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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第91話 下手くそ

 無事にセツナの買い物が終わり、店を後にした俺たちはブラブラと歩いていた。こちらの世界に召喚された過去の異界勇者たちや、何らかの理由で転移して来たであろう異世界人たちの影響なのか、屋台に出ている食べ物の種類が地球のそれとほとんど変わりがない。


 ただ、冷蔵庫の小型化が進んでいないから重量の関係で馬車を使ってアルフヘイムにまで魚介類は運べないので、たこ焼きやいか焼き、鮎の塩焼きといった類のものはない。美味しいのに残念だ。



「……お師匠様、アレ美味しそう」


「ん? あぁ、焼きそばか」



 ミオの視線の先を見ると、何とも懐かしいものが目に入った。祭りではお好み焼き派と焼きそば派に分かれるほど定番の食べ物だ。



「すいません。四人分ください」


「あいよ! お、何だアンちゃん。美人さんを三人も連れてんのか。デートかい?」


「まぁ……そんなところです」



 わざわざ否定するのも面倒なので、適当に返事を返すと、屋台のおじさんは快活に笑った。



「そうかいそうかい! 若いってのはそうでなくっちゃな!!」



 何がそうでなくっちゃなのかは分からないが、おじさんは機嫌良く焼きそばを四つ作ってくれた。



「せっかくの祭りだからな、一人分まけといてやるよ!」


「え? いや、でも」


「良いって良いって! 綺麗どころを連れてんだ。少しは良い所を見せてやりなって!」



 言われて背後を振り返ると、セツナとミオはきょとんとした顔をして、クレハは聞こえていたようで微笑みを浮かべていた。



「そう言われたら断れませんね。ご厚意に甘えます」


「おう! まいど!」



 何だか気持ちの良いおじさんだったなと思いながら受け取った四つの焼きそばを持ってセツナたちの所へと戻った。



「おかえりなさい、先輩。何か話をしていたみたいですけど、どうかしたんですか?」


「いや、せっかくの祭りだからって一人分おまけしてくれたんだ」


「そうだったんですね。でも、おまけなんかして売り上げとかは大丈夫なんでしょうか?」


「さぁ? 大丈夫なんじゃないか? そこは商売なんだし、採算は取れているだろ」



 余裕がなきゃ、わざわざ自分が不利益になるようなことはしないだろうしな。


 俺の説明で納得したらしく、セツナとミオとクレハはおじさんに会釈をした。それを見ておじさんは二カッと歯を見せて笑って、手を振り返してくれた。


 元クラスメイトたち、ミオを捨てた親戚たち、フレネル辺境伯領の前領主シーザーと、ここ最近腐れ外道ばかりを見てきたせいか、あーいった善人も実際にいるんだとつい忘れてしまう。


 立ち食いしても良かったが、ここだと人通りが多い。通行人とぶつかってしまうかもしれないので、俺たちは手頃なベンチに腰掛けて焼きそばを食べる。


 ソースが麺によく絡み付いていて美味かった。



「……美味しい」


「ですね。皇国では食べたことがなかったですけど、ここでしか売っていないんでしょうか?」


「カルダヌスでも売っていましたわよ?」



 口々に話しながら食を進める。カルダヌスにもあるのか。それは知らなかったな。米は見付けたんだけどな。早速購入して、泊まっている宿の主人に許可をもらって厨房を借りて炊いてみたけど、これはまた美味かった。


 米の中には白米で炊いて食べることに適していない品種もあるから少し危惧していたけど、それは杞憂に終わり、満足のいく代物だった。


 こうなってくると、他の品も欲しくなってくる。具体的には味噌と醤油と漬け物とマヨネーズだ。実を言うとそれらしいものは見付けたのだが、味はどれも微妙なものだった。


 ヴァイオレット令嬢に話を訊いてみると、ヤマトから輸入してはいるのだが、フェアファクス皇国ではあまり需要がないことが影響して、最低限の品質調査しか行えていないことから、品種の良いものを入荷することができていないらしい。


 良い物を仕入れて広めたいのは山々なようだが、満足のいく物を仕入れるにはヴァイオレット令嬢本人がヤマトへ出向く必要がある。けれど、バンブーフィールド商会の会頭で、ヴァレンタイン公爵家の令嬢でもある彼女がそう簡単に他国へ行くこともできないので難航していると、本人は嘆いていた。


 精霊祭が終わってカルダヌスに戻ったら、ヤマトへ行ってみようかね? カルダヌスから船で行けるみたいだし。そこで納得できる物が見付かればヴァイオレット令嬢に教えて輸入してもらえればいい。


 実はシャンプーと石鹸は自作していたりする。


 こっちの石鹸って臭いし泡立たないしゴツゴツしているしで最悪だったから、まだオクタンティス王国にいた時に我慢できずにこっそり作ったのだ。まぁ、高校一年生の時に科学の授業で石鹸を作ったことがあったし、シャンプーはその延長で夏休みの自由研究で作ったからできたのだ。その経験がなかったら、さすがに無理だ。



「さて、そろそろ行こうか」



 全員が食べ終わったのを見計らい、声を掛けると三人は頷いて肯定し、散策を再開した。








 散策を再開してからしばらくして、まだ昼食には少し早いくらいの時間。街中を歩いていると、何かに興味を惹かれたセツナが声を上げた。



「あ、先輩! 射的がありますよ!」



 彼女が指差した先には、言葉の通り射的の出店があった。射的の銃は中に入っている棒を押し出すことでコルクの弾を撃ち出すという実に単純な仕組みだからこちらの世界にあっても不思議ではない。魔法銃なんてあるなら尚更だ。


 景品は……クッキーやスコーンといったお菓子やネックレスやブレスレッドといったアクセサリーがあった。



「やるか?」


「はい! 先輩もやりましょう!」


「え? 俺も?」



 ノリノリなセツナに連れられて、俺も射的をすることになった。



「俺、射的は苦手なんだけど」


「まぁまぁ、そう言わずに」



 と、店の人にお金を払ったセツナが俺に射的用の銃を手渡す。仕方ない。やるだけやってみるか。

 軽く嘆息を吐いて、コルクを銃口に詰めてボルトを絞り、仕切りを兼ねた台座に上体を乗せて構える。


 さて、やるのは良いものの、どれを狙おうか。


 一通り景品を見てみると、ふとある物に目が止まった。アレは……(かんざし)か。カルダヌス経由でヤマトから輸入した物かな。素材は木……じゃないな。(ひずめ)だ。日本でも現在はプラスチックが主流だが、昔は木や鼈甲(べっこう)の代用に牛や馬の(ひずめ)を使ったらしいし、アレも安物なのだろう。


 まぁ、射的の景品で出す物なんだから、安物なのも仕方がないか。


 セツナもミオもクレハも、髪飾りは付けていなかったし、安物で申し訳ないがアレを狙うとしよう。


 コルク弾を全部で十発。よく狙いを定め、集中して……撃つ!


 引き金を引いた途端、パンッと軽快な音が響き、銃口から発射されたコルク弾は真っ直ぐ飛び、そして……出店の屋根の裏側に当たった。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……」



 セツナ、ミオ、クレハのみならず、まさかあんな所に当たるとは思わなかった店の人まで沈黙してしまった。


 ゆっくりと上体を起こし、胡乱な眼差しで隣にいるセツナを見ると、彼女は慌てて口を開く。



「ま、まぁこんなこともありますよ! ほら! 後九発ありますから、まだチャンスはありますって!」


「そ、そうだぜ、兄ちゃん。いくら下手だからって、十回もやりゃあ一回くらいは当たるさ。ぷくく」



 おいコラ。そこの店員。笑いを堪えながら言ってんじゃねぇよ。完全に馬鹿にしてんじゃねぇか。

 とはいえここで止めてしまうのも情けない。俺は残りの九発を消費することにした。



「ちょっと失礼しますね」



 次弾を撃とうとした時、隣のセツナが俺の方へ寄ってきた。すると、自然な動作でセツナが俺の手に触れる。



「えっと、セツナ?」


「ほら、先輩。もっとグリップをしっかり握ってください」


「え? あ、あぁ」



 そうか。セツナは撃ち方を指南してくれているのか。


 彼女は銃の腕も一流だからな。教えてくれるなら願ってもない。……とはいえ、この密着具合はどうにかならないかなぁ!?



「もっと脇を絞めて。頬は銃身に付けたら駄目ですよ、衝撃で頬の骨が折れるなんてこともありますから。まぁ、射的用の銃ならそんなことにはならないと思いますけど」


「そ、そうか」


「銃口の近くと手前の所に突起がありますよね? それと狙う物が一直線になるように合わせてください」



 説明してくれるのはありがたいけど何でそんなここぞとばかりにベタベタ触ってくるのかなぁ!? ていうかわざとやってないか!?



「姿勢が乱れていますよ、先輩。ちゃんと集中してください」



 耳元で囁くように言うなぁ!! いくら何でもこんなに密着されたら集中なんてできるわけないだろ?!



「ぶれないように左手でしっかり支えてください。……そう。そうです。それじゃ、よく狙って撃ってください」



 あっちこっちから伝わる柔らかさと温かさから全力で逃避して俺は再度引き金を引く。すると、コルク弾は(かんざし)ではなかったが、その隣の赤い首輪を掠めた。さすがに落とすことはできなかったが、先ほどの結果から考えると、中々の結果だ。



「それじゃあ先輩。残りも頑張ってください」



 そう言われて、残りの八発を消費したが、結果は散々だった。それを目の当たりにして、セツナがポツリと呟く。



「……先輩」


「……何だよ」


「まさか全弾外すとは思いませんでした。私の補助がないと掠りもしないとか下手くそにも程がありません?」


「だから苦手だって自己申告したじゃないか!」


「それでもあそこまで見事に外しますか? 先輩、剣術は凄いですけど銃の扱いはド下手なんですね」



 その通りだけど言い方!!



「昔から、銃だけはどうしても上達しなかったんだよ」



 手先は器用な方だし、初めの方こそ苦戦するが大抵のことは何度も練習すれば習得できた。けれど銃だけは別で、委員長や姫川さんたちと行った夏祭りでも射的をやったが、その時も似たような結果になった。あまりにも悔しかったから、エアガンで練習したけど、全く上達しなかったのだ。


 店の人に射的用の銃を返却し、俺たちは出店を後にする。


 負けっぱなしは嫌なので、機会を見てまたチャレンジしよう。

 さて、時間的にはそろそろ昼食だ。どこかに入って腹を満たしたい。



「どこで食べようか?」


「どこかの飲食店で良いと思いますよ?」


「……でも、人が、多そう」


「そうですわね。お祭りの影響もあって人が多いですから、このお昼時の時間だと、お店のお客で一杯では?」



 む。言われてみれば確かにそうだ。少し考えれば分かることだったのに失念していたなんて……俺も精霊祭に浮かれていたってことか。


 しかし、これは本当に困ったな。現在時刻は十二時を少し過ぎたくらい。客が空いた頃を見計るにしても、おそらく十四時近くまでは込むだろう。並んででもどこかの店に入る方が建設的か。


 そう思った時、ふと俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。



「あれ? 阿頼耶君じゃない」


「ヴァイオレット令嬢?」



 そこには俺と同じ異世界人でこの世界で生まれ変わった転生者、フェアファクス皇国のヴァレンタイン公爵令嬢にしてバンブーフィールド商会の会頭であるヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタインが立っていた。

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