りながら駆けてきた。
「藤子さーーーん! 言われたもの、持って来たよ~~~!!」
そう言って調理台の上へ紗良ちゃんの空間収納から密封の保存容器と真っ赤なトマトがゴロゴロと転がり出てきた。
「玉ねぎも貰ってきたよ!」
お使いを完遂して得意満面の美少女にほっこりしながらお礼を言い、人差し指をクルリと回すと玉ねぎがあっという間に輪切りなってばらけた。
ポリ袋代わりの紙袋にその玉ねぎを入れて紗良ちゃんに渡す。
「紗良ちゃん、ちょっとこれシャカシャカしてくれる? 口はしっかり握って放さないようにね」
お願いすると目をやる気にキラキラさせて実行に移す聖女様、マジ尊い。
直ぐ近くのフライヤーの具合を確かめていた私の所へ素早く任務完了させた紗良ちゃんが寄ってきた。
「藤子さん出来たよ、次は?」
「次はランディさんお願い!」
「おうよ!」
私は紗良ちゃんから紙袋を受け取ると、中で粉まみれになった玉ねぎを一つつまみ出した。
ランディさんへ見せるようにして余分な粉を叩き落とし、さっき作ったビール衣の中にドボン。
そしてもったりとした衣をつけられた玉ねぎさんを、更にフライヤーへドボン!
温まった油へ落された衣がじゅわじゅわと水分を放していく。
「こんな感じにきつね色になるまで揚げて、ここへ取り出しておいてね」
網バットを指さしながら言えばランディさんが快く請け負ってくれた。
「紗良ちゃんはこっち」
おいでおいでと手招きした先に待ち構えるのはさっきのロース肉。
「これを全部トンカツにしま~す! 紗良ちゃんは最後のパン粉を付ける係ね♪」
「わ! こういうお手伝いって久し振りっ!!」
嬉しそうにパン粉を広げていく紗良ちゃんが「学園祭みたいだね」と笑う。
大勢でワイワイと屋台準備する様は言い得て妙で「そうだね」と笑い合った。
+ + +
さて、ここから先は内輪タイムですよ~!
王様用に建てられた天幕に常連さんたちを呼び寄せて漸く晩酌の始まりだ。
「今回、本物の生ビールを作るべく尽力して下さった、オーフェンさん、ガン爺、ヒュイガーさん、そしてロッドさんです、拍手~!」
円卓を囲んだ皆が手を叩き合う。
「そして、その生ビールを完璧に演出する食材を用意して下さった、クリスさん、エンヴィさん、ランディさん、紗良ちゃんです、拍手~!」
「あ、あの……何だかすみません……僕までお呼ばれしてしまいまして……」
所在無さげにもぞもぞしているヒュイガーさんの手をしっかと握り、私は熱く宣う。
「何を言うんですかっ!! 貴方がいなければ、この至高の造形は無かったんですよ!!」
言いながらビシッ! と私が示した空のジョッキをうっとりと眺めてロッド氏も重々しく頷いた。
「ここまで見事な細工だ。国で援助も考えねばな……」
「もうお父さん! ここで難しい話は無し、でしょ?」
ぎょっとした周囲を紗良ちゃんが颯爽といなし、私は横目で料理の仕上げを施していく。
「紗良ちゃんの言う通り! 今日も皆様よく働きました! 早速いただきましょう!!」
各自の前に給仕の方々――町人風を装っているけどお城のスタッフですよね……?――がジョッキに注いだ生ビールを各自に置いてくれ、紗良ちゃんには例のラムネを渡す。
私はその間から仕上げた料理をドンドン出していった。
「じゃ~ん! 本日の肴はぁビール衣のオニオンリングと紙カツレツのケッカソースがけでっす!!」
全員からの歓声を心地よく浴びながら私はジョッキを掲げた。
「ではでは~、かんぱーーーーーーいっ!!」
合わさるガラスの甲高い音を合図にまずはご褒美タイムっ!
皆無言で最初の一口を楽しんでいる。かくいう私もお口に髭をつくって大満足だ!
「プッハーー!! 懐かしいこの味っ!! これこそ生だわ!! 沁みる~~~~!!!」
「本物の、とトーコが言うだけの品質に驚いたぞ」
「いつものエールよりキリっとして飲みやすいわ!」
「今日みたいな暑い日には最高だな!!」
「ほう、これは非常に繊細な……」
「ええ、まるで精緻なガラス細工のようです」
「ヤバいな、水みたいに飲めるぞ……」
「ああ、するする消えてって儂にはちっと物足りなく感じるくらいだ」
以上、上から私、王様、エンヴィさん、クリスさん、オーフェンさん、ヒュイガーさん、ランディさん、ガン爺の感想でございます。
そこで紗良ちゃんがコテリと首を傾げた。
「見た感じそんなに違いがわかんないけど、藤子さん、何が違うの?」
ビールはビールでしょ? って不思議そうな未成年のお嬢さんに簡単レクチャーしましょうか!
「あのね、紗良ちゃんはピンとこないかも知れないけど、ここでは冷蔵庫とか高級品なんだよ。だからお酒も常温以上で作られるものが主流なの。でもね、私たち日本人がよく言う生ビールって、ずっと冷やせる環境がないと作れないんだ。それで今回、私とロッドさんで出資して、日本の味を再現してみました!」
巨大冷蔵魔術具にガラスジョッキ作成、下面発酵させる施設、エール酒造の技術者確保などなど皆様には大変なご助力を頂きましたよ土下座物です。
「それもこれも、動力として魔石に魔力を無尽蔵に入れられる規格外のトーコあってのものでしたけれどね」
オーフェンさんが苦笑しているが、この一杯の為ならば私は喜んで電池になりますとも。
「ふ~ん、そうなんだ。私はジョッキに入って泡が乗ってれば全部生ビールだと思ってた」
「間違ってない、大丈夫! 美味しければなんだってアリだから!」
紗良ちゃんの言葉にサムズアップして見せる私。
健全な美味い酒の前には畢竟、生だのなんだのは些末事なのだ!
「ん! トーコ、これ、ホントにレニヨン? 軽くって甘くって、でもピリっと苦くて癖になりそう!」
早速オニオンリングをつまんだエンヴィさんの歓声があがる。
「これはね~、衣にこの生ビールを混ぜてあるの。炭酸の力でカラッと揚がるし、生との相性も抜群でしょ?」
衣自体に味も付けてあるからディップソースがなくてもそのままどんどんいけちゃいます!
コクコクと無言で頷きながら夢中で手を伸ばすエンヴィさんの姿に周囲も慌てて手を出し始めた。
それぞれが好きリアクションを取りながら生のおかわりを頼んでいる。
食事メインの沙良ちゃんはもう一品であるカツレツに目を付けた。
「藤子さん、藤子さん、この宝石みたいな赤いのって、私が持ってきたトマト?」
「イエス! 美味しそうでしょ?」
コクコクと頷きながらも繁々とカツレツにくぎづけの聖女様かわゆす。女子はキラキラ好きだよね!
お皿から見事にはみ出した巨大カツレツの上にかかっているのはケッカソース。
小さい賽の目にしたトマトに刻んだバジル、にんにく、隠し味にアンチョビを加えて塩コショウで味を調え、オリーブオイルであえただけの、簡単で夏場にぴったしの爽やかソースなのです。
オイルとトマトの水分が乳化した艶めきでキラキラ光って見えるの! トマトの赤に散らばるバジルの緑も彩り良しだし、何より揚げ物のクドさを中和してくれる危険なソースでもあるのだ。
お手伝いしてくれたランディさんと沙良ちゃんが最初に、大口でガブっとカツレツに噛みついた。
サクッ! と軽快な音が響く。
「「んん!」」
カラッと揚がったパン粉の中にはしゃっきりと弾力のあるお肉。歯が当たった先からじんわりと濃い甘味の脂が滲みだしてきた。
「折角の肉を薄くさせられた時は残念に思ったが、中々どうして食いごたえがあるじゃねぇか!」
「極上のお肉だからね! しっかり存在を主張してくるでしょ?」
パン粉でコーティングされたカツレツは高温でサッと揚げて余熱で仕上げているので、外はサックリ、中はお肉の旨味をしっかり保ってしっとりしている。
「見た目も凄いですね。この大きさだけで腹がくちくなりそうですよ」
オーフェンさんの言に皆が頷くのも納得のカツレツは、元々指を拡げた掌くらいだったものが叩き伸ばされて三回りほど肥大している。このインパクトが紙カツレツの醍醐味だ。
「サクッとモチっと噛みごたえがあるのに簡単に噛み切れるし、揚げ衣に中のお肉が全く負けていない……油に脂でともすれば凭れそうな組み合わせなのに存外の軽やかさ、それを補助しているのがこのソースか……」
おおう、まさかのヒュイガ―さんが食レポしているではないですか! あ、職人モードなんですね、解ります。
「トーコ、やべぇ、これだといくらでも食えるぞ!」
男子は揚げ物好きだよね~。クリスさんの箸が――実際はフォークだけど――止まらない。
「危険……なるほどな。ロッテンの酸味が口内を洗浄して、エールの苦味が更に引き締めリセットしてくれるわけか」
「こりゃあ生が止まらんわい!」
「私が肥え太ったら全部トーコのせいだからね~!」
ロッド氏にガン爺、エンヴィさんの嬉しい悲鳴もあがって大満足! ……と思いきや、ここで終わる藤子さんではありませんよ。
「実は家から沙良ちゃんに持ってきてもらったお通しもあるけど食べる? 旬の野菜で作った絶品だよ!」
「トーコ、それを断る奴ぁここにはいねぇだろ!」
愉快そうに笑いながら相槌を打つランディさんに目が綻ぶ。
本当に気の良い人たちばかりで私はついつい嬉しくなってしまうのだ。
「近所のおばちゃんに畑の夏野菜をいっぱいもらったの。なので~、カポナータを作ってみました!」
「ん! 野菜の甘さとビネガーの酸っぱさが丁度良いわね♪ 食欲無い日に重宝しそう」
「なるほど、野菜は一度素揚げしてるんですね。これによりあっさりしすぎないでコクが出てるのか……」
野菜好きのエンヴィさんがいの一番に小鉢に手を付け、最早性格の違うヒュイガーさんが食レポしている。
「んっふふ~、大人組にはこの後に濃いお酒の為の焼きナスもあるからお楽しみに♪」
こちらはがっつりと皮を炭にして香りをつけたナスビを特製のだし汁でお浸しのようにしてある自信作だ。
(この茄子、ほんっと肉厚でおいしいから、次は揚げびたしでも作ろうかなぁ……)
ギラリと大人組の眼差しが鋭くなった事には気づかずに私は次のお総菜に思いを馳せる。
―――そうしてとっぷりと夜が更けるまで、天幕の中は始終愉しげな笑いが響いていた。
生ビールのお披露目としては大大大大成功ではなかろうか。
+ + +
これは後日談になるのだけれど、
しばらく後にこの『生ビール』、いつの間にやら『王国謹製』と銘打たれ、この国の名物になっていた。然るべき環境が整わないと作れない高級品なので、貴族や記念日に奮発する庶民に大人気なんだとか。
それと共にガラスジョッキのパイオニアとしてヒュイガーさんの工房の名も他国にまで轟いたらしいけれど、それは私の知らないお話。
「ビアガーデン」って言ったのは完全に藤子さんのノリw
【逢魔化】
魔力を有した生物が突然変異により上位種へ進化する現象
主に魔力の飽和によって起きるとされる
ほとんどの場合衝動的に破壊欲に支配されたり、自然災害のように土地を害するため
早急な討伐が必要だが甚大な被害を被る。
対勢力は聖女の神聖力
【祭祀オーク】
魔の蓄積したオークが逢魔化により突然変異したオークの亜種
本能により、同系統の魔物に魔を付与させ逢魔化させる
祭祀オークに逢魔化させられた魔物は祭祀オークの神として祀られるがその実、使役されて周囲を破壊する破壊神となる
祭祀オークは魔を鎮められると浄化消滅する
討伐ランク>B
(但し神保有の場合は特Sランクまで降り幅あり)
【ビッグボア】
森に生息する巨大猪
皮は生活用品に、牙は工芸品や武器として広く流通している
木の実を好んで食べるため、食肉としても美味
討伐ランク>E
【インペリアルワイルドボア】
ビッグボアの逢魔化した進化形態
ちょっとした丘ほどの巨体を持つ
一度興奮してしまえばそこら中をなぎ倒して突進する
分厚い皮脂と肉に護られて防御力が高い
眉間が弱点
皮や牙は強力な素材となり、極上の食肉となるが血抜きに失敗すると魔毒に侵される
討伐ランク>S
(本来災害級の大物の為大勢での包囲戦が常套だが、藤子のチートで即沈んだ)