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Strain:After tales  作者: Ak!La
29/53

第29話 開店

“café AFT”はオープンを迎えた。事前に街でビラを配ったり、ローエンたちは探偵の依頼に来た人に招待券を渡したりした。お陰で初日からそれなりに客が入った。

「そこそこの入りだな、初日にしては」

 一時的に客が捌けた昼過ぎ。アントニオは空いている席に座って息を吐いた。満席には至らなかったが、暇にはならない程には入った。

「みんな美味しいって言ってくれてて良かったー!」

 キッチンにいるコゼットが喜ぶ。隣のヴァージルも頷く。

「ローエンさんのお陰ね」

 ローエンはスラム班について行っている。リアンも一緒だ。カフェの店番担当はアントニオとコゼット、ヴァージル、それからルーシーとライリーだ。

「料理運ぶのって結構大変なのね、腕が痛いわ」

「ルーシーはあまりバイトとかしないもんね」

「あんたは結構慣れてそうだったわね」

 ライリーの方はレストランでのバイト経験がある。だからウェイターとしては要領が良かった。

「それにしても、このエプロン可愛いねー、誰がデザインしたの?」

 ライリーは自分の着ているエプロンを少し引っ張って言った。店番の全員が若草色のエプロンをしている。胸元には「café AFT」の茶色い文字の刺繍。周りにはそれぞれ異なる花や動物の刺繍がしてある。

「デイビッドだよ。あいつ結構裁縫上手くてさー。結構直前に頼んじゃって、出来上がって持って来てくれたの今日だったんだけど」

 アントニオが答える。意外な名前にライリーは目を丸くした。

「へぇ、そうなんだ!」

「手先が器用なんだ。看板のデザインとかもあいつだよ。そこのメニュー板とかさ」

 アントニオは壁にかかっている小さな黒板を指す。チョークで書かれたメニューの周りに可愛らしい装飾が描かれている。

「そう言えば描いてたわね、思い出したわ」

「すごいなぁ」

 デイビッドは寡黙であまり喋らない。だから、ルーシーもライリーも、彼についてあまり人柄は知らなかった。彼についてもう少し知りたいな、とその時二人は思った。彼はスラム班だから、今ここにはいないのだが。

 その時、ドアベルがガラゴロと鳴った。客だ、と店内にいた皆は姿勢を正した。

「いらっしゃいませ……あ」

 アントニオは思わずびっくりした。

「おう、やってるかー、五人や」

「………警察のおっさん!」

 先頭で片手を上げるのはダミヤだった。私服だ。後ろにはアントニオの知らない四人がいる。すぐ後ろの背の高いサングラスの人がダミヤに言った。

「なんや、知り合いかいな。珍しく食べ行こう言う思たら」

「ちょっとな。……で、どこ座ればええねん」

「あ、そちらのお席どうぞ……」

 六人席に通す。五人は三人と二人に別れて座った。ライリーがメニューと水を運んで行った。

 アントニオはどぎまぎしながら思わず訊いた。

「……何で……」

「ん。ローエンが今日開く言うてたから。折角やし。たまには班の皆んなで飯行こかー言うて」

「わー、みんな美味しそうやねぇ、何するー、ダミヤくんの奢りやから遠慮せんでええで」

「何言うてんねん、俺とお前で割り勘や」

 隣のサングラスの人の頭を、ダミヤは手の甲で軽く叩く。不平を垂れるサングラスの人を、適当にあしらって彼はアントニオに言う。

「……あー、ローエンおらんのか」

「……今は。そのうち戻って来ると思うけど……何か用?」

「んー。まぁ仕事ちゃうし急がんのやけど。折角やし顔合わせとこか思て……まぁローエンいらんな。お前らに会いたかってん」

「え」

「なぁ店員さん〜、注文ええか?」

「あ、はい」

「………フィン……」

 とんでもなくマイペースなサングラスの人。ダミヤは額を抑える。アントニオは注文を取って、一度キッチンに引いた。

「誰なの?」

 コゼットがコソッとアントニオに訊いた。

「俺のもう一人の恩人……警察官だよ」

「警察官! かっこいい〜。私本物の警察官初めて見たかも!」

「声でけーよ……」

 アントニオは注文を通して、ダミヤたちのところへ戻る。

「……で。何で?」

「何でて、ちゃんと協力しよかー言うてんねん」

「…………何で?」

「何でも何も、同じスラムを守りたい者やろ。そっちに協力してるローエンは元々うちの協力者やし、自然な流れや」

「そうか……?」

「なぁダミヤくん、ウチらのことちゃんと紹介してや」

 サングラスの人がダミヤの肩を叩く。ダミヤはそうやな、と頷いた。

「ええと、コレは……」

「フィンリー・マスキアランや。一応ダミヤくんの相棒やってます。よろしゅう」

「自分で言うんかい」

「あで」

 ダミヤはフィンリーを小突く。それから、正面の三人に促した。

「アナスタシア・セリンです。オルグレン班長の部下です」

「同じく、エリオット・アーチボルトです。よろしくお願いします」

「はい、同じくロジー・エイマーズです。新米ですけど、よろしくお願いします」

「……ええと、ボランティア団体AFTの代表やってます、アントニオ・レイモンドです。よろしくお願いします……」

 流れでアントニオも頭を下げる。それから、ダミヤに言う。

「……俺、そういやアンタの名前ちゃんと聞いたっけ」

「ん? あぁ、そういやちゃんとは言うてなかった気ィするな。すまん。ダミヤ・オルグレンや。ダミヤでええで。おっさんはやめて」

「分かった……ダミヤ、さん」

「ん」

 ダミヤは頷いて、店の隅にいるルーシーとライリーに手招きした。

「そっちも。自己紹介して」

「ルーシー・ミシェルです。こっちは兄のライリー」

「はじめまして」

 堂々としたルーシーと、少し萎縮したライリー。よう似てるようで正反対やな、とダミヤは思った。

「ミシェル……もしかして、あのミシェルですか? 有名な財閥の」

 アナスタシアが言った。ルーシーは肩を竦めた。

「………普通の高校生です。私もライリーも。そういうことにして下さる。そういう事を言われるのは、社交界だけで十分だわ」

「ルーシー……すみません」

 ライリーは申し訳なさそうに笑う。

「よう知ってんなお前」

 ダミヤは感心してアナスタシアを見た。彼女は若干前のめりになって頷く。

「勿論知ってます。常識ですよ」

「せやろか……」

「何せミシェル財閥は────」

「ウチもダミヤくんも地方の出やからね、なんかそういう街の偉いさんみたいなのには疎いんよ。ごめんなぁ、普通の高校生(・・・・・・)のルーシーちゃん、ライリー君」

 フィンリーがアナスタシアの言葉を遮り、そう言って笑う。首都まで行ってたクセに何言うてんねん、とダミヤは心の中で思ったが言わなかった。ダミヤの方は、シンプルにそこら辺は疎い。でも、彼女がわざわざ遮ったのには何か理由がある気がした。

「そんで、そっちは」

 キッチンで料理している二人を指して、ダミヤは言う。アントニオは彼女たちを目で指しながら答えた。

「コゼットとヴァージルだ。二人とも俺と同じでスラム生まれの孤児だ。AFTのメンバーの半分はそう。もう半分は、ソ……俺の昔の友達の……友達で、ルーシーたちみたいな高校生だ」

「なるほどな。ここにいるので全員ちゃうやんな」

「勿論。あと……ええと、五人いる。ローエン達も入れたら七人」

「いつくらいに戻って来る?」

「……さぁ。スラムでの活動次第」

「なんや、スラムか」

 水を飲むダミヤ。と、隣のフィンリーがじっと見ているのにアントニオは気付いた。

「……何ですか」

「若いなー。いくつ?」

「19…っす」

「へー! かわいいやん」

「かわいい……?」

「ウチしばらくぶりにこっちに戻って来てなー、スラムのことはあんまり知らんのや。色々教えてな」

 にこ、と微笑むフィンリー。アントニオは戸惑いながら頷く。

 その時、ガラゴロとまた扉が開いた。反射的にアントニオたちは身構えたが、スラムに行っていたローエンたちだった。

「腹減った……」

「お帰り」

「なんか食う。メニュー」

 ローエンは勝手に座ると、手を差し出した。

「客かよ」

「客だよ。ほら」

 と、目を挙げたところでダミヤ達に気付く。

「あ、来てたのか」

「おう。ご招待いただいたもんで」

「お待たせしました」

 ルーシーとライリーが出来上がった料理をダミヤ達のテーブルに運ぶ。大盛りのサラダと、各々違うパスタ。ダミヤのは勝手にフィンリーと同じものにされていた。

「美味しそうやん」

「ウチが美味しそうや思たから! いただきまーす」

「お父さん、知り合いの人?」

 ローエンの隣に座ったソニアが言う。ローエンは頷く。

「スラム担当の警察官だよ」

「お、ローエンとこの嬢ちゃんか。よろしゅう」

 ダミヤはにこ、と笑う。ソニアははにかんで会釈する。

「そういや子持ちや言うてたな」

「………アンタめちゃくちゃ普通に馴染んでんな……」

 もぐもぐしているフィンリーに、ローエンはため息を吐いた。そこへリアンが隣に座ろうとして、ローエンは隣の席を指した。

「何で」

「お前はそっち」

「ヘイヘイ……」

 ソニアの隣にリノが座る。リアンはキッチンに近い席に座る。隣にローレルが来て、向かいにデイビッドとブルーノが座った。

「はい、メニュー」

「どーも」

 アントニオはローエンにメニューを渡す。リアンの方にも渡した。それから二人を交互に見回し、首を傾げた。

「……何か距離出来てね……?」

「元からだ。ソニアは何にする。リノちゃんも。金は俺が持つよ」

「えっ、悪いですよ」

「いつもソニアと仲良くしてくれてるお礼だよ」

 リアンはその会話を聞きながら、同じテーブルの三人を見た。

「……これは俺が持つ流れか……」

「無理しなくていいよおっさん。オレたちも食えるくらいの小遣いはあるからよ」

「いや、奢らせて下さい、大人なので」

 頭を下げる。ローレルはふん、と笑い、デイビッドは申し訳なさそうに笑った。ブルーノはけらけらと笑う。

 七人はそれぞれルーシーとライリーに注文を伝えた。

「……で。何か用なんだろ」

 ローエンはダミヤに言った。早くも食べ終わったダミヤは手を合わせ、振り向いた。

「まぁ。お前よりAFTの方に会いたくて」

「何だ、本格的にスラムへの移転考えてるのか?」

 それを聞いたアントニオは、目を見開いた。

「え! 警察がスラムに来てくれるのか⁈」

「上に話通さんことにはどうにもならんのやけど。………その為にも、色々実績上げなアカンし、需要があることを示さなアカン。分かるやろ?」

「………そうだ、俺たちスラムを復興させたくて……」

「せや。やから協力したい」

 ローエンが話したのだろうか、とアントニオは彼を見た。ローエンは肩を竦めただけだった。

「スラムで生きとる人がいるってこと。それを、世間に周知する必要がある。世間はあまりにも無関心や。治安が悪くて、危ないから近付くなくらいの認識しか持っとらん。なぜ、そうなのかを考えてない」

 隣のフィンリーは俯いた。ダミヤは続ける。

「問題提起や。昔一度、捨てて蓋をしたその中で、何が起こっているのかをな。許されざる所業をする悪党共を白日の元に晒し……世間の正義感を煽る」

「煽るって……」

「世論なんてそんなもんや。ま、実際動くのはほんの一部やろうけど。それでも意識っちゅうのは大事や」

 な、とダミヤはフィンリーを見た。少し意地悪げなその顔に、フィンリーは苦笑を浮かべる。

「………そうやな。すぐそこにスラムがあるアザリアでも、意識は薄いけど、この街の外じゃもっと薄い。あるってことは知ってるけど、自分からは遠い存在で、そこに生きて、虐げられてる人がいるって実感なんてない。自分もいつか、そこに流れ着くかもしれんのに」

「スラムに足を踏み入れ、悪事をはたらく連中の方が余程実情を知ってるわな」

 ダミヤは水のお代わりを要求した。アントニオはピッチャーを持って来て空のコップに注ぎ入れる。氷が小さな音を立てた。

「………スラムには綺麗な水もない」

 コップを傾け、揺れる氷を見ながらダミヤは言った。

「北の方はまだ使えるんだけどな。南はダメだ。そもそもあまり人も住んでない。………工業地帯跡を興すのは後でいいと俺は思う。まずは街に近い北からだ」

 ローエンがそう言った。ダミヤは頷く。

「そういうわけや。で、下見をしたいんやけど。お前らのスラムの拠点……中心に近いところにある教会やっけ。その周辺の」

「いいけど」

「案内して。一旦飯食ったら着替えに署に戻るけど。壁の入り口集合な」

「えぇ、俺怪我してるからまだあんま行きたくねェんだけど……」

「俺もフィンもおって怖いことはない。きっちり守ったるわ。ローエンも来てくれるやろ」

「悪いけど午後から依頼が入ってる。俺たち二人とも手が離せないんだ」

「じゃあ私行く。トニーのこと、心配だし」

 ソニアが言う。ダミヤはほぉ、と片眉を上げた。

「肝座ってるやんか。ええお嬢ちゃんやな」

「………ソニアには護身術程度のことしか教えてない。何かあったら殺すからな」

「おー、こわ。大丈夫や、任しとき」

 ローエンの言葉にダミヤはわざとらしく首を縮め、フィンリーの背中を叩いた。

「皆んな食うたな、ごちそうさん。勘定して」

「あっ、ありがとうございます」

「あ、やっぱウチも払わなアカンの。しゃあないな……」

 ダミヤに引っ張られてレジスターの前に来たフィンリーは、渋々財布を開く。きっちり半々で払い、財布をしまったダミヤはにこりと笑う。

「美味かったわ。署でも宣伝しとくな。また来るわ」

「どうも……」

 警察官たちはガラゴロと店を出て行く。最後尾のロジーが軽く会釈をして出て行った。

 ローエンたちが頼んだメニューも揃う。いただきます、と手を合わせて食べ始める彼らを見て、アントニオは腹が鳴った。

「………俺たちも休憩にして飯にしようか」

 店番組にそう言う。皆が頷く。朝から働きっぱなしだ。アントニオは一度外に出て、扉の外の看板を“close”にした。


#29 END

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