第29話 開店
“café AFT”はオープンを迎えた。事前に街でビラを配ったり、ローエンたちは探偵の依頼に来た人に招待券を渡したりした。お陰で初日からそれなりに客が入った。
「そこそこの入りだな、初日にしては」
一時的に客が捌けた昼過ぎ。アントニオは空いている席に座って息を吐いた。満席には至らなかったが、暇にはならない程には入った。
「みんな美味しいって言ってくれてて良かったー!」
キッチンにいるコゼットが喜ぶ。隣のヴァージルも頷く。
「ローエンさんのお陰ね」
ローエンはスラム班について行っている。リアンも一緒だ。カフェの店番担当はアントニオとコゼット、ヴァージル、それからルーシーとライリーだ。
「料理運ぶのって結構大変なのね、腕が痛いわ」
「ルーシーはあまりバイトとかしないもんね」
「あんたは結構慣れてそうだったわね」
ライリーの方はレストランでのバイト経験がある。だからウェイターとしては要領が良かった。
「それにしても、このエプロン可愛いねー、誰がデザインしたの?」
ライリーは自分の着ているエプロンを少し引っ張って言った。店番の全員が若草色のエプロンをしている。胸元には「café AFT」の茶色い文字の刺繍。周りにはそれぞれ異なる花や動物の刺繍がしてある。
「デイビッドだよ。あいつ結構裁縫上手くてさー。結構直前に頼んじゃって、出来上がって持って来てくれたの今日だったんだけど」
アントニオが答える。意外な名前にライリーは目を丸くした。
「へぇ、そうなんだ!」
「手先が器用なんだ。看板のデザインとかもあいつだよ。そこのメニュー板とかさ」
アントニオは壁にかかっている小さな黒板を指す。チョークで書かれたメニューの周りに可愛らしい装飾が描かれている。
「そう言えば描いてたわね、思い出したわ」
「すごいなぁ」
デイビッドは寡黙であまり喋らない。だから、ルーシーもライリーも、彼についてあまり人柄は知らなかった。彼についてもう少し知りたいな、とその時二人は思った。彼はスラム班だから、今ここにはいないのだが。
その時、ドアベルがガラゴロと鳴った。客だ、と店内にいた皆は姿勢を正した。
「いらっしゃいませ……あ」
アントニオは思わずびっくりした。
「おう、やってるかー、五人や」
「………警察のおっさん!」
先頭で片手を上げるのはダミヤだった。私服だ。後ろにはアントニオの知らない四人がいる。すぐ後ろの背の高いサングラスの人がダミヤに言った。
「なんや、知り合いかいな。珍しく食べ行こう言う思たら」
「ちょっとな。……で、どこ座ればええねん」
「あ、そちらのお席どうぞ……」
六人席に通す。五人は三人と二人に別れて座った。ライリーがメニューと水を運んで行った。
アントニオはどぎまぎしながら思わず訊いた。
「……何で……」
「ん。ローエンが今日開く言うてたから。折角やし。たまには班の皆んなで飯行こかー言うて」
「わー、みんな美味しそうやねぇ、何するー、ダミヤくんの奢りやから遠慮せんでええで」
「何言うてんねん、俺とお前で割り勘や」
隣のサングラスの人の頭を、ダミヤは手の甲で軽く叩く。不平を垂れるサングラスの人を、適当にあしらって彼はアントニオに言う。
「……あー、ローエンおらんのか」
「……今は。そのうち戻って来ると思うけど……何か用?」
「んー。まぁ仕事ちゃうし急がんのやけど。折角やし顔合わせとこか思て……まぁローエンいらんな。お前らに会いたかってん」
「え」
「なぁ店員さん〜、注文ええか?」
「あ、はい」
「………フィン……」
とんでもなくマイペースなサングラスの人。ダミヤは額を抑える。アントニオは注文を取って、一度キッチンに引いた。
「誰なの?」
コゼットがコソッとアントニオに訊いた。
「俺のもう一人の恩人……警察官だよ」
「警察官! かっこいい〜。私本物の警察官初めて見たかも!」
「声でけーよ……」
アントニオは注文を通して、ダミヤたちのところへ戻る。
「……で。何で?」
「何でて、ちゃんと協力しよかー言うてんねん」
「…………何で?」
「何でも何も、同じスラムを守りたい者やろ。そっちに協力してるローエンは元々うちの協力者やし、自然な流れや」
「そうか……?」
「なぁダミヤくん、ウチらのことちゃんと紹介してや」
サングラスの人がダミヤの肩を叩く。ダミヤはそうやな、と頷いた。
「ええと、コレは……」
「フィンリー・マスキアランや。一応ダミヤくんの相棒やってます。よろしゅう」
「自分で言うんかい」
「あで」
ダミヤはフィンリーを小突く。それから、正面の三人に促した。
「アナスタシア・セリンです。オルグレン班長の部下です」
「同じく、エリオット・アーチボルトです。よろしくお願いします」
「はい、同じくロジー・エイマーズです。新米ですけど、よろしくお願いします」
「……ええと、ボランティア団体AFTの代表やってます、アントニオ・レイモンドです。よろしくお願いします……」
流れでアントニオも頭を下げる。それから、ダミヤに言う。
「……俺、そういやアンタの名前ちゃんと聞いたっけ」
「ん? あぁ、そういやちゃんとは言うてなかった気ィするな。すまん。ダミヤ・オルグレンや。ダミヤでええで。おっさんはやめて」
「分かった……ダミヤ、さん」
「ん」
ダミヤは頷いて、店の隅にいるルーシーとライリーに手招きした。
「そっちも。自己紹介して」
「ルーシー・ミシェルです。こっちは兄のライリー」
「はじめまして」
堂々としたルーシーと、少し萎縮したライリー。よう似てるようで正反対やな、とダミヤは思った。
「ミシェル……もしかして、あのミシェルですか? 有名な財閥の」
アナスタシアが言った。ルーシーは肩を竦めた。
「………普通の高校生です。私もライリーも。そういうことにして下さる。そういう事を言われるのは、社交界だけで十分だわ」
「ルーシー……すみません」
ライリーは申し訳なさそうに笑う。
「よう知ってんなお前」
ダミヤは感心してアナスタシアを見た。彼女は若干前のめりになって頷く。
「勿論知ってます。常識ですよ」
「せやろか……」
「何せミシェル財閥は────」
「ウチもダミヤくんも地方の出やからね、なんかそういう街の偉いさんみたいなのには疎いんよ。ごめんなぁ、普通の高校生のルーシーちゃん、ライリー君」
フィンリーがアナスタシアの言葉を遮り、そう言って笑う。首都まで行ってたクセに何言うてんねん、とダミヤは心の中で思ったが言わなかった。ダミヤの方は、シンプルにそこら辺は疎い。でも、彼女がわざわざ遮ったのには何か理由がある気がした。
「そんで、そっちは」
キッチンで料理している二人を指して、ダミヤは言う。アントニオは彼女たちを目で指しながら答えた。
「コゼットとヴァージルだ。二人とも俺と同じでスラム生まれの孤児だ。AFTのメンバーの半分はそう。もう半分は、ソ……俺の昔の友達の……友達で、ルーシーたちみたいな高校生だ」
「なるほどな。ここにいるので全員ちゃうやんな」
「勿論。あと……ええと、五人いる。ローエン達も入れたら七人」
「いつくらいに戻って来る?」
「……さぁ。スラムでの活動次第」
「なんや、スラムか」
水を飲むダミヤ。と、隣のフィンリーがじっと見ているのにアントニオは気付いた。
「……何ですか」
「若いなー。いくつ?」
「19…っす」
「へー! かわいいやん」
「かわいい……?」
「ウチしばらくぶりにこっちに戻って来てなー、スラムのことはあんまり知らんのや。色々教えてな」
にこ、と微笑むフィンリー。アントニオは戸惑いながら頷く。
その時、ガラゴロとまた扉が開いた。反射的にアントニオたちは身構えたが、スラムに行っていたローエンたちだった。
「腹減った……」
「お帰り」
「なんか食う。メニュー」
ローエンは勝手に座ると、手を差し出した。
「客かよ」
「客だよ。ほら」
と、目を挙げたところでダミヤ達に気付く。
「あ、来てたのか」
「おう。ご招待いただいたもんで」
「お待たせしました」
ルーシーとライリーが出来上がった料理をダミヤ達のテーブルに運ぶ。大盛りのサラダと、各々違うパスタ。ダミヤのは勝手にフィンリーと同じものにされていた。
「美味しそうやん」
「ウチが美味しそうや思たから! いただきまーす」
「お父さん、知り合いの人?」
ローエンの隣に座ったソニアが言う。ローエンは頷く。
「スラム担当の警察官だよ」
「お、ローエンとこの嬢ちゃんか。よろしゅう」
ダミヤはにこ、と笑う。ソニアははにかんで会釈する。
「そういや子持ちや言うてたな」
「………アンタめちゃくちゃ普通に馴染んでんな……」
もぐもぐしているフィンリーに、ローエンはため息を吐いた。そこへリアンが隣に座ろうとして、ローエンは隣の席を指した。
「何で」
「お前はそっち」
「ヘイヘイ……」
ソニアの隣にリノが座る。リアンはキッチンに近い席に座る。隣にローレルが来て、向かいにデイビッドとブルーノが座った。
「はい、メニュー」
「どーも」
アントニオはローエンにメニューを渡す。リアンの方にも渡した。それから二人を交互に見回し、首を傾げた。
「……何か距離出来てね……?」
「元からだ。ソニアは何にする。リノちゃんも。金は俺が持つよ」
「えっ、悪いですよ」
「いつもソニアと仲良くしてくれてるお礼だよ」
リアンはその会話を聞きながら、同じテーブルの三人を見た。
「……これは俺が持つ流れか……」
「無理しなくていいよおっさん。オレたちも食えるくらいの小遣いはあるからよ」
「いや、奢らせて下さい、大人なので」
頭を下げる。ローレルはふん、と笑い、デイビッドは申し訳なさそうに笑った。ブルーノはけらけらと笑う。
七人はそれぞれルーシーとライリーに注文を伝えた。
「……で。何か用なんだろ」
ローエンはダミヤに言った。早くも食べ終わったダミヤは手を合わせ、振り向いた。
「まぁ。お前よりAFTの方に会いたくて」
「何だ、本格的にスラムへの移転考えてるのか?」
それを聞いたアントニオは、目を見開いた。
「え! 警察がスラムに来てくれるのか⁈」
「上に話通さんことにはどうにもならんのやけど。………その為にも、色々実績上げなアカンし、需要があることを示さなアカン。分かるやろ?」
「………そうだ、俺たちスラムを復興させたくて……」
「せや。やから協力したい」
ローエンが話したのだろうか、とアントニオは彼を見た。ローエンは肩を竦めただけだった。
「スラムで生きとる人がいるってこと。それを、世間に周知する必要がある。世間はあまりにも無関心や。治安が悪くて、危ないから近付くなくらいの認識しか持っとらん。なぜ、そうなのかを考えてない」
隣のフィンリーは俯いた。ダミヤは続ける。
「問題提起や。昔一度、捨てて蓋をしたその中で、何が起こっているのかをな。許されざる所業をする悪党共を白日の元に晒し……世間の正義感を煽る」
「煽るって……」
「世論なんてそんなもんや。ま、実際動くのはほんの一部やろうけど。それでも意識っちゅうのは大事や」
な、とダミヤはフィンリーを見た。少し意地悪げなその顔に、フィンリーは苦笑を浮かべる。
「………そうやな。すぐそこにスラムがあるアザリアでも、意識は薄いけど、この街の外じゃもっと薄い。あるってことは知ってるけど、自分からは遠い存在で、そこに生きて、虐げられてる人がいるって実感なんてない。自分もいつか、そこに流れ着くかもしれんのに」
「スラムに足を踏み入れ、悪事をはたらく連中の方が余程実情を知ってるわな」
ダミヤは水のお代わりを要求した。アントニオはピッチャーを持って来て空のコップに注ぎ入れる。氷が小さな音を立てた。
「………スラムには綺麗な水もない」
コップを傾け、揺れる氷を見ながらダミヤは言った。
「北の方はまだ使えるんだけどな。南はダメだ。そもそもあまり人も住んでない。………工業地帯跡を興すのは後でいいと俺は思う。まずは街に近い北からだ」
ローエンがそう言った。ダミヤは頷く。
「そういうわけや。で、下見をしたいんやけど。お前らのスラムの拠点……中心に近いところにある教会やっけ。その周辺の」
「いいけど」
「案内して。一旦飯食ったら着替えに署に戻るけど。壁の入り口集合な」
「えぇ、俺怪我してるからまだあんま行きたくねェんだけど……」
「俺もフィンもおって怖いことはない。きっちり守ったるわ。ローエンも来てくれるやろ」
「悪いけど午後から依頼が入ってる。俺たち二人とも手が離せないんだ」
「じゃあ私行く。トニーのこと、心配だし」
ソニアが言う。ダミヤはほぉ、と片眉を上げた。
「肝座ってるやんか。ええお嬢ちゃんやな」
「………ソニアには護身術程度のことしか教えてない。何かあったら殺すからな」
「おー、こわ。大丈夫や、任しとき」
ローエンの言葉にダミヤはわざとらしく首を縮め、フィンリーの背中を叩いた。
「皆んな食うたな、ごちそうさん。勘定して」
「あっ、ありがとうございます」
「あ、やっぱウチも払わなアカンの。しゃあないな……」
ダミヤに引っ張られてレジスターの前に来たフィンリーは、渋々財布を開く。きっちり半々で払い、財布をしまったダミヤはにこりと笑う。
「美味かったわ。署でも宣伝しとくな。また来るわ」
「どうも……」
警察官たちはガラゴロと店を出て行く。最後尾のロジーが軽く会釈をして出て行った。
ローエンたちが頼んだメニューも揃う。いただきます、と手を合わせて食べ始める彼らを見て、アントニオは腹が鳴った。
「………俺たちも休憩にして飯にしようか」
店番組にそう言う。皆が頷く。朝から働きっぱなしだ。アントニオは一度外に出て、扉の外の看板を“close”にした。
#29 END




