始まり 3
コンビニには誰もいなく、荒らされた様子もなかった。
私の後ろから紫苑が外の様子を見ながら、中へ入る。
「持てるだけ持っていこう、かばんはどうした?」
「ごめん、たぶん事務所。めまいで倒れて、すぐ海斗くんに起こされてそのまま逃げちゃった。」
仕方がない、とコンビニに置かれているレジバックを一つ拝借することにした。
飲み物や食べ物、日持ちしそうなもの、お菓子等、などを詰め込んでいると、いつの間にかレジに移動していた紫苑が財布から紙幣を出して、空いていたレジの中にねじ込んで閉めたのが見えた。
「かばん、回収できないかな。」
詰め終わって外を覗き込みながら私が言うと、紫苑は店舗のほうを見る。
「さっき確認できた化け物は全部出て行ったけど、まだ中にいるかもしれない。あきらめろ。」
「うー、ほら財布も入ってるし。」
私が渋ると紫苑はコンビニから出て周囲を確認すると、
「近づいて大丈夫そうなら、回収するぞ。」
最終的には承諾してくれる優しい紫苑に、ありがとうと言って先を歩く紫苑についていく。
ゆっくり静かに近づいていくと、先程の化け物の気配はなく、静まり返っていた。
「どこにある?」
「多分、従業員出入り口のとこ。そこで倒れたから。」
店舗内は色々見ちゃいそうなので、建物の横にある駐車場を回って移動する。
「うわ。」
駐車場には緑の肌をしたあの化け物が1匹、コンクリートに緑のシミを広げて倒れていた。その光景はもはやゲームに近かった。そのせいか、そこまで深く考えずに受け入れられた。
避けて通ろう、と紫苑が言った直後、すーっとその化け物の死体がまるで空気に溶けていくように消えていった。そこに残ったのは宝石のように輝く緑色の小さな石だけになった。
「はぁ、ホントにゲームみたいに消えたし、何かドロップしたね。」
私の言葉に紫苑はそこに歩み寄って石をそっと拾った。そして、瞬く間にその石が消えた。
「消えた?」
「いや、"収納"した。」
あっさりとした回答が返ってきて、私はビックリして紫苑を見た。
「え?どういう―――。」
「行くぞ。」
私の疑問には答えず、再び静かに歩き出した。
こうなると紫苑は答えないので、私はいつものように肩をすくめてついていく。
従業員出入口は開けたままになっていて、運よく隅っこに私の通勤かばんが置かれていた。
「あった。」
「よし、このまま建物の間を抜けていくぞ。」
先程のレジバックは紫苑が持ち、私は通勤かばんを持ち直し、移動を始める。
建物の間をジグザグに移動し、車で数分の距離をゆっくり静かに早足で駆け抜ける。先程よりは夫の紫苑がいる分、気持ちは張り詰めてはいるが、少し気が楽だった。
程なくして、紫苑の勤める会社の裏口にたどり着いた。
鉄製の門が歪んで中途半端な隙間がある形になり、このままでは車の出入りが出来ない。
「うわ、すごい。」
「何とか動かすしかないな。」
と会話をしながら近づくと、
「誰だ!?」
門の向こうから声が聞こえた。
「俺です、神村です。」
声の主に話しかけながら門の隙間に顔を突っ込む紫苑。
「神村か!奥さん見つかったか?」
「ええ、何とか。そちらは?」
「――――ダメだったよ。」
そんな会話に申し訳なくなり小さくなる私が隙間から見えたのか、声の主が話題を変えた。
「車で逃げるのか?」
「ええ、難しいですか?」
「いや、今から門をこじ開ける予定だった。あっちの従業員用の門から入ってこい。」
声の主の指示に従って移動し、小さな門をすり抜けると、広い駐車場には多くの従業員が工具を片手に門に張り付いているのが見えた。
ほかにも女性や年配の従業員らしき人達が集まって話し合ってる姿もあった。
「こっちには化け物は来なかったの?」
人数の多さからもしやと思って紫苑に話しかけると、彼は頷いた。
「こっちから来てたらしいが、あの門が阻んだ。」
「それであんな歪んでたのね。」
ある意味救いの神でもある門を数人の男性で一斉に引っ張ったり、大型工具で少しずつ削り出したりしてる光景に、なんとなく拝みたくて拝む私に紫苑はそれより、と話題を変えた。
「学校に連絡がつかない。」
「さっきログ見た。多分この騒ぎだから回線込み合ってるだろうし。直接行ってみるしかないね。」
「ああ。」
何もないことを祈りつつも待っていると、あっという間に門は歪に解体されて車が通れるようになった。
従業員それぞれが自身の車に乗り込み始め、私達もそれに合わせて紫苑の車に乗り込む。
室内の広い普通車の荷台に先程の荷物を積むと、さっと助手席に乗り込んだ。
「神村。」
運転席に乗り込もうとした紫苑に声をかけてくるのは、先程の声の主だった。
「気を付けてけよ。」
「清水さんも。」
紫苑の言葉に苦笑いのみで返した清水さんは、片手を振って私達を見送るようだ。
「いいの?」
一応確認するも、紫苑は何も言わずに車を操作し始めた。
次々と車が駐車場から救いの門を抜けて、それぞれの帰路についていく。
紫苑は無言のまま、車に置いてあったコーヒー缶を飲み干す。私もまた無言のまま、先程拝借したペットボトルのウーロン茶を口にする。
「ねぇ、紫苑。」
運転に集中してるのか、紫苑から返事はない。
「何でこんなことに――。」
「わからん、けど今それよりも藍里やお袋の心配だろ。」
余計な事考えるな、と紫苑は私に言った。自分に言い聞かせるように聞こえたので、私は再び黙った。
道路にはあちこちで壊された建物や車はあるものの、人は一切見かけなかった。
「人がいない、ね。」
「さっきの化け物みたいに、消えるのかもな。」
「ちょ、それじゃもし何かあったら、わからないじゃん。」
嫌な予感がよぎったが、首を横に振ってかき消した。
そんな話をしてすぐに先の道路には車が渋滞し始めた。慌てて他の車が無理やり切り返すのがみえた。
「マズいな、この辺に確か駐車場あったよな?そこに一旦止めよう。」
紫苑の判断で渋滞しかけている列から離れ、有料駐車場へ入る。そこにも何台か車が停まっていた。
「あ!」
その中に見覚えのあるママ友も見かけた。
「紫苑、とめて。同級生のママだ、ちょっと聞いてくる。」
助手席から降りると、向こうも私に気づいて近づいてきた。
「無事だった?!」
「何とか。そっちは?」
「大丈夫!渋滞してたから避けてきた。もう学校に行った?」
ママ友は首を横に振って、これからだと話した。紫苑が車を停めてこちらに近づいてくるのを待ってる間に、ママ友から軽く話を聞いてみる。
「すぐ近くの民家からケガした住人がうちの会社に来てね。背後から、その、化け物が追ってくるのがみえたら、皆パニックになって、気づいたら車に乗って逃げてたわ。」
「化け物―――どんな感じだった?」
「狼みたいなんだけど、頭に角が生えてて、静電気みたいなバチバチした音を出してたの。雷みたいなのが飛んできたとおもったら、当たった人が、うっ。」
その光景を思い出してしまったのか、ママ友は手で口を押えた。慌てて大丈夫と体に触れると、震えているのを手で感じた。
「大丈夫、それよりも信也が心配で。」
「夫も来たから、一緒に行きましょう。」
話してる間に紫苑も合流し、三人で小学校のある方法へ早足で駆け出した。
渋滞にハマった車から次々と人が出てきて、皆が小学校へ向けて走っていく。
ここにいる人たちは小学校に子供を預けている親御さんだらけなんだろう。
人の波は一斉に小学校の校庭になだれ込んでいく。
たどり着いた校庭の方からは子供達の声が聞こえ始め、私は内心少しホッとした。