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Strain:After tales  作者: Ak!La
40/53

第40話 ペンと剣

 二日が経った。退院したローエンは、リアンと共に警察署を訪れていた。まだ傷は塞がり切ってはいないが、痛みはもうそんなにない。

「無事回復したんか、良かったな」

「お陰様で。……で、なんで彼女までいるんだ?」

 フィンリーの隣にいる小柄な姿を、ローエンは片手で指した。

「こんにちはローエンさん。お世話になります」

 にこりと笑うハイデマリー。その頭上辺りでフィンリーは手をひらひらと振る。

「まぁ、気にせんといてや、今のところは。記録係みたいなもんや」

「お前の友達やなかったら許してへんで。全く……まぁとりあえず座りぃや」

 ダミヤが大きなため息を吐きながら一番奥に座った。その向かいになるように、ローエンとリアンは長方形の机の短辺に並んで座った。

「そんで。快復祝いをしたいところやが、何か掴んだんやろ」

「俺がというよりはリアンが。……そうだろ」

 ローエンは隣のリアンに目を向ける。リアンは満足そうに頷いた。

「勿論。俺ちゃんの腕を甘く見ないで欲しいね。何かどころじゃない。奴の尻尾を掴んだ」

 ほう、とダミヤは片眉を上げる。

「ほな聞かせてもらおか」

 ダミヤの促しを受けて、リアンは机の上で手を組んだ。

「端的に言うと、彼らの居場所を突き止めたよ」

「ホンマか!」

 ガタッ、とダミヤの斜め前に座っていたフィンリーが立ち上がる。まぁまぁ、とリアンは彼女を宥める。

「調査中、チンピラが襲われてるのに出会ってさ。……まぁ、助けはしてない。そんで……奴らの持ち物を掻っ攫ってったのを、後をつけた」

「よくバレなかったな」

「俺の諜報スキル舐めてもらっちゃ困るのよ」

 ローエンの言葉に、リアンはそう肩をすくめた。

「まぁ──でもなかなか怖かったね。なんせ奴らが向かったのは……魑魅魍魎が棲むとさえ云われる、最南端のエリアだったからさ」

 ──スラムは、市街から離れる南へ向かえば向かうほど、治安は悪化する。悪意の色も濃くなる。その最南端となれば、よほどの物好きか、命知らずの馬鹿か、あるいはその色濃い悪意の根源くらいしか近付かない。勿論、ローエンですらも足を踏み入れたことはなかった。だから、ローエンは心底驚き、そして怪訝に思った。

「子どもたちだけで、そんな所に?」

「俺だって驚いた。……幸い、俺の潜入中には何もなかったけど────どちらかと言えばアランは、“魑魅魍魎”の側なんじゃねェかな」

 リアンは両手を広げる。

「つまりただのガキじゃない。余程狡猾か高い戦闘能力でもなきゃ、あんな所で生き残れない」

「……レノは」

 フィンリーがやや震えた声で言った。リアンはうーん、と目を伏せる。

「心配いらねェんじゃねェかな、その点は……俺が追跡したガキ共も、一度だって襲われなかった。……まぁ、そもそもあの辺りは人の気配もほとんどないけど」

「…………」

「ともかく、彼らはボロボロの倉庫に入ってった。そこが根城だ。アランらしき人物も確認出来た。子どもがあと複数人……レノがいるかどうかは、ちょっと分からなかったけど」

「なるほど、ご苦労さん。ほなら後は突撃するだけか……」

 ダミヤがそう言うと、フィンリーは拳を握り締めた。

「……アランはウチがぶっ飛ばす。……それでええな」

「ぶっ飛ばしたいのは分かるけど、最終的な目的は和睦だからな」

 ローエンはそう釘を刺す。分かっとるわ、とフィンリーは片眉を上げる。

「でも、いざとなったら諦めてもらうで、それは」

「……そうはならないことを祈るよ」

 一つため息を吐いて、ローエンはハイデマリーの方を見た。

「それで、マリーさんもついてくるの?」

 彼女は頷くと、フィンリーを見上げる。

「そのつもりでしたけど……」

「かまへん。マリーちゃんはウチが護るさかい」

「……ので、お邪魔にはならないようには頑張ります」

「護衛任務ならこっちに任せてもらった方が。……俺たちはスラムの土地勘があるし」

 ローエンが言うと、リアンも頷く。

「まぁそうね。元々請け負ってたことだし。あんたはアランとレノの方に集中したいだろ?」

「せやけど……」

「大丈夫だって。俺たち女の子には人一倍優しいからさ」

 ウィンクして見せるリアン。フィンリーは顔を顰める。

「……ウチに簡単に転がされて、抵抗もせんかった奴に言われてもイマイチ信用ないわ」

「言っただろ、女の子には人一倍優しいんだって」

「まぁまぁ。……その点は大丈夫だフィンリー、スラムの南部に一人で赴いて無事に帰って来るくらいの実力はあるよ」

「あぁそれは……あまり関係ないかも……」

 首を縮めるリアン。実際彼はそんなに戦闘は得意な方ではない。

「それじゃあ……向かうのは俺とリアンと、アンタら五人とマリーさんてことでいいんだな」

「せやな。相手が何人おるか分からん以上、こちらも出来る限りの戦力は揃えておきたい」

 ダミヤは頷くと、リアンへ視線を向ける。

「んで、突撃はいつがいい」

「そうだな……一味を一網打尽にしたいか、アランだけを狙うかによるね。昼間の方がガキどもは出払ってるみたいだ。夜の間はみんな戻って来てそこで寝てる」

「夜襲ってのもええけど。……護衛のことも考えると昼間の方がええかなぁ」

 フィンリーの言葉に、ハイデマリーもコクコクと頷く。

「夜は暗くて辺りがよく見えないですし。昼間の方が写真を撮りやすくて良いですよね」

「……相変わらずやなマリーちゃんは……」

 やれやれと首を振るフィンリー。そして、立ち上がるとローエンに向かって行った。

「ほな、行こか。スラムの未来のために」



 いつも見えている境界の壁が、砂埃の向こうに霞んでいる。立ち並ぶのは廃れ朽ちた廃倉庫と工場跡だった。塗装が剥げて垂れ落ち、剥き出しになった鉄骨が赤く錆びている。風に軋んだ鉄骨が不気味な音を立てる。ローエンは嫌な場所だとそう思った。

「……いつも遠くから見えてるのがこんな場所だとは」

「歓迎されてない感じがするよね」

 リアンはそう言って空を見上げる。高い煙突が聳えている。昔はこれらがすべて煙を吐き出していたのだろうと、その様子を上空の雲に重ねる。

「……ローエン」

「あぁ、気付いてるよ」

 ローエンは前を向いたまま答えた。リアンは視線を戻しながら、足を早めてローエンの隣に追いつく。

「……見られてるな」

「二人だな」

「ずっとつけて来てるね」

「…………話しかけてみるか?」

 ローエンがそう言うので、リアンは思わずローエンの顔を見る。

「バカ?」

「敵意はないって伝えるのはアリだろ」

「戦闘は避けられないと思うけどね────」

 言いながら、リアンは右手を振り上げた。キン、と音がして空中で火花が散る。驚いて立ち止まったアナスタシアとエリオットの足音に、

投げナイフが二つ落ちて来た。

「……ほらね?」

 振り向いたリアンの視線の先、後方にいたハイデマリーの頭上から影が降って来た。

「おっと」

「ぶあっ!」

 フィンリーの裏拳が襲撃者を叩き落とす。後ろへ転がった襲撃者へフィンリーは言い放つ。

「か弱い女の子狙うなんてダサいでほんま」

「ぐぅっ、うわああぁ!」

 襲撃者の少年は、ナイフ片手に起き上がりフィンリーへと襲い掛かる。フィンリーはそれを易々と捌くと、少年の腕を掴んで引き寄せ、頸に手刀を落とした。

「がっ!」

がくりと気を失う少年。その体をフィンリーは片腕で支えた。体格の割にずいぶん軽い体だと思った。

「無謀なもんやなぁ」

「び、びっくりしたぁ……」

 ハイデマリーが胸に手を当てホッと息を吐く。フィンリーはすぐ隣の彼女に向かってにこりと微笑んだ。

「油断するな、もう一人いるぞ」

 ローエンが言うと同時に、気配を感じた一同は再び天を見上げる。逆光に照らされた真っ黒な影が降ってくる。鉄パイプを振りかぶったそのもう一人の襲撃者を、今度は刀を抜いたダミヤが迎え撃った。ガイン、と金属同士がぶつかる音がする。弾かれた襲撃者は空中で後ろへ一回転し着地する。明らかになったその姿を見て、ダミヤは目を見開く。

「げ、女の子かいな」

「……弟を放せ! 外道ども!」

 高い声が周囲の金属を震わせた。ハイデマリーとそう変わらない背丈の少女だった。下で二つぐくりにしたアッシュブロンドの髪は、フィンリーが抱えている少年と同じ色だ。少女は敵意を剥き出しにし、片手に構えた鉄パイプをこちらに向けている。

「……やりにくいな。どないしよローエン」

 刀を彼女に向けたまま、ダミヤが言う。ローエンは少し考えたあと、ゆっくりと歩いてダミヤの横まで出て来た。警戒し眉間の皺を深くする少女に向かって、ローエンは両手を上げる。

「……何もしない。弟君も無事に返すよ。今は気絶してるだけだ。……だから君も武器を引いて。君たちと話がしたいんだ俺たちは」

「嘘を吐け! そうやって油断させて、お前たちは私たちを捕まえて殺すんだ!」

「そんなことしない。……君は、アランの仲間だろう? 彼に会わせて欲しい」

「うるさい!」

「……やっぱり話にならないよローエン。とりあえず大人しくさせた方がいいんじゃない? 今にも噛みついて来そうだよ」

 リアンが歩いて来てそう言う。少女は確かに今にも再び襲い掛かって来そうだが、さすがに多勢に無勢感を感じているのかあと一歩のところで踏み止まっているようだった。そして、彼女が逃げもせずにそこで動けないでいる理由は────。

「……フィンリー。その子をあの子に返してやってくれ」

「ええ。でもこの子あの子より大きいで。抱えて行けへんやろ」

 弟と言っていたが、気絶している少年は少女より体格は大きかった。少女は武器こそ握ってはいるが、力はそう強そうではない。弟を抱えてここから逃げるのは難しそうだった。

 どうしたものかと、ローエンが決めあぐねていると。

「こんにちは。私たちはあなた達に害を与えようとは思っていません。ただお話がしたいんです」

「!……マリーちゃん」

 前に出たのはハイデマリーだった。

「私は丸腰です。戦う力もありません。ただ持っているのはこのカメラと言葉だけです。争いは何も生みません。痛くて悲しいのは誰だって嫌でしょう? ……お話をしませんか。どうか武器を置いてください」

 真剣な目で言うハイデマリー。小柄で非力な彼女のその言葉には、他の誰よりも力があるようだった。そして彼女は、刀を抜いたままのダミヤへと目を向ける。

「ダミヤさんも。武器を置いてください」

「……やけど」

「お願いします」

 覚悟を決めたような彼女の目に、ダミヤは渋い顔をして刀を鞘に納めた。そして、一歩二歩と下がる。ローエンも後ろへ下がることにした。

 目の前の少女は迷っているようだった。目と手元が揺らいでいる。

「……死にたいのか……?」

「いいえ。死にたくはありません。殺したくもありません。私たちには言葉があります。あなた達の力を借りたいんです。スラムを守りたいんでしょう? それは私たちも同じなんです」

 ハイデマリーが懸命に言葉を紡ぐ横で、フィンリーは片腕に抱えていた少年を、両腕で抱え直した。

「仲間のとこまで運んだろ。あんた一人じゃ連れて行けへんやろ」

「………」

「怖い顔しなや。折角の可愛い顔が台無しやで。弟くんもそっくりやな」

 フィンリーは笑って見せる。その邪気のない笑みに、ついに少女の手が下がった。

「……何をしに来た。こんな所にまで……」

「話をしに来た言うてるやろ。ウチらはスラムを建て直したい。そのためにあんたら“自警団”の力を貸して欲しい言うわけや」

「スラムを建て直す……? 何を言って……」

「せやから……この廃れた街にある程度の治安や機能を取り戻させようって………」

「何をしてるんだシェリル。街の人間の言うことは信じるなって言っただろ?」

「!」

 後方から新たな声がして、一同は一斉に振り向いた。と、同時にロジーが小さな悲鳴を上げる。ダミヤは息を呑んだ。

「しかもコイツらは“悪魔”の仲間なんだから。全員殺してしまわないと。………なぁ」

「…………!」

 背の高い、日に焼けた肌の青年がロジーの首を腕に捉え、手にしたナイフを首筋に当てている。ロジーは緑の瞳をナイフに向け────そして覚悟を決めた目をダミヤへ────父へ向ける。

「……アラン……」

 シェリルと呼ばれた少女が小さくそう呟いた。ローエンは心に抱いていた予感が確信に変わり、言葉を発した。

「お前がアランか」

「そうだよリタ・ローエン。……ようやく会えた……いや、会わないようにしてたんだからその言い方はおかしいか。もう少し後だと思っていたけど潮時だな」

「……俺のことを知ってるのか?」

「勿論。…………お前がこのスラムに何をしたのかも、全てな」

「?…………俺が何を……」

 その時胸の奥底で、何かが蠢くような気がした。それは、嫌な感覚だった。昔、あの日感じたその、忘れもしないどす黒い────。

「何で……」

「お前が、このスラムに混沌を招いた。10年前にこのスラムの守護者を殺したのはお前だろう。……それが、スラムを建て直したいだと? ふざけるな、どの口が」

 ここに、ソニア達がいなくて良かったとローエンは心の底から思った。自分が今、どんな顔をしているのか分からない。色んなことがフラッシュバックする。渦巻いた思念の中で、やがて一つの言葉が転がり出る。

「────なぜそれを?」

 詳しいことの顛末は自分とリアンと、そしてあらかたのことはダミヤしか知らないはずだ。守護者たるあの神父が死んだことは、自ずとスラムの住民たちには知れただろうが────。


『子どもはここには来ないからな』


 不意にあの酒場の店主の言葉が過ぎった。あぁ、そう言えばとローエンは思い出した。あの酒場には小さな子どもがいた。当時のソニアと同じ年頃の子だった。たまにしか姿を見なかったが、それでも────。

「お前、あの酒場の子か」

「────そうだよ。俺はお前らが出入りしてたあの酒場の息子だよ」

 ローエンは僅かに絶望した。それは、筋の通った恨みだとそう思ったからだ。あの酒場に街のゴロつきが出入りするのを黙認していたのも、ローエン自身に罪悪感があったからに他ならない。彼はその惨状を、一番近くで見て来たはずだ。

「話がしたいって? お前みたいな奴のどこを信用しろって言うんだ。俺はお前を殺すよ、このスラムの為にな」

 青年は、荒々しく尖った殺意をローエンへと向けた。


────『君は君自身で、ワタシによる呪いをかけてしまったのだ』


 忘れかけていた亡霊の囁きが蘇った。でもそれは、かの神父による言葉ではない。他でもなく、ローエン自身がそう、無意識に自覚していたことだった。


#40 END

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