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01 対触手モンスター

昔書いてた小説があったのでどこまで書けるかわかりませんが投稿してみようと思います。

ゆる~く宜しくお願い申し上げますー。

その日、朝倉風音(あさくらかざね)は変身した。

世間一般に言う魔法少女にカテゴライズされるのではないか、と彼女は考える。


 絶好の花見日和という他無い晴天の下。

うららかな日差しもあり、心地よく一日を過ごせそうな按配(あんばい)だ。

ほほえましい家族の団欒(だんらん)などが繰り広げられていても違和感のない、そんな平和な行楽日和。

風音は図らずも触手と戯れていた。彼女には戯れるつもりは毛頭も無いが。

全身全霊をかけて拒絶中、しかし触手が(まと)わり付いてくる。

これが纏わりついてくるのが犬や猫などなら、

「やーん、カワイイー」

などと言ってこちらから首やら腹やら撫でて可愛がるのだろうが、触手なので言わずもがな。

逆に首やら足やら腹やらを執拗(しつよう)に嬲られている。

「ひゃああああ!? このヌメヌメが、うぁあ! いやぁぁぁーーーッ!」

空中で声の限りに拒絶の言葉を紡ぐ。

花見に来ていた人々は少女を遠巻きに携帯(スマホ)やカメラを向けている。

カメラが視界に入った風音は心の底から懇願した。やめて、恥ずかしい撮らないで。マジ止めて。

一部は興奮して指差しつつ、なにやら叫んでいる。

叫んでいる人間の周囲はドン引きしてる様子なので相当なことを口走っているのだろう。


唾液だか樹液だか分からない液体が風音の肌に纏わりつき、不透明な糸を引く。

すらりと伸び、程よく筋肉のついた腰周りから足を基点に、吊り上げられた少女の均整の取れた体を粘液が濡らす。

ささくれの様な細かい菱形の返しが幾重にも付いた蝕腕(しょくわん)が二対四本、程よくくびれたウェストとパニエ、肩口に取り付いて顫動(せんどう)する。

蝕腕はご丁寧にも粘度の高い濁った液状の何かに包まれ、てろてろと光を反射し、生臭さとも相まって生理的な嫌悪感を喚起させる。

「あわわわ、嫌っ、胸出ちゃう」

少女――風音――は慌てて触手を殴っていた右手で左肩を抑える。オフショルダーの肩周りが蝕腕に引かれ、もしかすると胸の露出もありえる。

いずれこのままだと普段とは比較にならないくらいコルセットに押し上げられた胸が飛び出すに違いない。

というか、コルセットなんぞ生まれてこの方付けた事すらなかったのだ。

はだけた腹部には粘液質な物体の照り返えしが(なまめ)かしく光っている。

風音の貞操的な状況は危険域にあった。

ふんわりと膨らんだスカートの内側……パニエに絡みつく触腕はニーソックスを一巡りしてから内股を通って伸び、まずい事に彼女は反射的に両足で挟み込んでしまう。

「ひぐっ」

動き方がピクピクと脈動していて気色悪く、腹部を這い回る蝕椀が連動して肌を擦る。ぬっちりと重い粘着質な音が響き風音は息を呑んだ。

はさんだ事を後悔しても後の祭り、何よりも内腿を這い上がってくる感覚に耐えることのできる人間はきっと少ない。

下水への排水溝から漂ってくるような甘ったるい腐臭と、腐った牛乳に漬かっていた布のようなぬめりのある感触が、終わる事のない背筋の怖気と共に少女の心を打ち据え、肌を泡立たせていた。

「うええええ……なんでこんなことにぃ~」

触手に抗い、涙目になりながら少女は力無く泣き声を漏らす。


 風音の周りがうっすらと淡い光を放ち、空気中の何らかの物質と反応している。

辺りを見回す中で風音は理解した。周囲の人間は近ければ近いほど皆一様に鼻を摘んでいる。

スカートの下すら見えるくらい近くに居た人など涙を滂沱の如く流したり、気絶したように転がってピクリともしない人も居た。

風に乗って聞こえるのは、

「腐臭が……」

だとか、

「某国の毒ガス生物兵器では……!」

だとか胡乱な話が聞こえてくるあたり、相当に強烈な臭いが辺りに漂っているのだろう。

昼光の下で周りの目には気付かれていないようだが、どうやら風音の周りに発生しているように見える淡い光が悪臭というマイナス要因を大幅に遮断しているようだった。

優秀な脱臭装置でも積んでいるかのような効果だ。

必死に触手の侵攻に抗いながら、誰か警察を呼ばないのだろうか。頭の片隅で風音は考えていた。

運の悪いことに、その日は様々な事情が重なって警察はおろか自衛隊すら右へ左への大混乱で、郊外の公園の事件は見逃されていた。

風音にとって、空中に吊り上げられていることはともかく、あたりに漂う腐臭が人の輪を遠巻きにさせているのは不幸中の幸いではある。

衆人環視の下、触手を持った化け物に囚われて辱めを受けるなどという状態は精神的なトラウマになりかねない。


 その日、風音はポンチョ風のストールをTシャツの上から被りデニムショートパンツと紫のタイツを履いていた。

にもかかわらず、今はその姿すら想像もつかないゴスロリチックなゆるふわ衣装に身を包んでいる。

彼女自身、自分の姿をはっきりと見たわけではないのでよくは理解してはいなかったが、相当にアレな姿だ。

風音の視界からはふわふわに広がった清潔感のある、青がベースの軽快感のあるフレアスカートと、美しく装飾された膝まであるブーツ(しかも通気性抜群)を身に付けているのが見えている。

手も上品な刺繍が肘まで付いたドレスグローブで覆われていた。

頭には編みこまれるように白銀のサークレットが付いて、申し訳程度の仮面が目の周りを覆っている。

触手に抗いつつも近場のビルの窓ガラスに写りこむ姿を見たとき、風に揺れる髪の色が、黒い頭髪から化学染料で染められたような群青色に変わっていたことに驚愕した。

辛うじて顔は隠されてわからないといった体。

まるで例えるなら変身――そう、変身である――したその風音の姿は贔屓目(ひいきめ)に表現してもかわいらしく、凛々しく、人目を引いた。

言わんや、触手に陵辱されつつあるのである。人目を引かないはずが無い。


身に着いた衣装はどれも驚くほど肌触りが滑らかで、寝巻きとして使えたなら幸せだろうなーと変身した時の風音は考えていた。

考えていた。過去形。

状況に巻き込まれるなら恐らく誰だって辞退するに違いない。


「カザ……ウインドコール! 聖杖を手に召喚するんだよぉ!」

オイ今本名言いかけたね? 何言ってくれちゃってんのというか命名が安直すぎやしませんかねェというかそのセイジョウって一体なんだ。と風音は心中で罵倒し、疑問に首を捻りつつ声の方向に視線を投げた。

そこにはまるで自分は関係ないというように離れた木陰から首を出し、緑の瞳をキラキラと輝かせながら口を出すクリーチャーが一匹。いわゆるサポートキャラと言うか、お付きの魔獣というか、マスコットキャラと言うか。

「目をつぶって念じるんだ……杖は必ず主人に答えてくれるよぅ」

のんきな姿をみて自分の額にビキビキと青筋が立つのを幻視する。

イラついて、顔が怒りに歪むのを強引に風音は押さえ込み、冷静を装ってサポートを求める視線を送る。

だが良く見ると、クリーチャーは目を輝かせてるワケではなかった。

やたらと潤んでいる目は、強烈な臭いから逃れることができなかったのだろう。

畜生の良く利く鼻には強烈なのだろう。鼻の穴から盛大に鼻水を垂らしていた。

わずかに風音の溜飲が下がる。

視線をそらすと触手の伸びてくる周辺の花が満開で美しい。

状況にもかかわらず情景に目が奪われる。

風音は逃避した。


「……っっ、あっ!」

ぶるり、と反射的に体を震わせ、風音は背筋を反り返らせる。

腹部を、肩を、そして内股を蠢く触手の感覚に意識がすぐに引き戻される。

他人事のように距離をとる木陰のクリーチャーに眼力を込めて意思を送った。

アンタちょっと魔法でも使ってアシストとかしてくれてもいいんじゃない?

必死の思考である。思いは無事届いた。

「あくまでボクはサポートだよぅ。ウインドコールがんばれぇ」

ずるずると鼻水を垂らしながら気の抜ける声でいい加減なことを口走る一匹。

その結果、理不尽な状態と、納得のいかない状況に対する怒りが少女の瞳と心に火を点した。

驚くほどの着火率。折れかけていた心とは一体。

「やってられっかーーーーーーーーーーーーーーー!」

後で覚えていろよ生物ナマモノよ、世にもの地獄を見せてやる。心の内に燃え上がるは憤怒の炎。

とりあえず杖と言うくらいなのだ。手に持つ物だろうと予想をつけ、怒りと同時に溢れた活力で自由な左手に風音は意識を集中させた。

一瞬で手の内に棒状の光が収束し、薄く蒼い輝きを纏った美しい杖が形を現した。


そこからはあっという間だった。

「いい加減セクハラはお断りだぁッ!」

杖を叩きつけるように足を這いずる蝕腕に向けると、杖の頭に拵えられた、蒼穹を落とし込んだような突き抜けた色彩の宝石から空間を引き裂くような力が噴出する。

歪む空間そのままに蝕腕と触手は引き裂かれ、赤とも茶色とも付かないどろりと濁った体液を巻き散らす。

声無き叫びが聞こえるような痙攣を残し千切れた蝕腕が縮まってゆく。

杖を振った途端、風音は胸がいっぱいになる。満腹感、もっと言うならば胸焼け。

吐き気というほどでもないが、暫くなにか食べるのは結構だと言いたくなるような心地。

疑問を感じながらも、続けて肩口の蝕腕にも杖を叩きつけ、風音はぬめりと腐臭から解放された。


開放された風音は重力から解き放たれたように軽やかに地面に降り立つと、蝕腕が引き込まれた方向に足を進める。

風音の周りの空気がまるで渦を巻くように流れ霧散する。

優雅に、そして姿勢良く。まるでダンスを踊るような軽やかさで風音は地面を蹴る。

遠巻きにあった人の視線が集中する。

花見客の集う公園の隅、手入れすら放棄された雑草の伸びた荒地の一角にそれは居た。

縮まった先に草とも木とも似つかない巨大な塊――大人二人でも抱えきれそうにない――が、圧倒的な力の前にその身すら縮めるように震わせている。

波動とでも言うべきか、本体に近付いたせいか形の無い感情が風音に伝わる。

言葉にするなら、それは哀れみを誘う程の怯え。

「そいつも君と同じように力を手に入れた存在の一つさ」

隣の足元から甘ったるい声が風音の耳をくすぐる。

「えっ、へぇー? これも私と同じような存在? なの?」

敵が無力化された途端に隣に来るのはどうなんだ。と、都合よく隣に収まったクリーチャーに対し憤る感情が顔に出た。

「そう、これも可能性の一つだったモノ」

が、複雑な少女の心情を丸々無視してクリーチャーは言葉を続ける。気付いてすらいない。

風音は呟く。

「なんじゃそのふわふわしたファンタジー説明は……頭沸いてんじゃないの?」

風音は理論や理屈を基盤に発展した現代に生きる少女であって、断じてファンタジー世界の住人ではない。

「ウインドコール、この子を浄化してあげてよぅ」

風音は眉を寄せた。腑に落ちない。イライラする、ムカムカする。

なんだその上から目線。浄化してあげる? それに私がやるのは決定なのか。ウインドコールという名前も決定なのか。

不条理に揺れ動く感情だが、周りの距離を置いて見つめる観衆の中で言葉にするには躊躇ってしまう。

ただ、最後に小動物が紡いだ言葉は驚くほど素直に彼女の心に入り込んだ。

「救ってあげて」

目前に存在する、怯え哀れみを誘う存在は、確かに何とかしてあげたいと思う。思ってしまった。

もともと風音の性根は優しい。そうそう日本に生まれ育つ平凡な未成年の学生は鬼畜にはなりきれない。情にもろい。

目の前に行列があれば並んでしまうような、有体に言えば流されやすい一般人。

風音はそんなメンタリティの少女だった。



魔法少女は目を閉じる。

やるべき事が何となくわかる。正面の化生とうっすらと何かが繋がるような感覚。

胸の前で手を組み、組んだ両手は杖を緩やかに保持したままゆっくりと深く深く息を吸い込む。

体の力をじわりと抜く。

目を閉じてただ一心に目の前の塊に怖くないよ、と語りかけ、感情のままに傷つけてしまった事への謝意を乗せる。

体全てから柔らかく暖かい空気のような、ふわふわしたオーラとでも言うような空間が剥離して、杖を通し塊に向かって伸びてゆく。

大きく身を震わせた塊は瞬く間に柔らかく淡い光に包み込まれ、目を開いた風音の前で光の粒子になるように分解されていった。

つむじ風が魔法少女を中心に発生し、いつしか花弁を伴って優しく舞う。

「終わったんだね……」

なんだかいい雰囲気を纏わせ、ふわふわした台詞で〆るクリーチャー。絶対に許さないよ。

辺りが大きくどよめく。まるで魔法のように塊が、その残滓が消えるのを目にしたせいだろう。

いや、これこそが魔法なのだ。


クリーチャーの言葉も周囲の人々のどよめきも無視し、風音は塊の在った場所に歩み寄り地面に膝を付いた。

そこには小さな灰色になった手のひら大の石と、ボロボロの鉢に植えられ弱々しくも枝を伸ばす若木があった。

「……」

小さく呟いて、鉢の手前に転がる鈍色の石の塊を風音は手に摘み取る。

原因がこれだというように石を掲げ、握り潰し、サラサラと粉を指の間に絡めながら少女は変身を解除した。

眩い光と共に少女を中心に突風が吹き荒れる。

光が収まり、清浄だが強烈な風に目を背けた人々が目を戻したときそこにいるはずの少女は忽然と姿を消していた。

そして若木も。



風音はその日、そのとき、魔法少女としての一歩を踏み出した。





集まっていた人々が思い思いに散らばってゆく。倒れていた人も起き上がり、頭を振りながら歩み去る。

それから更に数分経ち、少し離れた公衆トイレの後ろからヨタヨタと姿を現す人影があった。

「何あれ、ホント何だったのあれ。マジ最低なんだけど……」

ロングの黒髪をシュシュでまとめ右肩から前に流した少女がげっそりとした表情でため息をつく。

「あははー初めての変身ですっごく頑張ったね風音ぇ~すごいよぉ」

追いかけてくるように姿を現した小さな獣がそう言うと、彼女は熱が本当に篭っていれば穴が開くほどの鋭い視線で睨んだ。

「ほんっと何も聞いてないんだけど。あんな事するって一言も聞いてないんだけど」

視線を方々に泳がせる得体の知れないクリーチャー。

「あや~?」

「そのアレー言ってませんでしたっけー的な反応、マジではらわた煮えくり返るんで。蹴りたいケモノなんだけど」

「や、やだなあもう。ゴメンゴメン、でもほらあの子を助けれたんだしさあ」

風音の左横をイタチのように駆け、獣は背中を震わせると尻尾を丸めながら再び風音に顔を向けた。

「答えになってないんだけど」

糸のように細めた瞳に冷たい炎が宿っている。

「あ、いや、その……本当にごめんなさい」

たっぷり数秒黙り込んで、風音は肩を落とした。

「ハァ……まあいいや。私の運が悪かったんだと思っとくよ、もう。……それで結局どういうことなの?」

左手を振り、手の甲を眺める。手首から手の甲に接着されたように輝く蒼い宝石を眺めながら風音は言葉を解する獣に改めて向き直った。

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