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Strain:After tales  作者: Ak!La
37/53

第37話 信頼

 喫煙所から出たダミヤは、目の前にフィンリーが立っているのに気が付いた。気まずくなって、回れ右して中にもう一度戻ろうとしたダミヤは髪をむんずと掴まれた。

「おい、どこ行くんや」

「イィテテテテテ……! 怒ってるやんめっちゃ……」

「怒るわ。ウチのかわいい顔引っ叩きおって。面貸せコラ」

「怖ぁ……」

 掴まれている髪が全部抜けそうな気がして、ダミヤは観念した。

「どうせ後で顔合わせるんやから、逃げても無駄やで」

「………そうやな。……痛い…最近抜け毛が気になるのに……」

「年寄り臭いな。そんなけ長いんやから大丈夫やろ」

「……歳は歳やわ。もう55やで……」

 後頭部を掻きながら、ダミヤは目を上げてフィンリーを見た。彼女は怒っているというより、不貞腐れたようなそんな顔をしていた。

「…………頭冷えたんか」

「お陰さまで。……でも、叩いたことは謝って」

「……それはスマン」

「傷付いた」

「ごめんなさい……」

 小さくなっていくダミヤ。フィンリーはフッと笑う。

「アイス奢って。それでええわ」

「……何でも奢ったるわ。……で、レノのことは、どうすんや」

 ダミヤは遠慮がちにそう言った。フィンリーは眉根を寄せる。

「ローエンの提案通りや。アランごと説得して、スラムの復興に手を貸させる。ほなら、レノをウチが助け出す必要もない。それで良いやろ」

 一番難しい選択だ。だが、彼女なりに妥協したのだろうとダミヤは頷いた。

「分かった。そういう方針で進める」

「でも、アランは一度ウチがぶっ飛ばす。未成年でも、関係あらへん。幼い子を騙して平気な顔してる奴は、一度痛い目見せたらなアカン」

「……優しくしたってや。お前が本気で殴ったら死んでまうで」

「止めへんのや。やめとけ言うか思った」

 ダミヤは肩を竦める。そして、床へ視線を投げた。

「まぁ、全ては直接アランとやらと会ってからや。伝聞と憶測で決めつけるのは良くない」

「そう、やな……」

 “自警団”を自称しているらしい、アランのまとめる一団。現段階では紛れもない脅威だ。アランが話の出来る人間なのか、それによってことは変わってくる。

 二人は息を吐く。何を話していいのか分からなくなった。フィンリーが迷っていると、先にダミヤが口を開いた。

「……レノのことが、気になるんやな」

「…………うん」

 フィンリーは、俯きがちに頷いた。自分の手を握る小さな手を、忘れられなかった。

「俺が止めたのは……お前が勢いだけで自分が保護する言うて、後で後悔するんちゃうかって、危惧したからや。あの子が帰りたいって言い出した時、お前は焦ってるように見えた」

「………」

「お前が里親になろうとすることを、否定したいわけやない……。でも、一時的な衝動で、決めて良いことやない。あの時のお前の気持ちは自分勝手やった」

「……レノは、母親が、ウチみたいやったらいいなって、言ってたんや」

 フィンリーはぽつりと言った。夕陽に消えて行く少年の影を思い出す。彼は、無事でいるのだろうか。

「でも、そうやな。ウチは……レノ自身の気持ちより、ウチの気持ちを優先しようとした。それは、分かる。反省してるし、もうせぇへん。でも、それとこれとは別や。私情、やけど。助けたいって、あの子が幸せでいられるようにって、願っちゃいけへんのか」

 ダミヤは首を横に振った。

「俺らは信念あってなんぼや。それはほとんど、私情みたいなもんや。困ってる人を助けたい、とか、悪い奴をこらしめたい……とか。それが大きくなりすぎると、暴走して、取り返しのつかんことをやらかしたりするけど。お前がささやかにそう願うなら、それは大事にした方がええ」

「ダミヤくん……」

「………いずれは、スラムを良くするんや。良くなれば、レノみたいな子供も少ななる。その為に頑張るんや」

 そう言うダミヤの顔は、先輩としての顔だった。微笑み、フィンリーの肩に手を置く。フィンリーも笑みを返しながら……どこか寂しげに笑いながら、頷いた。

「分かった。頑張るよ、ウチ。頼りにしてや」

「してるで。お前のことを誰よりも頼りにしてる」

 精一杯の励ましだと、フィンリーは感じる。でも、自分が本当に欲しいのは、そういう言葉じゃない。

「ほな、行こか。もう一度作戦会議や」

 ダミヤはフィンリーの横を通り過ぎ、背中を向けて歩き出す。その背でまとめられた長髪が揺れている。知らない背中。まだ見慣れない。上官の服を纏ったダミヤの姿も。……それは、自分もだが。

「……ダミヤくん」

「うん?」

 呼び掛けると、彼は振り向く。フィンリーの言葉を待つように、以前と変わらない表情を浮かべてそこにいる。少しだけ安心する。

「…………や、何でもない」

 駆け寄る。隣に立って歩く。今は、まだ、これでいい。



 ローエンたちは警察署を出た後、AFTの活動のために一度カフェに来ていた。ソニアたちの学校が終わるのを待つためだ。客はそれなりに入っている。歓談の声で、少しガヤガヤしていた。その様子を窓際のカウンターから振り向いて見ながら、ローエンは呟く。

「……集合場所、変えた方がいいな」

「俺もそう思う……」

 隣で立っているアントニオは頷く。どうせ物資は教会に置いてある。ここに集まるのは、ここがAFTの拠点だったからだ。

「スラムの入り口でいいか? ……新市街でもあの辺りは少し不安だが」

「俺たち二人で待ってたから大丈夫だよ。……ソニア強いし……」

 その時、アントニオはローエンに睨まれているのに気が付いた。え、何、と言う前にローエンが顔を寄せて小声で言う。

「お前、本当に、あの日ソニアと、何も(・・)なかったんだよな」

「………えぇ……ないです何もないです……」

「……本当に?」

「な、何だよ、過保護な親は嫌われるんだぞ」

「お前がソニアを好きなのはとっくに分かってんだよ」

 ぎく、とアントニオは首を縮めた。ローエンの隣で座っているリアンがピクリとする。

「……えぇ〜いいじゃん、早く告白しちゃえよ」

「なっ、おっ、なんで、いや、違うし!」

 赤面するアントニオ。ローエンはリアンの方を振り向く。

「お前、他人事だと思って」

「青春なんて、今しか出来ないんだからさ。楽しいことも、悲しいことも……俺は君らの歳の時、本気の恋なんてしたことなかったからさ、ちょっとだけ憧れるね」

「………アンタらの言うことは参考にならねー……感覚が違うんだよ」

 (元)女たらし二人に囲まれて、アントニオは唸る。

「アンタらにとって、告白は軽いもんかもしれねーけどさ。俺にとっては一世一代の大決意なんだよ」

「そんな大袈裟な」

「いや。分かるぞ。俺もヴェローナにプロポーズする時はめちゃくちゃ緊張したからな……」

「え。そうなの。意外だねー、お前のことだからサラッと言ったのかと思った」

 目を丸くしたリアンに、ローエンは首を振る。

「俺史上最低のダサさだったけど。……一番気持ちは込めたし、必死だったよ」

 というか、とローエンは顔を上げる。

「認めたな。今。ソニアが好きなんだな」

「げっ……うん、そうだよ。……昔から……」

「だろうな。……十年間……?」

「えっ、十年間会ってないのにずっと想い続けてたわけ」

 ローエンはさっき似たような話を聞いた。全然年齢層が違うが。

 アントニオは俯き、恥ずかしそうにしながら言う。

「悪いかよ。……忘れられなかったんだよ。俺、あの時……このまま死ぬのかなって思ってたとこを、アンタとダミヤさんに助けられて。教会で皆んなと遊んでさ。そこにアンタが連れて来たソニアに……ぶつかって、子供なりに、一目惚れしたんだ。多分。……別れる時に、思わず、また会おうって、言っちゃったし」

 ローエンも覚えている。あの時幼かった少年が、こんな立派な青年になって、また再会するとは思ってもいなかった。

「街で、たまたまソニアを見かけてさ。一目で分かったよ。でも、すごく綺麗になってるし、可愛くなってるし……良い子だし……」

 アントニオはじっとローエンに見られているのに気が付いて、ぱっと顔を逸らした。

「……相手の親に言うことじゃねぇや……」

 ────アントニオは知らないが、実際に今アントニオの告白を聞いているのは、二人ともソニアの父だ。彼が思っている以上に変な状況である。片方は賛成、片方は反対……というか微妙、といったところだ。権利があるのはローエンの方だが。

 ローエンは一つため息を吐くと、目を伏せた。

「……ソニアはお前のこと、ただの友達だと思ってるっぽいからな。頑張れよ」

「う……そうですよね……てか、応援してくれんの?」

「若い青春の邪魔をするのは野暮だったよ。俺も過敏になりすぎたのかも……。お前も、考えすぎて気づいたら独りぼっちのままおっさんになってたとかならないようにな」

「えぇ……」

「ていうか、トニー君。君の周り結構女の子いるけど、揺らがなかったの?」

 リアンはそう言う。アントニオはキッチンで調理しているコゼットたちに目を向ける。

「あいつらはさ……一緒に育った兄弟みたいなもんだから」

「そっか〜そうなるのかぁ」

 なんだか残念そうなリアンに、アントニオはじとっとした目を向ける。

「……おっさんはなんか、手当たり次第に手ェ出しそうな感じだもんな」

「えっ、俺ちゃんそんな風に見えんの⁈」

「おおよそ合ってるよ」

 ローエンはくすりと笑う。もっとも、リアンはソニアの一件以来、しばらく女遊びには出掛けていないが。

 そんな二人を見ながら、アントニオは首を傾げる。

「……アンタらってほんと、仲良いのか悪いのか分かんねーな……」

「良くないよ。見る目がないな」

「ほんとだよ。俺なんかいつもヒヤヒヤしながら喋ってんだよ。下手なこと言うとローエンに殺されるからさー」

「………どういう関係なんだよ……」

 リアンはヘラヘラとしているが、アントニオはそれ以上突っ込んではいけないような気がしてやめた。

 と、その時ドアベルが鳴りながら誰かが店に入って来た。

「あ、いらっしゃいま……あ、ソニア」

 ドアのところでソニアが手を振る。駆け寄るアントニオに、ローエンとリアンは笑みを浮かべる。

「……分かりやすい」

「ソニアちゃんて、鈍いわけじゃないだろ?」

「と思うけどね」

 ローエンは肩を竦め、立ち上がる。窓の外を見ると、リノたちが待っている。アントニオが、二階で待っている他のメンバーを呼びに行った。目の前にやって来た父を見、ソニアは笑う。

「お待たせ」

「そんなに待ってないよ」

 二階からスラムに行くメンバーが降りて来る。それを確認し、ローエンはソニアに言った。

「さ、行くか」



 異変に気付いたのは、最初に教会の扉に手を掛けたローレルだった。

「………あれ」

「どうしたの、ローレル」

 ブルーノが気配にそう訊くと、ローレルは蒼白な顔で振り向いて、ローエンに言った。

「なぁ、いつも鍵、掛けてるよな……」

「………!」

 ローエンはローレルを押し退けて、扉を開けた。……鍵が掛かっていない。……というか、何者かに外されている。鍵穴に荒いピッキングの痕を見た。

 礼拝堂を見渡す。いつも通りに見える。……だが、そんなはずはない。ローエンはリアンに皆を守るように言うと、一人奥へ入って行く。

 静かだ。自分の足音が響く。後方で皆が緊張しているのを感じる。

 教壇の前までやって来る。いつもと変わらず、ステンドグラスの聖母は微笑んでいる。

 荷物を置いている、小部屋の方へ目を向ける。……扉が僅かに開いていた。ローエンは目を細めた。と、その時不意に気配を感じてローエンは動いた。

「!」

 教壇の裏から誰かが飛び出して来た。掴んだ腕にはナイフが握られている。それを見たローエンは、捉えた人影を床に叩きつける。

「イッ……!」

「……子供……⁈」

 ローエンはその姿を見て目を眇めた。みすぼらしい服装の少年。歳は12くらいだろうか。手からナイフを取り上げて離すと、少年は立ち上がって掛かってくる。目を潰そうとしてきたその手を払い、腹を蹴った。……優しめに。

「ぐえっ」

「……ごめん、手荒なことはしたくない。ここで何してた」

 床でうずくまる少年に、ローエンは訊く。スラムの少年だ。痩せている。掴んだ腕も細かった。何をしていたかは、訊くまでもないだろう。

「………うる…さい! 新市街の悪魔ども……!」

「俺たちはスラムの味方だよ」

「黙れっ、そうやって、俺たちをどこかへ連れて行くんだろ!」

 ……この感じは“そう”だとローエンは確信した。ローエンは屈み、少年の顔を覗き込んだ。途端に、拳が飛んで来たのを受け止め、引き寄せて胸ぐらを掴んだ。

「!」

「……殺すつもりで手を出すってなら容赦はしないけど。お前はアランの仲間か?」

「………!」

 少年は目を見開く。そして、ぐっと口を引き結んだ。……肯定だと、ローエンは見る。少年は激昂したように暴れ、叫ぶ。

「……殺せよっ! 俺たちをゴミみたいに殺すのが好きなんだろ! お前たちは!」

「そんなことしない。誤解だ。……確かに悪い奴らもいるけど……俺たちは違うよ」

「そんなの……信じるかよ!」

 埒が開かない。誰かに────アランに、そう吹き込まれたのか。だとしたら困難だ。アランと信頼関係を築くのはかなり難しいことかもしれない。力で服従させるのか。………目の前の少年を見ながら、ローエンは悩んだ。

「………酷いことをされて来たんだろ。俺もよく知ってるよ」

 ぺっ、と唾を吐かれる。その時、少しだけ────少しだけ、イラッとした。子供嫌いの自分が目覚めようとした。でも、ここで殴っちゃいけない。それじゃ、彼が嫌いな大人と同じだ。

 ────ぐっと堪えていたその時、背中に変な感触があった。

「……?」

 振り向いた。そこには知っている顔があった。怯えた目をして、必死な目をして、何かを握っていた手がほどけながら、後ずさって行く。

「…………ラビ、から、はなれて」


「────レノ(・・)


「お父さん!」

 ソニアの声が響く。遅れてその理由・・を理解した。背中に走る痛み。じわりと広がる温かさ。────しばらく忘れていた、その感覚。

 少年を掴んでいた手が離れる。視界が回って、床に倒れた。レノが少年に駆け寄って、助け起こして出口へ走って行く。逆光に照らされたその影が、ぼける。

「………なん、で」

 どこを刺されたんだ、急所ではないな、とぼんやりとした頭で考える。昔の記憶が蘇る。死にはしない、しないだろうけど。

 ソニアが駆け寄って来る。リアンと、ローレルやブルーノたちも寄って来て、自分の体に触れる。

「おい、大丈夫か!」

 リアンの声が降って来た。その腕を手探りで掴み、ローエンは言う。

「……俺は、大丈夫だから、あいつらを、追え」

「バカ言うな! 子供ら置いてったらパニックになるだろ!」

「…………クソ……」

「これ、どうしたらいいんだ⁈ 刺さったままでいいのか⁈」

 ローレルが狼狽えた声で叫んでいる。恐らくナイフだ。

「……抜くなよ」

 ローエンはそう答える。立ちあがろうとしたローエンを、リアンが支えてそのまま背負う。

「お父さん! 死んじゃ嫌だよ!」

「……心配するなソニア、多分、大丈夫、だから」

 前にもこんな風にソニアに泣きつかれたな、と朦朧とした意識の中で思う。床に目がいって、流れた自分の血を目にした。

(……あぁ、あいつに何て報告しよう)

 フィンリーの顔が浮かんだ。彼女は一体、どんな顔をするのだろう。彼女の悲しい顔は見たくなかった。これが、夢であればいいのに。

 目を閉じる。リアンの背中を感じる。彼からは、もうあのむせ返るような香水の匂いがしなくなった。そんな、どうでもいいことが意識に入る。

 揺られている。指先が冷えてきた。コイツの背中では死にたくないなと、ローエンは微かに笑った。


#37 END

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