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Strain:After tales  作者: Ak!La
33/53

第33話 翳る捜査線

 ローエンが警察署を訪れると、オフィスの机で頬杖をついているダミヤを見つけた。斜め前の机にはロジーがいる。外からコンコンとロッカーを叩くと、彼が気が付く。

「……おぉ、どうした」

 立ち上がってこちらへ来たダミヤに、ローエンは言う。

「フィンリーは」

「フィンか。スラムでしょっ引いた男の取り調べ中や」

「男? ……男の子も連れて来ただろ。あの子は」

「スラムでうたんか? あの子はセリンが相手してるわ」

 ふむ、とローエンは顎に手を当てる。

「…………気になることがあって。話がしたい。いいか?」

「まぁ。……スマン、ロジー、ちょっと外すわ」

 振り向いてデスクのロジーに言うと、ダミヤはオフィスから出て来る。

「ほな」

 ダミヤは向こうを指差す。その方向は取り調べ室だった。


「……あまり良い気分じゃないんだが、ここ」

 椅子に座りながらローエンは言う。向かい側にダミヤは座る。

「良い加減慣れや。……で、なんや」

「先に……ソニアは」

「ん。帰したで」

「………アントニオと……?」

「おう」

 胸がざわっとする。……だが、今はそれは置いておく。

「……まぁいい。俺も依頼でスラムに行ってたんだ。そしたら少年を連れたフィンリーと会った。……あの子の父親の死体も見つけた。あの少年は男から財布をスッた……みたいな話をしてたが、そっちで何があった?」

「ことのあらましは大体そんなもんや。その男に少年……レノやったか。あの子は追われてて、それをフィンが助けたって感じや」

「それで、レノを追ってた男は今フィンリーが取り調べか。……男にも何か怪しいところがあったってことか」

「フィンがレノの持ってた財布を調べたら、麻薬が出て来た。……まぁ十中八九密売人やろ」

 あの会話はそういうことか、とローエンの中で繋がる。男は密売人、レノの父親はそいつから薬を買っていて、それを知っていたレノは男から財布を盗んだ。


 ────男が、父親から金を持って行ったから。


「………何か引っかかるな」

「そうか?」

「それから……父親の死体だ。回収したのか」

「アーチボルトが応援連れて行ってるはずや。やからまだやけど。……何や」

「あの男は殺されてる(・・・・・)。自害じゃない」

「あん? フィンの話じゃ、自分でガラス片で首掻き切ったいうことやったけど。右手で首の右側を……」

 と、その動作をしてみてダミヤは首を傾げた。

「………何か変やな」

「傷は深かった。薬の中毒症状で正気じゃなかったとしても……自分の首の右側を、右手じゃ上手く切れない。左をやるはずだ」

 と、ローエンは自分の右拳を自分の首の左に当てた。

「右掌には切り傷があった。左手は無傷だったし────誰かが殺して、自殺に見せかけたって考えた方が自然だろ」

「なるほど。事件やな。………でも、何でや」

「それを調べるんだろ。……麻薬密売人と関係があるかは分からないが、そっちも調べる必要がある。このまま蔓延はびこらせてはおけない」

 ダミヤははぁ、とため息を吐いて椅子に背を預けた。

「面倒なこっちゃ……人手が足らん。お前も手伝ってくれるんやろうな」

「依頼さえあれば」

「……しゃあないな」

「こちとら商売なもんで。タダ働きは出来ない」

「ま、俺らも仕事やしな」

 体を起こしたダミヤは、声を低くした。

「………フィンがやった(・・・・・・・)いうことないやんな?」

「は? 何で」

 ローエンが訊き返すと、ダミヤは不安そうな顔をした。

「戻って来てから、ちょい危なっかしいやろ、あいつ。フィンは情で動きがちなところがあるから……」

「……アンタが信用してやらなくて誰がするんだ。俺は以前のあの人を知らないから何とも言えないけど。あの人じゃないと思うよ、俺は。ずっとレノは引っ付いてたし、フィンリーは子を置いて死んだ父親に怒ってた。だからあの人は大丈夫だよ」

 相棒だと言っても、長い間離れていれば心の距離が出来てしまうものなのか。普通に接しているようで、内心ダミヤはどこか不安だったのだろう。変わったのはダミヤだけじゃない。フィンリーの方だって変わっている。彼女は、それに気付いていないのかもしれないが。

 ローエンが言っても、ダミヤはまだどこか不安そうだった。

「………アンタら、二人で話したか」

「話すって、何をや」

「思ってることをだよ。アンタは今の自分のことを話したかもしれないが、あの人のことを聞いちゃいないだろ」

「……そんなん、腹割って話せる思うか。俺やって、こうやってフィンに疑い持ってまうなんて……そんなこと」

「面倒くせェな。殴り合ってでもいいから話し合えよ」

「何でやねん。止めたのはお前やろが」

 びし、と手で突っ込んでから、ダミヤは額を抑えて俯いた。

「………今さら改まって話すなんて、出来るかいな」

「今さらじゃない。今だからだろ。話しゃスッキリするもんだよ」

 そう言うローエンに、ダミヤは目を細めた。

「妙に説得力あるな。……そうか、少し考えるわ。ともかくフィンじゃないねんな。ならええわ。疑い持ったまま捜査進めたないからな」

「第一発見者をまず疑うって奴か。……俺は黙っとくよ。アンタが疑ってたって」

「……仲間内で争いたないもんな…………」

 ダミヤは両手で顔を擦った。パン、と頬を叩いてキリッとする。

「よし。とりあえずまずはフィンの取り調べが終わったら話聞こか」

「そうだな」

 二人は立ち上がる。丁度、部屋を出ると隣の取り調べ室からフィンリーがオフィスへ向かう背中が見えた。反対方向の拘置所の方へ、男が他の警察官に連れて行かれている。

「フィン」

 ダミヤが声を掛けると、フィンリーは振り向く。彼女は一瞬晴れた顔をすると、すぐ横のローエンに気が付いて顔を曇らせた。

「何でおんねん。依頼がないと動かんのちゃうんか」

「件の少年のことが気になって。……いや、あの父親の方か。おっさんに聞いたら、色々繋がってそうだったから……。密売人の取り調べしてたんだろ。話を整理したい」

「………ええで。ダミヤくんと、ウチら三人でええんか」

「ロジーちゃんも。いいよな、おっさん」

「……セリンも呼ぶか。少年の話も聞きたいやろ」

「エリオ君はまだ帰ってないんやね。ほなら会議室使おか」

 オフィス横の廊下を通り過ぎる。ローエンは視線を感じた。部外者の自分のせい、というよりダミヤとフィンリーに向けられている視線のようだった。ダミヤたちはスラム担当だが、所属しているのは刑事課だ。彼らのデスクは、目立たない隅に追いやられている。そんなオフィスの隅でパソコンと睨めっこしていたロジーに手招きをし、ダミヤはすぐそこの会議室のドアを開けた。そこにはアナスタシアとレノが机でクレヨンで絵を描いていた。

「あ、班長……。……ローエンさんも。どうしたんです」

「一旦話まとめよかいうことになって。……レノ君の話も聞きたいしな」

 ダミヤはレノを見る。レノは椅子から降りて、アナスタシアの後ろに隠れてしまった。フィンリーは笑う。

「ダミヤくんの顔が怖いって。大丈夫やで、優しいおっちゃんやから」

「………お前もサングラス取れ」

「はいはい」

 サングラスを取りながら、アナスタシアの隣に座るフィンリー。レノはフィンリーの横にやって来ると、その腕を引いた。

「……フィンちゃん、おれ、帰りたい」

「え、何で?」

 意外な言葉だった。ローエンも驚いて思わず訊き返す。

「………帰る? スラムに?」

「うん、帰りたい」

 少年は頷く。フィンリーは少年の方を向くと、困った顔をした。

「何で。一人になってまうで。一人じゃ生きていかれんやろ。お父さんはもう……」

「大丈夫、友だち……が、いるから」

「友だち?」

 フィンリーは訊き返す。ローエンは机の反対側から、身を乗り出した。

「スラムの子供か?」

「うん。たくさん、いるんだよ。集まって暮らしてるんだ、みんな。おれは、お父さんと暮らしてたけど……」

 親のいない子供たち、ということか。ローエンは遭遇した覚えはない。AFTの活動中にも。

「どうやって暮らしてるんだ?」

「………それは……」

 口籠るレノ。ローエンは何かあるなと感じる。だが、そこへダミヤが口を挟んだ。

「まぁええ。帰りたい言うんなら帰したるか」

「ダミヤくん……!」

 振り向いて目を見開くフィンリーに、ダミヤは宥めるように言う。

「本人の意思優先や。俺らのエゴで知らんとこ連れて行く訳には行かん」

「でも……」

「孤児院の受け入れかて有限や。分かるやろ」

ほなウチが(・・・・・)…………!」

「フィン」

「………」

 しゅん、とフィンリーは俯いた。そして、レノの肩を持つ。

「……ごめん。ごめんなレノ君」

「? 何であやまるの?」

 それ以上フィンリーは何も言わなかった。ロジーがアナスタシアの隣に座った。フィンリーの前に座ったダミヤは、腕を組んだ。

「ほんでや。……どうやったんや、あの男は」

「……よう喋るわ。ここ半年くらいやってる密売人グループの一味やて。まぁ末端やから上の詳しいことは知らんらしい。でもどっかのマフィアと繋がってるいう話や」

 フィンリーは暗い声でそう言う。ローエンはやっぱり、と思う。

「昔、アルダーノフ・ファミリーってのを潰した。そいつらもスラムで麻薬をバラまいてたんだが……やっぱり他にもあるんだな、そういうのが」

「………潰した言うた? アンタだけで?」

「いや。四人で」

「四人⁈」

「フィン。そういう奴やコイツは」

 目をぱちくりさせるフィン。ローエンは肩を竦めた。

「それは良いんだ。ともかく、大元を叩かないと根本的には無くならない」

 何してんねん、という顔をするフィンリー。ダミヤの事件ファイルにもなかった。正確にはスラムの事件ではないからか。

「でもなぁ、マフィアいうたらウチらも下手には手ェ出せんのよ」

「………だろうな」

「マフィアグループの勢力均衡とか色々……あぁ……どないせぇ言うんや」

「出来ることからだ。末端を取り締まることは出来るだろ」

「……まぁ……どこと繋がってんのかは探ってみるけど……事によっては難しいかもなぁ」

 フィンリーは眉根を寄せる。アクバールはその辺のことは考えないでやっていたのだろうなと、ローエンは今さらながら思った。

「情報収集はリアンが得意だ。こっちでもやってみるよ」

「いや。ローエン、お前は父親の件を調べてくれ」

 ダミヤが言う。フィンリーは首を傾げた。

「父親? ……レノ君の?」

「そうや」

「あれ、レノ君のお父さんは、自殺だったんじゃ……」

 アナスタシアが言う。ダミヤは顎でローエンを促した。

「自殺じゃないよ。他殺だ。アンタも見ただろ。首の右に傷があって、右手がガラス片で切れてた」

「………あぁ。言われてみれば。妙やな」

 ローエンが言うと、フィンリーは目を細める。ダミヤはそれを見て、何かを探っているようだった。

「え、じゃあ、誰が……」

 ロジーが不安そうな顔でレノを見た。レノはよく分かっていないようで、首を傾げながらロジーの視線を受け、フィンリーを見る。

「………お父さんのこと?」

「そうや。……レノ君。レノ君が財布盗みに行く前は、お父さんどんなやった」

「え……っと、すっごく……震えてたよ。それから、大きな声で怒鳴って、おれが何を言っても……なんか、聞いてくれなくて」

「……」

「お金があれば……って言ってたから、取りに行ったんだよ」

 話を聞く限りでは分からない。中毒症状で錯乱していたのは確かのようだが、レノが父親から離れた空白の時間に、何があったのか。誰が、彼を殺したのか。……死体とガラス片を調べれば、何か出て来るだろうか。

「………手掛かりが少なすぎる。目撃情報でも集めてみるか」

「こっちも何か分かったら教えるわ。スマンな」

「なんだかんだ積極的やな自分」

 フィンリーにじとっとした目で見られる。それを無視して、ローエンはレノに訊ねた。

「レノ君。友だちがいるって言ってたね。その子たちのこと、教えてくれる?」

「えっ……と」

「何か関係あるんか」

 ダミヤは首を傾げた。

「直接はないかもだけど。AFTの活動中に、そういう集団を見た覚えがない。少し気になって。子供だけで生活してるっていうのが…」

 ローエンはレノに視線を戻した。彼は何かまごついている。さっきもそうだった。何か話したくない理由があるのか。

「………大丈夫だ。悪いようにはしないよ。ただ、もし彼らが困ってるなら助けたいんだ。スラムでの暮らしは大変だろ?」

 緊張を和らげようと、表情を緩め、声を優しくする。しかしレノはむしろ警戒心を強めたようだった。

「困って……ないよ、べつに。それに、壁の向こうの大人は信用するなって、アラン(・・・)が……」

「………アラン?」

 訊き返すと、レノはハッとして口を抑えた。

「な、何でもない」

「……なるほどね。君はアランの所へ戻りたいのか。そういうこと?」

「………」

 レノは口を閉ざした。どうしても、その彼のことを話したくないらしい。単なる友だちという訳ではなさそうだ。それとも、ローエンたちが彼に何かをすると思っているのか。

「……レノ君、ウチのことも信用してへんの?」

 フィンリーは寂しそうな顔をした。レノはううんと首を振った。

「…………フィンちゃんだけは、別……」

「えっ、私は……?」

 アナスタシアがショックを受ける。今まで一緒に遊んでいたのに、という気持ちなのだろう。ダミヤがやれやれと首を振る。

「……そぉか。これ以上聞いても無駄やなローエン」

「あぁ。あとはこっちで何とかするよ」

 ローエンは立ち上がる。そしてフィンリーに言った。

「レノをスラムまで送ってやれば。アンタにならついて行くだろ」

「………分かったわ。しゃあないな」

「それじゃ。俺はそろそろ帰らないと。事務所にリアンを待たせてる」

 会議室を出て行くローエン。その後をダミヤがついて来て、廊下に出た所で腕を掴まれた。

「……何」

 ローエンは怪訝な顔をする。目を細め、ダミヤは小声で言った。

「……何やキナ臭い。気ィつけや」

「分かってるよ。レノも何か怪しい。友達だって言う“アラン”のことも、放って置いちゃいけない気がする」

 そして、ローエンはダミヤの腕を振り解くと、彼を指差した。

「アンタこそ、早く解決するんだな。さっきまた疑いの目向けてたの、気付いてるからな。本人に変に気付かれて拗れる前に何とかしろ」

「………よう見てるな。気ィつけるわ」

 ダミヤはバツが悪そうに目を逸らす。ローエンは頭を掻いた。

「アンタがそんなだと調子が狂うんだよ。いつも通り朗らかに笑ってろ」

「俺元々そんな笑わへんやろ……」

「暗い顔は似合わねェってんだよ。良い歳したおっさんを励まさなきゃならない俺の身にもなってみろ。ったく、何で俺の周りは困ったおっさんしかいねェんだ」

「………前から思てたけど、お前、その口の悪さ顔に似合わんで」

「そうですか。それくらいの軽口叩いてろ。じゃあな。仲良くしろよ」

「お前らも仲良くした方がええで」

「俺らはアンタらと事情が違うんだよ」

 しっしと追い払うように手を振り、ローエンは踵を返した。その背中を見送り、ダミヤは会議室へと戻った。


#33 END

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