違法異世界転移には法的措置も辞さない覚悟です!
明けましておめでとうございます
今、地球を管理する女神であるテラの執務室には重苦しい空気が漂っていた。
テラのサポートを行う御使いのアースは絞り出すようにテラへと尋ねる。
「どうしましょうか、テラ様」
「……どうしたもこうしたもないわ。やってくれるじゃない、無断転移なんて!」
ダン!と机に拳を叩きつける。痛かったのだろう、その手をさすりながら涙目のテラは怒りのまま立ち上がる。見る者によって変わる長い髪が風を受けて流れる。
「とにかく! 必ず犯人を捜し出すわ! そして骨の髄まで搾り取って代償を払わせてやるわよ!」
ことの始まりは1時間ほど前のことだった。
いつも手からスマホが生えているテラだが、さすがに仕事をしないといけないときも当然ながらある。
年明けということで祈りやら貢物やらをアースとさばきつつ、事務仕事もこなしてたときだった。
突如として執務室の屋根にの明かりが赤く染まり、警告音が鳴り響く。
「テラ様!? これはいったい何事ですか?」
アースは今まで経験したことのない事態に慌てふためく。しかし、テラの方は慌てるどころか落ち着いているようだ。
手に持っていたコーヒーの空き缶を握り潰し、額に青筋が立ってい入るが。
「まさか……私が……やられるなんて」
警告音はしばらく鳴り響くとやがて鎮まっていった。
「いったいぜんたい、何がなにやら?」
アースは再度警告音がならないか不安なようで、あちらこちらを見まわしている。
「被害を確認して」
「被害……ですか?」
テラは苛立つようにアースを睨みつける。美を集めれば出来上がるだろうと謳われる女神の怒った顔は、途轍もない迫力を生み出していた。
「わ、分かりました! 少々お待ちください。」
しばらくした後、アースが息を切らせて走ってきた。
「大変です! 日本の中学校で一クラス丸ごと転移しています!」
「……やっぱり」
「これはいったいどういうことなのでしょうか?」
アースは何故このような事態になったのか理解できないでいる。テラは深いため息を吐くと空中に球状の映像を映し出した。
「これは他の世界を視覚的に見てわかるようにしたものよ……ほら、ここに転移したようね」
どうやら光が点滅している世界に転移してしまったようだ。
「何者かの手によって集団転移されてしまったようね」
「そんな!」
アースの悲鳴のに近い叫びも仕方がない。管理者である神の許可のない転移は違法召喚と同じようにパスが切れてしまうために帰ることが出来なくなるのだ。
そして冒頭へと戻る。
テラの怒りの宣言から2日経った。
アースは通常通りの仕事をしながらも無断転移の後始末に追われていた。テラはいつもはスマホに支配されているが今回ばかりは真面目に仕事をしていた。
「それでテラ様、犯人の特定は可能なのでしょうか?」
「それはもう問題ないわ」
書類から目を離さないままテラは答えた。
「さすがテラ様! だてに46億年も神様やってませんね」
アースはそう言うが自分だって大して変わらない年齢のくせに人のことなら平気で言えるのである。
「それで犯人はどこのどいつなのですか?」
「ほんの3000年くらい前に見習いを卒業した新人ね」
「うわぁ……蛮勇極まれりですね、そいつ」
アースが蛮勇と称したことにテラは少し引っかかったが今はそれどころではない。テラは今、非常に忙しいのだ。
「ところで何をしているんですか? スマホゲーもしないで。テラ様がガチャ引かないなんて体調を崩しますよ?」
「それはこれが終わって方から好きなだけ引くからいいわ」
「?……神界裁判の手続き?」
「そうよ、無断転移なんてされたんですもの。ただじゃ済まさないわ……正月ピックアップとか福袋ガチャとか正月イベとかいろいろあるのに、全てこいつのせいよ!」
テラが出したのは無断転移を行った犯人である異世界の神セルディスという男性神だった。
写真に写っている姿では、見た目は好青年に見える。少し穿って見れば胡散臭い笑みを浮かべているようにも見えるが。
「というか、そもそも無断転移ってなんですか? 今まで聞いたことなかったんですけれど」
「それはそうよ。私はそれはされないように気を付けていたもの。いい、無断転移って言うのは……」
――無断転移
自分もしくは他人の世界の人材を自分以外の世界に無断で転移させる犯罪行為である。
召喚する場合は来ることは分かっているために召喚された者や転生者に対して対策は出来るが、無断転移は対策をする時間が無いのだ。
よって、予定にない文化の発展や生態系の破壊などが行われることが多い。最悪なことに無断転移の場合、ほとんどが実行犯によってチートが付与されることが多いために被害が拡大しやすい。
転移された世界も誘拐された世界もどちらも被害を受けるために忌み嫌われている犯罪行為である。
「もちろん、そうされないように世界にセキュリティを施しているんだけれど、今回は抜けられたみたい。私のセキュリティを抜くんだからそこだけは認めてあげていいわね。もうセキュリティは強化したから大丈夫でしょうけれど」
「でも、なんでテラ様の世界に? 確かに優秀な人材は多いですけれど」
「無断転移を行う神は大体愉快犯が多いわね。だって無断転移は直接自分への利益に繋がることは少ないもの」
資料の準備が終わったのか疲れたように肩をぐるぐると回す。
「ああ、嫌なライバルに問題のある人材を他所の世界から送り付けてトラブルを狙うとかですか?」
「そんなところね。誰がしたかバレなければ犯人は安全だもの。もっとも、私から逃げられると思ったのは随分舐めてくれたわね」
「セルディス様は随分と危険な方を敵に回してしまいましたね……」
しみじみと呟くアースに出かける準備を済ませたテラが声をかける。
「ほら、ぼさっとしていないで行くわよ」
「どこにですか?」
テラはニヤリと笑うと書類を突き出した。
「裁判所よ」
「アーハッハッハッ! まったく最高だ! テラとか言う女神がやたらいい人材集めていたから転移してやったが、俺様がやったとは分からないらしい。実に無様で情けない女神様だ。所詮女神なんてこんなものだ」
セルディスは上機嫌でワインを飲んでいた。才能があるのになかなか見習いから卒業させない上に不満を溜めていたセルディスはたまたま神界ネットでテラを見つけたのだ。
神として経験は長いが、引きこもり体質なので外での活動が極端に少ないテラは公的な実績はほとんど無かった。よって年齢だけ重ねている神として侮られやすかった。
自分に能力があると自負しているセルディスは評価されないことに苛立ちを覚え、憂さ晴らしにテラへ攻撃を行ったのだ。
「ふん、年だけ上の無能な神が俺様よりも上にいるのがおかしいのだ。これで少しは身の程を知れというものだ」
そんな上機嫌なセルディスが気持ちよく二本目のワインを飲もうとした時だった。
玄関ががノックされる音が聞こえてきた。
「ちっ、今気持ちよく飲んでいると言うのに」
仕方なくセルディスは玄関を開けに行った。そこには美を集めたとしか言えない女神が立っていた。
「出迎えご苦労様、会いたかったわセルディス」
セルディスは笑顔を浮かべるテラになぜか背筋が凍る思いがした。
「これを持ってきたのよ」
そう言ってテラが差し出したのは1枚の書類だった。
「神間問題自己解決許可証……なんだこれは?」
「まぁ、新人なら知らないでしょうね。もともと神々なんて言うのは自分勝手な連中ばかりだわ。でもそういう連中を裁くために出来たのが神界司法よ」
「そんなことは知っている! だからこれはなんだ!」
テラは楽しそうに笑うと指をチッチッチと横に振った。
「とはいえ、いちいち裁判にしていたらキリがないから、小規模の問題なら当事者間で解決して良いという許可証よ。もっとも無茶な要求なんかできる代物じゃないから安心しなさい」
「ふん、そもそも何故俺様がそんなモノに付き合う必要がある? 何も身に覚えがないのだから無関係だ」
「あら、私は別に無断転移の件で来たわけじゃないわよ?」
「何の話だ?」
セルディスは証拠が出てこないことに安心し内心ホッとしながらも強気に出る。
「私が来たのはあなたが行った違法召喚の件よ」
「なんだと!?……ハッ! まさか!」
セルディスは慌てて自分の世界を調べてみる。すると確かにそこにはテラの世界から違法召喚された日本人が大暴れをしていた。
「貴様! 無断転移したな!」
「あら、あなたが違法召喚したんでしょう? それとも証拠はあるの?」
「そんなものなど……」
しかし、セルディスではテラが無断転移したという証拠は出てこない。それどころかセルディスが違法召喚した証拠ばかりが出てくる始末だ。
「さ、この件に関して損害賠償を請求させてもらいましょうか? 知っての通りもう証拠は握っているから逃げられるとは思わないことね」
セルディスはテラの邪神のような笑みの前にへなへなと崩れ落ちたのだった。
「それで今回はいくら分捕ったんですか?」
アースがお茶を入れながらテラに確認する。
「せいぜい300万Gよ。良心的でしょ?……よっしゃー〆鯖MARKⅡが来たわ!」
「珍しいですね、それくらいで済ませるなんて」
お茶請けの饅頭を頬張りながらアースは疑問を口にする。
「お金じゃあいつにとってはダメージにならないのは分かっていたもの。だから1つある条件を呑ませたわ……10連3回爆死……」
「それは?」
テラは饅頭を手に取るとガチャの結果に落ち込みながらアースに言った。
「簡単な条件よ。私の世界にあるサブカルチャーに載っている能力から1つだけ、あの世界に行った日本人に与えていいという許可よ。どの能力を選ぶのかはあの子に任せるけれどね」
テラはセルディスに転移した日本人が何も能力がないのは可哀そうだと強く主張してもぎ取ったのだ。
「……鬼ですかあなたは。悪魔! 邪神! 魔王!」
「随分な言いざまね。まぁ、いいわ。あの日本人の子も異世界に行きたがっていたし私もハッピーあの子もハッピーでWINーWINね。異世界転移希望の鬱屈した引きこもりなんていい人材が見つかったわね」
ケラケラと笑うテラに引きながらアースは思う。
(自業自得とは言え悲惨すぎる末路です。あの異世界はもうダメですね)
「そういえばどうして無断転移の証拠を使わなかったんですか? それで処罰も受けて十分な罰になると思うのですが?」
アースの最もな疑問にテラはミカンを剥きながら良いことに気が付いたとでも言いたげにニヤリと笑う。
「決まってるじゃない。それじゃ大したダメージにならないでしょう? それだと私の気が済まなかったの。自分の管理する世界が滅茶苦茶になって、後悔する姿を見ながらあいつの金でガチャを引いてやるのが楽しみなんだから」
「本当になんで邪神認定が存在しないのでしょうかね」
「ん? なんか言った?」
アースの呟きが聞こえなかったテラは怪訝な顔をする。
「いえ、何も。ほら、お餅焼けましたよ」
テラとアースのお正月はのんびりと過ぎてゆくのだった。
「ハハハハハ! あの女神め、随分と甘い要求だったな。人間の考えるレベルの能力など所詮大したあるまい。せいぜい怪力が欲しいだの空を駆ける靴が欲しいだのその程度よ。遅るるに足らんわ!」
セルディスはまだ知らない。彼の世界の娯楽はまだ生まれたばかりのレベルだということを。他の異世界の情報を集める力が足りていないからこそ評価されていないということを。
この時のセルディスはまだ幸せだった。
女神さまからのお年玉(落とし前)です。