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Strain:After tales  作者: Ak!La
31/53

第31話 来訪者たち

「………あー。大丈夫や。怖いおっちゃんはやっつけたからな〜」

 フィンリーは笑うが、少年は余計萎縮する。サングラスのせいか、とそれを外す。

「怖い人ちゃうで。警察官や。分かる?」

「……けーさつは、ここには来ないって、お父さんが……」

「そんなことないで。……見して。怪我してへんか」

 フィンリーは優しく言って、少年の前で屈む。少年は大事そうに何かを抱え込んだ。

「………それは?」

「……お金。お父さんが、ほしいって、言ってたから」

 あの男の財布か。だからこの子は追われていたのだろう。フィンリーは微笑む。

「そうか。お父さんがそう言うてたんか。でも、人のモン盗ったらあかんねんで。ウチも君のこと捕まえなあかんなるしな」

「………でも、あいつらもおれたちの……」

「そうか。そうやな。嫌やったやろ」

「うん……」

「自分がされて嫌なことは、人にしたらあかんのや」

「でも、だって、あいつらが」

 少年は必死に訴える。フィンリーは困る。彼は、普通の社会で生きてはいない。ここではその理は通じないのかもしれない。その“嫌なこと”は命に直結してしまうから。

「分かった分かった。……一旦それ見せてくれるか。あとで返すから」

 少年はおずおずと財布を差し出した。パンパンに膨れた財布。中には確かに金がある。だが、大したものじゃない。

「……ありゃりゃ」

 古銭入れの中に、白い粉の入った袋を見つける。何なのかは見れば分かる。他には免許証を見つけた。

「………ごめん。やっぱ返せへんわ」

「えっ、なんで……!」

「代わりに飴ちゃんあげるさかい、堪忍やで」

「なぁに、これ」

 フィンリーがポケットから出したコロコロとした飴を、不思議そうに見る少年。フィンリーはにこりと笑う。

「こんな食えへん革財布よりも、ええモンや」



 ダミヤはぎょっとする。フィンリーが肩に男を担ぎ、子供と手を繋いで出てきたからだ。

「…………何やそれ……」

「この子は親おるみたいやし返すわ。コレはしょっ引いて」

「え」

 フィンリーは気絶したままの男を地面に降ろす。手には手錠がかけてあった。

「……なんや…」

「ウチはこの子送ってから戻るし、後は頼んだで。迷子にはならんはずやから大丈夫やー。じゃ」

「ちょ、ちょい待ちぃ!」

 フィンリーは少年の手を引いて去って行く。ダミヤは唖然としてその後ろ姿を見送る。

「………な、お、マイペース過ぎやろ」

「昔の班長を思い出しますね」

「ですね」

 エリオットとアナスタシアの言葉に、ダミヤは首を縮める。そして、地面で転がっている男を揺すった。

「おい。大丈夫かお前」

「………ウーン……」

 男が呻きながら目を覚ます。そしてダミヤの顔を見るなり体を起こして叫ぶ。

「げ! あ、あんたら警察か! 畜生! イテテ……」

「フィンにぶっ飛ばされたんか。災難やったな」

「あのデカ女……! ……俺の財布は⁈ あのガキは⁈」

「財布は知らん。ガキンチョはもうおらん」

「くそー! ここでなら楽して稼げると思ったのに、ほんと、ついてねェな……」

 男は肩を落とす。ダミヤはやれやれと首を振った。

「……ま、話はゆっくり署で聞こか」



 少し時間は戻って。昼過ぎ、アントニオとソニアがスラムの入り口でダミヤたちを待っている頃。

 ローエンとリアンは事務所で依頼人を迎えていた。ソファに座っているのは20代くらいの小柄な女性だ。

「“エル・アオラ”の記者、ハイデマリー・シェーンハイトです。よろしくお願いします」

 肩下までの茶髪をハーフアップにした頭を、彼女はぺこりと下げる。大きな黒い瞳が2人を見る。高くて可愛らしい声。リスのような小動物的印象を受ける女性だった。

「…………あぁ、あの記事書いてた人か」

 リアンは思い出したように顎に当てていた右手の人差し指を出した。ローエンが怪訝な顔で彼を見ると、リアンは彼女を手で指す。

「ほら。この前のスラムの記事だよ」

「……あぁ……よく覚えてるな」

「警察の人の友人だって言ってただろ。だからなんか、気になって」

 それを聞いて、ハイデマリーは微笑む。

「はい。フィンちゃんとはウィスタリアの方で。アザリアに戻ったと聞いて寂しかったんですけど、フィンちゃんから記事を書いて欲しいと頼まれて、嬉しかったです」

 “エル・アオラ”は、この国で最も読まれている新聞だ。ローエンも取っている。本社は首都ウィスタリア。国内のあらゆらニュースを掲載している。

「……それで、どうして俺たちの所に?」

 ローエンが訊くと、ハイデマリーは頷いた。

「取材がしたいんです、スラムの。フィンちゃんから、スラムのことは色々聞きました。でも、やっぱりこの目で見なきゃって。あの記事を書いて思ったんです。もっと知らなきゃ。知って、知らせたい。埋もれた現実を掘り出して、世に知らしめる。それが記者としての本懐ですから」

 ぐっ、と拳を握りしめるハイデマリー。その目には確固たる信念が宿っていた。

「……でも、見ての通り私は小柄で。カメラより重いものは持てないような非力でして。とても一人ではスラムに立ち入れません。なので、護衛をお願いしたいんです」

「…………なるほど」

「フィンちゃんに紹介して貰ったんです。腕の立つ人がいるよって。それでこちらに」

「腕が立つ……ね」

 フィンリーにそんな評価を受けていたとは。全然歯が立たなかったのに。正直なところ、少しだけ嬉しかった。

「俺一人でいいですか。それとも、二人?」

「出来ればお二人とも。お二人にも取材したいです。お忙しければ、強制はしませんが……」

「あー、俺は……その、あまり表には出たくないなーって……」

 リアンは苦笑いを浮かべる。ハイデマリーは眉をハの字にした。

「だめ……ですか。そうですか、仕方ありません」

「あっ、匿名ならっ、いいん、ですけど。写真とかはやめて欲しいなっ…」

「俺も出来れば……そうですね。スラムのことを広めるのに協力は惜しみませんが、俺個人の写真とかは断りたいです。すみません。それでも良ければ」

「あぁ、はい! お話だけで構いません! スラムを歩きながら色んな事を教えて下されば」

 彼女の目が輝く。可愛らしい。二人は彼女を何としてでも護らなければと思った。と、彼女はじーっと二人の顔を交互に見る。

「……お二人とも……イケメンなのに…………勿体ない……」

「どうも。でも我々は探偵なので。様々な依頼を受ける都合上、顔を世間に明かすのは控えたいんです」

 本当の理由はそうではないが。彼女は自分たちの事情は知らないようなので、ローエンはそう言った。

「そうですよね。分かりました」

 何だかハイデマリーはそわそわしているように見えた。

「………シェーンハイトさん?」

「あ、私のことはマリーと。フィンちゃんにもそう呼ばれてます。えっと……お二人もフィンちゃんのお友達、で、いいんでしょうか」

「いや……知り合い程度かな…………」

 リアンも頷く。少なくとも友達と呼べる関係じゃない。

「そうでしたか。でも、信頼されているみたいですね」

 にこ、とハイデマリーは微笑んだ。そして、紙とペンを取り出すと前のめりになった。

「ローエンさんと、ローガンさんで良かったですよね。まず簡単にお話を聞かせて下さい。あなた達が、スラムに関わることになった経緯など」

 そう言う彼女の顔は、記者の顔だ。でも、大好きなどんぐりを見つけたリスの様でもあった。

「………ローエン、これが庇護欲か」

「この人に感じるのはまた別の庇護欲だよ………多分」

 コソコソと二人は小声でそんなことを言う。ハイデマリーは何を言っているかは聞き取れなかったようだが、にこりと笑った。

「お二人は、仲が良いんですね」

「仲良くないです」

 ローエンが答えると、リアンは苦笑いした。



 しばらく事務所で話をしたあと、スラムに出た。そう言えばソニア達もいるだろうなとローエンは思った。無事だと良いが。まぁ、ダミヤ達もいるから心配ないだろう、とそう思う。

「ここがスラムですか……。何と言うか、寂しいところですね」

 ハイデマリーは、壁の向こうに広がった風景を見てそう言った。

「そう見えますか。良かった」

 ローエンは歩いて行く。その後ろをハイデマリーはついて行く。リアンはさらにその後ろを行く。

「……どういう意味ですか?」

「いえ。あなたは本当に純粋な人だなと思って」

「え……からかってるんですか?」

「まさか」

 彼女は微妙な顔をする。ローエンは微笑を浮かべた。

「ここに来る多くの人は、悪意を持ってやって来る。金儲けをしようとか、日頃の鬱憤を晴らそうとか……そういう人は、この街に“価値”を見出す。寂しいとか、そういうことを思わない」

「………あなたも?」

「俺は……うん、思いません。色々知ってるからっていうのもあるけど」

 元はこの街にそういう“価値”を見出してやって来たうちの一人だ。あの神父に拾われなければ、今ここで蠢く有象無象の悪意と相違ないものになっていただろう。

 少し歩くと、看板が掛かっている建物を見つけた。

「………やってるんですか? これ」

「まぁ」

 数少ないスラムで営業している酒場だ。かつてはアクバールが支援していて、ローエンたちの会合場所になっていたりしたが、今は新市街からの悪党共が屯しているのを知っている。店主とは会話こそ交わしたことはないが顔見知りだ。最近はもう顔を出さない。ここで出入りしている悪党共を倒すのは簡単だが、店の営業妨害になる。店主に悪い感情はない。そこはそれだ。切り離して考えなきゃならない。よって、ローエンはこの店の中については黙認している。

「入るのはオススメしませんけど」

「でも、気になります。だめでしょうか?」

「………ダメとは言いません」

 依頼なら仕方ない。今はただの護衛としていればいいだけのことだ。リアンにも目線で確認を取る。彼は肩を竦めただけだった。

「分かりました。行きましょう」

「やった!」

 ハイデマリーは小さくガッツポーズした。ローエンはキィ、と酒場のドアを開いた。

 店の中は静かだった。店主の男はローエンの顔を見るとハッとした。ローエンは首を横に振る。店内には客が数人。見るからにスラムの住人ではない。相変わらずだとローエンは思う。

 ハイデマリーはローエンを追い越して、店主のいるカウンター席まで歩いて行った。

「あ」

「こんにちは。新聞記者です。お話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?」

「……え、ええと……」

 寡黙な店主は戸惑っている。そりゃそうだ。気付けばハイデマリーは店内の視線を集めている。小柄な彼女は明らかに、ここでは場違いだ。

「記者だ? 何を書こうってんだこんな所で」

 客の一人がそう声を上げた。酔っ払っている様子で声が大きい。ハイデマリーは振り向いて、微笑んだ。

「こんにちは。常連さんですか? お話伺ってもよろしいでしょうか」

「何が聞きたいってんだ、嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんみたいなのが来る所じゃねーよ」

「そんなことありません! ここは誰だって入れます。誰だって来て良い所です。そうじゃありませんか? だからあなた達も来てるんでしょう」

「分かってねェみたいだな、頭お花畑か」

 男はゆらりと立ち上がった。酒瓶が転がって、床に落ちた。男が足を踏み出し、ミシリと床板が音を立てる。

「ここは、捨てられた街だ。壁の向こうとは違うんだよ。女が一人で出歩いてたら、どうなるか分かるか?」

 近付いてくる男の前に、ローエンが立ちはだかる。男は怪訝な顔をしてローエンを見た。

「あぁん、何だてめぇ」

「一人じゃない。彼女に手を出すのは控えて貰おうか。手荒なことはしたくないんでね」

「はは、カレシか? こんな所にデートに来るとは酷いカレだね」

「そう見えるのか。頭がお花畑なのはお前の方じゃないか?」

「何だと……?」

「ちょ、ろ、ローエンさん……」

 ハイデマリーはローエンの袖を引っ張った。ローエンは無視して手をポケットに突っ込んだ。リアンはやれやれと額を抑えている。

「お前はここに何をしに来たんだ。飲んだくれに来ただけか。ならさっさと帰れ。新市街の方が良い酒が飲める。ここはお前みたいなのが来る場所じゃない」

「あぁ……?」

 ギシ、と店が軋んだ。見れば店内にいた男達が皆立ち上がっている。店主はいつの間にか裏に引っ込んでいた。ハイデマリーはぎゅっとローエンに寄った。彼女の後ろを庇う様に、リアンがやって来る。

「………ローエン。ここは大人しく引いた方がいいと思うんだけど」

「依頼人がどうしたいかによる」

「……どうですマリーさん。お話聞きたい?」

 リアンは苦笑いを浮かべながら訊いた。彼女は強い意志を持った目をして言った。

「聞きたいです!」

「……類友っていうの? あの人の友達らしいな……」

 リアンはため息を吐いた。ローエンは肩を竦め、男たちを見る。

「な。話をしたいだけなんだ。お前達がここで何をしたいのか、それを彼女に話してくれるだけでいい」

「俺たちが何をしたいか、だと? そんなの決まってんだろ! 金儲けだよ! 商売だ。新市街じゃ出来ねェような大きな金儲けだよ! ここじゃ警察にも目をつけられやしねえ。だから……」

 男はローエンの後ろのハイデマリーを指さした。

「記事を書かれちゃ困るんだよ。なぁ。この前の記事も、もしかしてお前か。ふざけやがって。俺たちの大事な商売邪魔してんじゃねェよ」

 男達に囲まれる。ローエンはため息を吐いた。

「………だそうですマリーさん。記事書けそうですか」

「はい!」

「じゃあさっさと撤退します」

「大人しく返すわけねェだろ!」

 酔っ払った男はテーブルに残っていた酒瓶を手に取り、振りかぶった。が、振り下ろすより先にローエンの蹴りが彼の腹にめり込んだ。

「がはっ⁈」

「俺が誰かも知らないで、よくスラムへ来たもんだ」

「………オエッ……ゲッ……おっ……何……」

 男は嘔吐しながら腕を突いて体を起こそうとする。後ろでリアンが引いた目をしながらハイデマリーの目を塞いでいる。

 ローエンはしゃがむと、男の目を覗き込んで暗い笑みを浮かべる。

「虫唾が走る。お前みたいなのを見てるとな。俺はこの店には世話になったから、迷惑かけたくなかったんだけどよ。先に手を出したのはそっちだからな。……大人しくここで金だけ落としてろ。次に路地裏で会ったら、タダじゃ済まねェぞ」

 立ち上がるローエン。振り向いた先で、一人の男が腰を抜かした。

「……ひっ……あ、“悪魔”だ……!」

 裏返った声に、周りもざわつく。

「き、聞いたことある……人喰いの“悪魔”だ!」

「………こっ、殺される! 逃げろ!」

 バタバタと男達は店を出て行った。ローエンの足元にいる男だけが残る。彼は体に力が入らないらしい。ブルブルと震えている。

「お、い、命、だけは……」

「……次はねェ。いいな。あいつらの分の金も払って行けよ」

 ローエンはハイデマリーの手を引いて店を出た。少し歩いた所で、ハイデマリーが立ち止まる。振り向いて、ローエンは気まずくて笑った。

「………すみません」

「かっ……」

「え?」

 ハイデマリーは手を握りしめ、輝いた目をした。

「かっこよかったです‼︎ ローガンさんに目隠しされてよく見えなかったですけど! こう……悪い人を、ズガッと……!」

 パンチする動作をして興奮したような様子のハイデマリー。リアンはその頭に手を置いた。

「ええと……大丈夫? ショッキング映像だったからつい隠しちゃった……」

「何がですか! 記者ですよ! 見れたものを見れなかった方が悔しいですよ〜!」

 メンタルがパワフルだ。小さな体に似合わず怖いもの知らずな感じがする。見るからに悪そうな男にも怖気付かずに普通に話し掛けていたし。やはり、あのフィンリーの友人なだけあってただ者ではない。リアンとローエンは顔を見合わせた。

「………そうだ、悪魔って、何ですか? ローエンさんのことですか? なんかそんな雰囲気ありますよね! スラムだと有名人なんですか?」

「ええと…………」

 弾丸の様にハイデマリーは訊いて来る。たじろいでいるローエンを見てリアンはニヤニヤと笑った。

「……その話はまた後でいいですか。まだ、スラムのこと見たいでしょう」

「そうですね! よろしくお願いします!」

 彼女はとても元気だった。ローエンとリアンは、彼女を連れて先へ進んだ。


#31 END

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