第36話 熟れた想い
三日後。ローエンたちは警察署の会議室に集まっていた。ホワイトボードの前に立ったアナスタシアは、長机を囲む面々に向かって言った。
「えーと、それではこれまでの調査結果をまとめたいと思います」
今日集まりたいと言い出したのはローエンだ。リアンはばっちり成果を上げて来たらしい。まだ詳しいことは何も聞いていないが。
「じゃあまず、我々から。班長」
「うい。まずは、ローエンが持って来たナサリオ・ファミリーについてやけど。かつてアルダーノフ・ファミリーと競合してた組織や」
そんな気はしていた。ローエンはリアンと顔を見合わせた。
「スラムを縄張りとしてたアルダーノフがおらんようなって、半年前からスラムに手を出すようになった。アルダーノフの残党もいくらか拾ってるみたいやな」
「………ボスの名は?」
「ファビオ・ナサリオ。64歳。父親を殺して頭領になったサルヴァトーレ・アルダーノフには一目置いてたようや」
「……でも、何で半年前からなんだ? 邪魔者は長らくいなかったわけだろ」
ローエンは疑問に思ってそう言う。答えたのはダミヤの隣のフィンリーだった。
「すぐに手は出してたみたいやで。でも、ガターッと下っ端がやられてもうたことがあって、警戒して一度手を引いたみたいや。そこからアルダーノフの残党を拾いながら立て直して……ようやくって感じちゃうか」
……ローエンとリアンには心当たりがある。あるが、あまり思い出したくないので黙っていた。
「まぁ、ともかく今スラムで薬ばら撒いてんのは、このナサリオと繋がった奴らってことや。構成員ですらない使いっ走りやけどな」
ダミヤはそう言って肩を竦めた。ローエンは顎に手を当てる。
「ナサリオにコンタクトは取れないのか?」
「無茶言うなや。……お前が一人で乗り込む言うんなら話は別やけど」
「………考えとく」
「いや考えんな」
フィンリーがビシッと手で突っ込む。半分冗談だ。ダミヤが手を叩いた。
「麻薬組織についてはそんなもんや。とりあえず末端を引っ捕える方向でええんか」
「……まぁそうするしかないよな」
「住人に買わないように呼び掛けることは出来ないんですか? 一般的に社会ではそうするでしょう」
エリオットが言う。……常識的に考えればそうだ。だが、ローエンは眉を顰めた。
「スラムで暮らすほとんどの人間は、元々は街で暮らしてた人間だよ。皆んな、そんなこと知ってる」
「要は法律が届いてないからだろ。裁けばいい。麻薬の売人も、使用者も」
手を広げ、リアンはそう言う。ダミヤは腕を組んで、唸った。
「簡単なことやないな……蔓延ってる言うたやろ。俺らだけやと無理や。そういうのは専門がいる。麻取の力も借りたいところや」
「借りればいいだろ。ツテとかないのか」
ローエンはフィンリーを見た。彼女はその視線を受け、目を細める。
「なんや。何でウチを見んねん」
「ウィスタリアでの勤務経験がある警察官なら、何かしらあるんじゃないかと」
「関わりはあっても親しくはなってへんな。気軽に声かけられるようなんはおらへん」
「まぁ、協力は要請してみるわ。……期待はせんとってな」
で、とダミヤはローエンとリアンに目を向けた。
「そっちは何か分かったんか」
「俺は、レノのことが少し」
フィンリーがぴくりとする。それに気付きながら、ローエンは先を続けた。
「事件現場付近で聞き込みをした。周辺の住人たちはレノのことを知ってたよ。結構一人で歩き回ってたみたいだな。愛想の良い子だって印象だった。それから……ヤク中の父親を献身的に支えてたって」
フィンリーの顔が曇った。彼女は俯き、拳を握り締める。
「レノは三年前に父親とスラムに来たらしい。その頃から父親は既におかしかったって話だ。誰も近付こうとしなかったから、何でスラムに流れて来たのかは誰も知らなかった」
憶測のような噂程度のことは聞いたが。どれも信憑性には欠けていた。だから、あえてここでは省くことにした。
「半年前辺りから、レノが数日姿を消すことがあったみたいだ。どこかに行って、帰って来ると金を持ってた……って何人かから話を聞いた」
「金?」
フィンリーは怪訝な顔をローエンに向ける。ローエンは目を細める。
「あんたがレノと出会った時、レノは男の財布を盗んでたんだろ。あれは常習だよ。街から来る男たちの金を盗んでた。父親が薬を買うために」
「………あんなええ子やのに?」
「スラムじゃ良い子でも生きるために盗んだりはするけど。住人の話でも良い子ってことだったから、まぁ、そうだな。彼に盗みを仕込んだ奴がいる……っていうのが俺の考えだ」
と、ローエンはリアンを見る。リアンは肩を竦めた。
「まぁそうだね。そこで出て来るのがアランてわけだ」
リアンは椅子に預けていた身を起こし、机に肘をついて手を組んだ。その顔は楽しそうだった。
「顔までは分かんなかったけど。大体のことは分かったよ。18歳くらいの青年で、親のいないスラムの子供たちをまとめるリーダー的存在って話だ。“スラム自警団”を自称してて、仲間たちと新市街から来る奴をやっつけてるんだってさ」
わざと子供らしい言い回しをしてから、リアンは手を広げた。
「ま、その実態は強盗団みたいなもんだよ。集団暴行に窃盗。被害に遭ったボランティア団体もいるって話だ」
「………ボランティアにも?」
アナスタシアが眉を顰める。リアンは肩を竦めて続ける。
「幸い、AFTは遭遇してないけど。俺やローエンがいるお陰で、見てるけど避けてるのか。あるいは単に、たまたま遭ってないだけなのか……どうだかね」
あと、とリアンはニヤリと笑う。
「……新市街の人間に加担するスラムの大人を、目の敵にしてるって話だ」
「加担、ですか?」
訊き返すロジーに、リアンは笑みを浮かべたまま頷く。
「金を貢ぐ奴らと、金を貰って使いっ走りをする奴らさ。そういう奴も暴行されたり、殺されたりしてるって聞いた」
「それって……子供達が大人を襲ってるってことですか」
エリオットがぞわりとした様子で言った。
「そうだよ。犯人はみーんな子供だ。スラムで育った年若い子達だ。アランはその中でも飛び抜けて身体能力が高くて、頭も良くて、子供の間ではヒーローみたいな存在らしい」
と、リアンはローエンを見た。
「ここまで聞いてどう思う?」
「……分かんねェ。でも、放って置いちゃいけない」
「だよな。AFTだっていつ襲われたっておかしくないんだ。脅威には早めに対処しないと。大体、殺人鬼の子供の集団なんてよろしくない」
「………レノも、そこにおるんか」
フィンリーが、重い声で言った。目は細められ、歯は食いしばられている。リアンはその目を見返し、困ったような笑みを浮かべながらローエンに話を促す。
「……レノは、あの日からしばらく現場付近で目撃されてない。彼はアランの所に戻りたいみたいだったし……そう考えて良いと思う」
「………」
彼女は目を伏せた。ローエンは彼女が何を思っているのか、大体分かった。
「なぁ。アンタはレノを助けたいんだろ」
「!」
フィンリーが目を上げる。驚いた顔をして、そして彼女は苛立ちを見せる。
「……分かったようなこと言わんといてくれるか。……でも、そうや。あの子がそんな所にいるのは許せへん。連れ戻したらな、そんなとこにいて良い子やない……」
「フィン、お前……」
ダミヤは怪訝な顔をしてフィンリーを見た。キッ、とフィンリーは振り向いた。思わぬ鋭い目を向けられて、ダミヤはたじろぐ。しかし、フィンリーはダミヤには何も言わず、目元を緩めて椅子に背を預けた。
「……そんで、アランをどうするんや」
「法律が適応されるなら、殺人罪に窃盗罪、余罪諸々だ。死刑でも足りないだろうな」
「アンタが言うと妙やな、ローエン」
フン、と笑うフィンリーに、ローエンは苦笑を返す。
「でも彼は未成年だし、あぁいうのは捕まえたって仕方ない。でも殺すわけにもいかない。そういうのはやめたしさ。だから、まぁ……仲良くなろう」
「……はぁ?」
声を発したのはフィンリーだったが、その場にいる全員がそういう顔をした。リアンも呆れ顔をする。
「何言ってんだ……急に平和ボケしたのかお前」
「別に。戦うのは必要だと思うよ。でも、出来れば俺はスラムの復興に、彼らの力も利用したい」
「人手が欲しいのは分かるけどさー……、凶悪犯だぜ」
「俺もお前も凶悪犯だよ。でもこうして警察と協力してる」
「俺は違うだろ!」
「………この前凶悪の部分は否定してたやろ……」
リアンとフィンリーからツッコミを受ける。ローエンは肩を竦めると、続ける。
「まぁ、ともかく無い話じゃないってことだ。あのレノが懐いてるんなら、俺たちに敵意があるだけで悪い奴じゃないってことだろ」
「……それはどうかね」
リアンは険しい顔をした。
「何で?」
「まだ推測の域を出ないけど。レノの父親を殺したのは、アランだと思うよ、俺は」
「!」
フィンリーがガタッと立ち上がる。リアンは彼女はを見て宥める。
「落ち着いて。証拠は何もないんだ。でも、俺が思う犯人像にアランは一致するし、動機だってある」
「………動機?」
「アランはレノを自分の元に引き入れたかったんだ」
それを聞いて、ローエンはハッとして思い出した。リアンが言っていた言葉。
「………“自殺に見せかけて殺す必要があった”……」
「自ら命を絶った父親。やむを得ずレノは頼れるアランの元へ行かなきゃならなくなる。………レノの父親は新市街の人間に加担する大人だ。そんで、レノを害してもいた」
「それじゃあ……正義感だろ、それは」
ローエンの言葉に、リアンは首を横に振った。
「自分の目的の為に人を殺すのは、正義じゃない」
「…………自分のためだってのか」
「俺が思うに、そうだね。だって、レノは父親からの解放を望んじゃいなかったんだろ?」
「それは……分からないが」
沈黙。その静寂を破ったのは、フィンリーだった。
「……アランは、ウチがぶっ飛ばす」
「フィン」
怒りに震えた声に、ダミヤはその腕を引っ張った。その手を振り払い、フィンリーは言う。
「レノを騙してるわけやろ⁈ 騙して、ニコニコしてるんやろ、きっと。そんなん、許せへん。早く……早く見つけへんと」
「フィン。落ち着け」
「落ち着いてられへんわ! ウチの気を知りもせんとよう言」
バチンと音がした。カランとサングラスが床に落ちる。全員が息を呑んだ。立ち上がったダミヤだけが、冷静に目を細めている。頬の痛みとそこに残る衝撃に目を見開きながら、フィンリーは首の向きを戻した。
「────ダ……」
「目ェ覚めたか。……頭冷やせ」
「……ダミヤ、くん、今……殴った……?」
「殴った。そんな事も分からんなったんか。私情で動くな。俺たちは、警察官や。それを忘れるな」
水色の瞳が揺れる。悲しみと驚きとが混ざったその色の中に、沸々と怒りの色が混ざり始めた。……だが、フィンリーはその感情を噛み潰すように目を瞑ると、床に落ちたサングラスを拾い上げ、掛け直した。
「………分かってるわ。……ちょっと、風に当たって来る」
フィンリーは会議室を出て行く。重い空気がそこに残る。リアンは頬杖をついて、ぼそりと言った。
「……ありゃないぜ、女のコに手ェあげるなんて」
「…………そういうんじゃないやろ」
ダミヤは目を伏せる。ローエンはため息を吐いた。
「悪化させてどうすんだ、馬鹿」
「あのままやとフィンは暴走する。……そうなった方が、最悪やろ」
「悪手だよ、今のは。アンタ、彼女の気持ちを考えちゃいないだろ」
「考えてるわ。アイツはレノを自分の子供みたいに思てもうてる。やから……」
「ちげーよ。そういう事じゃない。これだからバツイチのおっさんは」
「んな」
言葉を詰まらせるダミヤに、ローエンは立ち上がって言う。
「部下たちのことも考えろよ。こんな空気、良くない。アンタらが引っ張ってんだろ。アンタは班長で、あの人はその相棒だ。アンタらが歪みあったら不安になるだろ、皆んな」
言われて、ダミヤはアナスタシアと、エリオットと、そしてロジーの顔を見た。不安げな目がダミヤに刺さる。
「………スマン」
「追いかけて、話して来るか。良い機会だろ」
「……いや、俺が行ったって火に油やろ。逃げてったんやし……」
「仕方ないな」
ローエンは大きなため息を吐くと、会議室の出口に向かった。
「どこ行くんや」
「俺が一肌脱いでやる。変に仲良いアンタより、嫌われてる俺の方が良いだろ」
ドアを開けながら振り向き、ローエンは笑う。
「大丈夫、女の扱いには慣れてるからな」
*
屋上に出ると、フィンリーがフェンスに寄りかかって遠くを見ていた。背後から近付いてくる気配に気付くと、フィンリーは振り向いて目を細める。
「………何でアンタが来んねん」
「ダミヤくんが来ると思ってたか。でも今のアンタらじゃ多分、もっと喧嘩して、最悪屋上からどっちかが落ちる」
「アンタを突き落としてもええねんで」
「……苛立ってんな。話聞くよ」
「何でアンタに話せなあかんねん。ほっといてや」
ローエンは肩を竦め、そのままフィンリーの隣に来た。背丈が高い。目線の高さが変わらない女性は新鮮だった。
「………俺の娘もさ、孤児なんだよ」
ローエンはポツリとそう言った。フィンリーがこちらを向く。
「ソニアだよ。会っただろ。スラムで育って、親が死んで、たまたま……たまたま、俺が拾った」
「………そういや故郷や言うてたわ。あんま似てへん思ったけど、ほんまの親子じゃなかったんか」
「血の繋がりはないけど、親子だよ。……俺は昔、子供嫌いでさ。女遊びの邪魔になるし、鬱陶しいと思ったこともあったけど……今は大事な俺の子だ」
フィンリーは黙って聞いている。目の前の男を、見定めているようだった。
「だから、アンタの気持ちも分からなくないよ」
「……知ったような口利く男は嫌いや」
「ダミヤが好きなんだろ、アンタ」
「!」
驚いた、というより何かを恐れるような顔をしたフィンリーを見て、ローエンは笑う。
「勝手に言ったりなんかしないよ。最初は、相棒としての執着心だと思ってたけど。……やっぱなんか違う。アンタは女としてダミヤのことが好きだし、それを隠そうとしてる」
「………嫌な男やわ。乙女の心を勝手に覗かんでくれる」
「分かりやすいんだよ。あのおっさんが鈍いだけで」
「は。だから奥さんに逃げられるんや、あの男は……」
フィンリーは皮肉げに笑った。それから、空を見上げて遠い目をした。
「……ダミヤくんとは同じ町で育った。6つ上で、兄貴分みたいなんやったけど、一緒に遊んで育ったんや。……幼馴染いうことや。ウチが12の時に、ダミヤくんは警察官なる言うて、町を出てった。寂しくて、ウチも追いかけたなって……18の時に町を出た」
ローエンは穏やかな顔でその話を聞いていた。話をするフィンリーの横顔は、どこか幼い少女のようだった。
「そんでようやく、警察官なって。ダミヤくんと同じとこに配属になって、意気揚々と、会いに来たでって……顔出したら。……左手の薬指に指輪がハマってるのを見て。絶望したのと同時に、ウチはダミヤくんが好きやったんやって、気が付いた」
傷付いた顔。恋に気づいてしまったと同時に失恋した彼女の痛みは、ローエンには分からない。でも、笑ったりはしない。
「でも、もう遅い。ダミヤくんと歳の近いレーニャちゃんより、ウチはダミヤくんから遠かった。近くでおれるんは、同じ仕事をしてる時だけや。ウチは体がデカくて、力だけは強かったから……認めてくれるんやったら、女としてやなくても、相棒としておれるんやったら、それで良い思てた。……思おうとしてたんや」
ぐ、と拳に力が入る。傷痕の残る手。歴戦の戦士のような手をしているが、その線は細かった。
「男同士みたいに振る舞ってた。ダミヤくんも全然意識してへんかったし。当たり前や。奥さんおるんやから。そのうち子供が……ロジーちゃんが生まれて、あぁ、父親なったんやなって思てたら……その一年後にダミヤくんは奥さんと別れてもうた」
フィンリーは薄っすらと笑う。哀れな男を嗤うように。
「ウチの大好きなダミヤくんが汚されたような気がして、腹立った。同時に、何でウチがダミヤくんの子の親やないんやろうって、悔しなった。……ダミヤくんのことを諦められんなった。そんでも、今さらや。なかなか言えんなって、笑い飛ばされたら、拒絶されたらどうしよう思て、怖なって、言えんうちにウチが異動になった。なんか、安心したような……寂しいような、そんな気持ちやったよ」
フェンスの淵に突っ伏した。ローエンはその背中を眺めている。あまりにも長い────長い時間、彼女はその想いを独りで内に秘めて来たのだろう。誰にも言えないまま。それを、嫌いな男に話している。
「……ウィスタリアで、男作ったろうかな思ったけど。ウチこんなやし、どうしてもダミヤくんが過って、アカンかった。そんでついにまたアザリアに戻れることになって。……嬉しかったけど、どんな顔して会えば良いんか分からんくて……とりあえず、署長にダミヤくんの居場所聞いて、道場行ったら、知らん背中があった」
昔と変わらず、刀を振っていたダミヤ。でも、久しぶりに見るその背中は、フィンリーが思っていたものと違っていた。
「髪長なってるし。……おっさんになってるし。そりゃ十五年経ったら変わるやろうけど。てっきり街で活躍してるもんや思ったら、スラムなんかに飛ばされてるし……腹立って、でも、話してたらどうでも良いような気もして来て、よう分からんなって、アンタに八つ当たりして……」
「………八つ当たりの自覚はあったんだな」
「あるよ。……ダミヤくんに刀向けられて、悲しなって。やっぱり女としては見てへんのやろうなって、思った。また一緒に仕事やろって言われたのは嬉しかったけど………結局そこまでや」
フィンリーは大きく息を吐く。顔を上げ、左頬を抑えた。
「さっきも、叩かれて。……ダミヤくんの冷たい目が、怖なって。逃げて来てしもうた。……何が腑抜けたや。怖がってるのは、ウチやのに」
「おっさんはアンタが心配なんだよ。レノを想うあまりに暴走しやしないかって。やり方が、ちょっと不器用だけど」
「ちょっとなんてモンか。女心の一つも分かってへん。レノを助けることを、ダミヤくんに怒られるんが一番腹立つんや」
「じゃあちゃんと話せば良いだろ。鈍い男にはそうするしかない」
「勝手なこと言いよって、若造が……」
「女性経験だけは多いもんで。……ま、俺もまだ分からないことは多いんだけどさ。話してくれれば、何とかしようと思うもんだよ」
「それは……アンタが相手を好きやからやろ」
「おっさんだって、アンタがどうでもいいなんて思ってないと思うよ」
ローエンは笑って言う。フィンリーの表情は暗かった。
「……せやろか」
「まぁ、強要はしないよ。アンタら自身で決めることだ。それで喧嘩して殺し合うも、仲直りして愛し合うも良し………」
「……アンタの中でウチらは凶暴な何かなんか」
「地下水路で大喧嘩しそうになってたのに何言ってんだ。俺が止めなきゃ、マジで喧嘩してただろ」
「…………いっそ、あのまま殴り合った方が良かったんかな」
「さてね。血が流れないのが一番だよ。話し合って解決するなら、それが一番良い。アンタが一度おっさんの顔を殴り飛ばしたいならそれでもいい。スッキリするならさ」
「……分からへん」
「そ。まぁゆっくり考えれば。俺でよければ話はいくらでも聞くよ」
「…………何でアンタなんかに話してしもたんやろ……」
フィンリーは項垂れる。今さらだな、とローエンは肩を竦めた。
「女性経験だけは多いもんで」
「悪い男やで、ほんま。タチ悪いわ」
そう言ってから、一つため息を吐き、フィンリーは仄かに笑った。
「……でも、ありがとうな」
「どういたしまして」
風が吹く。それからしばらく二人は、流れ行く雲を眺めていた。
#36 END




