第21話 スラムの守護者たち
二日後。スラムの入り口前に集まったローエン達。今日はいよいよ例の人攫い組織のアジトへ乗り込む日だ。事前準備は万端、コンディションもばっちり………なのだが。
「……何で人が増えてる」
「スマン、どうしても言うんや」
二日間揉めに揉めて、最終的に『来るな』と言ってダミヤは昨夜断ったはずだったが、フィンリーは現れた。場所も教えていないのに。
「フィンリー・マスキアランや。よろしゅう。ダミヤくんが世話んなってます」
「しかもまた濃いのが……」
「あー……俺の昔の相棒や。まぁ使える」
げんなりした様子のダミヤの横でニコニコのフィンリー。ローエンもダミヤと同じような表情をしていた。アナスタシアたち三人は昨日のうちに顔を合わせている。
「……苦手な気配がする」
リアンがぼそりと呟いた。
「協力者ぁて聞いてたけど何者なん? えらい可愛らしいやん」
「かっ……。………ローエンだ。アザリアで探偵やってる。こっちは同僚のリアン」
「どもっす」
「ふーん……只者やない言うんは理解したわ」
顎に手を当てて笑うフィンリー。ローエンはその立ち姿を眺めて目を細める。
「あんたこそ。多分俺より強いな。……敵じゃなくて良かったよ」
「え? 何で? 敵になるようなことがあるん?」
「……………」
自分はアウトロー側と言う感覚が未だ抜けないローエンは、黙って首を振った。
「スラムのことは? どれくらい知ってる」
「さぁ。ウチらも手ェ出さんくらいの無法地帯やってことは。まぁ絡まれてもブン殴ればええんやろ」
脳筋………とローエンは思ったが口には出さなかった。実際、知性のカケラもない輩にはそれくらいが丁度いい。
「それで? 今日はたくさんぶっ飛ばせばええんやな」
「………おっさん、あと説明頼む」
「何でや放棄すんなやおい!」
「連れて来たのはアンタだろうが! とりあえず進もう。歩きながらでも説明は出来るだろ」
踵を返そうとしたところで、ローエンは視線に気がついて振り向く。フィンリーがじっと見ている。
「……何だ」
「ほんまええ男やな。ウチより背ェ高いし。モテるやろ」
「悪いけど妻子持ちだよお嬢さん。10年前に会ってたらデートくらいはしたかもね」
「ウワッ、タラシやわ。嫌やわ、ええなぁ」
「どっちだ」
「ひと回りも下やでフィン。やめとき」
「お嬢さんやって、いややわー!」
「いった! 何でしばくねん!」
何故かニコニコのフィンにバシッと背中を叩かれたダミヤは前につんのめって踏み止まる。ローエンは背中を向けながらため息を吐いた。歩き出した彼にリアンがそっと横に寄って耳打ちして来る。
「いいのか? 一緒に来させて」
「人手は多い方がいいだろ。それに、あの人おっさんくらいには強い。心配はいらねェよ」
「さっきも言ってたけど、見ただけで分かんの?」
「体幹と足運び……あとは体格か。しっかり鍛えてるしきちっとしてる。最初男かと思った…………」
「あぁ、無いもんな」
何がとは言わないが、リアンは両手でふわっと何かを抱え上げるような動作をする。ローエンは呆れ顔で首を横に振る。
「そういう話じゃない。……俺より強い女に会ったことがなかっただけだ。あの人には守らなきゃとかそういうことを感じない」
「え、相手が警察官でも思うわけ?」
「そういうことじゃねェけど……」
本能的な庇護欲とでも言うのか。それはかつてローエンが男性性を異常なほどに強く求めた頃に得た感情だ。勿論、意識していたわけではなく無意識だったが、“自分は女ではない”という保証を得るための一つの証拠だった。それゆえに強くなった。強くならなければと思った。
「……今はどうでもいいことだ」
「ふーん」
後ろでは今日の計画をダミヤが雑に説明している。元相棒だと言っていたが、二人はよく似ている。同郷なのは口調で分かる。仲が良いのも分かる。良い、と言ってもベタベタな感じではない。ダミヤは心底面倒臭そうだが、信頼している様子は感じ取れた。彼がここに彼女を連れて来たことが何よりの証拠だ。
ダミヤが他人のペースに呑まれているのを見るのは初めてかもしれない。傍目から見ると熟年夫婦に見えるが、ダミヤは離婚してはいるが元妻子持ちだし、彼女とはそういう関係にはならなかったのだろう。実際、二人の間には恋愛感情のようなものは感じない。だが男女の友情という感じでもない。
(………“相棒”か……)
そういう関係が彼にあったことが少し意外に思えた。どこか孤立したようなところを彼に感じていたからだ。勿論、部下はいるが彼がアナスタシアたちに向ける感情は信頼よりも責任感のように思える。
フィンリーはきっとダミヤと同じかそれくらいに強いだろう。10年前に会っていたら大変だった、とローエンはしみじみ思う。少なくとも二人ともあまり敵に回したくないタイプだ。………いや、もしかするとダミヤと同じで共闘の筋もあったのかもしれないが……。
いやいやとローエンは首を振る。今は、やるべきことに集中しよう。
*
スラムを随分と南下して。水路の脇道へローエンたちは階段を降りる。水路と言っても、この辺りはもはや水はほとんどなく、わずかに残った水溜まりから黒々とした藻が気味悪く顔を覗かせている。橋をひとつ過ぎた所で、壁に空いた横穴を見つける。地下水道へ通じる穴だ。人が通るには身を少し屈めなければなさそうだが、問題ない。
「………なんかデジャヴやわ」
「この様子だと水は枯れてる。大丈夫だ、行くぞ」
「何が大丈夫やねん……」
躊躇いなく頭を下げて入って行くローエンとリアン。ダミヤはため息を吐いて部下たちに先に行くよう促す。
「フィン、頭ぶつけなや」
「小人の穴みたいや。ハハハ」
嫌な顔ひとつせずに進んで行くフィンリー。ダミヤは辟易としながら最後尾を進んだ。
滑らないように壁伝いに進んでいると、急にローエンが目の前から消えて視界が拓けたのでリアンは驚く。
「わっ⁈」
「気を付けろ。ゆっくり降りろ」
道が途切れて、広い水路に出た。通って来たここは水が流れ落ちてくる所のようで、地面まで少し高さがある。
「………よっと」
と、リアンは振り向いて後ろを進んでいたアナスタシアに手を伸ばす。
「ほら、嬢ちゃん」
「 ………やめて貰えますか、そういうの……」
と言いながら彼女は自力で降りて来る。リアンは完全に無意識にやっていた事に気が付いて手を引っ込めた。
「あーゴメン」
「おいよっとぉ! ほえー、なんやよう声が響くわあ」
キョロキョロと見渡すフィンリー。ダミヤもその後ろから様子を伺う。
「………地下にこんな空間があるたぁな……」
そこはトンネルのような地下水道ではなかった。左右に続く水路と、真正面にもうひとつT時に水路が伸びている。その先は落ちていて、一段下にまた水路があるようだった。その先を見ると古びたレンガの壁と張り巡らされた水路が暗がりの中にうっすらと見えた。下の方にはまだ水が残っているようだった。
見上げると壁に所々火が灯っている。これが光源になっていて完全ではないがなんとか地形は把握できる。
「……地下迷宮みたいですね」
エリオットがそう漏らした。何か魔物でも潜んでいそうな空間だ。静かにしていると、ネズミの鳴き声と足音は聞こえて来るが。
「この下は浄水施設になってるらしい。……今はもう機能してないけどな」
言いながら、ローエンはベストの内ポケットから紙を取り出して広げる。それはこの地下水路の地図だった。
「んなモンどこで?」
「調べたら大概のものは出て来るってんだ」
と、ローエンはペン型の懐中電灯を点ける。複雑に入り組んだ水路の様子が見て取れる。
「今いるのがここだ。目的地はここ」
と、ライトの先で地点を示す。その距離にリアンは顔を顰める。
「……離れてんなー。もっと近い入り口なかったのか」
「ある」
「あんの⁈」
「ちゃんと人が入る用の出入り口がな。だがそこは奴らも使う。アジトに着く前に下手に鉢合わせしたかねェだろ」
方向を確認し、こっちだなと歩き出す。七人の足音が反響する。
「………このかがり火……人がいるってことでいいよな」
「そうだな。奴らここら一帯を通路として使ってんだろ」
リアンの言葉にローエンはそう頷いた。
「ええなぁええなぁ、ワクワクするやんこういうの」
「フィン……遊びやないんやで」
「分かっとるわ。せやかて何でも楽しまな損やろ」
目を輝かせるフィンリーは少年のようだった。ダミヤは辟易とした表情でため息を吐いた。
「あんまりうるさぁしてると前の色男に突き落とされんで」
「突き落とさねェよ! つか水ねェだろここ」
ぐわん、とローエンの声が響く。クスクスとフィンリーは笑う。
「ダミヤくん、前にも地下水道来たことあるんやね」
「ん? まぁな」
前に行ったのはもう少し北の方だった。狭くて臭いあの水路をダミヤは思い出す。どうして悪党は地下を好むのかとそんなことを思う。
「あの頃の班長はすぐ私たちを置いてどこか行ってましたね」
「思い出すとヘコみますね。あまり信頼されてなくて……」
「うっ、スマンかったって」
アナスタシアとエリオットの言葉にダミヤは首を縮める。近頃はもうダミヤは部下を置いて行ったりしない。ロジーという後輩も増えて、二人はすっかり逞しくなった。
「お喋りはそれくらいにしろ」
ローエンが歩みを止める。そこは三叉路だった。
「ここから手分けして進む。奴らはここに散らばって潜伏してる。ボスがいるのはこの左、下っ端共は右とこのまっすぐ行った先の少し開けた所に屯してる。そっちも二手に分かれてくれ」
「ほな……」
「ウチとダミヤくんは別れた方がええやろ。ロジーちゃん、おいで」
「え、あっ、はい」
ニコニコとしながらロジーの肩を抱き寄せるフィンリー。少しドギマギした様子のロジー。こうしてみるとだいぶ男らしく見えるなとローエンは思った。
「アンちゃんとエリオくんはダミヤくんと一緒に行き。そんでええやろダミヤくん」
「………おう……」
「二人で大丈夫なんですか?」
アナスタシアが心配そうに尋ねる。フィンリーはそれを笑い飛ばす。
「どっちかが二人にはならなあかんねん。ウチおらんかったら君らで二人にならなあかんかったやろ。せやし大丈夫や。心配あらへん」
「……ロジーを頼むでフィン」
ダミヤが言うと、フィンリーは意地悪そうな顔をした。
「それは上司としてなん? 親としてなん?」
「どっちもや」
ボリボリと頭を掻くダミヤ。行くで、とアナスタシアとエリオットを促し三人は右の通路の闇へと消えていく。
「ほなウチらも。よろしくやでロジーちゃん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「ほな、二人も頑張りや」
ロジーを連れてフィンリーも闇へと消えて行く。残されたローエンとリアンは顔を見合わせる。
「……じゃ、俺らも行くか」
「そうだな……」
*
「ロジーちゃんはさぁ、ダミヤくんのことどう思てるん?」
「えっ」
二人で歩いている最中、ロジーは突然フィンリーにそんなことを訊かれて驚く。
「………それは上司としてですか、父としてですか」
「うーん、どっちもやな」
先ほどのやりとりの繰り返し。ロジーは少し考える。その間にフィンリーが続ける。
「ダミヤくん、折角いい奥さんもろたのに早々に離婚してもうて。ウチが貰えば良かったなぁ思ててんけど」
「……えっ」
「……あーウソ。えーと、まぁそう、ロジーちゃんが生まれてそう経たんうちに離婚してもうて。父親としてのダミヤくんのことはロジーちゃんはあまり知らんはずや」
ダミヤ自身も、父親として暮していた時期は短かった。それでも。
「ダミヤくんとこには自分で希望して来たん?」
「あ、それははい。………父に会って警察官になろうと思ったので…」
「………自分、全然方言出ぇへんな。釣られへんの」
「あはは」
ロジーは苦笑する。フィンリーはくすりと笑う。
「あまり親子て見られたないんか?」
「ええと……まぁ、仕事中は上司と部下として振る舞おうと……思ってます」
「ダミヤくんがそう言うたん?」
「いえ。私が勝手にしてるだけです」
フィンリーは立ち止まる。振り返って、年若い警察官を見つめる。
「……何ですか?」
「なるほど。ほな上司としてのダミヤくんのことを訊くわ」
一歩近付いて、フィンリーはサングラスの奥の目を細めた。暗がりの中なのに、ロジーにはその目が鋭く光って見えて、思わず後ずさる。
「……………ダミヤ・オルグレンはいつからあんなお人好しになったんや」
「フィンリーさん……?」
「やっと帰って来れたのに、ウチの知ってるダミヤくんはもうおらんかった」
「………」
「組み手してもウチに簡単に転がされるようなってた。こんな所に執心して────腑抜けてもうたんや」
どこか憤りと悲しみが混ざったようなフィンリーに、ロジーは落ち着いて返す。
「………お父ちゃんは、優しい人です。うちが知ってるのはそんなお父ちゃん……オルグレン班長だけです。確固たる覚悟を以ってこの町と向き合ってるんです。他の誰もちゃんと見ようとしやんから」
「こんな終わった町放っといたって構へんやろ。ここがあるから犯罪率も────」
「フィンリーさん」
キッパリとした声で名を呼ばれ、フィンリーはどきりとする。その力強い声の中に、彼女はダミヤの面影を感じる。
「この町にはまだ、人が生きているんです。それを、私たちは助けたいんです。その為に悪事をはたらく人を捕まえるんです」
「………綺麗事や」
「うちなんかまだここに来るようなって日は浅いですけど。お父ちゃんたちは長い間この町と真剣に向き合って来たんです。それでもまだ、ここは酷い所やけど────他にも、この町を助けたいと思う人はおるんです」
「………あのローエンいう男も?」
「はい。学生たちと協力してスラムを再生しようとしてるって」
ダミヤとは対照的な緑の瞳がフィンリーを見つめる。フィンリーはため息を吐いた。
「今ドキの若い子の考えることは……全く」
フィンリーは踵を返し、再び歩き始める。
「よう分かったわ」
「フィンリーさん?」
「まぁ〜まずはここいらの悪党しばき倒せばええんやろ」
ロジーはその後をついて行く。何だかんだ言いながらも手伝ってくれる気はあるのかと安心する。
「………ダミヤくんのことはそれからや」
微かに聞こえたその言葉は、暗闇の中に反響して消えて行った。
#21 END




