5:青銅の王の誕生
これで完結となります。
ぴるるっ、ぴるるるっーーー。
薄暗い部屋に置かれた椅子の、背もたれの部分に居座り、傍らに立つサクセスを黄金色の瞳で見上げて、使い魔であるファディはそんな甘えた声を上げた。
そこは、王の寝室からだいぶ離れた場所にある、サクセス自身の部屋の中。血みどろになった戦闘ののち、彼はその部屋に閉じこもった。もちろん、血で汚れてしまった体はファディともどもきちんときれいにして。
サクセスは使い魔の甘えた声に一度だけ答えるように、指先で頭をなでてやってから、静かに部屋の窓を開けた。外はすっかり日が落ち、城下の街並みの明かりがぼんやりと暗闇に浮かんでいるのが見える。彼はそんな光景を見つめながら、ぐっと自らの唇をかみしめる。
「こんなことのために強くなったんじゃない」
と。
それは、先ほどの魔物との戦いの事を言っているのだろう。彼は、自分を陥れようとした王妃たちを、結果的にはその「強さ」で脅したことになったのだ。彼女たちはもう、自分を殺そうとはしないだろう。だが代わりに、これからずっと自分におびえて過ごすかもしれない。
それは少年の頃に誓った彼の思いとは、遠くかけ離れた場所にある結果であった。
「それでも、国はまとまった。お前の望みはかなったのだろう?」
不意に、サクセスと使い魔しかいない部屋で、彼の背後からそんな声が聞こえる。落ち着き払い、静かで、でも強い声。力の宿る声だ。
「羯羅……」
突然背後に現れたその声の主に驚くこともせずに、サクセスは声の主の名をもらし、振り返る。そこにはやはり、机の上に置かれた小さなろうそくの明かりに照らされるように、いつもと同じ無表情の魔導士の姿があった。
漆黒の闇に溶け込んでしまいそうな衣装と黒髪。だか、その白い肌と薄紅色に近い瞳が明かりの中で際立っている。
「羯羅、私は人を脅し、恐怖で縛り付けるために強くなりたかったのではありません」
子供が親に言い訳するように、頼りなげな表情で訴えるサクセス。先ほどまでの、魔物と対峙していた鋭い表情はどこにもない。まだ十五歳という年相応の表情がそこにあった。
羯羅はそんな教え子のもとに歩み寄り、静かにその手を伸ばして頬に触れる。
「だが、お前が強くなければ、お前が死んでいたな」
いつものように、彼の声には感情が伺えない。でもなぜか、その手のひらは暖かく、サクセスの心を落ち着かせる。
「ですが、このようなこと、お亡くなりになった父上がお喜びになるはずがありません。それに、私はお亡くなりになった父上の目の前であのような戦いを……」
そこまで言ってサクセスは自らの胸を強くおさえてしまう。そこで初めて、父王はもういないのだと思い知らされ、悲しみが心にあふれ出したのだ。
さらに、王妃達への怒り、魔物に対する恐怖、そしてやはり自らが必要とされていなかったことへの悲しみ、それら自らの心へと押し込んでいた感情が、父王を失った悲しみにつられるようにして一気にあふれ出してくる。
だが、それでもサクセスはそれを抑え込もうとする。胸を抑え、唇を噛みしめ、何とか自らの内側にとどめようとする。
「サクセス」
力の宿る声で、羯羅が静かに苦しむ教え子の名を呼び、彼の頬にあった手を肩へと移し、そのまま自らの胸へと引き寄せた。
「……泣きたい時に我慢する必要はない。何もお前が悲しむ必要も、後悔することも、ましてやあれらに悪く思うことも必要ないが、それでもその心が傷ついたのなら、泣くがいい。泣く場所が必要だというなら、俺の胸をかしてやる」
そう言って。
「羯羅っ」
師の胸を広く暖かだった。ここだけは、自分を拒むことも傷つけることもないと、彼は思う。
故に、静かにその青銅色の瞳から涙が零れ落ちた。いや、あふれ出た。そして、涙に導かれるように、のどから声が漏れる。
はじめは小さな呻きだったのが、涙が次から次へとあふれ出るのに合わせるように、声も次第に慟哭へと変わっていく。
師の胸の中で、サクセスは初めてではないかと思われるほどに、大きな声で泣き声を上げた。それはまだ、心が成長しきれていない、子供の泣き方そのものであった。
羯羅はそんな教え子を抱きしめていたが、彼が次第に落ち着いてきたころを見計らって、国王の証の一つともいえるその青銅色の髪をなでながら言う。
「死んだ国王に許しを請う必要はない。ましてや、お前の強さをどのように使おうとも、それはお前の勝手だ。他人が許す許さないの問題ではない。時には力で脅さねばわからない人間もいる。お前が身に着けた強さはお前がお前自身のために使うものだ。何も悔やむ必要はない。お前の強さはお前自身の命を救った」
強さなど、その程度のものだ。
抑揚のない口調ではあったが、なぜか強くサクセスの心に響いてくる声と言葉であった。
「私は、国を変えていけるでしょうか?」
その方法が、私にはまだわかりません。
戸惑うように、救いを求めるようにサクセスが言う。師はほんの少しだけ沈黙した後に、口を開いた。
「これからはお前が国王だ。国などお前の言葉一つで変わる。どのように変えるかはお前の心次第だろう。その方法もだ。……助けてほしいことがあったら言え。お前が頼むのならば、俺のやる気のある範囲で助けてやる」
気まぐれな師らしさの含まれた言葉であったが、サクセスはその言葉に涙を止める。そして、小さく頷くと、自らを受け止めてくれていた胸から離れ、師を見上げた。
その表情には、すでに先ほどまで泣きじゃくっていた子供の表情はなく、一人の国王としての表情が浮かんでいた。
「私には、小さなころから思い描いた理想の国があります」
その言葉に羯羅は静かに唇に笑みを浮かべ、まだ涙にぬれているサクセスの頬をぬぐってやった。
「ならばそれを実現させればいい。それがお前の国だ」
「はい。きっと!」
小さな声ではあったが、そこには強い決意と意志とが含まれていた。
それは、大幅な国家の変革においてその名を大陸に知らしめ、史実にその治世を明確に記されることになる、偉大なる青銅の王サクセスの、記念すべき誕生の瞬間であった。
≪青銅の王 完≫
最後まで読んでいただきありがとうございました。
私のの書く話はこんな感じっていうのがわかっていただければいいなと思います。
そして気にいっていたければ嬉しいです。