小波詩譚
19世紀末、朝鮮半島も近代文明化されていきます。文芸の面でも新しいスタイルのものが盛んに取り入れられるようになりましたが、伝統的な文学も廃っていません。ここで取り上げた呉孝媛は最後の女流漢詩人と評される人物です。韓国でもそれほど名の知られた人物ではありませんが、こうした女性も存在していたことを紹介したくてこの物語を書きました。
一、
国俗自何時、重男不重女
一篇千字文、九歳学於序
一体君師父、書中乃得知
函筵厳若帥、唯命敢無違
当年記姓名、旋占五言城
一体同窓伴、謂吾慧竇明
一気に書き上げた徳媛は笑みを浮かべながら筆を置きました。と同時に背後から声が聴こえました。
「書堂はどうだい?」
父親の時善でした。幼い頃から学ぶことが好きだった娘に本格的な学問を身に付けさせようと彼は娘に男装させて兄と一緒に近所の書堂(寺子屋)に通わせたのでした。
「とても楽しいです。この間まで千字文を習い、今は漢詩を学んでいます」
徳媛は振り返ると姿勢を正して答えました。
「これはお前が作ったのか?」
父親は娘が先ほど書いていたものに目を移しました。
「はい」
時善は紙上に記された五言詩を読み始めました。
「国俗は何時より、男重んじ女重んざる
一篇の千字文、九歳に序より学ぶ
一体君師父、書中乃ち得知す
函筵の厳は帥の若し、唯命を敢えて違う無し
当年に姓名を記し、旋占す五言城
一体の同窓を伴し、吾が慧竇明と謂う」
(国の風俗が何時から男を重視し女を重視しないのだろう。一篇の千字文を九歳でようやく学んだのだ。主君と師匠と父親が一体だと書物で知ったのだが,師匠を仰ぐが厳しいこと将軍のようだ。厳命を受け入れ間違えないか気掛かりだ。今年名前を記して五言長城を旋占した。一群の同窓生は私を見て賢いと言った)
「良い出来だ。これからも頑張るのだぞ」
娘の能力に感心し、激励したのでした。
その夜、徳媛は不思議な夢を見ました。
昔話に出てくるような美しい衣裳を身につけた雪のような儚い佇まいで蘭を思わせる高貴さを感じさせる女性が目の前に現れたのです。彼女は昼間、徳媛が書いた詩稿を持っていました。
「詩を詠むのは好き?」
女性は優しく訊ねました。
「はい」
―この方は仙女さまに違いないわ。
こう確信した徳媛は恐れ多く思いその場に平伏しました。緊張のあまり上手く返事が出来ませんでした。仙女さまは言葉を続けました。
「天地を動かし鬼神を感ぜしめ人倫を化すこと詩にまさるなし、どういう意味か分かるか?」
「天地、鬼神、人に訴える力があるのは詩が一番だということでしょうか」
徳媛の答えに満足げに微笑んだ仙女さまはそのまま消えてしまいました。と同時に徳媛は目が覚めました。
“天地を動かし鬼神を感ぜしめ人倫を化すこと詩にまさるなし”
夢の中の仙女の言葉を彼女は胸に刻み込むのでした。
その後、彼女は詩作によりいっそう励むようになりました。心を動かされることがあるとそれを題材にして詩に詠みました。
秋の雨上がりの日、徳媛は空を見上げました。青々とした空に雁の群れ。徳媛の脳裏に詩が浮かび上りました。
頑雲飛去尽 天気碧翁翁
鴻鴈帰何処 声伝万里風
頑雲飛び去りて尽き、天気碧く翁翁す。鴻鴈何処に帰し、声伝す万里風
(重そうな雲は全て去り、空は青々としている。雁は何処に帰るのか、万里の風が伝えてくれる)
さて徳媛が書堂に入った翌年、彼女の住む義城で白日場すなわち漢詩のコンクールが行われ、周囲の勧めで彼女も参加することになりました。
詩才を誇る大人の男性たちに囲まれた徳媛は臆することなく課題に沿って筆を走らせ課題を仕上げていきました。
白日場は午前の間に終わり、結果発表は夕方になります。その間、徳媛は共に参加した兄とここまで同行した父親と一緒に酒幕(旅籠)で食事をし、休息を取って時間を過ごしました。
日が西に傾いた頃、結果の発表が始まりました。三位に相当する探花、二位に相当する榜眼と発表され、残るは一位の壮元となりました。
「今回の壮元は呉徳媛」
太守が告げると集まった人々は騒然としました。
「徳媛ってもしかすると女人か?」
「女が白日場に出たのか?」
人々がざわめく中、父と兄が「壮元だよ、徳媛」と嬉しげな口調で教えてくれました。同時に人々の視線が少年姿の彼女に集まりました。
「あんな小さな子が!」
「許蘭雪軒の再来だなぁ」
蘭雪軒こと許楚姫は朝鮮王朝時代の有名な女流詩人で、その作品は中国や日本にまで知られていました。
人々の賞賛に嬉しくもあり又気恥ずかしく感じた徳媛は、その気持ちをさっそく詩に託しました。
少娥十歳始尋章、唐突能臨白日場
幸値徐公賢太守、貫珠呼我壮元郎
少娥十歳始めて章を尋ね、唐突に能く白日場に臨む
幸値す徐公賢太守、貫珠は我を壮元郎と呼ぶ
(十歳の少女が始めて文章を尋ね、唐突に白日場に参加した。幸い、徐公は賢太守ゆえ、私を壮元と告げた)
二、
白日場で一等になった徳媛は幼い少女の身でありながらも、あちこちの詩会に参加して詩才を磨いていきました。
白露風清夜 松梢月上時
十八児童伴 朗吟五七詩
此地好逢秋 碧天雁影流
鍾落三更夜 詩人共上楼
白露風清夜、松梢に月上る時
十八児童を伴し、朗吟す五七詩
此地好する秋に逢いて、碧天に雁影流る
鍾落す三更夜、詩人と共に楼に上る
(白露の風が清き夜、松梢に月が上る時、十八の学友たちと共に、五言七言詩を吟じる。此の地の秋はとても好い、青空には雁影が流れている。鐘の音が三更夜を知らせるが、詩人たちは楼閣に登っている)
さわやかな秋の夕刻、徳媛は学友たちと共に詩を作っては詠じています。秋の風景は詩心を刺激します。夜が更けるのも構わず彼女は友人たちと一緒に楼閣に登って月を愛でるのでした。
こうした楽しい日々に暗雲が掛かり始めました。
徳媛が14歳になったある日、突然、徳媛の家に役人がやって来て父親を連れて行ってしまったのです。役所の金を横領した容疑でした。父親がそんな人間で無いことは皆が知ることでした。
拘束されている父の身を思うと居ても立ってもいられなくなった徳媛は、自身が直接都に赴いて無罪を訴えることにしました。
単身顛倒入長安、四顧無親孰解顔
事巨才疎全没策、不禁涕涙日潺潺
単身顛倒し長安に入る、四顧親無く孰か顔を解する
事巨く才疎にして全て没策なり、涕涙禁じえず日潺潺なり
(一人で顛倒しながら都に入ったけれど、周りには知った顔が全くいない。用事は大きいけれど才が無いため全く対策がない。涙を流しながら日々を送る)
従者と共に上京してみたものの、知る人も無くまた何の伝手もない身の上でどうしたらよいか分かりませんでした。
しかし、何もしないままでは父親は捕まったままです。彼女は勇気を出してこの件を担当している務警使の李判書を訪ねて行きました。
門前で応対に出た下働きをまず説得し判書に取り次いでもらいました。邸内に通され判書と面会した徳媛は父の無罪を必死で訴えました。判書自身も彼女の父親の事件を疑わしく思っていたようで、再度よく調べてみようということになりました。
翌日、徳媛の父親は釈放されました。
人間始識貴黄金、只恨如今不孝忱
穉娥計脱前生債、活仏応存普済心
人間始めて識る黄金の貴し、只恨めしきは今の如く不孝の忱
穉き娥は前生の債を脱するを計り、活仏は応存す普済の心
(人と生まれてはじめて黄金の貴さを知りましたが、残念なのは父への孝行の心の足りなさです。幼い娘が前生の負債から逃れようと計りましたので、活仏の如き判書様が救済して下さった)
徳媛は気持ちを込めた詩を詠んで判書に渡しました。
彼女の詩は、都の名士たちの間に伝わりました。彼女の詩才はもちろんのこと、その孝心も評判となり名前も徳媛から孝媛に変えることになりました。そして、都の名士たちと詩の通じて交際することにもなりました。
孝媛は以前見た夢の中の仙女さまの言葉を思い出しました。
『天地を動かし鬼神を感ぜしめ人倫を化すこと詩にまさるなし』
この言葉を孝媛はその後の人生の中で何度も実感するのでした。




