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Strain:After tales  作者: Ak!La
35/53

第35話 調査開始

 翌朝の朝刊には、宣言通りハイデマリーの書いた記事が載っていた。彼女の目から見たスラムの様子がありありと書かれている。特集にしてもらったらしく、しばらく連載するようだ。昨日届いていたメールには、次の取材予定が書かれていた。

(……レノはスラムに帰っちまったしな。うーん)

 レノの取材をしたいと言っていた。だが、そうなるとスラムで彼を探さなければならない。アランを探していれば、見つかるだろうか。

 朝早い時間。皆が起きてくる前に朝食と弁当を作っている。家族の分とは別に、弁当の具をタッパーに包む。リアンの報酬分だ。

 階段から足音がする。制服姿のソニアが降りて来た。

「おはよう、お父さん」

「おはよう。………ソニア」

 ローエンは振り向いて、それから少し目を泳がせ、控えめに言った。

「……昨日、何も、なかったか」

「え? あぁスラムを案内した時のこと? 大丈夫だよ。私は全然平気。フィンさんが悪い人捕まえてたけど……」

「……それ以外は?」

「それ以外? 何もないよ。その後、ダミヤさんたちはお仕事戻っちゃったから、トニーと帰って来たの」

「その後は」

「………え、何……何もないってば。もう」

 少し怒ったような、引いているような様子でソニアは目を細めた。

「スラムの外でダミヤさんたちと別れて、トニーとカフェに一旦戻って、皆んなと話してから帰って来たよ。あ、午後も結構お客さん入ってたよ。お父さんのレシピ結構好評だったって。良かったね」

「………そう、か」

「心配し過ぎじゃない? 私ももう18歳だよ。過保護だと嫌われるよ」

「う、そうか。ごめん」

 朝食のプレートをテーブルに並べる。ソニアは席につく。いただきます、と手を合わせて食べ始める。

「俺、ちょっと早めに出るから。……ヴェローナによろしく」

「はぁい」

「夕方、俺はスラムの入り口で待ってるから」

「分かった。……これからスラムに行くの?」

「ちょっとな。じゃあ行ってくる」

 リアンの分の包みを持って、ローエンは家を出た。



 事務所に着いて、いつもの様にソファで寝転んでいたリアンに包みを差し出す。眠そうなまま受け取ったリアンは、ガバッと起き上がった。

「………うおー! 朝飯!」

「事前報酬だけどな。働けよ」

「働く働く! 腹減った! いただきます!」

 包みを開けて食べ始めるリアンを尻目に、ローエンはデスクに向かった。パソコンの電源を入れる。

 はたと、時計を見たリアンは首を傾げる。

「……今日来るの早くね?」

「お前の朝飯届けに来たんだろうが。……あと、スラムに行くよ」

「あ、やっぱ手伝ってくれんだ」

「“アラン”の方は任せる。俺は現場付近で何か目撃情報がないか探ってみるよ」

「そ。んじゃ別行動ってわけね」

 ローエンはメールをチェックし終えると、パソコンをスリープにした。立ち上がって、リアンに言う。

「じゃあ俺は先に行くから」

「え、もう行くの。早くない?」

「面倒なのに会わないからだよ。……あの酒場にも行ってみる」

「あぁ……。気をつけてね」

「誰に言ってんだよ。……じゃあな。食ったら置いとけ」

「昼飯は?」

「………12時前に帰って来る。下で作って置いとくから帰って来て食えよ」

「なんか通い妻みたい……」

「殺すぞ」

「わぁ」

 ものすごい目で睨まれて、リアンは首を縮めた。歳を取ると、どうも余計なことを口走る。バタンとローエンは出て行った。

 思えば、今、リアンがしている暮らしは昔とそう変わらない。

(……あいつが本当に女だったら、何のしがらみもなく幸せだったろうにな……とか言ったら殴……いや殺されるな、確実に)

 ぶんぶんと首を振った。彼の地雷は分かっている。分かっていて自ら踏みに行くようなことはしない。激怒したローエンが怖いのはもう知っている。…………あの後でも、ローエンがこうしてほとんど変わらずに接して来るのが、リアンには意外だった。

(マジで、言ったら殺されると思ってたんだよな。だって、自分の父親にだってあんな怒ってたからさ……)

 父親の件よりは怒っているように見えた。ソニアのことがそれほど大事なのだろう、とリアンは思う。

(あの喧嘩少年が、こうなるなんて誰が思ったよ、ほんと。そんで俺の子の里親だとか。………運命ってのは悪戯だね。まぁ、いいけどさ)

 ソニアとは普通に顔を合わせている。自分を決して父とは呼ばないし、距離感だって以前のままだ。あの日、少しの間だけ親子でいれた時間は、幻だったんじゃないかとさえ思う。────きっと、その方がいい。

(……つら…)

 そんなこと思っちゃいけない、とそう思ってはいるが。少しの間でも寄り添ってくれた、自分の血を引く少女の温もりを忘れられやしない。

 だから、大切にしようと思った。そして、それなりに誇りを持って生きようと思った。でなければ、彼女に顔向け出来ない。

 リアンが誇れるのは、情報屋としての自分だけだ。

「………よーし、頑張りますか」

 頬を叩く。背筋を伸ばした。腹は膨れたし、力が入る。空になったタッパーを元のように包んで、ローエンのデスクの上に置いた。ごちそうさま、と手を合わせる。

 解けていた髪を結び直す。伸ばしている理由は特にないが、切る理由も特にない。だいぶ伸びて来たので、そろそろ切ろうかとは思う。

「さぁてと……」

 目標は“アラン”という名の少年。……あるいは青年。スラムで暮らす子供、という以外の情報はない。だが、それで十分だ。

 リアンは笑う。獲物に狙いを定めた獣のように。

「……会いに行きましょうか。アラン君に」



 開店前のスラムの酒場に足を踏み入れる。カウンターで店主が準備をしていた。ローエンの顔を見るとびくりとする。

「………話を聞きに来ただけだよ。昨日は悪かったな。客が来たら大人しく退散する。昨日来てた奴らについて、知ってることがあったら教えてくれ」

 ローエンはカウンター席に座った。店主はおずおずと口を開く。

「……あ……あんたは……俺を消さないのか」

「何で。あんたは悪くないだろ」

 ローエンは頬杖を付く。そして目を伏せた。

「俺は依頼がなきゃ殺しやしないし、そもそも、もう殺し屋はやめたんだ。あんたが俺に怯える必要はないよ。神父はとっくに死んだんだ。それはあんたも知ってるだろ」

「………」

 店主は顔を曇らせる。ローエンは一つ息を吐いた。

「新市街の奴らを客にしてることを、咎めやしない。だから、昨日いた客共の話を聞かせろ。それだけでいい。聞いた会話とか」

「………」

「商売をしてるっていうのは俺も聞いたよ。薬か、人身売買だろうけど。その辺りのこともきっと話してただろ」

 そう言うと、店主は眉を顰めた。

「……俺が話したと、言わないか?」

「言わない。約束する」

 ローエンが目を見て頷くと、店主は控えめな声で続けた。

「分かった……。奴らは麻薬の売人だよ。それも中枢の奴らだ。大きな組織と繋がって、薬をスラムにばら撒いてる」

「マフィアか?」

「そうだ。確か……ナサリオ・ファミリー……と、言っていたような」

「ナサリオ……」

 ローエンはよく知らない。ダミヤに持って行けば、多分分かる。とりあえず、昨日ここでたむろしていた男たちのことは分かった。

「奴ら、いつも来るのか?」

「そうだな。半年くらい前から……週2、3で来るよ。不定期だが」

「……なるほどね。あと一つ。この男、見たことないか」

 ローエンは昨日フィンリーたちが捕まえた男の写真を見せた。

「………あぁ。たまに。あいつらと一緒に来てた。下っ端みたいでいつも店の端で静かにしてたが……」

「そうか。ほかに何か気になったことはないか? 何でもいいんだ」

「いや……特には」

「分かった。ありがとよ」

 ローエンは写真をしまって、立ち上がった。出口へ歩きながら手をひらりと振る。

「聞きたいことは終わりだ。邪魔したな」

「………あ、あんた」

「ん」

 呼び止められて、振り向いた。店主は不安そうな顔をしていた。

「スラムは……どうなるんだ」

「…………」

 スラムの守護者たる神父がいなくなって、十年。この店主は一生懸命この酒場を守って来たのだろう。来るのはこのスラムを荒らす者たちばかり。彼らの機嫌を損ねないよう、彼は慎重に経営を続けて来たに違いない。生きるために。

「さぁ。悪いことにはならないようにしたいけど。……そうだ。スラムで暮らす子供たちのことを知らないか」

「子供? そんなのあんたもよく知ってるだろ」

「………あぁいや、そうじゃないんだ。……知らないならいいよ」

 一歩踏み出してから、ローエンはもう一度立ち止まった。

「……“アラン”て名前に、聞き覚えは?」

「アラン? ……誰だ。知らない名前だ」

「酒場の店主ならもしかしたら……と思ったけど。レノって奴も知らないか」

「知らない。……子供はここに来ないからな」

「それはそうか」

 ローエンは店を出る。………出て少し歩いてから、引っかかって立ち止まる。

(………子供って言ってないぞ、俺は)

 となると、少なくともどちらかのことは知っているということになる。ローエンは首を捻る。店主を脅して吐かせるのは簡単だが、手荒なことはしたくない。第一、アランのことはリアンが調べている。自分がこれ以上深入りする必要はない。もし、その必要があれば向こう側から自ずと繋がるはずだ。

(さて、じゃあ現場検証だな)

 ローエンは、レノの父親が殺されていた現場へと向かった。



 遺体は昨日のうちに回収されていた。路地の入り口に規制線が引かれている。エリオットが引いてくれたのだろうか。遺体と凶器のガラス片がない他は昨日のままだ。地面は石畳で、足跡等の形跡は残っていない。遺体のあった壁には血痕が残っている。人の首の高さ辺りから、ずるりと地面まで続いている。立った状態で切られたのだろう。だから、リアンは犯人は大人くらいの背丈と断定した。レノが言うには父親はその日酷く錯乱していたと言うし、暴れる大人の男を殺せたとなると、やはり犯人は成人に近い男なのだろう。

 現場に残る血の量からしても、犯人はかなりの返り血を浴びたに違いない。それでも、辺りに逃げた痕跡は残っていない。血溜まりを踏んだ足跡も。

「……上か」

 路地を見上げる。幅は狭い。身体能力の高い人間なら登って行けなくはない。……にしても、壁にもそれらしき痕跡はなかった。

 父親が死んだのは、昼間だ。決して暗くはない。目撃者がいるかもしれない。


「あ……いつも来てくれる人……」

 少し離れた路地で母子を見つける。AFTの活動中に出会う親子だ。若い母親と、まだ5歳くらいの歳の男の子。

「どうも。……ごめん、AFTとしては後でまた来るんだけど、今は聞きたいことがあって。あそこで男が殺されたの、知ってますか」

 ローエンは現場の方を指差した。

「………もしかして、レノ君の? 死んじゃったんですね、あの人」

 母親はレノを知っているらしい。ローエンは頷いた。母親は子供を抱き寄せて続ける。

「あの男の人、怖くて。何をされるか分からないから、私たちは近付かないようにしてたんです……」

「彼はいつもあそこに?」

「彼が寝泊まりしてるのはあそこですね。時々どこかへフラフラと出て行ってましたけど」

 薬を買いに出て行っていたのだろう。……金はどこから手に入れていたのか。元々持っていたのか、それとも奪って来たのか────。

「レノのことを聞いても?」

「レノ君ですか。良い子ですよ。毎日挨拶してくれるし、うちの子とも仲良くしてくれて。……あんな風になったお父さんのことも、大事に思ってたみたいで。一生懸命世話してたんです。健気でしょ。そう言えば、あの子が時々……どこからかお金を持って来てたような」

「……レノが?」

「働いて、ってことはないでしょうけど。どこからか持って来るんです。もしかしたら……盗んでたのかな……」

 フィンリーが彼と出会った時、彼は男の財布を盗んでいた。あれは初犯じゃなかったということだ。普段から盗みを働いている。それは父親のためで、ターゲットはきっと、新市街の人間だ。

「……昨日から、レノは」

「昨日は……あぁそうだ、警察官と一緒に歩いてたのを見ました。珍しいですよね。ちょっと怖くなって、私はこの子を連れてここを離れたので、後のことは分かりません。今日は……見てないです。お父さんが死んじゃって、現場もほら、あぁなってるでしょ。別のところにいるんじゃないかなって……。私の所に、来たら良かったのに」

 そう言う彼女は、心底レノを心配しているようだった。ふと、ローエンは気になったことを聞いてみた。

「……レノの母親は?」

「さぁ。私が会った時には二人だったので。父親は既におかしかったし、流れて来る前に逃げられたんじゃないですか」

 少し憤りの籠ったような声。……彼女もそういう経験をして来たのだろうか。ともかく、母親のことは置いておいて良さそうだ。

「ええと。……昨日、レノと警察官が来る前に誰か……見ませんでした?」

「昨日見たのは他にはあなた達だけですよ。普段は、体力の温存のためにほとんど寝てるので。この子は遊びたがるけど……レノ君も昨日はここには遊びに来なかったし」

 目撃情報のアテは外れたようだ。ダミヤの疑いが過るが、フィンリーは違う。状況的には彼女にも犯行は可能かもしれない。彼女なら背丈もあるし、力も強い。だが左利きでもなければ、返り血のひとつも浴びちゃいなかった。だから、必ず他に犯人がいる。

 ありがとう、と礼を言って立ち去ろうとした時、思い出したように彼女が声を発した。

「────そうだ、昼間、いつもみたいにあの男がうるさかったんです。いつもここまで聞こえるぐらいの声で怒鳴ったり、騒いでて。レノ君も怒鳴られてたかも。で、そう、昼くらいに……レノ君と警察官がここを通り過ぎる少し前くらいに、急に静かになったんです。その時……だったのかな」

「……………」

「それだけ、です。役に立つかは、分かりませんけど」

 そこまで言って、彼女は顔を上げ、不思議そうな顔をした。

「……どうしてわざわざ、そんなことを調べてるんですか?」

「…………。そうですね」

 彼女の疑問はもっともだ。殺人事件の調査なんて、本来はここでは無意味だ。でも、考えてみるとローエンは可笑しくなって、笑う。

「普通は、調べるんですよ」

 

#35 END

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