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青銅の王  作者: 桜餅 大福
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4-2:新しい王と魔物

読んでいただきありがというございます。

これを含めてのこりあと二回になります。

よろしくお願いいたします。


 寝室にしては広い部屋の中に、今、一つの魔法陣が存在する。

 その魔法陣の中には、召喚された魔物……サーベルタイガーと、その贄とされた少年……つい先ほど、息を引き取った国王より、その座を受け継いだサクセスがいた。

 魔法陣の外には身動きをとれなくされた将軍と、眠らされたサライム王子、そしてこの事態を引き起こした首謀者である王妃と、重臣たちと複数の兵士、魔物を召喚した魔導士長とがいる。妾腹の子であるサクセス王子が国を継ぐことに納得しない王妃が、国を自らの子供であるサライム王子に継がせるために、魔物召喚でサクセス王子を亡き者にしようとしているのである。


 魔物の大きな咆哮(ほうこう)が響き渡り、一度低く身構えた姿勢から脚で思い切り床を蹴って、サクセスへ向けて跳躍する。もともと鋭かった前脚の爪が、空中でサクセスの想像以上に長く伸び、口が大きく開かれて長い牙が根元からむき出しになる。

 もともと魔法陣の一番外側にいた彼には、後方へと逃げるすべがない。だからこそ、彼は剣を両手で構え、そのまま魔物に向けて走り出し、魔物の目の前でその体を小さくかがめた。

 魔物の方は勢いのまま飛び込んだために、サクセスが駈け出した分だけ着地点が狂い、彼に覆いかぶさるような位置にとびかかってくる。彼は剣を下方に構えなおし、体重すべてをかけるようにして自らの上方へと、右肩と背を魔物にぶつけるように伸び上がった。

 彼の身体が丁度魔物の前脚の中央に位置したために、魔物の喉元に彼が下方からの体当たりをするような形になった。


 がふっ。


 そんな声を、牙同士がぶつかり合う音が響き、魔物の上体がのけぞった。サクセスはそんな魔物の下からすかさず移動し、床から離れている魔物の両前脚に向けて、構えていた剣をななめ上方に半円を描くように大きく薙ぐ。

 瞬間。

 透明な刃が白銀色の光を放ち、同時に肉と骨とを絶つ鈍い音が二度、続けざまに響いた。真っ赤な鮮血が両前脚から二つの弧を描いて飛び散った。

 もちろん、目の前にいたサクセスにもその返り血は降り注いだ。そして、血が彼の衣装に真っ赤な染みになって広がるよりもはやく、彼の両脇に切断された魔物の両前脚が転がった。

「なっ」

 魔法陣の外側で中の様子を見ている者たちが、さすがにその表情を変える。中でも魔物を召喚した魔導士長の狼狽は激しかった。

 だが、魔法陣の中のサクセスにはそんなことを気にしている余裕まではなかった。

 サーベルタイガーはたしかに魔の森にもいたが、今まで彼は対峙したことがなかったからだ。いや、語句力避けていたといってもいい。

 なぜならば……。


 ずずっ。

 そんな奇妙な音がその場に聞こえる。

 前脚が切り落とされて、その体制を崩して床に転がっていた魔物だが、前脚の切断面からあふれた血が凝縮し、それがうごめきなが徐々に伸びていき、やがて再び失ったはずの前脚の形を象っていく。この凶暴な魔物は、傷ついた肉体を瞬時に再生させる能力をもっている。故に、サクセスは今までもこの魔物との対峙は避けてきたのである。

「……やっぱりな」

 うめくように呟いたかれは、まだ完全に立ち上がれない魔物にむけて、第二撃を放ったが、それは鋭い牙によってはじかれ、勢いで体制を崩したところを、再生したばかりの前脚で蹴り飛ばされてしまう。なんとか受け身をとり、素早く立ち上がった彼はやむなく魔物から離れた位置へと、一度後退せざるを得なかった。その間に魔物はなんとか立ち上がり、完全に体制を立て直している。

 すでに、前脚は真っ赤な血の色なのを除けば、完全に元の姿を取り戻している。

 仕切り直しといったところである。


 そのとき、ふいにその部屋の窓が何度も何度も大きな音を立てた。魔物に集中していたサクセスはそれに気がついてはいても、視線を外してその現象を確かめることはしなかった。いま意識を魔物から外せば、すぐにでも襲われてしまうからだ。だが、ほかの者たちはみな一斉にその音の方に視線を向ける。そして、不思議に思った重臣の一人が音のする窓へと近寄った瞬間に、木製の窓は勢いよく砕け散り、そこから一羽の大きな鳥が部屋の内部へと飛び込んできた。

 白銀色の四枚の翼をもつ、黄金の瞳の鷹である。


「ファーランディ?」

 将軍の声が驚きとともにこぼれる。それは、サクセスが魔の森から連れ帰ってきた、彼の使い魔の鷹の名であった。そして、その声が聞こえたのか、それともたんに偶然だったのか、鷹は応えるかのように一声あげ、迷うことなく魔法陣の内側へと……自らの主人の元へと飛んで行った。

「ファディ!」

 自らの使い魔の声に気づき、サクセスが魔物と対峙しながらもそんな声をかける。鷹は……ファディはサクセスの頭上を一回りした後に、主人の目前の敵へとその鋭い爪で襲いかかった。

 サクセスの頭の倍ほどもある魔物の頭のすぐ近くを飛び越え、ファディは魔物の背中へと爪を突き立て、深く食い込ませる。途端に魔物が怒りを含んだけたたましい声を上げて、なんとか邪魔者を振り払おうと暴れだす。しかし、猫を巨大にしたような姿のサーベルタイガーの脚が、自らの背中に届くことはなく、かといって背をぶつける壁さえも魔法陣の内側には存在しない。

 ばさばさと羽ばたきながら、爪をより深くへと食い込ませ、肉をえぐらんばかりに振動を与えるファディ。そのために魔物の注意がサクセスから離れ、サクセスはその隙に剣を両手に構えたままで自らの呪文の詠唱を口にする。

 はっきりとした唇の動きで、強い口調の呪文を刻み、かれは自らの内側に師によって宿された「魔力」を具現化させていく。

 ゆっくりと、冷たい風が呪文に導かれるようにサクセスの周りで渦を巻き始め、いまだにファディと争う魔物の黒い毛を少しずつ揺らし始めた。

 その風はやがて、彼が一際おおきな、そして強い声で呪文の最後の部分を口にするのと同時に、渦が二つに分かれ、それぞれがまるで目に見えない球体をなぞるかのように方向を無視して吹き荒れ、魔物を両脇から捕らえようとするように移動を始める。


「ファディ! もういい! 離れるんだ!」

 サクセスがそう叫び、ファディは主人の声に従って魔物の背肉を完全に爪で抉り取って空中へと舞い上がった。その白銀の羽根も真っ赤な血で汚れ、爪に掴んだ肉は空中でファディの爪の間から滑りぬけて、絨毯の上へとぼとりと音を立てて落ちていく。

 そして、白銀の使い魔が離れるのを待っていたかのように、魔物の両脇で不規則に吹き荒れていた二つの冷たい風は次第に一つに戻ろうとする。そう、その間に魔物の巨大な体を挟んで……。

 次の瞬間、サクセスが魔法によって生み出した鋭い風は、魔物全身を切り裂き、魔物はその場で鮮血を霧のように噴出させながら、いくつかの肉片を飛ばし、深く深くえぐられていく。

 だが、サクセスはまっすぐにそれを見つめ、じっと目を凝らす。すると、えぐられていく魔物の身体の、真っ赤な血肉の中に、徐々に明らかに肉とは異なる、硬質な物質が現れてくる。それは血にまみれているためにはっきりとした色合いは断言できないが、暗い青いろの鈍い輝きを放つ宝石のようなものであった。

「それだ!」

 一言放った直後、いや、もしかしたら同時だったかもしれないが、とにかく彼はその場から駆け出し、魔物の中心で鈍い輝きを放つそれへと、白銀の光を帯びた剣で切り付けたのであった。

 それこそが、サーベルタイガーという魔物の命と再生をつかさどる魔力の結晶であったのである。

 故に、それを剣によって両断してしまえば、魔物は二度と再生することなく、また命も砕け散るはずであった。

 サクセスの剣がその魔力の結晶のを真っ二つに切り離すと、結晶は音もなく砕け散り、魔法の風がやんで床へと倒れこみながらも再生をしようとしていた肉塊からは、再生できなくなったからだからどろりと血が床に流れ、あたりを真っ赤に染めていく。


 ぴぃーーーーーーーーーーーーーーっ。


 甲高くファディが鳴き、飛びあがっていた空中からサクセスの右肩の上へと舞い降りてくる。先ほど魔物の肉をえぐった鋭い爪は、不思議なことに主人の肩を傷つけることはなかった。腕とは違い肩ならば、なんとかファディの大きさと重さに耐られないことはなかったが、やはりファディが大きすぎてなんとなくバランスは悪い。

 だが、さすがにサクセスもファディも、魔物の返り血によってその全身がほとんど真っ赤であった。サクセスなどは頭から血をかぶったように、髪の毛の先から血が滴っている。


『……血で汚れているうちはまだまだだな』


 サクセスの脳裏に師のそんな言葉が浮かぶ。あの師なら絶対に言うだろう。


「サクセスさま!」

 魔物が滅びたことで魔法陣の光は失われ、その場の様子に呆けてしまっている兵士たちを押しのけて、将軍がサクセスのもとまで駆け寄ってくる。だが、いまだに将軍はその体を縄で縛られていたため、身体の半分は拘束されたままである。

 サクセスはそんな彼に自由を与えたあとに、

「大丈夫だ」

 と声をかけてから、ゆっくりの王妃たちのもとへと歩み寄った。

 事の発端、首謀者の王妃は、彼が一歩近づいただけで、

「ひっ」

 と、声をひきつらせてその場から逃げようとするが、腰が抜けてしまっているためになかなか動けないでいる。

義母上(ははうえ)……」

 疲れ切った呟きでそう呼び、サクセスは手にしていた剣の切っ先を王妃へと向ける。

「まだ、私から王位を奪おうとなさいますか? 父王の意志を覆しますか?」

 一度そこで言葉を区切り、大きく呼吸をしてから再び言う。

「父王は私に次の王を譲ったのです。国王は私なのです。貴女の思いは国に混乱を呼びます。お分かりいただけましたでしょうか?」

 そこまで言うと、剣に滴っていた魔物の血がほんの一滴、おびえる王妃の額へと落ちていった。

「ひぃっっ、たすけてっ、ゆるしてっ!」

 必死の形相でサクセスを見上げ、王妃は半狂乱になってそう叫ぶ。長いドレスの裾に足をもつれさせながら、なんとか身体を引きずるようにサクセスから離れていく。あのような魔物を反対に滅ぼすほどのその力と、今の血まみれの姿とが彼女に恐怖心を抱かせるのだ。

 それは、将軍を除くその場にいたすべての者も同じであった。彼らはサクセスが視線をむけただけで、必死に謝罪と命乞いをする。

 サクセスはそんな彼らを見て言い放った。

「国王として命じる。二度とこのような事はするな。二度目は決して許されないと思え。この国に王たるものは私一人。それをきちんそその欲にくらんだ心に刻み込め」

 と。重臣たちはそれを聞いて、その場にひれ伏すしかなかった。


 やがて、その場に将軍の導きによって、多数の兵士が駆け込んでくるが、その場の異様さに誰もが戸惑いを見せる。サクセスはそんな兵士たちを見やり、的確な指示を下していき、最後にこう言った。

「何者かによって魔物がわれらのもとに送り込まれ、その命を狙った。義母上(ははうえ)やサライムには見せがたいものをお見せしてしまった。すぐに部屋にお連れして休んでいただけ」

 と。彼は今回のことはすべてかくしておくことに決めたらしい。重臣たちにも表立ったお咎めはないだろう。ここですべての者を罰しても、これだけの上層部の人間がいなくなれば、国王が死去してすぐの国が混乱するのは目に見えている。

 だが、将軍は思う。すでに彼らにはサクセス国王に逆らう気力はないだろう、と。それは、瞳の色を失い、突然十歳ほども老いてしまったように見える王妃を見れば明らかな事であった。

「サクセス様……陛下、この場の処理はどうか私にお任せください。貴方様は医師に診て頂いて、お休みになられた方が……」

「わかっている。私は部屋に戻る。しばらく誰も通すな」

 将軍の言葉を途中で遮り、サクセスは重い足取りで父王の眠る寝台へと近づき、その場で膝を折った。

「父上、お騒がせしてしまって申し訳ございません」

 その一言を苦しげに謝罪した後、彼は静かにその部屋を立ち去った。肩の上のファディとともに。



≪青銅の王 4-2≫


 




最後のお話しへと続きます。

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