状況確認 1
家のリビングに置かれた時計を見れば、時刻はもう10時になっていた。
本来であれば仕事でバタバタしている平日の時間に、家のリビングで重い空気のまま、お茶を飲んでいるこの状況———居たたまれない。
藍里は今、自分の部屋で携帯用のゲーム端末内のチャット機能を駆使して、同級生と話をしているようだ。クラスメイトは皆、藍里と優芽ちゃんが無事だったことに喜んでいるらしく、ちらっとのぞきに行った際は、楽しそうに会話をしているのが聞こえてホッとしたものだ。
「さて、紫苑。何があったのか、説明してくれるわよね?」
お義母さんの不安げな声で語りだしたのをきっかけに、今の私たちの置かれてる状況を推測を含めた話し合いが始まった。
「わかりやすく言えば、パニック映画みたいな世界になっちまった。」
「———まぁ、そうよね。化け物がいる、とかラジオでも言ってたもの。」
紫苑の一言で状況をちゃんとのみ込める辺り、ある意味親子だな、と感心しながらお茶を飲む私。
「プラス、"スキル"が使える。」
「は?いや、ちょっと待って、それは聞いてない。」
思わぬ発言に私がそう言うも、この状態になってから会った紫苑のいくつかの不思議な行動に、若干納得しかけてるが、とりあえず聞こうと紫苑を見つめる。
「紫苑、ゆかりちゃんにまだ説明してなかったの?」
お義母さんは呆れたように紫苑を見つめる。
「え?じゃあ、お義母さんは知ってたんですか?」
「知ってたというか、使ってみたわ。」
よいしょとソファから立ち上がったお義母さんは、近くにあった観葉植物の方へ近づいた。小さな鉢植えの前に立ち止まり、片手をかざした。
「ちょっとお花を咲かせてもらえる?」
優しい語り口でお義母さんが鉢植えに話しかけると、ムクムクと鉢植えにあった植物が踊るのように動き出し、ぽんっとつぼみを生み出して静かに花を開かせた。体感10秒、咲いた花も小さいながらにキレイな色合いで咲き誇っている。
「ねぇ?」
「えっと、もしかして外のは―――。」
「ええ、私がその、"スキル"?それでお願いしたの。」
お義母さんはにこやかに話して窓の外を見る。境界に生え揃ってる木々の葉が揺れたのは、あいさつのつもりだったのか、思わず視線を紫苑に戻す。
「さっきチャットでお義母さんに木をどかしてってお願いしてたけど、知ってたのは何で?」
「それは俺も"スキル"を得てるからだ。」
紫苑はすっと私に何かを差し出してきた。見れば、先ほど事務所の横で車にひかれて死んでいたあの化け物からのドロップ品———小さな緑の色の宝石だ。
「俺はゆかりの会社に行く前に、化け物に遭遇したんだ。」
いきなり恐ろしいことを紫苑が話し出すのでビックリしながらも、私は話の続きを黙って聞く。
「2足歩行する狼みたいな化け物だった。俺が隠れて様子を伺ってると警察官がそいつらに拳銃で応戦してたけど、結局狼みたいなのに致命傷を負わせたが、警察官が負けて死んだ。」
話す内容の現実味が薄れそうな程、淡々と語る紫苑。
「それが起き上がってきたら困るから、会社から持ってきてた鉄パイプでトドメを刺した。」
紫苑が介錯した狼の化け物はすぐに死体が空気に溶けるように消えると、そこには青い牙のような形をした宝石が落ちていたらしい。
「それを拾って見ながら考え事をしてる内に、頭の中で"分析スキルを獲得しました"ってアナウンスが流れた。」
「なにその流行のラノベみたいな展開。」
「事実だ。それから、目で見たものを分析できるようになったんだ。」
その後、亡くなった警察官の拳銃を拾ってその場を後にし、私の会社近くのあのコンビニにへ向かってくれたらしい。
「って、拳銃!?ちょっと待って、それダメじゃないの!??」
「何か言われたら返す。」
「あぁっ!まさか、さっきの小学校で使ったの、それ!?」
私の言葉に満面の笑みで返す紫苑。横でそんな息子の行為に頭を抱えるお義母さん。
「今回は緊急事態だろ、人に向かって使ったわけじゃない。」
「いや、でもまぁ。何か言われたら。」
「それよりも、お袋はどうやってその"スキル"を手に入れたんだよ?」
こちら側の心配はガン無視の紫苑に、嫁と母親は二人して内心ため息をこぼした。
「そんなの、無我夢中で忘れちゃったわよ。家の外で何かが壊れる音はするし、ハクは吠えちゃうし。隠れなきゃ、来ないで、って祈ってたらいつの間にか敷地の境界に木が生え揃ってたの。」
お義母さんもまた、8時半のお気に入りのドラマを視聴するためにソファに座った直後、めまいがして意識を失ったそうだ。
———今まで聞いた全員は今日の8時半に、めまいを起こして意識を失ってる。
ここまでくると確信が持ててしまう。今日の8時半に、何かがあったんだと。
すぐハクが顔をなめて起こしてくれたらしいが、そのあとすぐに家の外が騒がしくなり、様子を見ようと2階へ上って道路を見てみれば。
「最初何かの着ぐるみかと思ったわよ。ワニの顔してたから。」
二足歩行のワニが隣の家を荒らしまわっているのが目に入り、パニックになって警察に電話したものの電話が通じず、紫苑に助けを求めようとチャットアプリを開いて———あのチャットログだったそうだ。
「小学校にも掛けたけど通じなくて。そしたら、あのワニみたいなのがうちに近づいてくるのが見えて———さっき言った通りよ。」
「その後、それをどうやって自覚したんだ?」
「木で外が見えなくなっちゃったから、どうしましょうって木を目の前に話しかけたら、まるで私の言葉に反応するように木がどいてくれたのよ。」
さっき見たでしょ、とお義母さんに返されて私は納得した。
「あ!」
そこまで話し終わった後に、お義母さんは何かを思い出したらしくズボンのポケットを探りだした。
「そうよ!ハクが起こしてくれた時に、私に必死に何か石みたいなのを渡してきたのよ!」
「やっぱりか。で、その石がなくなってる?」
紫苑の言葉にお義母さんは頷いた。
「ハクったらお庭で何か拾って持ってきちゃったんだわ、って思って後で捨てようとポケットに入れちゃってたんだわ。そのあとすぐあのワニ顔でパニックになっちゃって忘れてたわ。」
「なるほど。やっぱり、この石がスキルを発現するアイテムだったのか。消えるとなると、使い捨てと考えるしかなさそうだな。」
紫苑はそういうと思考を巡らせつつお茶を飲んだ。
「いいなぁ、私もほしい。」
「やめとけ、何があるかわからないだろ。」
「それを言わないでよ。もし何かあったら、なんて考えたくないんだけど。」
私がぽいっとそっぽを向くと、紫苑がため息をこぼした。
「とりあえず、スキルのことは正確なことがわかるまで黙るか。もうすぐ避難所が開設されるだろうから、今のうちに荷物をまとめるか。」
話し合いはそれで終わり、お義母さんは物置に災害用グッズが、と紫苑を立たせて手伝いをさせ始めた。それに肩をすくめつつも、何を持っていくのか等を精査するために後を追った。
日頃から災害への対策に熱心だった、亡き舅———宗二郎さんの遺した災害時の持ち出しリュックを物置から引っ張り出し、中身を確認すると懐中電灯や携帯食料が満載に詰め込まれていた。
「嫌だわ、お父さんったら。あんなに口酸っぱく言う癖に賞味期限とか見てないじゃない。」
お義母さんはそう言いながらも仏壇に飾られたお義父さんの遺影を見ている。
「でも、こうなると本当に助かるわ。」
その視線と声色は優しさで満ちていた。
部屋にいた藍里に下着と洋服を詰めときなさい、と伝えて、私も自分と紫苑の分を詰め始める。紫苑はモバイルバッテリーの充電をするために、自分の机や棚をあさっている。
「ねぇ、紫苑。」
「ん?」
私が話しかけた紫苑はモバイルバッテリーをコンセントに差し込む。ライトが点灯をすると見てから紫苑に話を振る。
「電気や水道はまだ通じてるってことは、化け物がいるのは神倉町のみってことなのかな?」
「エリアメールにも神倉町にって書いてあったな。」
「ラノベ展開的には大体、日本中でこうなるじゃん?」
参考資料がラノベってのはだいぶ問題があるが、それしか浮かばない私に紫苑も苦笑する。
「パニック映画の展開も似たか寄ったかだが、確かにこの町のみってのは気になるな。」
その話題では長く続かず、再び無言になって空気が重くなりつつある時。
「紫苑!ゆかりちゃん!ラジオで避難場所の放送が流れてるわよ!」
と廊下から聞こえた声に、私達は見つめ合った後すぐにリビングへ向かった。