03 結局、学校は休んだ
結局、学校は休んだ。
あまりにも消耗した表情に家族も心配し、休む事を薦めてくれた。
風音は今ベッドの中から左手だけを突き出し、まんじりともせずに手首を眺めている。
表からはたまに自転車や通り過ぎる自動車の音、スズメの囀りが聞こえるくらいでうるさくは感じない。
部屋の中の静寂が耳に痛い。
「どうなっとるっちゅーんじゃマジで……私呪いか何かで死ぬんかな……」
エセ広島弁で呟いて左手を投げ出す。
あまりのストレスに胃が朝食を受け付けなかった。母親は心配そうにおかゆを作り、布団に横たわる風音の頭を撫で、
「ごめんね、家に一人にして。お母さん早く帰ってくるからね」
と泣きそうな表情で仕事に働きに出てしまった。胸が痛い。妹は何故か便秘薬を枕元にそっと置いていった。そんなに私は便通に苦しんでいるように見えたか。
結局昨夜は一睡もしていなかったのもあるのだろう。もうどうにでもなあれ! とちょっと自棄になって左手を意識から締め出した風音はあっという間に睡魔に負けた。
「……ね……かざね、カザネ!」
呼びかけられて目を開くとそこは何というか、のっぺりとした丘のような場所で、風音は丘の一番盛り上がった場所に建つ小さな東屋で紅茶のカップを手にしていた。
「あーなんだコレはじめて見た。明晰夢ってやつかコレ」
おーすごいなあコレ、と言いつつテーブルに載せられた茶菓子の一つのケーキに手を伸ばす。雑誌で目にした有名パティシエのフルーツフロマージュっぽい洋菓子は、皿に取ってチマチマと食べてみると甘さが控えめでそれでいてしっとりとした生地がフルーツによく合ってとても美味しかった。
「で、なに?」
ケーキを食べ、紅茶を飲んで一息ついて、風音は自分の横でキーキー煩い少年に目を向けた。食べている最中もずっと煩かったが、何よりも美味しそうなものに意識を集中したかった風音はあえて無視していた。だって夢だし。
「ひどいよカザネ! ぼくの言うこと全部無視してるんだもの! ほんとーにヒドイ!」
ちょっと舌っ足らずな口調で全身を使ってプンプンと怒る少年は夢の中の登場人物らしく不思議に色合いを変える薄茶色の髪の毛の少年だった。薄茶色一色というわけではなくメッシュのように薄い金やら白金やらの色が美しく混じっている。顔立ちはまだ幼く丸いが、いずれは目を引く美貌になるかと思われる涼やかな目元とエメラルドの虹彩、程々に力強さを感じさせる眉、スッと通った鼻筋に薄桃色の薄い唇はショタコンだったら涎垂らすわコレ、と風音は思った。
「この夢のこと……じゃ無いよね。やっぱり左腕のブレスレットのこと?」
左手首を前に出すと案の定ブレスレットががっしりと左手に巻きついている。現実では肉にめり込んでいるチェーン部分も見えていた。
「そうだよ! ブレスレット! それを伝えるためにカザネと夢で繋がろうとしたのに全然カザネが眠らないんだもの!」
それを聞いた風音は瞬間的に激怒した。
「お前かよ! ほんっとお前、ふざけんなマジで! こんな呪いの装備みたいな腕輪勝手に装着させんなや! あ゛あ゛!?」
「」
口を開いたまま呆然とした少年の瞳にみるみる涙が溜まる。
「あああああヤバイ……違う、違わないけど、ちがうちがう」
感情のままに口を開いた風音は泣きそうになった少年を見て正気に戻った。夢の中のせいか感情をコントロールできない。あたふたと少年の前で風音は崩れた阿波踊りをしながら、結局席を立ち上がり対面の椅子に少年を抱え上げ座らせた。
「ほらこのケーキ食べて、美味しいから」
「んむ……ぐすっ」
何とか泣くのを押し留め、風音は自分も椅子に着く。
「はー……ごめん、なんか感情が暴発して八つ当たりみたいになったわ」
額を押さえ謝る風音に、少年は上目遣いに風音に視線を向けポツリと溢す。
「ぼくもごめんなさい。きゅうに体にわけが分からないものがついたら恐いってかんがえてなかった」
ちょっとかわいい、と風音は思いながら極めて冷静に答える。
「まあね、呪われてるのかと思ったし。体を乗っ取られるのかともさえ考えたよ私。そういう訳じゃないよね?」
いつの間にか自分の手が少年の頭に伸びてよしよしと撫でていた。繊細で柔らかい髪の毛だった。
「うん。のろいじゃないよ。ぼくとのつながりみたいな物なんだぁ。」
少年の語彙が少なく詳しい話の聞き取りに風音は苦労したが、一時間ほどお菓子を食べつつ話すことで凡その事を知ることができた。
「そっちの世界とこっちの世界が薄い膜を隔てて繋がって、よくわからんけど相性のいい私みたいな人間とそっちの世界の人が意思疎通できるようになるってことで間違いない?」
「うんー。だいたいそう考えてもらっていいとおもう」
「その副次効果であなたみたいな力のある存在から分けられた力で超能力……魔法が使えるってことね」
「うん! 僕は見えない風なんかをあやつることができるんだー」
ふんす! と鼻息荒く胸を張る少年に、思わず風音は微笑み、考える。風ということは分子運動になるのかな? 光とか水も操れそうなものだけどどうなんだろう? 理解度によるのか要検証かも、と。