第6話 新たな仲間達
翌日、朝の高等部教室。始業前にソニアはいつもの面々を集めて言う。
「一緒にボランティアやらない?」
「……ボランティア?」
「あー、この前の……」
首を傾げるルーシーと、頷くリノ。ライリーはルーシーと顔を見合わせている。
「私の友達がね、団体立ち上げてたの。スラムで活動してて、そこの住民達を助ける活動をしてるんだって」
「……友達……?」
「あ、うん、昔ちょっと」
詳しく説明はし辛い。適当にその辺ははぐらかす。
「……スラムってさ、あの怖い所でしょ?」
ルーシーが言う。隣でライリーも頷く。彼らは昔、興味本位でスラムに立ち入り、痛い目に遭っている。
「…………そうだけど……」
「僕らその人達がどんな人達かも知らないし……」
「軽い気持ちでは出来ないわよね」
そう言う双子に、ソニアは困ってリノの方を見た。
「リノは?トニーに会ったでしょ、ブルーノ君とも話してたし」
「……うーん」
彼女は少し考える。
「悪い人達じゃ……無かったけど」
「でしょ?」
「正直ちょっと……不安かな」
「……怖い?」
ソニアがそう訊くと、リノは頷く。それはそうか。スラムの怖さはソニアも十分知っている。
「あたし達高校生じゃない、まだ無理よそんなの」
「ルーシー……」
「僕も……怖いし」
二人はあの時の事がトラウマになっているらしい。ソニアは一つ深呼吸して、言った。
「…………スラムの人達はね、皆んな毎日怖い思いをして暮らしてるんだ」
「!」
「私もそうだったし。今でもよく覚えてるよ。怖い大人の人が来て、見つからないように隠れてるの。……でも、時々優しい人もいて、助けてくれたりして。……安心、してたんだと思う。小さかったから、よく分からないでいたけど」
「……ソニア」
「あの人達も、自分達の危険を顧みず、私達を助けてくれてたんだ。私は運が良くて今ここにいるけど、ここにいるからこそ、今度は私が助けてあげるべきなんだって」
「……どうしてもやるっていうの?」
ルーシーが腕組みをして、少し怖い顔をして言った。それに、ソニアは決意の篭った目をして返す。
「うん」
「危険な目に合うかもしれないのに?」
「うん」
じぃっと、ルーシーとソニアは見つめ合う。ピンとした緊張に、ライリーとリノはオロオロする。
「…………分かったわ」
やがて、ルーシーがぽつりとそう言った。
「ルーシー?」
「仕方ないわね。あんた一人危険な所に行かせる訳には行かないわ」
「え」
「でしょ?ライリー。リノも」
高圧的に言われ、ライリーとリノは顔を見合わせる。
「えーっと……」
「そ、それはそうだけど」
「あたしはソニアに付き合うわよ。あんたらも付き合いなさい」
「え、えーっ」
(出た、女王様ルーシー)
戸惑うリノの横で、ライリーはそう思いながら「げっ」、という様な顔をしていた。
「いいの?ルーシー」
「なーに言ってんのよ、友達じゃない、あたし達」
「!」
にや、とルーシーは不敵な笑みを浮かべた。
「ソニア一人に危険な事させられないし。やってやろうじゃないの」
「……僕も……?」
「私は……うーん」
「何よあんた達薄情者!」
「う……」
「……み、皆んなが一緒ならいいよ……」
ルーシーに一喝され、ライリーとリノは縮こまる。その様子をすごいなぁ、とソニアは感心する。
「ルーシーが味方だと心強いなぁ」
「そうやってへらへら笑ってるの見ると何だか不安なのよ」
ふん、とルーシーはため息を吐いた後、笑った。
「人助け、興味あるのよね。人に感謝されるなら悪くないわ」
「…………ありがとう」
「いいのよお礼なんて。それで、いつ行くの?」
「あ、えっと、トニーには今日夕方会う約束してて」
「今日⁈急ね、まぁいいわ」
と、その時始業5分前のチャイムが鳴った。
「……教室に戻らなきゃ。じゃ、また放課後ね」
「うん」
じゃあねー、とライリーはルーシーと共に教室を出て行く。リノは教室内の自分の席へと戻って行った。
(……良かったのかな)
ちら、とソニアはリノの席の方を見た。半ば強引に引き入れてしまった気がする。アントニオの方も、迷惑に思ったりしないだろうか……と、今さらながら思った。だが、もう断れない。アントニオは友達を連れて来てもいいと言っていたし。ルーシーもライリーも、リノも、信頼に値する。
(何かあったら私が責任持って守ろう……)
ローエンの様なレベルの人間は倒せないけど。ちょっと絡んで来るレベルの相手なら倒せない事もない。
というかライリーにもっとしっかりしてもらいたい。あのお坊ちゃんは。
教科の担当の教員が教室に入って来た。ソニアは教科書とノートを机から出し、とりあえず授業に集中する事にした。
*****
放課後。四人はアザリア市街地の南部にあるカフェへと来ていた。他に客はない。二階席があるようだが、そこへ続く階段の奥にも客の気配は無かった。
「……小さいカフェね」
ルーシーがそう呟いた。二階席があるとは言え、なんだかこじんまりとしている。
「あ、来てた!ゴメン」
二階からバタバタと、アントニオが降りて来た。彼はリノに会釈し、さらに見知らぬ二人がいるのを見て、ソニアに言った。
「……友達?」
「うん。ルーシーとライリーよ。大丈夫、良い人だっていうのは私が保証する」
「そっか。ソニアが言うなら。………初めまして、俺はアントニオ。AFTのリーダーやってる。トニーって呼んでくれ」
「よろしくね」
「よろしく……」
ルーシーはニコリと笑い、ライリーは緊張しているのか少し強張った笑みを浮かべていた。
ソニアは周りを見渡し、言う。
「ここは、拠点?」
「まぁ。……カフェとしては機能してないんだけど。昔カフェだったのを、閉店してから売りに出てたのを俺達が買い取ったんだ」
「へえ」
「まぁ、座ってよ。他の皆んなもすぐに来るから」
なるほど、内装がそのままなだけあり、座席はたくさんある。四人はとりあえず、一つのテーブルを囲んで座った。
と、その時二階からあの足音を立ててブルーノが降りて来た。見えていないはずだが、トントンと簡単に降りて来る。
「おや、お客さん」
「ブルーノ、ソニア達だよ」
「あぁそうか、ゴメン」
本当は見えてるんじゃないか、という様な足取りでブルーノはアントニオの横へやって来る。そして彼は、はて、と首を傾げた。
「……知らない気配が二つ」
「ルーシーとライリーだって。ソニアの友達なんだ」
「そうか。分かった」
うん、と頷くと、ブルーノは二人に向かって言った。
「初めましてルーシーとライリー。僕はブルーノ。目が見えなくて少し迷惑かけるかもしれないけど、ゴメンね」
「……え、えぇ」
「よろしく……」
四肢の事は言わなかったが、義手は明らかに見て分かる。それに気付いてルーシー達は少し驚いている様だが、リノが「大丈夫だよ」と彼女達に言った。
と、その時唐突に入り口のドアが派手に開いた。
「おら!買い出し行って来たぞ!……って、あ」
「!」
買い物袋を両手に持ち、大声を上げて入って来た少女が、ソニア達を見て固まった。
「あら姉さん、どうしたの?」
後ろから顔を出したのは同じ様に手に買い物袋を持った少女。初めに入って来た少女、ローレルは顔を赤くしてアントニオに言う。
「客いるって先に言っとけ!」
「……微妙にシャイなの何なんだよお前」
「うるせえ!オレでもこれは恥ずかしいわ!」
「まぁまぁ、姉さん……」
「ちょっとー、後ろ詰まってるんだけどぉ」
さらにその後ろから男の声がする。ごめんなさい、と言ってローレルを押してヴァージルが入ると、後からそばかすの青年とガーゼの眼帯をした少女が入って来た。皆大荷物だ。
「んーっと、なぁに?その人達が言ってた人?」
眼帯の少女が荷物を床に下ろしながらそう言った。アントニオは頷き、ぐるっと見渡した。
「全員揃ったな。よし、みんな並んでくれ。ソニア達も向かいに」
「う、うん」
ソニア達は立ち上がり、横一列に並ぶアントニオ達の向かいに一列に並んだ。
「……では改めて。俺がリーダーのアントニオ・レイモンド。歳は19。よろしく」
「僕はブルーノ・アンサス。17歳だよ。仲良くしてね」
と、彼は今日は四肢の事を言うつもりはない様だった。
「……ほら、次ローレル」
アントニオに促され、ローレルはさっきの事で少し不機嫌な様子で言う。
「…………オレはローレル・スコット。……よろしく……」
「私はヴァージルよ。ローレル姉さんの妹なの。私が17で、姉さんが18」
そう言う彼女に、ルーシーとライリーは「似てないな」と思った。もしかしたら本当の姉妹ではないのかもしれない。
「僕はデイビッド・カーター……歳は19。……ソニアは昔会った事あるんだけど、覚えてないかな」
「あ」
何となく覚えている。アントニオと一緒にいた子だ。教会で少し遊んだ記憶がある。そばかすと、少し目つきの悪い目と、左に垂れた前髪の後ろの火傷痕。
「覚えてる覚えてる」
「そっか、良かった」
デイビッドは少し笑った。それを見てソニアは少し安心した。と、そこへ眼帯の少女が声を上げる。
「あのねあのね、私はコゼットっていうの。左目は小さい頃に怪我して見えないの!よろしく!」
あ、あと17歳!と言って彼女は笑った。明るい子である。
「俺達皆んな、元々孤児なんだ。俺達はたまたま運が良かったから、その分まだスラムで困ってる人達を助けたくて」
アントニオがそう説明した。ソニアはうんうんと頷いた。そして、彼女もまた自己紹介する。
「私はソニア。……ソニア・ローエン。私もスラムの生まれだったんだけど、今は街で暮らしてるの。18歳だよ」
「わぁ、仲間だね!」
コゼットが笑ってそういう。微妙にテンションについて行けない。気にしないでくれ、とアントニオが苦笑する。
「私は……リノ・エルコット。隣街の生まれで、10年前にここに越して来ました。よろしく」
「あたしはルーシーよ。……スラムのことは正直良く知らないけど、力になれれば嬉しいわ」
「……僕はライリー、ルーシーの双子の兄です。よろしく」
三人はそうやって自己紹介した。リノとライリーは緊張が隠せない様だが、ルーシーは実に堂々としている。
「おい、しゃんとしろライリー、男だろ」
「う」
ローレルに言われ、ライリーは首を縮める。まぁまぁ、とアントニオが宥めた。
「ナヨナヨしてる男は嫌いだ」
「仲良くしましょうよ、姉さん」
「フン」
「……俺は歓迎するよ。ソニア、リノ、ルーシー、そしてライリー」
アントニオが笑ってそう言った。何だか申し訳無さそうである。
「ローレルはこんなだけど、いい奴だから」
「こんなって何だこんなってぇ!」
「アハハ……」
ソニアは苦笑し、そしてアントニオに言う。
「そういえば、スラムの方には拠点は無いの?」
「え?」
「ここから荷物とか運んだりするんでしょ、大変じゃない?」
「あー……確かに……あった方が便利だろうけど」
「安心して使える様な建物、向こうにはなかなか無いだろう?」
と、そう言うのはブルーノである。
「うーん……」
「どこも大体何か住み着いてるし。ここもなかなか気に入ってるからあまり離れたくもないよ」
「まぁ、ここと後スラムにも拠点があった方が動きやすいのは確かだ」
渋るブルーノの横で、アントニオが言った。
「でもあるか?都合のいい所。安全で広くて、物も盗られないような」
「……あ」
ソニアはハッと思いついた。だが。
「うーん、あるにはあるけど使わせて貰えるかなー……」
「あるのか」
「うん。ほら、あの教会」
「あぁ」
今は無人の教会。管理はニコラスが定期的にしているそうで、使える状態ではあるようだが。そう言えばニコラス神父はどうやってスラムと街を行き来しているのだろうと、ふと疑問に思った。
「……でもあれは」
「私が掛け合ってみるよ、もしかしたらいけるかも」
「そう出来れば……ありがたいな」
にこ、とアントニオは笑い、そしてぱん、と手を合わせた。
「さ、とりあえず、今日は親睦会って事で。色々用意してあるんだ」
「その為の買い出しだったもんねー」
と、コゼットがそう言った。どうやら買い物袋の中身は食べ物だったらしい。
ローレルとヴァージルが、アントニオに促されて袋を各テーブルに運んで行った。
「今日は活動はいいの?」
ソニアがアントニオに聞くと、彼は頷く。
「あぁ、まずは仲間の内で互いをよく知った方がいいだろ?」
「それはそうだね……」
正直、色々話したい事がある。主にアントニオと。今までどうしてたとか、自分がどういう風に暮らして来たとか、今はどういう風に暮らしているのかとか。
彼と話したい。
(……何だろこの感じ)
懐かしい?安心?嬉しい?……胸がフワフワする。彼を見ているとさらに。この気持ちは何なのだろう。
(友達と再会したら、嬉しいに決まってるよね)
前の時は多くは話せなかったから、今日また会える事が楽しみだった。これからもまた会う事が出来る。それはとても嬉しく思える事だ。友達が増える事も勿論嬉しい。
「トニー」
「ん?」
既にルーシーはコゼットやヴァージルと馴染んでいる。その隣でライリーはデイビッドとローレルに絡まれ、リノはブルーノと話していた。
ソニアは自分より遥かに背が高くなったアントニオを見上げた。そう言えばあの時はまだ同じ身長だったなぁ、とそんな事を思い、笑う。
「また会えて嬉しい」
「……俺も」
アントニオも笑い返した。ソニアは胸がずきりと痛む感じがした。いや、どきり、だろうか?
「さて、あっち行こうか」
「うん」
机の上にはピザやお菓子が並んでいた。ソニアはアントニオと共にリノとブルーノの元へ行った。
「トニー、僕結構リノと仲良くなれそうだよ」
ブルーノがそう言った。リノは少し恥ずかしそうに笑う。
「そうか、それは良かった」
離れたところからはルーシーの堂々とした声が聞こえ、笑い声も上がっている。さすがだ。ライリーは少々縮こまってはいるが、それなりに普通に話している。
アントニオはブルーノの隣に座り、ソニアはその隣に座った。四人席なので、ブルーノがソニアと向かい合わせでアントニオがリノと向かい合わせな形になる。
「参加してくれてありがとう、リノ。活動は大変だと思うけど、その分やり甲斐はある。分からない事や心配な事があったらなんでも聞いてくれ」
「ありがとう、えっと」
「トニーでいいよ。みんなそう呼んでるし」
「トニー……君」
リノはもとから“君”付けや“ちゃん”付けをして呼ぶ派だ。呼び捨てには慣れない。アントニオは「それでいいよ」と笑う。
「さ、好きなだけ食べてくれ。ちょっと奮発したんだ」
「美味しそう」
「さっきから少しは貰ったけど、本当美味しいよ」
と、ブルーノがそう言った。テーブルのピザのトレイは、近くの評判のピザ屋のものだった。ソニアは食べるのは初めてである。
「一回食べてみたかったんだぁ……」
「それは良かった」
一切れ取ってかじったソニアは、美味しい、と漏らす。それに対して良かった、と笑うアントニオ。ブルーノやリノもつられて笑う。
歓迎会はその後、夜まで続いた。それはとても楽しい時間だった。
#6 END