2:少年と魔導士
2話目となります。
よろしくお願いします。
青銅の国とよばれる国がある。
青銅の王と呼ばれる王がいる。
それは、アルトゥルス・リュウセイアとよばれる大陸の東の端の王国。月に守護された王国セジアス。
その国の国王は必ず青銅色の髪と瞳でこの世に生を受ける。故にセジアスは青銅の国と呼ばれ、その国王は青銅の王と呼ばれるのである。
六年前のある日。
そんなセジアス王国の青銅の王サジェイスの在位二十五年を記念する宴の席に、どんな気まぐれか、一人の魔導士が存在していた。
その魔導士は力ある者の象徴である「真名」を有し、その真名を持つ者の中でも最強の魔導士として畏怖されている存在であった。
「貴方が羯羅?」
さほど楽しくもない、華やかなだけの宴にそろそろ飽きてきた彼に、そんな言葉を投げかける者がいた。その言葉は彼の視線のかなり下方から聞こえ、声はまだ子供のものであった。
「そうだ」
その背を曲げることはせず、ただ視線を下方に落としただけで、羯羅と呼ばれた魔導士はたった一言だけ返した。
彼の瞳は、ほかに類を見ないほどに珍しい薄紅色に近いけれども、なにか不思議な輝きをもつ色合いで、髪は長く伸ばした漆黒。すでに数百年にわたり大陸にその名を知らしめている魔導士である彼だが、その外見は未だに若い。
しかし、彼には人を寄せ付けない雰囲気があった。いや、人を突き放す雰囲気といった方が良いかもしれない。
そんな彼の言葉と、見下ろしたために鋭くなった視線を受けても、その声の主は少しも態度をかえることなく、まっすぐに強い意志のこもった青銅色の瞳を羯羅に向けた。
「私は、サクセス・アーステイル・セジアスといいます」
はきはきとした口調で、自らの名を名乗った。まだ十歳にも満たないという年齢に似合わぬ、大人びた態度としぐさであった。
不意に、羯羅はその少年を見つめ、唇に小さな笑みを浮かべる。
「ほう、この国の王子が、俺に何の用だ」
先ほどとまったく変わらぬ態度で彼はそう言った。そのために、サクセスと名乗った少年も、変わらない態度のままで言う。
「貴方に学べば、私は強くなることができますか。魔法を覚えることができますか」
と。
「……強くなりたいか」
「はい」
まっすぐに見つめる青銅色の瞳に、魔導士は「なぜ」とは訪ねなかった。そんなことは、彼にはどうでもよいことだったから。ただ、このまっすぐな視線の少年の感情が、強い意志が、面白かった。
「ならば」
初めて羯羅はその姿勢を崩し、ゆっくりとした動作で目の前のサクセスへと両手を伸ばした。そして、少年の両脇を支えて、自らの胸へと抱き上げる。
「えっ、羯羅?」
動揺するわけではなかったが、羯羅が何をしようとしているのかわからず、彼の真意を量ろうとして不思議な色合いの瞳を覗き込む。だが羯羅自身は、そんな少年の態度をまるで気にすることもなく、自ら抱き上げた少年が窓の外を見やることができるように、抱き上げ方を少しだけ変える。
窓の外には月明かりに照らされた城下の街並みがひろがり、その向こうには「魔の森」と恐れられ、人々がめったに足を踏み入れることがない、深く広大な森が広がっていた。
「お前が一人であの森に踏み入れ、俺の家に来ることが出来るのならば教えてやろう」
薄紅色に近い色の瞳で夜の森を見つめて、彼はそこまで言うと、一度だけ指先を鳴らした。
ぱちん。
そんな音が響いた瞬間に、月明かりの下とはいえ、闇にと溶け込みそうであった森の中で、一か所だけが明るく輝いた。
「あっ」
サクセスがその光に気づいてそんな声をもらす。それを聞いて、羯羅は少年の耳元で再び言葉を紡ぐ。
「家はあそこにある。森には獣や魔物もいれば、魔法で歪ませた道もある。生きて抜けられんかもしれん。それでもお前はこれるか?」
と。
魔の森を有する国の王子として育ったサクセスは、魔の森がどれだけ恐ろしい場所かという事を、小さいころから教えられている。そして、その森に住まう魔導士羯羅がどれだけ強く、恐ろしく、そして気まぐれであるかということも。
だがそれでもサクセスはまっすぐに羯羅の瞳を見つめ、戸惑うこともおびえることもせずに言ったのだ。
「私は行きます。私は強くなりたい。この国でいらない王子だなんて言われないように、皆を守れるほどに強くなりたいから」
と。
サクセスは、国王の一番目の王子で名目上も世継ぎだったが、愛妾の子であった。さらに彼が生まれて三年後には王妃に王子が誕生している。そのために彼は王子からは疎まれ、王妃に味方する家臣らからも煙たがれた存在であった。セジアス王国は王宮内部では次期国王をどちらの王子にするかで、海面下での分裂の危機を抱えているといってもよかった。
まだ十歳にも満たないサクセスは、幼いながら自分を取り巻く空気に気が付き、それなりにどうすればいいのか悩んだのだろう。そしてその結果が、
「強くなる」
という事であったのだ。
強くなれば、きっと誰もは自分を認めてくれる。自分が外に出ても恥じるところのない王子となれば、きっと争いもなくなるに違いない。
少年はそう思ったのだ。
人間の心と欲と権力というものは、そんな単純なことでどうにでもなるというものではなかったが、そのことを理解するには、サクセスはまだ少し幼かった。
「私は、絶対にあの森を抜け、貴方の元へたどり着きます」
自らに言い聞かせるように、少年は再びそういった。故に魔導士羯羅はその表情に楽しげな笑みを浮かべて、薄く唇を緩めてこたえる。
「ならば好きな時に来るがいい」
と。
「はい!」
無邪気とは少し違う、強い意志の現れる笑顔でサクセスはそうこたえ、羯羅に促されるままに床へと降り立った。
その翌日から。セジアスの第一王子サクセスは、王城からたびたび行方不明になり、傷だらけになって帰ってくるということをしでかししうようになった。しかし、国王はそんな王子に新たに武芸の師として、将軍職にあったユーサーを付けただけで、わが子の行動に関しては何一つ口に出すことはなかった。
こうして、セジアスの第一王子サクセスは成長していったのである。
<青銅の王 2>
3話に続きます。