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Strain:After tales  作者: Ak!La
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第22話 怒りの矛先

「ギルバン、六番倉庫の確認をして来た。新しく入ったのが五匹・・と、廃棄が三匹・・だ」

「ご苦労さん。はぁ、全くスラムのニンゲンはあんま持たねーな」

 水路の奥、拓けたその空間に三人の男がいた。水が流れていた頃に様々なものが流れ着いて、枯れ枝や葉っぱ、もはや何だったのか分からないゴミが溜まっている。そのゴミ山の上に座るギルバンと呼ばれた男は、薄汚れたジャケットのポケットからペンを出すと、手帳に今聞いた報告内容を書き込んだ。

「奴ら栄養状態が悪いからな。エサが悪けりゃ保たねえさ」

「ダメになる前にさっさと売り捌かねェと。仕入れ過ぎも考えものだぜモーリス」

 モーリスと呼ばれた癖毛の男は、肩を竦めた。

「下っ端共は数だけはいるから。スラムのガキを見つけたら片っ端から持ってくるんだよ。きつく言ってあるんだけどな、連れて来すぎるなって。“悪魔”が来るかもしれないからよ」

「は、“悪魔”ね。最近そんなに話は聞かねえが。来るなら来いだ。……そういやこないだ一般人とぶつかったらしいな」

 ギルバンは部屋の隅にいるもう一人の男へ呼び掛けた。彼は静かに顔を上げると、首を振った。

「……よくは知らない。話を聞いたら女に殴られた(・・・・・・)と喚くばかりで」

「女? は、スラムは恐ろしい所だな」

「それより……つい先日部下が三人ほど消えた方が気になる」

「スラムにまだ慣れねぇか。ここじゃ人間はすぐに消えるしすぐに死ぬ。そういうものだタイラー。深く考えるな」

「いや……」

 タイラーが何か言おうとした時、三人は足音を聞いた。革靴とブーツだと分かった。部下たちではない。

「………おいおい。招かれざる客か」

 三人はそれぞれ銃に手を掛ける。やがて暗がりから足音の主が姿を現す。

「ねぇ。もう警戒態勢じゃない?」

「正面から堂々と行くんだよ。どうせ二人にはバレるんだから」

「……せめて俺だけでも別ルート探せば良かった……」

「ねーよ」

 黒髪の男と栗色の髪の男がそんな事を言うのを見て、ギルバンはゴミ山から降りた。

「てめぇら何者だ」

「どうも。…………ライアス・ギルバン、エドワード・タイラー、オランド・モーリスだな。悪いがお前らはここで終わりだよ」

「何だと……⁈ ……待てよ、お前……」

 ギルバンは黒髪の男の顔をジッと見た。その整った顔立ちには見覚えがあった。そう、今まさに話していた────。

「“悪魔のローエン”⁈ はは、マジかよ」

「……俺のこと知ってるってことは根が深いな、お前」

 ローエンは闇色の瞳を細めた。タイラーとモーリスも明らかにさっきより身構えている。

「よく知ってるよ! 会いたかったぜローエン。てめェのせいで俺たちは大変な目に遭ったんだからな!」

「………よく分からんが俺はお前らのことは覚えてない。どこかで会ったか」

「いいや、初対面だ。だがこっちはお前に恨みがある」

 ローエンへ拳銃を向けるギルバン。ローエンはさして身構えることもなくため息を吐いた。

「分かるように言ってくれよ……」

「職業柄、どこで恨み買うか分からんよ俺たちは」

 一人後ずさるリアンにローエンは視線だけを向ける。

「経験ありって言い草だな」

「あるよ、そりゃあね」

「……お前の場合女関係だろ」

「ありゃ、バレたか」

「何ゴチャゴチャ言ってやがる! 死ね!」

 発砲音。その瞬間にローエンの姿が消える。あっという間にギルバンとの距離を詰め──────銃を持っていた手を叩いて落とさせ、その手を掴むと膝蹴りを腹に入れ、ひっくり返して腕を捻り上げると足で地面に押さえつけた。

「うぐっ……!」

「貴様!」

 すぐ側にいたモーリスが銃を構えるが、そこへナイフが飛んで来て手に刺さった。

「ぎゃああァァ!」

「やるな」

「腕は鈍ってなかったね」

 リアンが得意げに言う。モーリスは銃を取り落としたが、刺さったナイフを引き抜き、それを武器にローエンに襲いかかって来た。

「うおおぁっ!」

 ギルバンを抑えたまま、ローエンは片手でナイフを捌くとその顎にアッパーを叩き込んだ。後ろへのけ反って倒れたモーリスは、ピクピクと痙攣したあと動かなくなった。

「モーリス! 畜生!」

「気絶してるだけだ、安心しろ」

 残るタイラーもリアンに抑えられていた。さっさと両手両足が結束バンドで縛られている。動けなくなったタイラーを尻目にリアンは手を払う。

「一丁上がり、と。やー、手緩い仕事だね」

「………畜生っ、お前らっ……」

 ギルバンが悔しそうにローエンを見上げる。ローエンはその目を見返すと、問う。

「で、俺は何の恨みをお前から買ってるワケ?」

「………アルダーノフファミリーだよ! お前が十年前にぶっ潰した!」

「……………。あぁ、あったなそういうの」

 あの時は一人では無かったが。自分のことばかり伝わっていたのだろうか。

「俺はその傘下で商売やってたんだよ。だが、ファミリーが潰れたことによって俺たちも上手く商売が出来なくなって、気付いたらお縄だよ。人生めちゃくちゃだ。こんな所なまで来て…………」

「ならわざわざこんな所に来るなよ。真っ当に生きれば良かっただろ」

「俺たちみたいなのが真っ当に生きれる訳ないだろうが! クソッ……殺せよっ……」

「悪いけど殺しはやめたんだ。十年前に会ってりゃ殺してやったけど。お前はもう一回檻に入るんだ」

「………クソッ!」

 ギルバンが身を捩るがローエンの拘束から抜け出せない。ローエンはため息を吐くと、屈んでもう片方の腕も掴んで持っていた結束バンドで縛った。その背中に乗っかって足も拘束してしまう。

「イテッ、クソがっ」

「もう少し手こずるかと思ったが……そうでも無かったな。よし、運び出して合流するぞリア……」

 リアンに視線を向けて、ローエンは言葉を失った。

「……何やってんだお前」

「うへ、ゴメン」

「お前に言ったんじゃない」

 リアンは頭に銃を向けられていた。両手を上げて強張った笑みを浮かべている。タイラーは彼の足元に転がっている。モーリスもまだ気絶したままだ。じゃあ、誰が。

「…………仕事早いなぁ、しかも無傷やし。ほんま、“悪魔”の名は伊達やない言うことや……」

「……フィンリー・マスキアラン。何の真似だ」

 リアンの後ろで銃を構えているのはフィンリーだった。サングラスの奥の目は剣呑に細められている。ロジーの姿はない。

「そっちの仕事は終わったのか」

「終わったわとっくに。ロジーちゃんには先にダミヤくんとこ行ってもろたわ。ウチは別にやることがあるんで……」

「────ねぇ、あの……逃げないんで銃下ろして欲しいなーなんて……」

「黙っててや。大事な人質なんやから」

「ひぇ……」

 ローエンは冷静にフィンリーの様子を伺う。錯乱している訳ではないようだ。その目はしっかり冷徹な光を宿しているし、目の前のリアンではなくローエンに向けて殺気が放たれている。

「…………俺のこと知ってたんだ?」

「来る前に調べるわ、そんなん。アンタはダミヤくんが追ってた凶悪殺人犯────元殺し屋や」

「凶悪……かどうかは知らないけど、まぁ、そうだ」

 殺した人数で言えばそうか、とローエンは冷静な頭で思った。

「正直ほんまかなって疑ってたんや。初めに会ったアンタはほんまに可愛らしい男やし、そんな凶悪そうには見えんかった」

「………一つ言っておくとさ。俺、可愛いって言われるのすげー嫌いなんだ」

 苛立ちを見せるローエン。フィンリーは笑う。

「でも確信したわ。アンタは紛れもなく悪魔や」

「人がどう呼ぼうが勝手だけどさ────それで、お前はどうしたいんだ? デートの誘いじゃ無さそうだけど」

「………嫌いやわー。ほんま、そういうの大嫌いやわ」

 フィンリーは銃を下ろす。と、突然リアンのこめかみを殴ると、昏倒したリアンを蹴飛ばし銃を向けた。リアンはくらくらしながら体を起こすとフィンリーに言う。

「痛ってー……これだから女警察官は嫌いなんだ……」

「お前少しは抵抗しろよ」

 呆れ顔のローエンにリアンは真剣な顔で言う。

「女のコ殴るのは俺のポリシーに反するのよ」

「面倒くさいなお前」

 その会話で、フィンリーはピキリと青筋を立てる。

「ほんま、腹立つわ……。アンタはそんな腑抜けたこと言わんやろローエン。ウチと決闘せぇ。やないとこの男を殺す」

「決闘って……。というか良いのかよ、警察官がそんなので………」

「うっさい。これはケジメやねん。やるんか、やらへんのか」

 どうして彼女にそこまでの怒りを向けられているのか、ローエンはイマイチ理解出来なかった。これは恨みだとローエンは確信した。だが、その元が分からない。

「なぁ……お前何でそんなに怒ってんだ、俺に」

「決まってるやろ。ダミヤくんを唆したからや」

「はぁ……?」

「アンタがダミヤくんを変えてもうたんや!」

 フィンリーが飛び出す。一瞬で距離を詰め、繰り出された拳がローエンの頬を掠る。反射で避けるのがギリギリだ。

「……やるやんか」

「問答無用って感じだな」

 繰り出された回し蹴りを、ローエンは姿勢を低くして避ける。ローエンが出したハイキックをフィンリーは後ろへ下がって避け、左拳をローエンの顔へ叩き込んだ。

「!」

 避けれずにローエンが吹っ飛ぶ。ゴミ山に突っ込んで起き上がれない所をフィンリーが胸ぐらを掴み上げ、投げ飛ばす。地面を転がったローエンは何とか起き上がる。

(……くっそ、やっぱ強えやコイツ……)

 鼻血が出た。息がしづらい。あーあ、情けない姿は嫌だなと呑気にそんな事を思う。

 相手は自分を殺すつもりな気がする。殺意には殺意で応えなければこの場合は勝てない。だが殺してはいけない。……殺そうとしても殺せないような気がするが。

「……甘いこと言ってらんないか…………」

「甘い男がいっちゃん嫌いやウチは!」

 フィンリーは休ませてはくれない。拳が連続で飛んで来る。何発かいなした所で一発が腹に入る。重い。呻く間もなくもう一発顎に入る。後ろに吹っ飛ぶ前にフィンリーが蹴りで追撃する。地面に叩きつけられたローエンは飛びそうな意識を何とか引き戻して、踏み下ろされた足を横に転がって避ける。

「…………ゲホッ……殺す気だよね?」

「安心せぇ、死なん程度で勘弁しちゃる」

 それはつまり、とことん甚振るということで。ローエンはゾクリとした。サングラスの奥の目は本気だ。最初に出会った時のような無邪気な目ではない。

(……あぁそうか……視線が読みづらいのか)

 なぜ暗い中でもしているのかと疑問だったが。薄っすらと見えるフィンリーの目がどこを向いているのか、ローエンからは分かりづらい。だから、攻撃がどこに来るのかが上手く予測出来ずに喰らってしまうのだ。……だが、それを差し引いても彼女の攻撃は速いし重い。

「……あのさ……誤解があるようだからまず話をしないか?」

「うっさいねん! アンタみたいな男が言う誤解は大体誤解ちゃうねん!」

「どんな偏見だよ!」

 話し合いでは解決出来なさそうだ。しかしこのままだと確実にやられる。彼女への勝ち筋が見えない。せめてリアンが加勢してくれれば……と思うが彼は絶対に女を殴らない。というかこの感じだと例え加勢してくれても戦力にならない気がした。そもそも“決闘”などと言うフィンリーがそれを許さないだろう。

「……アンタさっきから全然攻めて来ぉへんやん。戦う気あるんか?」

「ないよ……。でも戦わないと死にそうだから仕方なく」

「どいつもコイツも腑抜けてるわホンマに」

 ローエンは己を奮い立たせて立ち上がる。昔を思い出す。喧嘩ばかりしていた頃、まだそんなに強くなかった頃。……それから、目つきの悪い医者にぶっ飛ばされたこと。

「………でも、負けるのは嫌いだ」

「そぉなん。気が合うやんか」

 二人が動く。離れた所からくらくらした頭で見ているリアンには、あまりその動きが捉えられなかった。

(……なんかデジャヴ……嫌な思い出だな)

 その感じだと二人とも死んでしまうのだが。リアンはローエンの顔に滲み出て来た凶悪な笑みを見る。

(そういやアイツ、喧嘩屋だったわ。何だあの顔、こえー)

 綺麗な顔を血に染めて。普段の気取ったようなキザさはどこにもない。まるで獣だ。仕事の時は淡々としている彼が、戦う時にあんな笑みを見せるなんて。その実この戦いを彼は楽しんでいるんじゃないかとリアンは感じた。……恐ろしい奴だ。

 フィンリーはもう自分には興味が無いようだった。何故か彼女が怒りを向けているのはローエンだけ。

「……大変だねェ色んな所から恨まれて…………」

 他人のことを言えたものではないが。それとこれとでは種類が違う。

 ローエンの拳がフィンリーの頬に入った。サングラスが飛んで、薄い水色の瞳が露わになる。

「っ……!」

「やっと見えたな……!」

 ローエンのハイキック。フィンリーが右腕で防ぎ、払って、左の突きをローエンの腹へ向ける。ローエンは右手で掴んで受け止めると、その手を引き寄せ横っ腹へ右の膝蹴りを入れた。放すとフィンリーはフラフラとして後ろへ下がるが倒れない。痛みを堪えて、フィンリーは笑う。

「……へへ、ええ顔なって来たやんか」

「サングラス、無い方が可愛いぜアンタ」

「余計なお世話やわ!」

 ギルバンは芋虫のように這って、壁際に退避していた。下手に抵抗しなくて良かったと感じているところだ。

 ローエンの先制。拳をフィンリーの顔目掛けて連続で繰り出す。フィンリーはひょいひょいと左右に避け、次に来た上段回し蹴りを屈んで避けて潜り抜けると、ローエンの肩を掴み頭突きを喰らわせた。

「!」

 ぐわんと視界が揺れる。

「あはは! ゴメンなぁ石頭で!」

 一発二発と腹に拳を喰らい、ローエンは後ろに転がって仰向けでゲホゲホと咳き込む。焦点が合わない。視界にブレたフィンリーが映る。

「…………もう降参か?」

「……昔ほどのタフネスはもう無いな……」

 額に手を当てると、血が滲んでいる。自分もよく反撃で頭突きをしていたが喰らわされたのは初めてだ。

「……アンタが怒ってる理由がよく分からないままなんだが……おっさんが何だって?」

 フィンリーは、ローエンを見下ろしたまま水色の瞳を細める。

「────ウチの好きやったダミヤくんはもうおらん」

「……あぁ、そう。それと俺に何が関係してるんだよ」

 ローエンは目を瞑った。昔からこうする。下らない女の愚痴を聞く時の術だ。

「アンタがダミヤくんを唆したんや」

「アンタの相方は元から変な奴だったよ。敵なのに協力するし……スラムの事件を担当する物好きだ」

「何でアンタみたいなのとつるんでるんや。……アンタみたいな犯罪者と…………」

「さぁ。俺が知りたいね……」

 カチャ、と音がして、ローエンはフィンリーの方へ目を向けた。真っ黒な銃口がこちらを向いている。不思議と焦りはなかった。ローエンはゆっくりと体を起こす。

「俺が死ねば満足か」

「邪魔やねん。ウチのダミヤくんを返してもらう」

「……面倒な女は嫌いだよ。全く、見かけによらず拗らせてんな」

「女のことは全部分かってるみたいな顔する男は嫌いや。気に食わん」

「それ別の私情だろ……」

 はぁ、とため息を吐いた。こんな時でも相手を女性として扱ってしまう自分に少し嫌気が差した。

「……人は変わるんだよ。それは他人にはコントロール出来ない。触れたものに勝手に染まって行く。仕方ないことだ」

「……………」

「アンタが話すべきは俺じゃない。俺が消えたって何も変わらない。それでアンタが求める“ダミヤくん”が戻って来ると思うのか。よく考えろよ。アンタが本当に元相方のことが好きならな」

 これは執着だ。恋ではない。離れていた時間が、彼女の中に歪んだ感情を生み出してしまったのだろうと、ローエンは思った。勿論、深くは知らない。かつて二人がどんな風に関係を築いていたのか、その頃のダミヤがどんなだったのか。


 ────だからこそ。


 フィンリーの首筋に、冷たい感触があった。鋭く嫌な、それでいてどこか愛おしさすら感じるその感触に、フィンリーはハッと息を呑んだ。

「………そこまでや、フィン」

 静かな低い声が、フィンリーの耳に届いた。振り向いて視線を向けたそこには、刀を抜いたダミヤの姿がある。その後方には不安げなロジーと、アナスタシアとエリオットの姿があった。

「ダミヤくん……」

 水色と赤の瞳がぶつかる。薄暗くて湿った不気味な水路の空気に、嫌な緊張感が走った。


#22 END

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