第23話 守りたいもの
「………刀を、ウチに向けるんや」
「俺かてやりたないわボケ。……その銃を下ろせば俺も引く」
眉をひそめ、真剣な顔のダミヤ。フィンリーは悲しそうな顔をしてその目を見返した。
「何で来てもうたんや」
「ロジーが知らせてくれたんや。お前が危なかっしい感じやったって」
「……フィンリーさん」
ロジーが震えた声を発した。両手を握りしめて、何かを訴えようと口を開いた時、ダミヤが手で制する。
「えぇ。俺が話す」
フィンリーが銃を下ろして、ダミヤの方へ向き直る。背後でローエンはいつの間にか息が詰まっていたことに気が付いて、大きく息を吐き出した。無意識に死を感じると体が強張る。自分に向けられていた刺さるような意識が、今度はダミヤへ向いていた。
ダミヤはそれを真正面から受け止め、刀を下ろした。
「……俺の為に争わんといてくれ」
「何やそのセリフ。………イライラするわぁ」
「争いたないねん、仲間内で。ここにはぎょうさん敵がおるってのに」
「なんやその声は。穏やかになりよって。仲間内で争いたないんやったら敵とつるむなや」
「………敵?」
「こいつや! ホンマに…………なんなん! そんな事も忘れとるんか!」
フィンリーはローエンを指差す。ダミヤはボロボロなローエンを見て首を振った。
「そいつは確かに……まぁ、元々はそうやな。俺の敵やったけど。悪い奴やない」
「殺し屋やろ」
「せやけど──────あぁ上手く言えへん」
ダミヤは頭を掻く。そして刀を肩に担ぎ、目を細めた。
「……暴れたいんなら俺が相手になるわ」
「ダミヤくん……」
「俺が腑抜けたって言いたいんやろ。なら試したる」
「二日前ウチに転がされたん忘れたんか」
「素手やったやろ」
バチバチと火花が散っているのをローエンは感じた。これ以上争うのは無益だ。何よりフィンリーはローエンとの戦いで傷付いている。
「…………やめろよ」
「!」
ローエンはフラフラと立ち上がった。
「血の気の多い奴らだな。ちゃんと話せよ、言葉で」
「アンタに言われたないわ」
「………俺は話す気あっただろ…………」
「……お前フィンとやり合って立てるのヤバいな」
ダミヤは少し引いている。好き勝手言う二人にため息を吐きながら、ローエンは乱れた髪を直して続けた。
「ひとつ。いいか、俺は殺し屋のローエンじゃない。今は探偵のローエンだ。それは間違えるな」
「あんな顔して戦うクセに、善人や言われても説得力ないわ」
「俺は自分が善人だとは思ってねェよ。命を奪うことに抵抗はないし、今までだって何人も殺して来た。でも、善良な人間を手に掛けた事はない。それだけは誓う」
「………だから何やねん」
「やって来たことが正しいなんて思った事はない。自分で手に掛けてなくても、たくさんの命を見捨てた」
フィンリーは眉をひそめた。あぁ、そこかとローエンは気付いた。
「見た方が早いだろ。教えてやるよ、“アンタが嫌いなダミヤくん”が、何を守ろうとしてるのかをな」
*
幹部たちの移送はロジーたち三人とリアンに任せて、ダミヤとフィンリーと、そしてローエンは相変わらず薄暗い水路を進んでいた。
先頭を進むローエンは、その背中にギスギスとした空気を感じる。今にも後ろの二人が喧嘩を始めるんじゃないかとヒヤヒヤする。
「どこへ行くんや。なぁ」
「黙ってついて来い」
「安心せえローエン。フィンリーのことは俺が水路に落とす」
「落とすなよ……」
この辺りは少し水がある。さっきまでいた所よりも下層になる。ピチョンピチョンと水の滴る音がする。
「ええと、ここだな」
少しして、鉄の格子戸が現れた。手を掛けるとガチャガチャと鎖の錠が掛かっていた。ローエンがひとつため息を吐いて解錠を始めるのを見てフィンリーはぼやく。
「………ほら。犯罪者」
「鍵師やと思えばええやろ」
しばらくしてするりと鎖が解け、キィと扉を開けて進むローエンを、フィンリーは怪訝な目で追った。
「早いし」
「行くでほら」
明かりが何もない真っ暗な空間を、ローエンのペンライトが照らす。その通路は狭くて、二人横に並ぶと窮屈だった。
「先行け」
「見張られてるみたいで嫌やわー……」
ダミヤに言われて二人の間を進むフィンリー。ローエンは何も言わずにただ進んで行く。やがて視界が開けて、広い空間に出た。円筒状のその空間を見渡し、フィンリーは息を呑んだ。
「なん……」
「────これがスラムの現実さ」
そこにいたのは子どもたち。檻などはないが、衰弱した様子で壁際に座り込んでいる。息があるのか怪しい子もいる。
「………何なんや、これ……」
「アイツらが捕えてた子どもたち……人攫い組織にとっては商品だな。臓器売買に人身売買……表じゃ絶対に許さないことを平気でしてた」
淡々と告げるローエン。フィンリーは口を抑える。
「……こんなん……」
「やっぱりな。実感が無かったんだろ。スラムで生きて、被害に遭ってる人間がいるって」
ローエンは振り向いて、彼女の顔を見た。視線が揺れる。呆然として、足が進む。その肩に、ダミヤが手を置く。
「ここには残酷な現実がある。だから誰も見ようとしぃひん。誰も覚悟しとらんのや」
フィンリーはダミヤの言葉をただ聞いていた。
「俺かて最初はな、押し付けられた身やったんや。お前がおらんようなって、厄介払いされたんやってな。……そう思っとったわ。スラムで殺しをはたらく“悪魔”の逮捕────それが第一目標やった」
ローエンはダミヤと初めて会った日を思い返す。あの時はグラナートも一緒だった。あの頃は今こうして協力関係になるだなんて思いもしなかった。
「けど、ある時気まぐれでローエンの仕事についてって、スラムの実状を見たんや。それまで知った気になってただけやったんやって……目が覚めた気分になった」
「………」
「勿論殺人は犯罪や。でも────ほなら、何でこうなったかを考えた」
「……警察が見ようとしなかったから────」
ローエンは一人の子どもへ歩み寄った。かがみ込んで、声を掛ける。わずかに反応がある。泣き腫らした赤い顔を、ローエンへ向ける。ローエンは微笑んだ。もう大丈夫だと、その頭を優しく撫でる。
「綺麗事抜かす俺らより、悪いもんぶっ飛ばして助けてくれる犯罪者の方が、彼らには余程救いやったろうな。そう気付いたら、悔しなって」
ダミヤの拳が握りしめられる。フィンリーは、その横顔を見た。
「────色々あって、もうローエンは殺しをはたらかんくなった。同じ勢力にいた奴らも皆んなおらんようなって……これを言うたらローエンには怒られるんやけど、守る者がおらんなったスラムを、代わりに守ったらなて、そう思ったんや」
ダミヤもかつての相方に目を向けた。宥めるように彼女を見て、ダミヤは静かに口を開いた。
「……それでも、俺が腑抜けた言うんか」
「──────言わんよ」
吐き出すように、フィンリーは言った。そして、子どもたちの安否を確認するローエンへ目を向け、大きく息を吸うと、言った。
「ごめん。腑抜けはウチやったわ」
「嫌やな。そんな事言うてへん」
ポンポン、とダミヤは肩を叩いて笑う。しかしフィンリーは少し寂しそうだった。
「せやけど……ダミヤくんは」
「何や?」
と、そこへローエンが歩いて来る。後ろをよたよたと子どもたちが数人ついて来ていた。
「よし、他の“倉庫”も見に行くぞ。リアン達も見に行ってくれてるはずだ。俺は外でこの子達を連れて待ってる。ほら、地図」
と、ローエンはフィンリーとダミヤに持っていた地図を差し出す。
「……んえ?」
「地図に印を付けてある。二人で手分けして行ってくれ」
「ウチも?」
自分を指差して言うフィンリーに、ローエンは片眉を上げる。
「人手が足りねェんだよ。ほら」
「………」
黙って地図を受け取り、少しだけ居心地が悪そうにしてから、思い切ってフィンリーは顔を上げた。
「あっ……おっ、その、ごめっ、ごめんな!」
「お互い様だろ。どこも折ってねェから無傷だよ」
「むっ……タフなやっちゃな……」
「じゃ」
ローエンは子どもを引き連れて先にそこを出て行った。残された二人。地図を広げて見るダミヤと、何を言おうか迷っているフィンリー。
「……なんや。急にしおらしなるやんか」
地図から顔を上げないまま、ダミヤが言った。フィンリーは目を逸らす。
「……あっさり許されてる感じがなんか……落ち着かへん」
「怒ればええんか」
「いや……うん……」
ダミヤは顔を上げると、手刀をコツンと頭に落とした。
「あで」
「終わり。行くで」
「………ダミヤくん」
「何や」
歩き出して、振り向いたダミヤは足を止める。水色の瞳が揺れている。ダミヤには彼女が何を言おうとしているのかが分かった。
「……折角戻って来たんやし、力貸してぇや」
「え」
「お前がおったら百人力や。ローエンもそのつもりやろ」
「……ええの?」
「何や。また一緒に組みたい言うたんはそっちやんか」
フィンリーはぽかんとして、それからハッとしてダミヤの肩を揺らした。
「おうおぅぉぅやめろ」
「ほんまに⁈ ほんまに⁈」
「嘘言わへんて。ああぁもう馬鹿力! 相変わらずやな! 早よ行くで! ガキンチョ助けな」
「うぉあ───!」
両手を上げて叫ぶフィンリーを尻目に、やれやれと首を振りながらダミヤは先に歩き出す。
「待ってえやダミヤくん!」
「俺こっち行くからお前こっち頼むわ」
「任しとき!」
元気なフィンリーはダミヤと逆方向へ走って行く。その後ろ姿を見て、ダミヤは懐かしい気持ちで微笑むのだった。
*
その日の夜。風呂に入ろうと服を脱いだローエンはギョッとする。体中アザだらけだ。
(………うへー、久しぶりだなこんなの)
こんなの家族には見せられない。ヴェローナに知られたら、また怒られるのが目に見えている。夜11時と時間が遅く、もう家族は寝ている。ルーカスが一緒でなくて良かったとため息を吐いた。
鏡を見る。顔の傷は軽い。鼻も無事だ。後になって顔のことは気にしてしまう。戦闘中はどうでもいいのだが。
「……強かったなマジで…………」
銃を持っていたが、彼女は戦闘では一度も使わなかった。大きな体格を活かしたパワータイプ。彼女が男だったなら、怪我はこの程度で済まなかっただろう。
(勿体ない、と思うのは野暮か)
どうしても生物的な差は出て来る。だが、それをカバーするだけの強さが彼女にはあった。大抵の人間は彼女には勝てない。協力してくれるならとても心強い。
出来ればねじ伏せたかったと思うのは、元喧嘩屋の性か。湯船に浸かりながら、手を見る。
途中で感じた、高揚感を思い出す。久しぶりの強者との邂逅。自分が戦闘狂だとは思ってないが、自分より強い相手と戦うとなったら少しだけワクワクしてしまうのは事実だった。戦いの中で少しずつ自分が成長するのを感じられると嬉しくなる。
強くなりたい理由は昔とは違う。守る力が欲しい────いや、嘘だ。それは建前で、やっぱりただ強くなりたいだけだ。
何者にも負けない強さを。大抵の相手は今でもどうにかなるが、上を見るともっと上を目指したくなるものだ。
(老いてらんないね。あの人俺よりも歳上だしな)
うーん、と伸びをする。色んなところが痛い。よいしょと立ち上がる。ザバ、とお湯が落ちる。
体を洗って早く寝よう。今日は思っていた以上に疲れた。想定外のことがなければ、簡単な仕事だった。
ギルバン達はちゃんと捕まったし、皆んなで手分けして保護した子ども達は、孤児院に引き取って貰えることになった。身元が分かればスラムの親元へ返すことも考えるが、どちらがいいのかは本人次第だ。そもそも攫われる時に親が殺されている子も少なくはない。
この件は大きく報道してもらうことにした。そうすれば、スラムでの犯罪の抑止力になるだろう。そんな期待をした。
その為にはやはり、もう少し人手が欲しいところだ。ダミヤ達だけでは大変だ。警察が人員を割いてくれればいいのだが。
とりあえず、脅威が排除されたことをアントニアやソニアたちにも伝えなければならない。
風呂から上がると、リビングに電気が点いていた。入る前に消していたはずなのと、誰かの気配を感じてローエンは顔を出す。
「……お帰り」
「……ヴェローナ。寝てたんじゃなかったのか」
「寝てたけど。帰って来る音がしたから」
寝ぼけ眼のヴェローナが、リビングのテーブルに座っている。愛しい人の顔を見て、ローエンの顔は綻ぶ。
「また酷い顔して。……何?」
「あ、これはいや……ぶつけたんだ、水路で滑って」
「嘘ばっかり。また危ないことしてるのね」
「………そういう仕事だよ」
今回に限っては少し違うが。
「……何か話があるのか?」
「別に。帰って来て誰もいなかったら寂しいかと思って」
「そんなことない」
そう言えば、最近あまりヴェローナと話せてなかったなと思って彼女の正面に座った。
「……寂しかったのはお前だろ」
「別に………そんなことないけど」
素直じゃないな、とローエンは笑う。
「仕事の方、どうなんだ」
「いつも通りよ。……あぁいや、一人辞めちゃってその穴埋めが回って来てるの」
「そりゃ大変だな」
ローエンはまっすぐヴェローナの目を見る。首を少しだけ傾げて、穏やかな顔で話を聞く。
「お陰でスケジュールがいっぱいなの。オフェリアがなんとか調整してくれてるけど……それでもね」
「オフェリアちゃんは? 元気してるの」
「まぁね。……そうだ、今度新作出すからアンタに着て欲しいって言ってたわ」
「お前のマネージャーとデザイナー兼任なんだよな。大変そうだ」
「今度新作届けに顔出すって」」
「そりゃあ楽しみだな」
笑うローエン。ヴェローナも少し晴れたような顔をして話を続ける。色々聞いて欲しかったんだろうな、とローエンは思う。彼女の話は苦じゃない。声も、話し方も、瞬く瞳も、ローエンの心に届いて沁みていく。ローエンがただの一人の男でいられる時間だ。
ただ話を聞いている。ローエンの中の世界が広がるような気がした。忘れかけていたものが見えて来る。そうだ、自分が一番守りたいものは、これだ。
「リタは? 最近何してるの」
「ソニア達の手伝いだよ。…………探偵の仕事もぼちぼち」
「今日は探偵の仕事?」
「まぁ、そんなところか。警察の手伝いだ」
「ふーん」
探偵の仕事内容については、聞いても教えて貰えないことをヴェローナは学んだらしく、それ以上は聞いて来なかった。
「さ。もう遅いんだしさ。寝ないと明日に響くぞ」
立ち上がるローエン。ヴェローナも立ち上がって、ローエンの側に寄って来る。
「……リタ」
「なに?」
なぜか不安気なヴェローナの声に、甘めの声で返答してしまう。すると、彼女はムッとする。
「……私、その声のトーン嫌い」
「えっ、あっ、ごめん……」
「その声で本音は話さないでしょ、アンタは」
「そんっ……なことは……無いと……思うけど」
「でなくても嘘に聞こえるの」
実際、渡世術のようなものなので彼女の言う事は的を得ている。ローエンは一つ息を吐くと、真面目な顔をしてヴェローナを見た。
「……何だ」
「そう、それ。それくらいがいいの」
難しい。昔からヴェローナはぶっきらぼうな方のローエンを好むようだが、癖は癖だ。無意識に態度を変えてしまうのだから仕方ないだろ、とローエンは思う。ただ、彼女のためなら少しくらい努力してもいい。……何の努力だか。
ヴェローナは少し逡巡してから、ローエンの顔を見上げる。
「……明日の朝ご飯、楽しみにしてるから」
「? ……おう」
「じゃ。おやすみ」
スタスタとヴェローナは寝室へ歩いて行く。それを見送りながらローエンは首を傾げる。……時々、彼女が何を思ったのか分からない。
(………全部分かるわけ無いだろ。分かんないことだらけだよ)
はぁ、とため息を吐く。明日はAFTの活動の方に顔を出すつもりだ。ソニアは学校なので午後からだ。欠伸が出た。さすがに今日は疲れた。
ぱち、とリビングの電気を消す。静かな空間に、冷蔵庫の唸り声がした。




