第93話 魔法剣作製
踏み入れた店は中規模の武器屋だった。四方の壁と店内にあるいくつかのショーケースには武器が陳列されており、それを訪れた客が繁々と見ていた。人の数はそこそこ多く、あちこちで見ている武器について話し込んでいる。
武器の販売も行っているということは、鍛冶体験コーナーと並行してやっているのかもしれない。ただ、その鍛冶体験コーナーをしているらしきスペースが見当たらない。
どういうことなのだろうと考えていると、セツナが店の奥にあるカウンターで店番をしている若い男性店員に声を掛けていた。
「少しよろしいですか?」
「んあ? あぁ、はい。いらっしゃい。どうなさいました?」
「このお店で鍛冶体験コーナーを行っているとパンフレットに書いてあったので来たのですが」
「……あぁ! 鍛冶体験のお客さんでしたか! 親方ぁ! エステルの親方ぁ! お客が来ましたよ!」
店員は驚いたように反応し、自身の背後にある出入口に向かって叫んだ。
どうやら、鍛冶体験自体はやっているようだ。ただ店員の反応がわずかに鈍かったことから、参加者はほとんどいないようだ。
「うっせぇ! んなでっけぇ声出さなくても聞こえてんだよ、バカ弟子が!」
「うおっ!?」
幼女のような甲高い声の割に随分と粗暴な叫び声がしたと思ったら、店員が叫んだ方向から何かが飛んできた。店員はいつものことなのか、驚きながらもそれを避ける。すると当然だが、直線上にいる俺に向かってその飛翔物が飛んでくるわけだが、それを俺は軽々とキャッチした。
ふむ? 飛んできたのは鎚か。こんなものを投げるなんて危ないな。当たり所が悪かったら人死にが出るぞ。
先ほどの大声で気になってこちらに視線を向けていた他の客たちも、まさか鎚が飛んでくるとは思っていなかったようで、いつの間にかこの場から退散していた。面倒事は御免らしい。
「ちょっと親方! 危ないじゃないですか! 当たったら死んじゃいますよ!」
店員がまた叫ぶと、奥の方からヌッと一人の女性が現れた。いや、女性というよりは少女か。
褐色の肌にミオと同じくらいの小柄な体格。少し長めに伸びた金髪は作業に邪魔だと言わんばかりに無造作に束ねられている。格好こそシャツにオーバーオール、肩にかけた汗を拭くタオルという何とも無粋で味気のないものだが、素体としては可愛らしい少女だ。
「ああん? 口答えたぁ良い度胸じゃねぇか、バカ弟子。何ならそのド頭かち割ってやろうかぁ?」
可愛らしさを悉く台無しにする言葉がその口から出た。面倒臭そうに眉間に皺を寄せる少女はオーバーオールのポケットから煙草を取り出し、マッチで炙って紫炎を燻らせる。
あんな少女が煙草なんて吸って良いのだろうか、と思ったが、その疑問はセツナが払拭してくれた。
「(あの人、どうやら土妖種みたいですね)」
「(彼女が?)」
内緒話をするように小声で言ってきた彼女の言葉に疑問を返すと、小さく首肯された。
そして、なるほどと納得する。土妖種と言えば解釈は様々だが、おおよそは背が低く、頑固で偏屈、酒好き、機械の扱いや鍛冶が得意とされている。目の前の少女と確かに特徴は一致している。
長命種でもあるから、おそらく彼女は見た目通りの年齢ではないのだろう。リアルロリババアなのかもしれない。
「すいません、お客さん。大丈夫でしたか?」
そう思っていると、店員が少量の冷や汗を流して聞いてきた。直撃したら少々大変なことになっていたから、それも仕方がないだろう。
「えぇ。問題ありませんよ」
言って、飛んできた鎚を返すと店員は安堵したように息を吐いた。
「んで? わざわざ呼んだ理由はなんだ? 武器の販売はお前に任せたろ、バカ弟子」
「アンタもう少し周りのことを気にしろよ。鍛冶体験の希望者ですよ。そっちは親方が担当なんですから、ちゃんとしてください」
「チッ。面倒くせぇな」
「アンタが発案した企画だろ!? しかもせっかくのお客の前でそんなことを言うな!」
当人からしたらお客を逃しかねないので頭が痛いのだろうが、こちらからしたらただの漫才にしか見えない。とはいえ、漫才コンビにしては少々険悪そうだが。
来るところ、間違えたかなぁ。
「(止めておくか?)」
まだ言い合っている二人に聞こえないように意識して呟く。何も鍛冶体験コーナーを企画している店はここだけではない。たまたま目に留まったのがこの店だったというだけであって、探せば他にもあるのだ。わざわざこの店に拘る理由もない。
そう思っての言葉だったが、セツナはそれを否定した。
「(いえ。それは少し勿体ないです)」
「(勿体ない?)」
「(彼女の名前……エステルという名前には覚えがあります。すぐに思い出せませんでしたが、確か強力な魔法剣を打てる数少ない上級鍛冶師です。アルフヘイムにいる森妖種の女性だという話を聞いたことがありましたが……)」
「(それが彼女だと? 別人の可能性は?)」
「(それはないでしょう。あまりにも符号が一致し過ぎています。同一人物だと考えるのが自然です)」
たしかに、それもそうだ。
「(聖剣、魔剣を打てる可能性が最も高い鍛冶師として有名なので、彼女に教えてもらえるなら願ってもないことだと思います。ただ、彼女の性格に少々問題がありまして)」
「(まぁ、何となく分かるけど)」
「(えぇ。腕前は誰も認めるところなんですけど、酒好き、煙草好き、博打好きに加え、博打で作った借金を弟子に押し付けるという鬼畜じみたことを平然とする性格破綻者なんです)」
思った以上のクズだった。しかも酒も煙草も博打も好きだとか、ダメ男の典型じゃないか。女だけど。
正直、お近付きになりたい相手じゃないけど……まぁ、どの道鍛冶の仕方を教えてもらうだけだし、そう長い付き合いになるわけでもないか。それにセツナの言うように、腕の良い鍛冶師に教えてもらえるなんてチャンスはそうそうない。
なら、教えてもらった方が得だな。
「んで? 希望者はどいつなんだ?」
「あ、俺です」
名乗り上げると、彼女――エステルは品定めするように俺のことをジロジロ見た。
「何だかパッとしねぇ野郎だな。【鍛冶】スキルは持ってんのか?」
初対面にヤツに言うような言葉じゃないなと思いつつ頷く。
「奥に工房がある。そこでやるからついて来い」
それだけ言って、エステルさんはズンズンと奥の方へと引っ込んでいく。
「とりあえず、行ってくる」
「はい。私たちは適当に時間を潰していますね」
「おい! 何やってんだ! さっさとしろ!」
奥の方から聞こえるエステルさんの怒声に俺とセツナは揃って苦笑を浮かべ、俺は奥の工房へと向かうのだった。
◇◆◇
先輩が奥の工房へと向かったのを見送った私――セツナ・アルレット・エル・フェアファクスに先ほどエステルさんと口論していた店員さんが申し訳なさそうな顔で話し掛けてきました。
「ウチの師匠が失礼しました」
「いえ。気にしないでください」
師匠、ということはこの人がお弟子さんなんですね。
長く尖った耳に短く切った緑色系統の髪をしていて、人の良さそうな顔立ちをした森妖種の男性です。つまり、この人がお師匠さんに借金を押し付けられている不遇なお弟子さんというわけですか。
「師匠はいつもあんな感じでして。態度を改めるように何度も注意しているんですが、一向に直してくれないんですよ。腕は確かなんですけどね、腕だけは」
二度も同じことを言いましたね。よっぽどエステルさんに思うところがあるのでしょう。ない方がおかしいですけど。
「それでも、アナタは彼女を師と仰ぐのでございますの?」
クレハさんの言葉に、店員さんはピクリと反応しました。
有名な話です。
聖剣、魔剣を打てる可能性が最も高い上級鍛冶師として、世界各地から彼女に弟子入りする人は多いですけど、そのあまりにも酷過ぎる性格と過酷な鍛冶修行のせいでほとんどが彼女のもとを去り、残ったのはたった一人だと。
「数多くいた弟子たちが数ヶ月も経たずに去っていったなかで、今もなお彼女のもとで鉄を打っている弟子が一人だけいますわ。その名はたしか……オーキッド」
「あぁ。やっぱり僕のこともご存知でしたか。まぁ、別に隠しているわけでもないですしね」
あはは、と照れ臭そうに店員――オーキッドさんは笑って頭を掻きます。
「彼女の性格を知って、過酷な修行を受けても、鍛冶師を目指しているのでございますか?」
「よっぽどの信念があるってことですか?」
「いえいえ! そんな大層なものじゃないですって!」
私とクレハさんの言葉に、慌てたオーキッドさんは両手をバタバタさせて否定しました。
謙遜……ってわけじゃなさそうですね。
「ただ……いつの間にか師匠に借金を押し付けられて、それで返済に奔走していたら倍のスピードで借金が膨れ上がって……気付いたら身動きが取れなくなっていたっていうか」
新手の詐欺か何かなんでしょうか? あるいはこの人の運がすこぶる悪いのか。不遇過ぎる境遇に涙が出そうです。
「……つまり、逃げようにも、逃げられない?」
「うぐっ!」
ミオちゃんの容赦のない一言に、オーキッドさんがばっさり切られました。
「い、いえ。結果的には鍛冶師見習いとして色々と教えてもらえていますから、むしろプラスになっているはずなんです。……たぶん」
言い切れないあたり、彼も自分の置かれている環境に不満がある証拠ですね。
その後もしばらく話をして暇つぶしをしている時でした。
「一体どういうことだぁ!!」
工房の方から、エステルさんの怒声が響き渡ってきました。
「師匠!?」
即座に行動を起こしたのはオーキッドさんでした。彼は私たちのことなんて放って、一目散に工房へと向かいます。それに続いて、私たちも彼の後を追いかけました。
奥にある工房はそれなりに広い造りになっていて、壁や机の上には使い込まれた道具が散乱しています。工房の奥には大きな竃があり、そこに先輩とエステルさんがいました。
二人の反応は実に対照的で、エステルさんはつい今しがた打たれたばかりであろうロングソードの刀身を見て驚愕の表情を浮かべ、反対に先輩はどうしたものかと困ったような顔をしていました。
……これ、もしかして先輩が何かやっちゃった感じです?
「おいコラ坊主! どういうことなのか説明しやがれ!」
「いや、説明と言われましても」
ロングソードの刀身を片手に、エステルさんが空いた右手で先輩の胸倉を掴んで凄みます。身長差があるので、前屈み状態になった先輩はどうにか体勢を維持しようと踏ん張りつつ、あたふたしています。
それを見かねたオーキッドさんが仲裁に入りました。
「ちょっと師匠! 何やってんですか! お客さんに対して失礼ですよ!」
言いつつ、オーキッドさんは先輩からエステルさんを引き剥がしました。土妖種は怪力なんですが、彼も鍛冶師として修業しているからか、力負けするようなことはないみたいです。
充分に二人が距離を開けたのを見計らって、私たちは先輩の傍に移動します。
「何があったんですか?」
「いや、それが俺にもよく分からなくて。最初にエステルさんが打って、その後に「とりあえずやってみろ」って言われたから見よう見真似でやっただけなんだけど」
先輩、割と無茶振りされていたんですね。
初めてやる作業を何の説明もなく見せただけでやらせるなんて普通はしませんよ。しかも何で先輩はそのことに疑問を抱いていないんですか。
呆れて思わず溜め息を漏らすと、先輩のセリフを聞いたエステルさんがまた興奮して叫びました。
「な~にが“見よう見真似”だ! ただの鉄を使って、何で三等級の魔法剣を作り上げてやがんだ! っざけんな!」
……え? 今、何て言いました?
何の変哲もない鉄を使って、三等級の魔法剣を作った?
普通、鉄製の魔法剣だったら一番下のランクの一般級かその一つ上の四等級に届くかどうかのはずで、しかも三等級となるとミスリル製の武器相当ということになります。
……ミスリルを使わずに、ミスリル製並みの武器を作ったということですか?
「先輩、何してくれちゃっているんですか」
「えぇ!? 俺のせい!? たしかにいつの間にか【鍛冶】スキルも5になっていたけどさ」
「やっぱり先輩のせいじゃないですか」
まったくもう。何でこう、この人は行く先々で問題を起こすんでしょうか。
おそらく原因は、先輩の強力な【魔力流し】でしょう。魔法剣を作製する際、鎚や金床、素材に【魔力流し】をすると聞いたことがあります。その時にどのような属性にするかを決めることで、火属性の魔法剣だったり、水属性の魔法剣だったりを作り出すことができるという仕組みです。
ちなみに、聖剣は魔力というよりも『祈り』を、魔剣は『呪い』を込めることで作り出せると言われています。ただ、それも簡単なことではなく、強い一念で鍛えなければならないようですけど。
先輩の【魔力流し】は一般的に使用されているそれとは比べ物にならないほど強力なものです。それと、レベルが5になった【鍛冶】スキルの影響で、ただの鉄で三等級の魔法剣を作るなんていう結果を出してしまったんでしょう。
「何をどうやったのか教えろ、クソ坊主!」
「そんな……ただの鉄で三等級? こんな子供が……?」
叫ぶエステルさんと、あまりの事実に茫然自失となるオーキッドさんを見て何だか不憫な気分になってきました。
その後、食い下がってくるエステルさんと復活したオーキッドさんのあまりの迫力に圧倒された先輩は彼女らに色々と説明することになり、解放されたのはもう数時間先になるのでした。




