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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第96話 英雄飽和の時代

 その後、ティターニア女王から聞いた両親の話は中々に常識外れだった。



「【未来視の魔眼】ですか」


「えぇ。魔眼系スキルの中でも極めて珍しいものです。そのスキルと、類稀なるカリスマ性で集めた仲間と協力して、アドルファスは未来視を繰り返し、最悪の結末を何度も回避していました。キミがこちらの世界へ渡り、わらわの所へ来ることも予知で分かっていたみたいですよ。キミの名前も予め聞いていましたし、彼自身「いずれ僕たちの息子がやって来る」と言っていましたから」


「父は、全て分かっていたということですか」



 けれど、どうして父さんと母さんは神と契約を交わしてまで地球へ渡ることにしたんだ? 戦いから逃げたかったからかとも思ったけど、両親が地球へ渡ったのは聖戦終結の頃って話だ。そのままアストラルに居ても戦いから遠ざかる方法なんていくらでもあるだろうから、それは考えられない。


 まぁ、別に良いか。両親がどんな契約を交わしていたとしても、すでにそれは履行されている。そして俺はこちらの世界で自由に過ごして構わないんだから。



「今思い返しても、アドルファスは不思議な男性でした。数多くの英雄が存在したあの時代で、彼は間違いなく最弱だったにもかかわらず、当時の救世主たちは何か大きな物事を決める時は必ずアドルファスを頼っていました」


「それほど頼りがいのある人だったんですか?」



 彼女の語る父の姿が全く想像できなくて思わず聞いてみたが、彼女は「それが全然」と否定した。



「普段は気弱で頼りなさげで、幼馴染みのミシェルにはいつも「シャンとしなさい」って怒られていましたよ」



 クスクスと笑うティターニア女王。


 うん。そっちの姿なら容易に想像が付く。父さんはいつも笑っていて、威厳なんてものには縁遠い人だ。代わりに母さんは厳しい人で、ヘラヘラ笑っている父さんを叱っていたっけ。そんな両親だったけど、困った時はいつも助けてくれた。


 だから当初分からなかった。


 何で両親は俺をアストラルへ渡るような契約を結んだんだろうと。

 何でそのことを教えてくれなかったんだろうと。


 転移のことが決まった時はあまりのことに苛立って、会話することも避けてしまったけど、アレから時間も経って、落ち着いた今なら何となく分かる。


 きっと、父さんも母さんも最後までずっと思い悩んでいたんだ。


 母さんはもちろんのこと、父さんも優しい人だが、かといって甘い人じゃない。成長のためならば無茶振りもさせる。


 その証拠に、俺を実践的な武術を教えていることで有名な古流道場を開いている夜月神明流へと入門させたのは父さんだし、「良い経験なるから」と料理や洗濯を始めとした家事から何故かサバイバル訓練、果てはどこで役に立つのか分からない神話の話までしてくれたりもしていた。


 今思えば、どれもこちらの世界に渡っても大丈夫なように出来る限りのことをしてくれたんだろう。どうでもいいと考えているなら、そこまでのことはしない。ちゃんと俺のことを想ってくれていた。そんな両親が、思い悩まないはずがないんだ。


 今までちゃんと考えてなくてどこかモヤモヤとした気持ちだったけど、ティターニア女王から話を聞けてすっきりした。俺の両親は、英雄としてじゃなくてただの息子として育ててくれたんだ。


 本当に、馬鹿なことをした。冷静になれば分かることだっていうのに、感情的になって別れの言葉も言えなかった。


 モヤモヤとした気持ちの代わりに後悔の念が刻まれたが、仕方ない。自業自得だ。



「父と母は、凄い人だったんですね」


「もちろんです。最弱と言われようとも、持ち前のカリスマ性と機転でわらわたちを勝利へと導きました。それにミシェルは何度も強者へと立ち向かって、その雄姿を数多の英雄たちに見せていました」



 語りながら、ティターニア女王は懐かしそうに頬を緩める。



「本当に懐かしいですね。あの頃はまさに英雄飽和の時代というか、激動の時代でした。地殻変動や地形が変わる程度ならまだ可愛げがありましたが、天体操作や空間断裂、次元跳躍などの禁術なんて当たり前のように使っていましたからね。空間が歪んだり大気が汚染されたり、果ては魔術の余波で火山の噴火や大津波が起きたこともありました」



 それは戦争ではなく世界の終末と言うのでは?



「あの頃は大変でした。いくら倒しても相手方の魔術師が死んだ兵士を蘇生させるから泥沼状態になって……仕方ないからその魔術師を殺した後に蘇生しないように何重にも封印をしてから、逆にその魔術を拝借してこちらの兵士を蘇生させたりしていましたね」



 ほのぼのと言っているけど、内容はとんでもないからな!?



「それに、救世主たちほどではありませんでしたが、英雄と呼ぶに相応しい者たちばかりで溢れていました。史上最も精霊に愛された【精霊の巫女姫】。数々の武具や人々に付与魔術(エンチャント)を行った【付与の巫女姫】。異界勇者のみならず多種類の召喚獣を呼び出した【召喚の巫女姫】。伝説級の聖剣や魔剣を何振りも造り出した鍛冶師。動物や魔物どころか神獣すら手懐けた調教師、一度に万の骸骨兵(スケルトン・ソルジャー)を呼び出した死霊魔術師(ネクロマンサー)と、挙げればキリがありません。今ではあの頃と比べれば平和な世の中になったので、それほどの使い手は滅多に現れなくなりましたけどね」



 それは無理もないことじゃないかな。平和な世の中じゃ、武力は在り方を変え、衰退する。日本だって太平洋戦争時はその技術力を軍事力へ向けていたけど、現代じゃそれを産業などへ向けていったんだから。


 などと考えていると、アザレアさんが遠慮がちにティターニア女王へ口を開いた。



「ティターニア様、そろそろお時間です」


「あら、もうですか?」



 二人の会話に意識を空へと向けると、すでに日は傾いて茜色に染まっていた。どうやら思っていた以上に話し込んでいたようだ。



「まだミシェルの話が残っていたのですが」


「いえ。これ以上ティターニア様をお引止めするわけにはいきません。ただでさえ貴重なお時間を割いてまで私に話をしてくださったんです。ありがとうございます、ティターニア様。おかげで、両親のことを知ることができました」



 ベンチから立って頭を下げてお礼を言うと、セツナたちも立ち上がって同じように頭を下げた。



「精霊祭が終わったら、ミシェルの話もしてあげましょう。それまでは精霊祭を満喫してくださいね」



 そう言って、ティターニア女王はアザレアさんを伴って去って行ったのだった。




  ◇◆◇




 阿頼耶たちの元から去って王城へと帰っていたティターニア女王はその道中、三歩ほど離れた背後で付いて来ているアザレア・フィオレンティーナ・ニコレッティに話しかけた。



「彼のこと、どう感じましたか?」



 ティターニア女王はその身分故に国内だろうとそう易々と出歩くことはできない。王族でさえそうなのだから、『生きる伝説』であるティターニア女王なら尚のことだ。だからアルフヘイムが建国された当初から、歴代の重鎮たちもティターニア女王へ「あまり出歩かないでほしい」と言っていたのだが、彼女はイタズラっ子のようにみんなに黙って出歩いている。


 イタズラ好きな妖精種(ピクシー)に連なるハイピクシーなのだから、それも仕方のないことなのだが。


 それでもみんなには大なり小なり悪いと思っているので、ならばせめてとお供に歴代の【精霊の巫女姫】を連れて出歩いているのだ。


 彼女は「精霊に愛されている【精霊の巫女姫】ならいざという時に戦えるから良いでしょ」と主張しているのだが、重鎮たちからしたら「ふざけるな」の一言である。国のツートップが揃って出歩くなんて不用心にも程がある。戦えるかどうかの話ではなく、常識としてありえないという話だ。


 それを分かっていてやっているのかそれとも天然なのか。そんな彼女の行動に重鎮たちは更に頭を悩ませていたりする。


 ともあれ、そういう事情があったので、今回もティターニア女王は公務の合間の休憩と称してアザレアを引き連れ、『妖精の庭園』を訪れたのだ。そして、そこで偶然にも阿頼耶たちを見掛けた、というわけなのだ。


 謁見の時は少し会話した程度だった。だからティターニア女王は今回の会話でアザレアが阿頼耶に対してどんな印象を抱いたのかを知りたかった。



「どこにでもいる少年ですね」



 質問を受け、アザレアは即答した。



「頭はそれなりに周るようですが、周囲に埋没してしまうような凡人の雰囲気に、見た目は凡庸で強者独特の覇気もない。ティターニア様のお言葉を疑うわけではありませんが、彼がヴァイオレット令嬢、情報屋エストを抱き込み、龍族(ドラゴン)で統率された暗殺集団【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】の協力を取り付け、違法奴隷たちを解放したなど、私には信じられません。それどころか、自らが認めた相手にしか膝を屈しない龍族(ドラゴン)を二十体も配下に加えたなんて……まるで英雄のそれではありませんか。彼がそんなことを実現できるような人物にはとても見えません」



 アザレアの言葉にティターニア女王は「でしょうね」と思った。



(わらわから見ても、彼はあまりにも平凡。何か大きなことを成し遂げるような人物には見えません)



 ティターニア女王は自身の持つ【看破】スキルで、彼の使っていた【偽装】スキルと【隠蔽】スキルを突破し、さらに【鑑定】スキルで彼のステータスを見た。そこに表示された彼のステータス値やスキル、称号、補助効果は、なるほどたしかに達人レベルの能力値を持っていることが伺える。


 けれどその割に、彼自身にそれに相応しいだけの覇気も雰囲気もなかった。どこまでも普通で、どこまでも平凡で、どこまでもありきたりな少年だった。


 あのアドルファスでさえも、英雄に足る存在感を醸し出していたというのに。



(平凡で、凡庸で。血筋で能力が決まるわけではありませんが、顔立ちや目はあの二人にそっくりだというのに、まるで一般人。ありきたりな日常を送って、代わり映えのしない日々を過ごす。そんな、どこにでもいるような、あの二人の息子でなければ取るに足らない只人の一人として注目すらしなかっただろう、ただの少年です)



 勿体ない少年だ。少しくらい威厳があれば、アザレアにも納得してもらえただろうに。


 そしてきっと納得してもらうには、そういった場面を見る必要があるだろう。言葉だけで信じる者などいない。口先だけの人物なんて、この世にいくらでもいるのだから。


 アザレアの評価は間違っていない。誰に聞いても、似たような評価を下すだろう。だがそれでも、ティターニア女王はこう口にする。



「アナタもまだまだですね」


「え? それはどういう意味なんですか?」



 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 多くの者は勘違いしているが、強者が英雄と呼ばれるわけじゃない。そうではないのだ。英雄と呼ばれる者は、万夫不当の力を持つ戦士ではなく、幾千もの策を巡らせる才知ある者でもない。


 英雄の条件はただ一つ。



(己の信念に準じた者だけが、英雄と呼ばれるのです)



 自らの価値観を確立し、それを体現し、身命を賭して貫いた者。それを人は――英雄と呼ぶのだ。



「アナタにもきっと、分かる時は来ますよ」



 ティターニア女王の言葉に、アザレアは理解できないと首を傾げる。


 論理的な理由があるわけじゃない。これはただの勘だ。説明しろと言われても、納得できるだけの説明をすることはできない。

 けれどティターニア女王は確信している。その時は必ず訪れる。


 きっと、そう遠くない未来に。




前話と今話で説明が長くなったので分かりやすくお伝えすると、


・ティターニア女王は国を覆う結界の影響で国外に出られないよ。

・ティターニア女王の美貌のせいで対談が中断。懇願されて義体を作る羽目になったよ。

・アストラルは地球が科学を選んだ影響で消えた神秘の受け皿として生まれた世界だよ。

・アストラルへ渡る異世界人は現代人ばかりだよ。

・地球とアストラルの時間の流れに誤差が出たのは、聖戦終結の時に主人公の両親が転移したからだよ。

・主人公の両親は【大帝】アドルファスと【聖騎士】ミシェル・ローランだよ。

・聖戦当時は救世主たち以外にも沢山の英雄たちが存在したよ。


という感じです。


何だかんだでデート回が随分と長く続いてますね。できれば早くシリアスパートへ移りたいです。

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