始まり
最近流行りの現代日本がゲーム化するストーリー設定に乗っかりました。
最初はほぼ日刊投稿ですが、徐々に遅くなります。
さほど長くするつもりはありませんので、お気楽にご覧いただければと思います。
【事実は小説よりも奇なり】
現実に起こる出来事は、作られた物語の中で起こることよりも不思議で面白いものだということ。
数か月前にこの言葉を受け入れる程、余裕はなかったけど。
今はもう、そう思うようにしている。
あの日、あの時を生きる人々の誰しもが、このことを想像できただろうか。
私自身の話から始めよう。
私は神村ゆかり、33歳。
3つ年上の夫の紫苑と、小学校3年生の娘の藍里、同居する姑の玲子と友人から引き取った2歳の白柴のハクと暮らす、ごくごく普通の一般人。
やせ型の運動嫌い、仕事と家事以外では動きたくない為か、最近おなかのたるみがヤバい。
仕事は食料品の卸の会社の事務員、手取り13万の安月給なのはお察し。
紫苑は会社から数分しか離れていない工具製作会社の設計士。
お義母さんは栄養士として学校給食に携わり、つい数か月前に定年退職。
藍里は勉強も運動もそつなくこなす小学校4年生、おしゃべりとゲームが大好き。
ハクは真っ白な毛並みの柴犬で、ブリーダーの友人から引き取った賢く優しい子犬だ。
——————あの日の朝もいつも通りだった。
娘を小学校へ送り出し、お義母さんに今日の買い物をお願いし、いつも通りに夫と一緒に車で会社へ通勤し、私だけ勤める会社の前で降りた。
従業員出入り口のリーダーに社員証をかざして、事務所のドアを開けた。
——————その瞬間、目の前の光景がぐにゃり、と歪んだ。
瞬く間に足元が揺らいだかのように立ち眩みを起こし、ドアに縋りついた。
すぐさま吐き気を催し、口元を抑えた直後に、ぷっつりと意識が途絶えた。
何かに呼ばれたのが遠くから聞こえて、私はハッと我に返るように意識を取り戻した。
「ああ、よかった!神村さん!大丈夫ですか!??」
私を起こしたのは、同じ会社の新人の海斗くん。
新卒で入ったばかりで、周りが私よりも年上で年の近かった私とよく話していた。
「あ、うん。」
「立てます!?動けますか!?」
いつもはもっと静かな口調で喋る彼が、予想外に焦ったように私を立たせようとしていた。
「あ、うん。」
「なら急いで上へ!」
とぐいっと腕を引っ張って階段へ誘導する海斗くん。私は頭にハテナを浮かべるも、引っ張られる腕に従って、駆け足で階段へ向かう。
「——うわあああ!!!」
事務所の隣の店舗から誰かの悲鳴が聞こえた。何気なくそちらへ視線を向けて私は凍り付いた。
「————————は?」
思わず漏れたのは、疑問符。
わずかなドアの隙間から見えたのが、見たこともない太さの腕を振り上げる何か。その腕の先に持つ鈍器のようなものを、背中しか見えない男性へ振り下ろしていた。
ぐしゃぁ。
何かがつぶれる音に、私は想像してしまった光景を認識する前に、
「神村さん!!!」
海斗くんの必死に呼びかける声に、ハッとなってその光景をかき消した。
気づけば階段の踊り場を折り返して登りきる直前だったので、すぐさまそれを確かめる間もなく階段を駆け上がる。
2階の廊下を走って、奥の会議室へ向かうとドアの前には課長と同僚が手招きしている。
「早く!早く!!」
慌てて呼びかける課長の声に海斗くんの足が早まり、腕をつかまれてる私も自然と足が早まる。
ほぼ飛び込むように会議室に入るとドアが荒々しく締められ、用意されていたかのようにおかれたパーテーションを引き違い戸へ押し付け、開かないように固定し始める同僚。
「はぁ、はぁ。神村さん、大丈夫ですか?」
互いに荒くした息を整えつつも、私は頷いてからドアを見つめる。同僚がパーテーションだけでなくロッカーやイスを次々と運び出して封鎖していく。
「おい、ゆかりちゃん!無事か!?どっかケガとかしてないか!?」
店舗の管理を任されている店長が、私に近づいてきた。
「はい。と、とりあえず何もないです。」
「そうか、よかった。おい後藤!他は誰もいなかったか!?」
後藤、と呼ばれた海斗くんは首を横に振った。
「見つけたのは、神村さんで最後です!後は、もう————。」
「そうか————無理させたな。」
いえ、と言うものの、海斗くんはそのまま黙り込んでそっぽを向いた。
何が何だかわからない私は、とりあえず店長に視線を向ける。
「あの、店長。」
「なんだ?」
「何があったんですか?これは、明らかに異常、ですよね?」
会議室の室内を見回しながら、私は店長に問いかける。
出入り口を封鎖したこの会議室には、私を含めると6人しかいなかった。
店長、課長、同僚、海斗くん、レジのパートさん——————そして、私。
年齢も性別もバラバラに集まっている皆が一様に暗く、この室内の空気はあまりに悪過ぎた。
「いいかい、落ち着いて聞いてくれ。神村さん。」
語りだしたのは、同僚の南さん。
40代の男性でジム通いのマッチョな独身。営業職で、私は彼のサポートとして事務処理をしている。
「化け物が、いるんだ。」
「——————はい?」
化け物、という単語はあまりにも現実味がないが、その言葉を口にした私以外の全員がさらに暗くなっていくのを感じた。
「アメコミ映画のような、デカイ化け物が、下の店舗にいるんだ。」
南さんがそういうと同時に下の階から振動と共に激しい打音が聞こえて、全員が震え上がった。
「きゃあ!!」
「おい!でけぇ声あげんな!」
パートさんがうずくまって悲鳴を上げると、店長がすぐ人差し指を口に当てて黙らせる。
「——————いつからですか?」
打音を聞いて、私は大きく深呼吸し、状況を把握したくて南さんに話しかける。
「え?ああ、そうだな。確か俺が事務所から店舗に出ようとした時だから、8時半か?」
「そうです。」
南さんと海斗くんはペアで営業廻りにいく為、互いで確認しあっていた。そんな会話からか、皆一様に会議室に掲げられた置時計を見上げた。時刻は8時40分を過ぎようとしていた。
「店舗からなんか音がするんで、見に行こうとしたら、急にめまいがしてよ。」
店長はパートさんに顔を向けると、パートさんは恐る恐る頷いて返す。
「私も確か、神村さんが入ったのを見た瞬間、めまいがしたな。」
課長も首を傾げつつも同意する。
ここまで聞くとこの場の全員の認識が合致する。が、合うのはここまでだ。
「すぐまたすごい音がしたから、目を覚ますと店舗で準備してたはずの東山さんが事務所に慌てて入ってきてて——————化け物だ!って騒ぎだしたの。それで、それで私!」
パートさんはすぐ店舗の方を見ると、見たことのない大きな人影があった、と再び蹲ってしまった。
「彼女の悲鳴で目が覚めて、店舗の化け物を見て、慌てて2階へ逃げ出して。」
課長が一番に会議室へ逃げ込んだようで、続けてなだれ込むようにパートさんや店長、南さんが2階へ上ろうとしたらしい。
「そしたら、出入り口のところに神村さんがいて——————。」
最後に逃げようとした海斗くんが、私を見つけてすぐに助け起こしてくれたという。
「ありがとう。海斗くんがいなかったら、私も今ご————————。」
再び派手な打音が聞こえて、会話が途切れた。今度は会議室の真下からだった。
「何も考えずに逃げてきちまったが、どうする?」
静まり返るのが嫌なのか、なんとか話そうと店長が私たちに向けて問いかける。
パニック映画にも似たこの状況に、私はもう一度深呼吸をしてから答える。
「出来ることからしましょう。課長、あの電話は外線につながるはずです。警察に連絡しましょう。」
私の言葉にこの場で一番偉いはずの課長に警察の連絡をお願いした。すぐに動き出してくれた課長を横目に、南さんと店長に話しかける。
「あそこのロッカーに掃除用具と、あっちの棚の上に非常用の災害グッズがあるはずです。」
封鎖で使っていたロッカーがまだ開けれるのを目視で確認して、会議室の隅に置かれた吊戸棚は私には高くて届かないために、店長にお願いして開けてもらった。災害グッズはリックサック型で数セットしかないため、1個は店長に、もう1個は南さんが背負った。
「ダメだ!通じない!」
課長が乱暴に受話器を下した。焦る気持ちはわかるけどそうもいっていられない状況にますます会議室の空気が焦りににじんでいく。
「そうだ!タブレットが!」
こちらが何かを言い出す前に、何かを思いついた課長は会議室の机の置かれたタブレットを持ち上げ、操作を始めた。
「電波は————あるな!」
課長の一言に、皆一様に持っているスマホを取り出した。画面上には"非常事態"と銘を打ったエリアメールが表示されていた。
「おい、嘘だろ?!この町全体で正体不明の生き物が暴れてるだって!?」
店長の荒々しい声を聞く限り、どうやら同じ内容が全員のスマホに表示されてるようだ。
【 非常事態宣言発令中!!!
現在、神倉町全域にて正体不明の生き物が、複数確認されています。
もし見かけたらすぐに110番をお願いします。
一部では人を襲っているとも情報があります。絶対に近づかないでください。
近隣の地域の方は神倉町へは近づかないようにしてください。
避難所の開設、自衛隊の派遣を各所に要請しております。
今しばらく建物内に避難していただき、今後の情報をお待ちください。 】
そんなエリアメールの内容をと確認してると、何かのアプリの通知の振動が伝わった。
通知を見れば、家族内でよく利用する無料チャットアプリだ。
私はすぐさま無料チャットアプリを起動、家族のグループチャットの画面を開いた。