第92話 異世界人としての特質
「悪いな、ヴァイオレット令嬢」
目の前にいる、ロールした長いキャラメルブラウンの髪に青い瞳をした少女――ヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタインに俺は謝罪する。
「気にしないで。どうせなら多い方が良いしね。ね、マリー?」
「はい。どうかお気になさらないでください」
ヴァイオレット令嬢の言葉に、彼女の隣に座るくすんだ金髪に青い瞳の女性――マリーさんが同意を返した。
現在、俺たちはちょっとお高めの大衆料理店に来ていて、注文した料理が来るのを待っている状況だ。偶然のエンカウントにお互い驚いたものの、少し世間話をし、その流れで昼食をどうしようか迷っていると伝えたところ、ならばと自身が予約していたこの店に連れて来てくれたのだ。
さすがに悪いと思って遠慮しようとしたが、「気にしなくていい」と言ったのでお言葉に甘えることにした。
「けどまさか、ヴァイオレット令嬢とマリーさんが精霊祭に来ているとは思わなかったよ。ここへは仕事で?」
「えぇ。精霊祭にはウチの者にも出店させているから、それの監修をしているの」
「大商会の会頭も大変だな」
「まぁね。でも後悔はしていないわ。私が選んだ道だしね。それに、結構楽しいし」
「楽しいからって、あまり仕事をし過ぎると体を壊すよ」
「あら、だからこうやってリフレッシュをしているんじゃない。それで? そっちは何を? 奴隷にされていた森妖種たちの護衛でアルフヘイムに向かったのは知っていたけど。その仕事は終わったんでしょ?」
ヴァイオレット令嬢の質問に答えたのはセツナだった。
「はい。つい昨日、妖精女王ティターニア陛下との謁見も終わりまして、今日から始まる精霊祭を楽しんでから帰ろうと思っているんです」
「ちょっと待って。今、ティターニア様と謁見したって言った?」
「え? はい。言いましたけど」
そう言ってセツナは俺の方を見るが、俺も俺でヴァイオレット令嬢の反応に疑問を持っていた。森妖種の護衛でアルフヘイムへ来たことを知っていたということは、ラ・ピュセル支部長かレスティからそれを聞いたのだと推測できる。なら、俺たちがティターニア女王と謁見するということも知っているのだと思っていたが、そうではないのか?
「嘘でしょ? ティターニア女王と謁見とか……本当なの? そんなことって……」
彼女の反応を見る限り、どうやら聞かされていなかったみたいだ。この分だと、おそらくフェアファクス皇国護国騎士団第八部隊にも、情報屋のエストの方にも謁見の件は伝わっていないだろうな。
「私だってティターニア様とはまだお会いしたことがないってのに……同じ異世界人なのに何でこんなに差がつくのかしら」
「さぁ? そもそも、俺は戦闘に特化していて、ヴァイオレット令嬢は商業に特化しているんだから、比較すること自体がナンセンスだと思うけどな」
とはいえ、俺自身もどうして森妖種たちを助けただけでティターニア女王が謁見を許したのかは納得できていないんだけど。さすがに本人に謁見の理由を聞くなんて真似はできなかったし、ラ・ピュセルさんは「自国民を救ったから」と言っていたが、どう考えてもそれが理由だとは思えない。
もしかしたらそれについての説明があるかとも思ったが、結局何の説明もなかった。果たしてティターニア女王は、一体何が目的で俺たちと謁見したのか。
少し考えてみたが、判断材料が少な過ぎて結論が出せなかったので、もうこの件については考えるのは止めよう。どうせ考えたところで分かるわけがない。
そう考えているところで注文していた料理がやって来たので、早速全員で早速食べることにする。そうしてしばらくみんなで雑談しながら食事を取り、それが終わって食後のお茶を飲んでいると、ふとヴァイオレット令嬢が切り出した。
「さっきから気になっていたんだけど」
「何が?」
「皆さんの髪、何だか初めて会った時より色艶が良くなっている気がするんだけど、私の気のせいかしら?」
それはたぶん気のせいじゃないな。
セツナ、ミオ、クレハの三人には自作のシャンプーとコンディショナー、それと石鹸を渡してある。元々俺が作っていたものでも充分に役割を果たしてくれはするのだが、質を上げたくて極夜に解析させ、依頼のついでに必要な材料を揃え、少しばかり品質を向上させたのだ。それを三人は使っているのだが、目に見えて髪の色艶が良くなり、使った初日は三人に驚かれたものだ。
その三人だが、俺の方を見て反応を伺っている。言っても良いのか判断しかねているのだろうか? 別に気にせず言っても良いんだけどな。
仕方ないので説明することにする。
「俺が作ったヤツを使ってもらっているんだ」
「え? 阿頼耶君ってそんなものも作れるの?」
「まぁ、昔作ったことがあってな」
「どんな状況で作ったのよ、それ」
夏休みに自由研究で、と説明しても良いが、地球での話をこんな往来でするつもりはないので肩を竦めてみせた。
「何なら、そっちにも分けようか?」
「え? 良いの?」
「分けても問題ないくらいの貯蔵はあるし、材料があればいくらでも作れるからな」
言って【虚空庫の指輪】からシャンプー、コンディショナー、石鹸を二人分出してヴァイオレット令嬢へ渡す。受け取ったヴァイオレット令嬢は「二人分?」と首を傾げた。
「お前と、マリーさんの分だよ」
「私の分まで、よろしいのですか?」
「マリーさんだけ除け者扱いするわけにはいかないですよ」
「しかし、私は従者です」
「公的な場だったら俺も“そういう対応”をしますよ。そちらにも保つべき体裁があるでしょうから。けど、今は休暇中なんですから、別に気にする必要はないでしょう」
戸惑った顔をするマリーさんだが、俺はそれ以上言わずに紅茶を飲む。
「彼がこう言っているんだし、貰っておきましょう、マリー」
「お嬢様……承知致しました。アラヤ様、ご厚意に甘え、ありがたく頂戴します」
固いなぁ。そこはもっと気軽に言ってくれて良いのに。生真面目そうな人だし、仕方ないのかもしれないけど。
そう思っていると、ヴァイオレット令嬢が手にしていた二人分のシャンプーなどが虚空へと消えた。
「ヴァイオレット令嬢も【虚空庫の指輪】を持っていたのか?」
異世界ものの小説とかだとアイテムボックスやマジックバックという名前の空間を拡張した収納系スキルや魔道具があったりするのだが、生憎とアストラルでは空間系の魔術は現代だと再現不可能な技術であるため、出土したの等級の高い魔道具を使って魔法陣を転写して【虚空庫の指輪】を作成しているのが実情で、それ以外の収納系魔道具は存在しない。
とはいえ(高額だが)頑張れば個人で購入することはできるので、目の前で起きた現象を見て、彼女も【虚空庫の指輪】を持っているのだと思ったが、彼女は否定した。
「いいえ。私は【虚空庫の指輪】は持っていないわ」
そう言ってひらひらさせる彼女の両手を見ると、【虚空庫の指輪】どころか装飾品の類は身に着けていなかった。
「私、【ストレージ】っていう収納系スキルを持っているのよ」
異世界人は総じて強力なスキルだったり、膨大な魔力量だったりと、こちらの世界の住人に比べて突出したものを持っている。だからヴァイオレット令嬢も何かしらそういったものがあるのだろうと思っていたが、それが【ストレージ】というスキルのようだ。
聞けば、何とこの【ストレージ】は収納系のユニークスキルらしく、一種類に付き二百個の物品を二百種類まで収納できて、出し入れに魔力は消費せず、内部に入れた魔物の死体を解体することもできるという代物だ。
「商人なら喉から手が出るほど欲しいスキルだな」
「でしょ? かなり便利なスキルだから重宝しているの」
「だろうな。けど、そんなスキルを持っていることを俺に言っても良かったのか? ステータス情報は一種の生命線だ。そう簡単に喋ったら、命取りになるぞ」
ステータス情報は、その人個人が何をどれだけできるかの指標だ。それを知られるということは、自らの長所も短所も強みも弱点も知られることに等しい。だからこそ、ステータス情報はそう簡単に教えてはならないのだ。
「別に構わないわ。阿頼耶君は口が堅そうだしね。そこは阿頼耶君を信用するわ」
信用してくれて嬉しいが、あまり信じられても気後れしてしまう。
信用を裏切らないようにしないとな、と思いながら談話を続けた。
それからしばらくして店を出た俺たちはヴァイオレット令嬢たちと別れ、何か面白いものはないかと行き交う人々にぶつかないよう気を付けながら散策する。すると、何だか興味を惹かれる文字が書かれた看板が目に付いた。
「『鍛冶体験コーナー』?」
ユルド語で書かれた文字を読み上げると、三人がその言葉に反応して足を止めた。
「こんなコーナーもあるんですね。どうやら鍛冶についての説明や、実際に鍛冶をやらせてもらえるようです。他にも陶芸や弓作りなんかの体験コーナーがあるみたいですね。何でも、こういったコーナーを設けることで子供に興味を持ってもらったり、才能ある者を見付けたりして後継者を探す目的があるようです」
パンフレットを見ながら教えてくれるセツナの言葉に、なるほどと納得する。
収入と後継問題の解消を兼ねているのか。うまいやり方だ。
「確か兄上様は【鍛冶】スキルを持っていましたわね。せっかくですから、体験されてはいかがかしら?」
「良いのか?」
俺はともかく、三人は興味ないだろう?
そう思って聞いたが、三人は首を縦に振った。
「構いませんよ。私が【魔弾の薬莢】を選んでいる時も待ってもらいましたし」
「……私も、問題ない」
「鍛冶の様子を見る機会なんてありませんから、わたくしも問題ありませんわ」
そういうことならば、と俺は三人を伴って鍛冶体験コーナーを開いている店へと足を踏み入れた。




