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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
97/214

第94話 妖精の庭園

ブクマが620、PV数が53万を超えました。

皆様の評価や感想のおかげでここまで来れました。

ありがとうございます。

今後とも、『異界渡りの英雄』をどうぞよろしくお願い致します。

 



  ◇◆◇




「疲れた」



 エステルさんの鍛冶場から退散して一息つくために静かな場所へ移動し、設置されたベンチの一つに腰掛けた俺――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)は背もたれに体重を預け、天を仰いで息を吐く。


 さっきは本当に困った。まさか鍛冶体験をしただけで数時間も質問攻めされるとは思わなかった。


 セツナの話だと、俺の【鍛冶】スキルのレベルが向上したのと、強力な【魔力流し】が原因らしい。どうにも俺が使う【魔力流し】は、一般的なそれとは違うらしい。


 一般的な【魔力流し】は表面に纏わせるような、いわばコーティングしているようなイメージでやっているらしいのだが、俺の場合は物の芯まで行き渡らせるイメージでやっている。たったそれだけの違いでここまでの差異が出るのかと思ったが、事実として違いが出ているのだから間違いないのだろう。



「ずっと気になっていましたが、まさかイメージの違いでそこまで強力になるとは思いませんでした」


「だよなぁ。同じ大根の煮付けでも芯まで味の染みたものの方が美味いよなぁって思って【魔力流し】を使っただけだっていうのに」


「そんなイメージで【魔力流し】を使っていたんですか!?」


「救世主の息子だというのに兄上様って意外と庶民派ですわよねぇ」



 右で驚くセツナと左でほのぼのと言うクレハの言葉に気まずくなって頬を掻いた俺は誤魔化すように膝の上に座っているミオの頭を撫でる。


 こっちの話を聞いているのかいないのか、先ほどからミオは無心で大判焼きを食べている。っていうか朝からずっと食べてないか? 焼きそばに昼飯に、鍛冶体験コーナーを合間に挟んで、ホットドッグ、甘栗、チョコバナナ、かき氷を食っての今の大判焼きだ。


 本当、こんなちっさい体のどこに入っているんだか。しかも食べる速度も速いし。


 そんなミオの頭を撫でながら、俺は前方に視線を向ける。


 眼前に広がるのは、色とりどりの花が咲き乱れる庭園だ。英国式のこの庭園は王城の近くにあり、かなり広い。おそらくヴェルサイユ宮殿の庭園くらいはあるんじゃないだろうか。



「良い場所だな」



 風で花が揺れ、蝶が舞う。広大な憩いの場には恋仲の者たちで溢れ、それぞれが想い人に愛を囁いていた。デートスポットだったことに少々気恥ずかしさが顔を覗かせるが、穏やかで心が落ち着くその雰囲気に、思わずそんな言葉が漏れ出る。



「ですね。この『妖精の庭園』はティターニア様個人が所有しているもので、精霊祭の時にしか解放されないんだそうで、かなり人気があるスポットなんです」


「そうなのか?」


「はい。それはもう凄い人気なんです。かなり手入れが行き届いるから花々は綺麗ですし、このゆったりとした雰囲気もロマンチックですからカップルに大人気なんです。精霊祭にしか解放されないので、そういった意味で希少価値もありますからね。それに、この『妖精の庭園』で告白して生まれたカップルは未来永劫幸せになれるという伝説もあるんです」


「それって魔術的に効果のあるものなのか?」



 聞くと、セツナは不満げな顔をした。



「……先輩、そういうのは気になっても聞いちゃダメですよ。魔術的効果があろうとなかろうと“そういう伝説がある”というのが重要なんです。ロマンチックさに欠けます」



 ということは魔術的な効果はない、おまじないレベルのものってことか。どこにでもそういったジンクスはあるんだな。魔術があるっていうのに。


 まぁ、こちらの世界の――それこそ農民レベルの人も魔術が使えるが、それも【光源(ライト)】のような詳しい仕組みが分かっていなくても展開できるような初級の中でもさらに難易度の低い無属性を一つか二つ使える程度だ。


 それ以上となると貴族や魔術師の弟子になれた運の良い者くらいしか習うことはできないので、魔術は高等教育に分類される。


 正直、勿体ないなと思う。そうやって一部の人が独占するのではなくもっと多くの人に広まれば、才能ある者がもっと発掘されるだろうに。


 けれど、それは無理な話なのだろう。何せ貴族はそうやって教育の幅を制限することで自らを『魔術を使える選ばれた者』と位置付けて優位性を保とうとするし、肝心の魔術師は科学者や研究者と同じで、自らの研究をみだりに外へ流そうとはしないからな。


 魔術を公開したがらない魔術師の考えは分からなくもないが、身分の違いなんて、魔術が使えるかどうかの指標にはならないのに、それに拘る貴族連中には全く共感できない。


 そうやって可能性を狭めて、発展していけると思っているのかね? 本当に、くだらない。


 そう考えてから、俺は視線を目の前の生け垣へと向けた。


 さて、そろそろ良いかな。



「いつまでそこで隠れているおつもりですか?」



 そういう俺の言葉に、しかして三人は驚きを見せない。当たり前だ。何しろ三人もさっきから気付いていたのだから。


 ガサリ、と生け垣から出てきたのは二人だ。


 一人は、緑色系統の長い髪に尖った長い耳。見た目の年齢は俺と同じくらいに見えるが、淑やかで上品な雰囲気は淑女然とした立ち振る舞いがもう少し上の年齢を想起させる。とはいえ、森妖種(エルフ)である彼女の年齢は見た目とは一致しないだろう。


 名前は聞いていないが、あの謁見の時にいた森妖種(エルフ)の少女だ。今は動きやすさを重視しているのか、謁見の時には傘のように広がったスカートのドレス姿だったが、今は最低限の装飾に留め、広がりの少ないスカートのドレスを着ている。


 そして、その彼女の前を歩いているのは、蝶の羽根をした二十代後半くらいの女性だ。こちらも動きやすさを重視してか、装飾も露出も少ないドレスを身に纏っている。


 見覚えのない女性……と思ったが、少し違和感を覚えた。何だろう。初対面、のはずなんだけど、どこかその顔立ちに誰かの面影がある気がする。


 少し注視していると、ようやく違和感に気付いた。そして同時に呆れた。


 何だ、全然初対面じゃないじゃないか。



「こんなところで何をなさっているのですか、ティターニア女王陛下?」



 ミオを膝の上から降ろしてベンチから立ち上がりつつ言う俺の言葉に、セツナと当人であるティターニア女王以外の三人が驚愕の表情を浮かべた。



「おやおや。まさかこんなに早くわらわの正体に気付くとは思いませんでした」



 こんなあからさまに『何かしている』って言わんばかりに魔力を垂れ流しておいてよく言うよ。


 あまり魔術が得意ではないクレハやミオは分からなくても不思議ではない。けれど、魔道の申し子であるセツナばかりか、俺でさえも気付いたんだ。気付かれること前提でいたに違いない。



「これは……認識阻害? いや、もっと別の何かですね?」


「精霊魔術の応用で作った義体ですよ。本物のわらわは今も王城にいます」



 精霊魔術で義体を? そんなこともできるのか?


 俺にはよく分からなかったが、俺に続いてベンチから立ち上がった三人のうち、どうやらセツナは何か分かったようだ。何やら真剣な眼差しでティターニア女王の擬態を見ている。



「これは……土の精霊で姿を形作って、水の精霊が関節部分を担当しているんですね。声は風の精霊ですか。防音効果のある風属性魔術【静寂の囁き(サイレント・ウィスパー)】とは真逆の性質を持たせています。なるほど、これなら離れた場所から声を届けることも可能です。体温はおそらく火の精霊で再現されていますね。それに光の精霊を介することで遠視の問題もクリアしたわけですか」


「ほう。一見してそこまで理解しましたか。優秀な魔術師のようですね」



 目の前で自身の魔術を暴かれたというのに、ティターニア女王陛下はどこか面白そうに笑みを浮かべている。が、対するセツナは緊張した面持ちになっていた。聖戦時代から生きている天上の存在のティターニア女王に話しかけられたから……ではない。


 セツナは諸事情により自身の正体を隠している。そのため、違法奴隷事件の説明の時も「俺を含めた鴉羽メンバーで動いた」としか支部長にも護国騎士団第八部隊隊長クレイグさんにも伝えていないため、魔道の申し子であるセツナが事件に関わっていたことを知っているのは、ここにいる鴉羽メンバーとヴァイオレット令嬢と情報屋エストのみなのだ。


 だから今、セツナは自分がうっかり魔術を解析してしまったことで自分の正体が露見してしまうのではないかと焦っているのだ。



「えぇ。ウチのメンバーはみんな優秀なんですよ」



 あまり彼女をティターニア女王の前に出すのは避けた方が良いかもしれない。


 そう思ってさり気なくセツナの前に出てティターニア女王からセツナの姿を見えないようにし、話題を逸らすことにする。



「それで、そちらの女性はどなたですか? 謁見の時もお見掛けしましたが」



 森妖種(エルフ)の少女へ視線を向けて問いかけると、当の本人が一歩前に出て名乗りを上げた。



「謁見の時には名乗らず、大変失礼致しました。改めまして、私は当代の【精霊の巫女姫】アザレア・フィオレンティーナ・ニコレッティです」



 そう言ってカーテシーを行う彼女――アザレアさんに驚く。謁見の間にいたからかなり位の高い人物だろうとは思っていたが、まさかアルフヘイムの実質的なナンバー2にだったとは思わなかった。



「アナタが【精霊の巫女姫】アザレアさんでしたか。しかし、精霊の姿が見当たりませんが」



 アザレアさんは特別精霊に好かれる【精霊の愛し子】だ。だから彼女の周りには沢山の精霊がいるものだと思ったのだが、その姿は見えない。それとも、俺が見えていないだけなのか?



「あぁ。今はみんなには下がってもらっているんです。呼んだら大変なことになりますから」



 なるほど。たしかに、こんなところで精霊を呼んだら大騒ぎになるな。



「それで、お二人はどうしてここに?」


「ここへは義体を使ってよく来るのですよ。わらわの庭園なのですから、来るのは別に不自然なことではないでしょう?」



 それはそうだが、だからって精霊祭の時に来るか? しかもわざわざ義体まで使って。



「せっかくです。少しお話しでもしませんか?」


「え? いや、しかし……」



 突然の申し出にさすがに悪いと思って断ろうとしたが、フワッといつの間にかティターニア女王は俺の目の前にまで移動していた。



「っ!?」



 思わず後退りそうになるが、背後はセツナたちがいるから下がれない。


 相手が義体だからって油断した。まさか本来の体じゃないのにここまで動けるなんて!


 歯噛みする俺を余所に、ティターニア女王は俺の耳にその形の整った唇を近付ける。



「聖戦の話、聞きたくはありませんか?」



 鼻腔をくすぐる花の香りと、脳を震わせる声に意識を持っていかれそうになる。まさか義体でもこれほどの『美』があるなんてな。完全なる不意打ちに危うく陥落しそうになったが、そこで後ろにいた三人が動いた。


 セツナが俺の右腕を取って抱き着き、クレハは俺の頭を抱きかかえるように胸に沈め、ミオはその小さな体を俺とティターニア女王の間に滑り込ませた。



「そこまでにしてください、ティターニア女王陛下」


「少々悪ふざけが過ぎます。彼を誘惑するのはどうかご容赦を」


「……取っちゃ、ダメ」



 いや、あの……皆さん? ティターニア女王から離してくれたのは助かったんだけど、この体勢はちょっと苦しいんですが!?

 セツナが右腕に抱き着いている状態で左側のクレハが俺の頭を抱きかかえるから腕と首の関節が辛い!

 それでなくてもクレハの豊満な胸で息ができない!!



「あら? あらあら? あらあら、まぁまぁ! まさか皆さん、そうなのですか? そういうことなのですか?」



 何だろう。ティターニア女王の声が何だか、新しいおもちゃを見付けたように弾んでいるように聞こえるんだけど……何で?



「うふふ。そうですか、そうですか。これは素晴らしい。まさかこんなことになっているとは。えぇ、良いでしょう。わらわも無粋なことはしません。応援しようではありませんか」



 あの、何を言っているのか分からないんだけど、いい加減離してくれないかな。

 さっきから何度も背中を叩いているのに、クレハは全然気付かないし。

 もう……息が……



「応援、ですか?」


「それは一体?」


「……??」


「それはまぁ、色々です。わらわがあれやこれやとアドバイスをしてあげましょう」



 あ……だんだん……意識も……遠退いて……



「それはそうと、そろそろ離してあげた方が良いですよ?」


「え? あ、ちょっ! クレハさん!! 先輩が!!」


「し、しまった! 兄上様!?」


「……お、お師匠様!!」



 三人の驚く声を聞きながら、俺は意識を手放した。

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