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季節日記

作者: 芝生侍

朗読ボイスドラマ


里美

春、寒さは消え、朗らかな陽気の下で私達はまたどうしようもなく恋をした。

出会いは吉祥寺のタワレコで、ぶらりと立ち寄った私に突然声を掛けて来たのだ。


達也

「これナンパなんだけどさぁ。俺の日記を付けてくんない?」


里美

「はぁ?それってナンパのつもり?もっと真面目にやりなさいよ。大体なんで日記?どんな告白の仕方してんのよ。」


達也

「良いじゃん良いじゃん。俺が音楽で有名になるまでの道則を日記にしてくれる人を募集中。何十人も声掛けてるけど誰もやってくれなくてさ。」


里美

「当たり前だろ?そんな誘いに乗る奴見た事ねぇよ。まあ取り敢えず名乗れよ。」


達也

「俺は五十嵐達也、『STB』っていうバンドを組んでる。今はギター兼ボーカル。」


里美

「へぇ。売れてんの?」


達也

「まあまあかな。最近ようやく軌道に乗って来た。心にガツンと聴かせてやるぜ。なあだから日記書いてくれよ。」


里美

「うるせぇから話だけは聞いてやる。面白そうだ。その代わりコーヒーは奢りな。」


達也

「まじ?超助かるんですけど。勿論奢らせて頂きますよ。」


里美

最初は完全に興味本位だった。

だが意外や意外、音楽の趣味は不思議と合っていて、何故かは分からないが日記を付ける羽目になった。

髪の毛はボサボサでよく分からない英語が書いてあるTシャツとヨレヨレジーンズのヒョロッとした男でパッとはしなかったが、音楽への情熱に心惹かれた。


達也

「音楽ってのは情熱を共有する為の方法。俺たちミュージシャンってのはそのクラッチでしかない。音楽と言う名のエンジンを観客と言う名のタイヤに繋げるのさ。」


里美

「へー。よくわかんないけど。クラッチなんて免許取るときにふらっと聞いた程度だし。」


達也

「まあまあ俺の歌を聞けば分かるよ。ちゃんとこの辺も日記に書いといてよ。」


里美

「はいはい。分かってますよ。」


達也

「それにしてもこのコーヒー苦くない?」


里美

「そうでもないよ。むしろ飲みやすい。」


達也

「ほんとかなぁ~。」


グビッ


達也

「やっぱ苦いわ。」


里美

彼が強がって注文したブラックコーヒーを飲む姿には少しだけ幼さを感じた。


里美

夏、私達はいつの間にか一緒に暮らしていた。

ワンルームの狭い部屋にベットが1つと机が2つ。

本棚には参考書とCDがギュウギュウに詰め込まれ、はみ出た漫画や雑誌なんかは床に積まれていった。

日記のページの数だけ私達は同じ時間を共有した。

B5サイズってのがポイントだ。


達也

「くそっ。クーラーが壊れやがった。うんともすんとも言わねぇ。」


里美

「それまじ?今日猛暑日だよ?」


達也

「こりゃ団扇とアイスで乗り切るしかねぇな。」


団扇をパタパタ


里美

「普通に考えて無茶だろ。言ってるそばからアイス溶けてんぞ。」


アイスドロ


達也

「あっ、ちょっ。」


里美

「ちょっと部屋汚さないでよ。どうせ掃除するの私なんだから。」


達也

「はいはい。分かってますって。」


里美

秋、食欲の秋、睡眠の秋、音楽の秋。


達也

「歌詞が思いつかねぇ。なんか良いの無いかなぁ?そういやぁ里美、お前って文学部だっけ?秋テーマにして何か思い浮かばねぇか?」


里美

「そうだけど。歌詞って急に言われてもなぁ。秋がテーマってなると…。」


達也

「食欲の秋しかねぇ。歌詞書く前に腹ごしらえだ。行くぞ。」


里美

「唐突過ぎだろ。何処行くの?」


達也

「吉祥寺の上手いラーメン屋を教えてやるぜ。」


里美

「またラーメンかよ~。こないだもラーメンだったじゃん。」


達也

「良いじゃねぇか。さっさと行くぞ。」


里美

「はいはい。」


里美

今日食べたラーメンを日記に書いた。


里美

「裏手通り、豚骨、不味かった。」



里美

冬、季節は巡る。

東京には3度目の雪が降った。

私は講義やゼミで忙しくなった。

彼もまた音楽活動に夢中だった。


ドア開く音


達也

「里美ちゃぁーん、たらいまぁー。」


里美

「まーた呑んだくれやがって~。も~。」


ベットにバタン


達也

「おやすみなさぁい。」


里美

「そのまま寝たら風邪引くぞ馬鹿野郎。」


里美

私は彼氏に毛布を放り投げた。

受け取った毛布に包まり彼はすぐ寝息を立てだした。


カシャ


里美

そっと写真を撮る。

寝顔はまるで少年のようだった。


達也

いつから女だけが読む朗読だと錯覚していた?

たまには俺にも読ませくれ。


咳払い


達也

春、ギターをかき鳴らしているだけが俺の生き甲斐だったはずなのに、いつの間にか里美が横に居た。

いつからそこにいるのかはいまいち覚えていない。

ただ気が付いたら横で寝息を立てていた事だけは覚えている。

胸に耳を当てるとドラムを叩く様に心臓が鳴り、呼吸は俺より若干早い。

まるでセッションの様だ。


目覚ましの音


達也

「おら、起きろ。今日1限だろ?遅れるぞ。」


里美

「ふぁー。もう朝かよー。1限だるっ。課題終わってねぇしー。」


達也

「さっさと準備しろ。置いてくぞ。」


達也

無言でヘルメットを投げる。

彼女にはソフトボールのセンスが有りそうだ。

慣れた手付きでヘルメットをキャッチし、俺の後ろに乗る。

バイクってのは動く楽器だ。

大学まで数十分。

東京の朝を音楽を奏でながら進む。

良い音だ。


達也

夏、ライブハウスの観客が少しずつ増えて来た様な、いや気がするだけかも知れない。

希望的観測って奴か?

里美をライブに呼ぶようになったのは、蝉の声がうるさいと感じた頃だ。

俺はクラッチだ。

歌詞と音色というエンジンを余す事なく観客に伝える。

ライブハウスは鼓動の様に揺れる。

情熱の共有。


ビールの喉越の音


達也

「ぷはぁー。」


里美

「今日も良かったな。なかなか客の入り良いんじゃ無いの?」


達也

「心なしか春よりは客が増えた気もする。気がするだけかもね。」


里美

「そんなことないでしょ。まあ結果はそのうち付いて来るもんだよ。」


達也

「それもそうだな。そういや日記ちゃんと書いてんの?」


里美

「勿論書いてるよ。お前のぼやきまできっちりな。」


達也

「それはありがてぇ。感謝を込めて今日は奢りだ。」


里美

「そんな事言って。今月厳しいくせに。」


達也

「いっけね。ばれてたか。」


達也

秋、暑さは冬になりたくないかのように留まった。

俺もまた夏が終わる事に焦っていた。

ちょっとしたスランプ。

そこまで酷いとは思いたくなかった。

変な強がりが俺の中にはずっとあった。

ガキだったと思う。

里美に頼れば良かったのに。

でかい事言ってたけど結局は幼かったのだ。


里美

「作曲の調子はどうよ?最近新曲出してないんじゃない?」


達也

「まあまあ順調だよ。新曲は次のライブには必ず出す。だから心配は要らねぇよ。」 


里美

「ほんと?それならいいけど。」


達也

「任せとけって。」


達也

冬、今年は寒さがきつかった。

吉祥寺の駅前は絶え間なく男女が行きかう。

それに反比例するように俺の筆は動かなかった。

音楽で食って行くと誓っていたはずなのに、作曲はスランプのまま。

そのプレッシャーが日に日に増大していくのが怖く苦しく、逃げるように酒を飲んだ。

冬の寒さがこんなにも刺さり、雲がこんなにも重いと感じた事は今まで無かった。

夏にはあんなにいた観客が、次第に減って行くのに俺は耐えられなかった。


達也

梅雨、雨ばかりの一週間、傘は俺の不安な顔を上手く隠した。

俺たちの活動に限界を感じ始めたたメンバーが一人、また一人と減っていった。

皆、音楽の代わりに就職活動を始めた。

金髪が黒になり、英語Tシャツはスーツになった。

ベースからビジネスバッグになり、ドラムから名刺になった。

それなのに俺は…。

楽譜を見るのが怖くなった。


里美

梅雨、雨は嫌いだ。

憂鬱だし、何より空が重い。

最近『STB』のメンバーが次々と辞めてると聞いて不安になった。

私も当然、就職活動を始めていた。

だが達也は一向に就職をしようとしない。

彼は上手く隠しているようだが音楽活動が上手く行っていない噂は耳に入っていた。

それでも私は日記を付けた。

彼を信じていたのは言うまでもない。

私も就活が上手く行かず、不安定な日々が続いた。


達也

喧嘩ってのは殆どが些細な事から始まる。


里美

「ねえいつまでそうしてんの?」


達也

「うるせぇよ。」


里美

「いい加減現実見なさいよ。」


達也

「うるせぇよ。」


里美

「音楽で生きていけると本気で思ってるの?メンバーもみんな辞めちゃって、どうやって行くの?」


里美

この一言がどれだけ達也の心に刺さったか、今なら分かる。

その時の達也の表情は今でも忘れない。

彼は怯える仔犬の様に、追い詰められた子供の様に、小刻みに震えていた。

そこまで切迫していた事実に気が付けなかった私は馬鹿だ、阿保だ。

なんの為に毎日日記を書いていたのか…。

その一言を境に彼はワンルームの部屋から消えた。

出て行った彼を、私は追う事が出来なかった。

マンションの重いドアは、私と彼との仲を遮るかの様にそこにあった。

人が1人減った部屋からは、心地よかったギターの音も、好きだった音楽も、バイクの香りも、景色の色も無くなった。

ガラケーで撮った2人の写真を消している最中、あの寝顔を見つけた。

今じゃ必要ない。

日記もどこに置いたか分からない。

捨てたのかも知れない。

涙ってのはこうやって枯れるのだろうか?

分からない。


達也

家を出てからバイクをどう走らせたのかは全く覚えていない。

むしろ思い出したくない。

失って初めて大切さに気付くってあるけど、失ったものがデカ過ぎた。

空気が重い。

まるで俺を潰したいのかと思う。

いやむしろ潰してくれた方が断然楽だった。

だが神様ってのはそこまで優しくない。

気が付けば俺は路上の片隅で朝を迎えていた。


達也

あれから何年経ったかいまいちよく覚えていない。

少なくとも立ち直るのに1年以上掛かった。

人間一回地獄に落ちると後は登るだけって言うけどそうでもない。

地べたに這いつくばり、血で歌詞を書いた。

彼女をわすれる為に音楽を作った。

叫ぶ為の声を路上ライブに使った。

いつからだろう俺にファンクラブが出来たのは。


里美

今でも時々思い出す。

元彼の事を。

吉祥寺を離れた私は、会社で5つ上の先輩とお付き合いする事になった。

先輩はびっくりするぐらいの大人で、私には勿体無いくらい。

近場の安いラーメン屋じゃなくて本格イタリアンの高級レストランに連れてってくれるし、乗り心地の悪いバイクじゃなくてピカピカのセダンに乗せてくれる。

元彼とは大違い。

もし元彼の事を聞かれたら忘れたって言ってる。

ただの音楽馬鹿だったよって。

会社っていう環境にも少しずつ慣れて来た。

出会いと別れなんてこんなもんなんだろうね。

先輩は大のクラッシック好きで、楽団のコンサートとかにも連れて行って貰った。

新しく買ったスマホには先輩とのお洒落な写真が少しずつ増えていった。

失った心の部分はどんどん先輩で埋まって行った。

ただ何か忘れている気がする…。


達也

里美のことは全然忘れられなかった。

未練タラタラだ。

また会えないかなぁとか薄い希望を抱いていた。

自分から飛び出した癖に…。

ライブとかやっても必ず里美の存在を探してしまう。

ライブが大きくなればなるほどその期待は膨らんだ。

だが俺の期待は違う結果を生んだ。

新宿の駅近くでライブの打ち上げに行く途中だった。

大人びた里美がそこにはいた。

ただし1人では無かった。

更に大人びた男が横にいた。

お似合いの男女って感じで、俺はあの男に遠く及ばない事を一瞬で悟った。

声すらかけられなかった。

俺は逃げる様にその場を後にした。


里美

ギターを背負っている人を見るとついつい意識してしまうのは悪い癖だ。

1人でいる時も先輩といる時も、あれは達也だったんじゃ無いかっていつも思う。

忘れたと思っていたはずなのに。

馬鹿女。

今は先輩が居るのに…。

気晴らしにCDでも買おうと久しぶりにタワレコに入った。

何年ぶりだろう。

達也に会った時の事を少しだけ思い出す。

普段はクラッシックなので、疎遠になっていたロックバンドの曲が聴きたくなった。

話題のアーティストがずらり。

そこに1枚だけ目のつくCDがあった。

ノートのジャケ絵だ。

B5サイズの大学ノート。

妙に引かれる。

そう言えば達也の日記ってどうしたんだっけ?

引き出しにしまってから…。

突然身体に電撃が走った。

そのCDを手に取ってアーティスト名を見る。


里美

「バンド名『ギアボックス』?」


里美

「作詞作曲『五十嵐達也』!!」


達也

家を飛び出した時、唯一持ってたのが彼女の書いた日記だった。

彼女が日記に何を書いているのかが気になり、後で覗いてやろうと思ってギターケースに入れたのを俺は長い事忘れていた。

メジャーデビューを決める新曲をどうするか考えていた時に偶然ギターケースの奥底から見つけた。

日記には俺の活動や思い出などがびっしりと書かれていた。

語った情熱やクーラーの無い夜。

不味いラーメンの話。

それと俺のくだらないぼやき。

あんまし綺麗じゃない字だったけど、涙が出た。

輝いていた日々がそこにはあった。

俺はその日記を元に1つの曲を作った。


ハウリング


達也

「ライブ前にこんなしけた話をするのは余計だったな。今夜は楽しんで行ってくれぇ。」


達也

「それじゃあ聞いてくれ。」


達也、里美

「『季節日記』。」

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