ルームメイトと最近話題の噂
自分の部屋まで戻ってくると、そこには知らない女性が立っていた。
フワフワの赤色の長い髪、切れ長の瞳、大きくはだけられた胸。なんというか、セクシーという言葉がこれほどよく似合う人もいないよなぁといった感じだ。
「あら? 貴方は・・・」
「は、初めまして。この部屋で暮らすことになりましたアイリス・ラエビガーダと申します」
「同室のお方でしたか。私はリコリス・ラジアータですわ」
そう言って彼女———リコリスさんは優しく微笑んだ。
その笑みはとても魅力的で・・・思わず女の私でさえ見とれてしまう程のものだった。
しかしずっと入り口で立ってるままというのもアレなので、とりあえず自分のベッドに座ることにした。
「失礼ながら私、貴方を今まで一度も社交の場で見かけたことがないような気がするのですが・・・・・まさか貴方が噂のご令嬢なのかしら?」
「噂?」
「おや、御存じないのですか? この学園に入ってきた新入生の主席生徒の噂ですわ」
主席生徒って・・・それ完全に私のことじゃないか。
うーん? 聞いたことがないから知らんなぁ。
「ちょっと聞いたことないですねぇ、一体どういう噂なんです?」
「ある日、今年の主席は学園創立以来の天才だという噂が流れてきたのですわ。
その彼女はどこかの伯爵家のご令嬢らしいのですが・・・・・誰もその方のお姿を見たことがないどころか、その存在を知らなかったのです」
・・・・・・・・ワー、ソレハフシギナハナシダナー。
顔が引きつりだした私には気づかず、彼女は心底不思議そうに語り続ける。
「それで彼女の姿や性格、名前を予想する者たちが大勢現れたのですわ。
まぁあくまでも噂ですから、内容は隠し子というものから、神からお告げを受けた巫女というものまで様々あるようですわね。
彼女については実は私も存じ上げておりませんで・・・何度も個人的に夜会や茶会を開いたり、他家が主催する会に参加したりしていましたのに、たがの一度もお会いしたことがないのです。しかも他のご令嬢との会話でもその名前は出て来たことがありませんの。なんと不思議な方でしょう」
よし、とりあえず噂が肥大化してやばそうだというのは分かった!
噂だけに内容はピンキリって、結局私は皆からどう思われてるんだ!? あぁぁ帰りたくなってきた!!
・・・・・ここで「私がその令嬢だ」なんて言ったらどうなっちゃうんだろう。
リコリスは驚きこそすれ馬鹿にはしない人だとは思いたい・・・けど、なぁ・・・・・・。
私は頭を抱え、考えて考えて・・・・・考え抜いた末に、
「なるほど、そうなんですか。それはまた随分不思議な方もいらっしゃるものなんですね!」
すっとぼけることに決めた。
どのみち明日の式でバレるのだが、そんなん知らん! どうにでもなれ!!
名前までは出回ってないみたいだけど、学園側が隠しててくれたのかな?
ありがたい・・・もし名が知れていたんなら、とっくに実家に突撃かまされてたかもしれない。規則かなんかかもしれないが、それでもいい仕事してくれた。後でお礼を言っておこう。
「まあ焦らずとも明日の式で正体がわかるでしょう。
彼女が一体どのような方なのか、みんなが期待していますわ」
「きっ、期待ッ!? いやでも多分正体はただの引きこもりの読書好き少女なんじゃないですかね?」
「その説もあるようですわ。重度の人間嫌いで、ずっと家の奥で本を読んで過ごしてたとか」
・・・・・・重度の人間嫌い説、かぁ・・・。
本当に、みんなからどんな人間だろう。なんかものすごーーーく不安になってきたなぁ・・・・・。
苦虫を噛み潰したような顔をしていると、リコリスがどうしたのかと怪訝な顔で訊ねてきた。
おっと、しまった・・・・・あー、そうだな。ついでだし、いっそここで話を変えてしまおうか!
大げさにパンッと手を叩いて「あーっ!」と大きく声を出す。
「そうだ! 話は変わるんですが、リコリス様は校内をもう見てこられました?」
「い、いえ。まだですわ」
「なら今から見てきてはいかがです? 私もさっきまで見て回っていたのですが、予想以上に広くて色々ありましたわ。修練場での戦いは誰でも観戦できるようで、面白かったですよ!」
「あら、修練場ですか。それはそれは・・・」
リコリスは少し興味深そうに思案する。
よっしいいぞ! なんでか分かんないが、彼女は修練場に興味がおありのようだ。ちょっと意外。
まぁとにかく、これ以上私の話を続けられるのは私の精神的によろしくないんだ。申し訳ない!
「面白そうですわね。なら少し見に行ってみようかしら」
「えぇ、是非! 私は歩き疲れてしまったので少し休ませていただきますが・・・」
「あら、そんなに広いのですか? 一度に全て回るのは無理そうですわね」
「全部回る気でしたか、それは少し無理があるかも・・・今からなら2、3棟回るのが精々かもしれませんね」
「それはまた、随分広いのね・・・」
リコリスは驚きつつも、どこか楽しそうだ。
その後、もう少しだけ軽く話をしてから彼女は外に出かけて行った。
「はぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
彼女が居なくなったことを確かめてから大きくため息をつく。
まさかあんなことになっていようとは・・・これからどうなってしまうんだろう。
あっ、そういえばお兄様やハイドも多分この噂知ってるんだよね?
どう思われているのかなぁ・・・頻繁に顔を合わせていれば話は違うのだろうけど、二人とはもう10年も会ってないから最悪忘れられてるかもしれない。
ベッドの上に寝転がって考える。
10年。そう、あれから10年も経ったんだ。おかげで体も大分成長した。
髪は相変わらず腰くらいまで伸びている。日々メイドたちに手入れされてたおかげで枝毛のないサラサラのストレートだ。屋敷に籠って日の光をそんなに浴びなかったせいか身長は平均よりも少し低いくらいだけど、肌は白いし荒れたこともない。む、胸だって・・・その、リコリスと引けを取らないくらい大きく成長した。
当然とはいえ10年前とはもはや別人だ。
・・・・・・別に二人から変な風に思われてても構わないが、忘れられているのだけはちょっと嫌だなぁ。
もし本当に忘れられてたら泣いちゃうぞ?
やっぱり学校の制度が少しアレだよなぁとか呟きつつ、さっき先生から受け取った答辞文を見る。
そこに書かれていた文章はたいして長くはない。これで当日は紙を見ながら読んでいいっていうんだから楽だよなぁ。練習する意味はないかもしれないけど、一応一回だけ通してやってみた。
うん、大体大丈夫だろう。正直もう疲れてやる気がなくなってしまったんだよね・・・。
まぁ明日は緊張しないように頑張ろう、と思いながら私は目を閉じた。
その日の夜。
「・・・へ? 歓迎パーティ?」
「そうなのよ! 毎年入学式が終わったら新入生の歓迎パーティがあるの! 楽しいわよ~!」
夕食ため、食堂に集まった生徒たちに寮母さんがそれは楽し気に教えてくれた。
パーティと聞いて食堂内にキャッキャと興奮気味の声が溢れてきた。ご令嬢方はもとより、平民出の子たちもそりゃ楽しみなんだろうなぁ。かく言う私も、そういうのは一度も出たことがないから少し楽しみだったりする。何度もあるのは御免だが。
「あー・・・・・でも私、そういう豪華なドレスとか持ってないや・・・」
「心配ご無用! 今回のは豪華なドレスでパーティなんていう、貴族の夜会みたいなものじゃないわ。立食式の簡単なパーティよ! 踊ったりもしないから大丈夫。
それに貴族の子でもドレスを持ってきてないって子は多いから、学校でドレスを貸出してくれるわよ。
みんなー、食事が終わったら多目的ホールに向かってね!」
寮母さんはバチンッとウインクして去っていく。
私の呟きに即座に答えてくれたのは嬉しいが、よくこんな周りがうるさい状況で聞こえたな・・・どうやら、人一倍すごい耳をお持ちのようだ。
しかしドレスを貸し出してくれるとはなぁ。貴族の子が持ってきてないだろうってことより、平民出の子に気を遣ってるってのが一番なんだろう。優しくていい学校じゃないか。
「パーティだって! 楽しみだなぁ!」
「うん! 私、こういうの初めて!」
嬉しそうにはしゃいでいるのは、どうみてもまだ子供の女の子コンビだ。
そっか、平民の子は女の子でも7歳から受けられるんだったか。しかし彼女たち以外に新入生らしき子は見当たらないあたり、やっぱり平民身分が誰でも来れるってわけじゃなさそうだね。
・・・・・・・っていうか、私彼女たちと同じ状況ってことか!?
当然ながら同い年の子たちは社交経験が豊富なわけで・・・・・わ、私の社交スキルは7歳と同じレベルなのか!? 仕方ないとはいえちょっと凹む・・・。
「パーティということは、ここで初めて彼女とお話しできるのかしら」
「彼女?」
「今年の学年主席様のことですわ」
「そういえばパーティに一度も出られたことがない方だ、なんて噂もありましたわねぇ」
「えぇ! 天才と呼ばれた彼女は一体どんな方なのか・・・ようやく答えが分かりますわ」
「どんな方だと思います? 私は―――――」
あ、やっぱり参加しない方向でもいいですかね? 胃が痛くなってきた。
周囲のご令嬢たちは私の話で盛り上がり続けている。期待されてる、って本当だったんだなぁ。
ごめんね。君たちがどう思ってるのか知らないけど、その期待は裏切っちゃうかもしれない。というかそもそも期待しないでくれ・・・・・・そんなことを考えながら、私は一足先に多目的ホールへと向かうことにしたのだった。
【リコリス・ラジアータ】
ラジアータ侯爵家の長女。兄妹はいないらしい。
パーティ好きで有名。個人的に何度もパーティを開いたり、他の家が主催のどんなパーティにでも参加していたそうで、とんでもない程の人脈を持っている。
学園内にも彼女の友人は学年問わず多数存在する。今年の新入生においては、全員彼女の知り合いだとか・・・。
それと、オシャレにも気を遣っている。
ドレスだけでなく、アクセサリーなんかも全て彼女自身がデザインしているそうだ。
パーティ好きの性格と合わさり、今までに彼女が国の流行を作ることも多かったという。
話とは関係ないですが、FF始めました。
しばらく更新しないと思います。